偽竜瞬殺
「行っちまったな」
「……ん」
「行ってしまいましたわね」
いかにもな雰囲気を出す、元春にマリィさんに魔王様と、三人がいるのは工房を取り囲む石壁の上。
世界樹農園からリドラさんが龍の谷に向けて飛び立った直後に響いた警報音。
その警報音を聞いて、僕達が慌ててリドラさんを追いかけたところ。
なんというか、黒龍であられるリドラさんに僕達の心配はまったく無駄だったみたいで、僕達がこの石壁の上に辿り着いた時にはもう、警報音の元凶となった魔獣はリドラさんに一蹴されてしまったらしく、紙くずのようにバラバラぐちゃぐちゃの状態で、
「それで、あの魔獣はどういたしますの」
「つか、あれ確実に死んでるだろ」
「……弱肉強食?」
魔王様にしては過激な発言であるが、この状況で、しかも相手が相手だけに仕方のないことなのかもしれない。
ちなみに、その普段からのんびりとした魔王様をして弱肉強食と評されてしまった相手は、プラントドラゴンという、見た目だけはリドラさんよりも大きなドラゴンのような植物の化け物で、本来なら結構面倒な相手になったんだろうけど、残念ながら出現タイミングが悪かったということで、
「それで虎助、プラントドラゴンの後にやってきたのはなんだったのですの」
「そっちは普通にお客様――と、これはマリオさんみたいですね。
あんな状況で転移してきたものですから、かなり驚いてるみたいです」
「まあ、あの状況では仕方がありませんわね」
「つか、マリオって誰だっけか?」
「前にあったことがなかったかな。よくカレー粉を買いに来る青髪糸目の男の人なんだけど」
「ああ、そういやそんな人もいたような――」
これは完全に忘れてる時の顔だね。
こうなると、元春にマリオさんのことを思い出してもらうことは難しいだろうということで、この話題はここで打ち切り。
「僕はマリオさんを迎えに行きますけど、みなさんはどうします?」
ふだん僕が転移してきたお客様を直接迎えに行くことはほぼないが、今回は状況が状況だけに出迎えにいくから、みんなはどうするのかと訊ねたところ。
「私達はお店にいますわ」
「……みんなを置いてきたから農園に戻る」
「俺も店の方に戻るかな。向こうに行っても解体を手伝わされるだけだろーし」
いや、そんなことしないって――、
と、元春とマリィさんは万屋へ、魔王様は農園の方に行くみたいなので、三人とはここで別れて、僕はマリオさんが呆然としているゲートに駆けていき、ゲートから出たばかりのところで呆然と立ち尽くしていたマリオさんに、
「いらっしゃいませマリオさん。大丈夫ですか」
と、いつものように声をかけるのだが、
「あ、え、はい。
あの、いまのは一体?」
転移直後の黒龍遭遇というのは、マリオさんからしても驚天動地の出来事だったみたいだ。
ふだん飄々としているマリオさんが驚愕に染め上げられている姿に、僕は興味深げな視線を送りながらも、お客様に質問されたからには出来る範囲で答えなければなるまいと、まだ転移反応の残滓が残るゲートを見上げるように言うのは、
「常連のお客様のお一方ですね」
「あれが、常連のお客様?
ドラゴンにしか見えなかったけど」
「はい。ドラゴンですよ」
「そうですか、あのドラゴンがお客様?
成程、しかし、それならあれは?」
マリオさんも相当混乱しているみたいだ。
いつも滑らかな喋りが不自由になりながらも、リドラさんのことは脇に避けておくことにしたのかな。続けてみるのはバラバラになった植物の残骸で、
「あれは、マリオさんが今すれ違った黒龍のお客様が退治してくださったプラントドラゴンですね。マリオさんが転移してくる直前にやってきたものを退治してくださったんです」
「そうですか、龍のお客様が?
しかし、それはそれとして、こっちのプラントドラゴンも、偽竜として有名なアレですか」
有名かどうかはよく知らないけれど。
「おそらく、そのプラントドラゴンかと」
他に『プラントドラゴン』という名前と『偽竜』という分類で知られる魔獣は万屋のデータベースにないからね。
ちなみに、『偽竜』というのはその名の通り、龍種とはまったく分類が違うとされる存在にも関わらず、その姿形が龍そのものである存在を示す言葉である。
一節によると、龍種が棲家としていた場所で生まれた生物が、龍の残滓ともいうべきその魔力を摂取して、変質したものだとかいう話である。
「それでですね――と」
そして、一通りの説明が終わり、マリオさんも落ち着きを取り戻してくれたかな――というタイミングで、ここをエレイン君に任せて、とりあえず、彼を万屋へと案内しようかなと提案しようとしたところで、倒したハズのプラントドラゴンの根がうねうねと動き出し。
「さすがは植物の魔獣。生命力が強いですね」
この反応は、プラントドラゴンの根っこが地面に接することでアヴァロン=エラの魔力を吸収して再生しようとしているのかな。
「とりあえず、動きを止めないと、ね」
僕はマジックバッグから取り出した千本を飛ばし、再生を始めようとしたプラントドラゴンの根を地面に縫い付けると、円錐型のディロックを地面に突き刺して発動。
周辺の地面の温度を下げて、プラントドラゴンの根の動きが鈍らせ。
「ここは僕が――」
と、あえてマリオさんを庇うように前に出ると。
「手伝わなくてもいいんですか?」
「お客様の手をわずらわせるワケにはいきませんから」
それを言うならマリィさんはなんだという話になりそうなんだけど。
ここにはマリオさんしかいないので、
「それに、この手の相手の対処法はすでに出来てますから」
この世界において植物由来の魔獣や魔法生物が活性化してしまうことは、すでに判明している事実。
ゆえに、その対処法もほぼ確立しており。
僕はプラントドラゴンの根の動きが鈍ったのをみて取り出した魔法銃の銃口に、ちょっと特殊な魔法薬が入った小瓶をねじり込み、消防が使うインパルス銃のようにして、瓶の中に入った薬剤をプラントドラゴンの根に浴びせていく。
すると、それを見ていたマリオさんが不思議そうに。
「なにをしているんです?」
「魔法の除草剤を吹きかけています」
「魔法の除草剤?」
「植物系の魔獣によく効くんですよ」
ちなみに、この魔法の除草剤の正体はホームセンターなんかで買える除草剤に魔力を付与したもので、
そう、すでに万屋ではおなじみとなっているが、地球で買えるものに魔力を付与すると強力な効果を発揮するのだ。
そして、そんな除草剤を浴びせかけられたプラントドラゴンの根はというと、地面から冷やされたことで一時的に動けなくなっているのにも関わらず、藻掻き苦しむようにその体をくねらせ、しおしおと萎れるように小さくなって動かなくなってしまった。
「これで大丈夫だと思うんですけど。エレイン君」
と、エレイン君にプラントドラゴンの根にチェックをしてもらったところで浄化の魔法を発動。
「それは何をしているんです」
「浄化ですね。除草剤をちゃんと取り除かないと素材として活用できませんから」
倒したプラントドラゴンの根を含めた素材を回収したところで、別に待ってくれる必要はなかったんだけど、結果的に待たせる格好になってしまったマリオさんに「お待たせしました」と頭を下げた上で改めて、
「それで今日はどこようなご用件で」
「あ、ああ、目的はいつもの仕入れだね。
……それと、できればそのプラントドラゴンの素材もわけで欲しいんだけど」
ものはまかりなりにもドラゴンの名を冠する魔獣の素材である。
それを手に入れられるのなら手に入れたいというのは当然だろう。
しかし、このプラントドラゴンを実際に退治したのはリドラさんなので、
「ええと、ちょっと待って下さいね」
マリオさんへの返事を一時保留。
万屋までの道すがら、移動中のリドラさん――ではなく、魔王様とその素材をどうするのかの交渉を年和通信で行って。
「お、遅かったな」
「相手が植物系だったからね。ちょっと復活しようとしててね」
「あら、それは惜しいことをしましたわね」
「いや、すぐに対処しましたから、マリィさんが楽しめるようなことはなかったと思いますよ」
実際マリィさんがいても、やることは殆ど変わらなかったと思う。
というよりも、むしろマリィさんの火の魔法だと、素材ごと焼き尽くしちゃっただろうから、遠慮してもらっていたんじゃないかな。
「で、それ、どうしたん?」
元春が顎をしゃくって示すのは僕の腰に丸く束ねられているプラントドラゴンの蔓。
「マリオさんが欲しいみたいだから持ってきたんだよ。いま魔王様の許可をもらったところ」
元春は魔王様の許可のくだりがイマイチ理解できなかったようだが気にすることなく。
「ふーん、でも、そんなんなんに使うん」
元春が聞いてきたのは僕の方になんだけど、これにマリオさんが反応。
「ええと、ムチになるかな。この素材を使えばいいものが出来ると思うんだよね」
他にも魔法薬なんかに使えなくはないんだけど、そっちは加工が面倒だし、蔓ならそのままロープのように利用するのが簡単だからってところかな。
そして、予想通りというかなんというか、マリオさんのこの発言に元春が大きく反応。
「ムチ、いいっすね。マリィちゃんにピッタリ」
「私、ムチなんて使えませんわよ」
「イメージっすよ、イメージ。女王様とお呼びとか、そんな感じ」
まあ、そのイメージはわからないではないんだけど。
あんまり変なことばっか言ってるとまたマリィさんに制裁されるから、その辺でやめておいた方がいいんじゃないかな。
僕は元春のコメントの意図がわからず、不思議そうにするマリィさんにフォローをいれながら、また思いつきで語る元春に心の中でそう呟き。
「それで、その蔓はいくらくらいになりますか?」
「そうですね。魔王様もリドラさんも特に欲しいものでもないようなので、五メートルで銀貨一枚でどうですか」
「高いのか安いのかよくわかんねー値段だな」
銀貨一枚というと大雑把に千円くらいだ。
元春もそのことは知っているからこそのセリフなんだろうけど、マリオさんの食い付きは意外にもいいようだ。
「安いですよ」
同じくらいのステンレスのワイヤーが同じ長さで百円以下だとすると、たしかに安いかもしれないけど。
「構いませんよ。あまりたくさん持っていても余らせるだけですので」
魔王様も特にお金がどうのこうのとかはないみたいだからね。
「じゃあ、それでお願いします」
◆
「ただいま――」
「お疲れだね。どうしたの?」
「今回はいろいろあってね……。
でも、疲れるだけのことはあって、お土産の方は期待してもらってもいいかな」
「へぇ、気になるね。けど、とりあえずその前に何があったか聞いてもいいかい?」
「うん。まあ、言えることは単純なんだけど、
あの店にドラゴンが出入りをしてるみたい」
「えっと、ドラゴンってもしかして、例の?」
「違う違う、主から聞いてたドラゴンじゃないよ。
でも、あのドラゴンはかなり脅威だね」
「ふぅん、君がそういうんだから、かなり上位のドラゴンなんだろうね」
「黒龍だったね」
「えっ?」
「だから黒龍だったね」
「ねぇ、それ本気で言ってる」
「本気も本気、驚くでしょ」
「驚くって――、黒龍ってなると、もう、そういうレベルじゃないと思うんだけど。
けど待って、さっき君が言ってたお土産って、まさかその黒龍の?」
「いや、残念ながら違うけど。
まあ、ある意味では間違ってもいないのかな。
ってことで、はい、プラントドラゴンの蔓」
「プラントドラゴンの蔓って、これはこれで結構な相手だと思うけど、黒龍とは関係なくない?」
「いや、これ、その黒龍が倒していったのを回収したヤツだから。
実際は再生しようとしていたのを虎助君が収めたって感じだけどね。
ホント、あそこはどうなっちゃってるのかな」
「そうなんだ……、
けど、再生したのを倒したのは言うほどのこと?」
「はは、たしかにこれだけ聞くとそう思っちゃうだろうね。
でもね。その手際がね尋常じゃなかったんだよ」
「そんなに凄かったんだ。
しかし、それも今更じゃない。あの店で売ってる商品を考えると、一回倒したあとのプラントドラゴンをどうこうしたのってのは、すぐにどうこうって話じゃないでしょ」
「うん。たしかにそうなんだけどね。今回はそれに加えて黒龍だから」
「ああ、こっちから手を出しにくくなっちゃったって感じ」
「もともとそういう気もあんまりなかったんだけど」
「まあ、それはそうなんだけど……、
とりあえず、この素材、あの子に送っておく」
「そうだね。
というか、現状それくらいしかできないでしょ」
◆魔獣紹介
プラントドラゴン……魔に属する植物が龍の魔力を浴びて変質したもの。その姿形は変質する元となった龍種に左右され、様々なタイプのプラントドラゴンが存在する。今回、リドラに瞬殺されたプラントドラゴンは中型の獣タイプの龍種と思われる。なお、プラントドラゴンは植物として根を地面に這わせるという特性上、飛龍がその変質の元となった場合でも、空を飛ぶことは出来ないという少々残念なところがあったりする。




