猫ちぐら
◆年末で忙しく、短めです。
リドラさんが龍の谷へ向かって飛び立った翌日、
僕は万屋に連れ立ってやってきた、正則君とひよりちゃん、そして次郎君に、お茶とおやつを出しながら、きのう判明したシャイザークの正体についての話をしていた。
「成程、僕達がいない間にそんな興味深いことになっていたんですね」
「けど、ドラゴンまみれの谷とか、リドラさんがそこに行ったってことはドラゴン対ドラゴンのバトルが見られるかもってことだろ。燃えるな」
「けど、マー君、今日は休みだけど、その日も部活がお休みだとは限らないですよ」
「ああ――」
ちなみに、ふだん陸上部で忙しい正則君とひよりちゃんがこの時間からお店に顔を出しているのは、昨日から発令中の高温注意情報で、今日の部活が中止になったからだそうだ。
賢者様の世界じゃないけど、地球もかなり温暖化が進んでいるみたいだね。
まあ、その温暖化説も研究者によっては懐疑的な見方をする人もいるそうなんだけど……。
「それで、今日みなさんはどうしたんです。
マオ様はリドラさんのフォローでしょうが、いつもおられるマリィ様や元春君の姿が見えませんが」
「元春がどうしてるのかはちょっとわからないんだけど、マリィさんは領地の視察って話だよ」
ちなみに、常連客なら他にも、フレアさんご一行に賢者様、ユリス様にサイネリアさん達、最近では義姉さん達も来たりしているのだが、今日はみんなそれぞれ予定があるようで顔を見ていない。
まあ、フレアさん達は夕方に素材を売りにこっちにくるだろうけど。
と、そんな理由から今日は三人以外のお客様はまだ来ていないと話していると、正則君が軽く肩を竦めるようにして。
「みんな意外と忙しくしてんだな」
「正則君だって毎日部活で大変なんじゃない?」
八月の大会で三年生が引退した今、部活の中心は正則君たち二年生となっている。
だったら、さっきも話していたように正則君も、自分の練習に下級生のお世話にと忙しくしているんじゃないかと聞いてみたのだが、
「俺の場合、ただ自分の練習をしてるだけだからなあ」
「もう、マー君はもっとみんなに合わせるべきだと思うです」
どうやら正則君の部内での活動はこれといって変わっていないらしい。
ただ、ひよりちゃんはこう言うけど、正則君が下級生の指導に入らないのは、なんでも感覚でやってしまう自分が後輩の指導役に向かないことを知っているからかもしれない。
「それで虎助君はなにをやっているんです」
「ああ、これ?
これは猫ちぐらを作ってるんだよ」
話が切れたところで僕の手元を覗きながら聞いてくる次郎君。
そんな、次郎君からの質問に僕がそう答えると。
「「「猫ちぐら(ですか)(ってなんだ?)」」」
「猫小屋でいいのかな。猫がくつろぐ家のようなものだね」
次郎君はともかく、正則君とひよりちゃんは猫ちぐらがどんなものなのか知らないみたいなので、
僕が魔法窓を展開して、実物を見せながらそう説明したところ、正則君が頭上に小さな疑問符を浮かべて。
「で、なんで、そんなもん作ってんだ?」
「実はこの蔓、リドラさんが仕留めた魔獣から取れた素材なんだけど、止めを刺したのは自分じゃないからって報酬を受け取ってくれなくてね。
でも、それなりにいい素材みたいだから、さすがに何もしないでもらうのは申し訳ないってことで、魔王様のところのみんなからリクエストを聞いていろいろと作ってるんだよ」
ちなみに、この猫ちぐらは、『ならば、マオ様のお役に立つものを――』というリドラさんのリクエストから、だったらシュトラのお家を作るのはどうだろうと作り始めたものだったりする。
「しかし、こういう工芸品を作るのは、それなりに時間がかかったと思うんですけど」
「その辺は『実績』があるからね。かなり早く作れるよ」
実際、この猫ちぐらを作る前に、キャサリンさんからお願いされた買い物カゴを作ってみたのだが、その時は店番をしながらの半日で出来てしまった。
その時間を考えると、この猫ちぐらも三日くらいの作業でできちゃうんじゃないかな。
僕がすでに床の部分は完成している猫ちぐらを見せながらそう話たところ。
「生産系の実績の補正ですか」
錬金術に力を入れている次郎君としてはそういう実績があるなら、ぜひ手に入れたいと思っているのかもしれない。次郎君が興味津々とばかりに聞いてきて。
「それもあるけど、身体能力が向上するような効果の権能の方が影響が大きいかな。こういうのを作る時、案外力を使うから」
こういう蔓細工っていうのは田舎のおばあちゃんがしているってイメージで、あまり力を使わないような仕事と思われがちであるが、実際にやってみると意外と力がいる作業で、そういう時に身体能力が上がる権能っていうのはありがたいものだと、僕と次郎君がそんな話をしていたところ、今度は正則君が身を乗り出してきて。
「そういや、実績の中の権能だっけか?
あれって鍛えられるんだよな。どうやったら鍛えられんだ」
「基本的に普通にしていれば勝手に体が慣れていくと思うけど。積極的に鍛えるなら、身体強化の魔法のイメージで動くって感じかな」
実績と魔法、それぞれパッシブとアクティブの違いはあるものの、仕組みとしてはそんなに違うものじゃないかなと、そんな僕のアドバイスに正則君は額に手をやって。
「魔法か、いまいち苦手なんだよな」
「身体強化とか土魔法とか、正則君は結構うまく使えてる方だと思うんだけど」
「そうか、俺からしたら適当にやってるだけで、そういう実感はあんまりないんだけどな」
「それでいいんだよ」
「ん?」
「だから権能もその感覚で使えばいいんだよ」
権能のほとんどがそういうものだが、受動的な権能の効果というものは、ほぼ感覚的に使うものである。
「というか、君の場合、すでに使えているとかあるんじゃないですか」
「マー君はそういうとこあるです」
それには僕も同意する。
「部活の時はウエイトもつけてるからね。あれもいい感じに影響してると思うんだよ」
ちなみに、ここで僕が言うウエイトというのは、手首や足首に巻くような物理的な重りではなく、正則君が実績も含めて全力を出さないように、魔力的な負荷をかけるような仕組みになっているマジックアイテムの方である。
その効果も合わせて考えると、正則君が魔法的にも鍛えられていることは間違いないと思うんだけど。
僕がそう言うと正則君はキョトンとした顔を浮かべて。
「そうなのか?」
「どうしても気になるなら、一度エレイン君に身体能力を測ってもらったらどうかな。ここでの戦闘データは取ってあるから、正則君が最初に戦ったワンダリングカースツリーとの戦闘の時の運動能力と、いまのスペックを比較してみればハッキリと差が出ると思うから」
正則君に全力全開の身体能力テストを勧めてみたところ、正則君のアスリート魂に火がついたのか。
「ふぅん、それ、ちょっと面白そうだな。今からできるのか?」
「うん。すぐに図りたいなら僕からエレイン君にお願いしておくけど――」
「頼む」
「じゃあ、工房の方に回ってくれるかな。着替えは秘密基地を使ってくれていいから」
「わかった。行ってくる」
と、そう一言、お店を飛び出していく正則君。
ちなみに、秘密基地っていうのは、元春と僕とでアイデアを出し合って作ったトレーラーハウスのことだ。
「え、マー君。今からですか」
そして、そんな正則君を慌てて追いかけるひよりちゃん。
ちなみに、そんな正則君の突然の行動に僕と次郎君はというと。
「本当に忙しない男ですね」
「正則君だからね」
こんなのはいつものことだと、のんびりと店の奥へと走っていくひよりちゃんの小さな背中を微笑ましげに見送るだけだった。
◆次回は水曜日の投稿予定です。




