龍の墓場
◆あけましておめでとうございます。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。
次元の歪みを通り抜けた先にあったのは数多くの巨大な骨が居並ぶ、荒涼とした大地だった。
どことなくアヴァロン=エラを思わせる雰囲気のその場所を一言で表すなら。
『やはり、ここは龍の墓場?』
「おそらくは――」
これだけの量の龍の骨がある場所は他にないだろう。
そして、龍種としてなにか思うところがあるのかもしれない。
魔力の光が散らばる星空の下、思わず立ち尽くしまうリドラさん。
しかし、残念ながら今はそんなことをしている場合ではないので、
「リドラさん。まずはシャイザークを探しましょう」
『……ん』
『そ、そうですな』
と、リドラさんに正気を取り戻してもらったところでシャイザークの捜索に入るのだが、見える範囲だけでもかなりの広さがあると思われる龍の墓場の中を、リドラさん一人で探索してもらうというのは無茶な話。
それに、ここへの転移に使った次元の歪みがいつまで繋がっているかわからないということで、ここは僕達もと、リドラさんにビット剣の操作権限を譲ってもらったり、新たにモスキートを出してもらったりして探索に加わることに。
ちなみに、シャイザークの捜索の前に、唯一の帰り道である次元の歪みの監視と龍の谷の方の見張りも必要だと、ビット剣の一部を龍の谷側に移動してもらった。
最悪の場合、モスキートなどを残して、この空間から脱出することになるということもあるからだ。
と、事前の準備に少々手間取ったものの、その後は順調に龍の墓場の中を探索を進めて十数分――、
意外にも早くシャイザークが見つかったみたいだ。
『……見つけた』
通信越しに届いた魔王様のウィスパーボイスに、魔王様が操っていたビット剣から送られてくる映像を覗き込んでみると、そこには画面に向かって威嚇する真紅の蛇が映し出されており。
その位置を確認すると、どうもシャイザークは僕達が普段見かける蛇よりも少し大きいくらいのその体を生かして、大型の龍種の骨が重なるようになっている場所の奥に身を潜めていたようだ。
ということで、体の大きなリドラさんに先行して、モスキートを操っている妖精飛行隊のみなさんにシャイザークのもとへと向かってもらうのだが、
「これはもう喋ることもできなさそうですね」
「そうですわね。
しかし、どうして急にこのような状態になってしまいましたの」
さっきまであれだけ話していたのに、画面越しに見るシャイザークはまるで野生の獣。
急激に知性を失ってしまったようなシャイザークの様子にマリィさんは首を傾げるも。
「それはおそらく龍の体を抜け出してしまったからでしょう。
あの知能は龍の体――、
もっと言うと龍の脳があったからこそなんじゃないですか。
それがなくなってしまえば、そこまでの思考能力は維持できないと、そういうことではないかと」
シャイザークがあれ程までに理性的(?)であったのは、龍の脳があった為。
まあ、それ以前の恨みのようなことを話していたことを考えると、元の体である蛇竜の時点でもそれなりの知能はあったと思われるが、それがどういうシチュエーションによってか、龍の体を乗っ取るに至ってブースト。さらなる知能を得たと思うのだが、その高度な知能も体を失ってしまえばそれまでだ。
いまや本能のままに行動するしかないのではないのかと、魔法窓に映し出されるシャイザークの現状に、僕達がそんな考察をしていたところ、リドラさんが現場に到着したみたいだ。
積み重なったドラゴンの骨をそっと持ち上げて、血蛇と成り果てたシャイザークを見るなり、状況を理解したとばかりに肩を落としたリドラさんは、ため息を吐くように。
『ヴェラのこと、サザンのこと、そして我との因縁と、此奴にはいろいろと聞きたかったことがあったのですが』
「こうなってしまってはそれも難しいかと」
『でしょうな』
まあ、つい今しがたまでシャイザークが操っていた黄龍の遺骸を調べれば、ある程度の情報は抜き出せるとは思うのだが、それはリドラさんと龍の谷に暮らすドラゴン達の意見を聞いてからじゃないといけないから、その遺骸の扱いは後で確認するとして――、
「とりあえず、このシャイザークはどうした方がいいですかね」
倒すのか、捕獲するのか、最終的にそれを決めるのはリドラさんだ。
そう問いかける僕にリドラさんは悩む素振りも見せず。
『我はここで消滅させても良いと思うのですが、ソニア殿の研究には此奴が必要なのでは』
「サンプルもすでに確保していますからどちらでもいいみたいですよ」
シャイザークが使っていた血龍印に干渉する呪いのような血の魔法を破壊できることはすでに実証済み。
加えて、龍の谷の状況を見る限り、なにか副作用があるというワケではなさそうなので、おそらくこのままヴェラさんに使っても、同じようにシャイザークの仕掛けた魔法は解除出来ると思う。
姿まで変わってしまったヴェラさんが、それを解除した後にどうなってしまうのかは、まだ不確定なところはあるが、それもシャイザーク自身を倒してしまえば治る可能性は高いという。
そうなると、僕達の側からしてもシャイザークに止めを刺すのにはこれといった問題はなく。
それを聞いたリドラさんは覚悟を決めたように。
『では、倒させていただきます』
「いいんですね」
『はい』
「わかりました。お願いします。
魔王様もそれで構いませんか?」
『……ん』
さすがの魔王様もシャイザークにかける情けはないようだ。
そして、もはや攻撃性をむき出しにするしか無い存在に成り下がってしまったシャイザークは、リドラさんのブレスによってあっけなく焼き払われて、その様子を見ていた僕達に、喜びもなにもない、得も言われぬ空気が通り抜けたその時だった。
『……ヴェラが元に戻ったみたい』
ミストさんから魔王様のもとへとメッセージが送られてきたみたいだ。
魔王様からそんな報告が上がり、リドラさんが感慨深げに『そうですか』とホッとした様子を見せたところで、
『あとは谷の方の後始末をするだけですな』
後は帰るだけとリドラさんは龍の谷へと繋がる歪みがある方向へ飛び立とうとするのだが、ここで僕の手元にソニアからの緊急メッセージが飛んできて。
「あの、リドラさん。脱出の前にちょっとここを調べても構いませんか」
『どういうことですかな』
「えと、これはソニアからの要請なんですけど。
まだ次元の歪みに余裕があるなら、少しここを調べたいみたいで」
ソニアとしては滅多に入れない龍の墓場に入れたこのチャンスに、少しでも情報を集めたいみたいなのだ。
だから、ここでリドラさんにその許可が取れないだろうかとメッセージが来たんだけど。
『ふむ、そういうことですか。
我としましては彼等の平穏を乱さなければ別に構わないかと思うのですが』
おっと、もしかして怒られるかもと思ったけど、意外にもリドラさんも乗り気のようだ。
どうしてこんなにあっさりと許してくれるのか。
その反応がちょっと気になってその理由を聞いてみたところ、なんでもリドラさんたち龍種も、どうしてこの龍の墓場なる特別な空間が存在するのかがわからないらしく、龍種の中には龍の墓場についての研究を専門で行っている龍もおり、リドラさんも気にはなっていたのだという。
だから、ここに眠る龍に礼さえ尽くせば、調べることは別に構わないだろうと、そんなお墨付きをリドラさんからもらったところで、本格的な探索に入ることになるんだけど。
「しかし、改めてみますと壮観な景色ですわね」
マリィさんが壮観と評すのは、龍の墓場のそこかしこから突き出している光るクリスタルに照らされた巨大な龍の全身骨格。
「つか、ここもアヴァロン=エラと一緒で色んなとこに繋がってて、死ぬ寸前のドラゴンが集まってくるんだよな。
それにしては妙にこざっぱりしてるっつーかなんつーか」
たしかに、この龍の墓場がどれくらいの年月存在しているのかはわからないけど、龍種達に面々と伝わる龍の墓場という場所にしては、その遺骸の数が少ないようにも思える。
しかし、実はその答えについては僕達はすでに持っており。
「それはたぶん次元の歪みなんかに巻き込まれてるからなんじゃないかな」
この龍の墓場は、外から死を前にしたドラゴンが入ってくるだけでなく、出ていく方向の次元の歪みも生まれているのだ。
そして、その一部はアヴァロン=エラへと流れてきており、そういう理由から、ある程度の予想が立てられるのだ。
ちなみに、大きな龍の骨が多く残っているのは、一連なりになったそれを許容できるような規模の次元の歪みがなかなか発生しないから、というのがソニアの見解らしく。
「な~る。言われてみりゃ、なんとなく納得だぜ」
「そう考えると、次元の歪みが発生するのはむしろその空間を整えているってこともあるのでしょうか」
「溜まった魔素を整える機能という意味ではそうかも知れませんね」
と、そんな話をしながらも歪みの周辺を探索していると、一匹の大型翼龍の死骸と共に、いくつかの武器や防具、そして一つ気になるものを発見した。
「こりゃ、人形か?」
『……オートマタ?』
そう、それは、かつてカースドールだったカオスのように、少女そっくりの外見に作られた自動人形。
「しかし、どうして人形がこんなところにありますの?」
「この翼龍の状態から察するに、この龍の最後の相手がこの人形だったってことになるのでは?」
『我々龍種の最後というものは大抵がそういうものになってしまいますからな』
〇〇の死亡原因一位はなにかってヤツだね。
龍種においてそれが『病死』や『事故』などではなく『討伐された』になるってところかな。
僕達が見つかった人形からそんなことを考えていると。
『虎助、ちょっとその人形気になるから回収してくれるかな』
ここで再びソニアからの割り込みが入り、僕がそんなメッセージをリドラさんに伝えたところ。
また、リドラさんは『構いませんぞ』とのあっさりとした反応で、
『この龍も自分を害した相手に長く付きまとわれるよりも、我々が持っていった方が喜ぶでしょう』
それが好敵手なら別だろうが、この翼龍の遺体の状況を見る限り、その戦いが翼龍にとって誇るようなものではないのは明らかなので、僕達が回収しても特に問題はないとのことだ。
「つか、それなら、他にもそういう感じのモンを回収してやったらいいんじゃね。
中にはレアなアイテムもありそうっすし」
『そうですな。明らかにこの場に不必要なものは回収しても構わぬでしょう』
ということで、みんなで手分けして、この龍の谷に散らばるゴミという名のアイテムを回収していくことになるのだが、
主にドラゴンと戦っていた戦士の装備品になるのかな。
リドラさんを中心に、僕から見てもかなり上等な部類に入るだろう装備品などの回収を進めていたところ、そこにソニアがふわりと現れて、
「どうしたのソニア?」
『虎助、ちょっと向かってもらいたいところがあるんだけど』
理由はよくわからないけど、ソニアにはなにか気になる場所があるみたいだ。
妙に真剣な顔のソニアのナビゲートに従って、僕がビット剣を飛ばしていたところ、リドラさんもソニアと同じくなにか感じるものがあったのか、僕が操るビット剣の後をついてきて、見つけたのは鮮やかな夕焼け色の輝きを放つ大きな鱗で、
『ほう、なにやら微弱な力を感じると思ったら、これはかの次元龍・トワイライトドラゴンの鱗ですか』
「リドラさん。知ってるんですか」
『いえ、我も直接出会ったことはありませんが、次元を操り世界を渡り歩く同胞がいるという話は聞いたことがあります』
成程、世界を渡る龍なら、その世界にも足を踏み入れたことがあるということか。
そして、長命種である龍種にはそういう仲間がいるという話が伝わっていたと。
「あの、オーナーがこの鱗を回収して欲しいそうなんですが」
『そうですな。
この光――、
そして、虎助殿が迷いなくここに辿り着いたことを考えると、おそらく此奴が呼び寄せたのでしょう。
此奴は我が責任を持って持ち帰るとしましょう』
正確には、この鱗に反応したのはソニアなんだけど、問題なく持ち帰ってくれるならそれでよし。
しかし、そう考えると、もしかしてこの鱗の主は、ソニアが知っているその龍なんだろうか。
僕はソニアの反応とリドラさんの話にそんな風に思ったのだが、
『いや、この鱗の大きさからして僕の知ってるナヴィじゃないと思う』
鱗の成長度合いからして、この鱗の主がソニアが知っているドラゴンではないという。
しかし、それならどうしてソニアがこの遺骸のもとに辿り着けたのかという疑問が残るが、それはソニア自身が調べるだろうということで、
「では、反応している分だけ回収をお願いできますか」
と、リドラさんに光を放っていた鱗や骨を回収してもらったところでタイムアップになるのかな。
次元の歪みを監視していたリィリィさんから、歪みが若干のゆらぎが見られるとの報告がきたので、
「歪みがやや不安定になってきたみたいです。余裕を持って切り上げましょうか」
『そうですな』
「あっと、その前に、一本、ビット剣をこの龍の墓場に残してもいいですか?」
『……それは、どうしてかと聞いてもよろしいでしょうか』
うん。せっかく掃除をしたのに、その僕達が、あえて一本剣を残していくのはどうなのかという疑問は当然だ。
「この場所に他のトワイライトドラゴンが来るかもしれませんので、その連絡用というかなんといいますか――、
あと、倒したとはいえシャイザークのことも気になりますし」
『ふむ、そういうことなら仕方がありませんな』
リドラさんもシャイザークがこれで終わるのかというと確信が持てないのだろう。
僕が操っていたビット剣を近くの岩に突き刺して、
『では、今度こそ龍の谷へと戻りましょうか』
「ですね」
「……ん」
◆次回投稿は水曜日を予定しております。




