届けられた血
「持ってきたよ。ソニア」
そう言って、僕がクーラーボックスから取り出すのは、白と黒の縞模様が入った五ミリ程のカプセルがたくさん収められた透明なケース。
これは今しがた魔王様によって届けられた龍の谷で採取してきたドラゴン達の血液。
龍の谷の探索から一週間、超特急で帰ってきた蒼空によって運ばれてきた龍種の血液が昨夜遅くに届いたと、朝早くから魔王様が届けてくれたのだ。
それ受け取った僕は訓練を切り上げ、軽くシャワーを浴びたところで、こうしてソニアのところにやって来たのだ。
ちなみに、行きにあれだけ時間がかかったのに、帰りがどうしてこんなに早かったのかというと。
帰りは行きと違って中継機を設置する必要がなかったことに加えて、龍の血の採取を済ませたらすぐに分析が出来るようにと、あらかじめ帰りのことを考えて安全な飛行ルートの選定して、要所要所に予備の蒼空を配置しておいたことで、蒼空の魔力を回復させる待ち時間がゼロとなり、まるでリレーのように血液を運ぶことができたからである。
まあ、その分、蒼空を操縦する妖精飛行隊のみなさんは、それなりに大変だったというが、その辺はミストさんを始めとした拠点メンバーの手助けもあって、なんとかこの強行軍をこなしてくれたのだそうだ。
「ありがとう。
とりあえず、例のドラゴンの血からだね。
それ以外はまた後で調べていくからマギレージの中に入れておいて」
「了解」
ちなみに、ソニアのいう例のドラゴンというのは、もちろん転生龍帝シャイザークのことである。
本来の用途とはまったく違う血龍印をばら撒くドラゴンとして、最重要の調査対象となっているのだ。
ということで、僕はソニアから受けた指示に従い、シャイザークの血液が入ったカプセルを一つ、ソニアが操る工作人形に渡すと、他の龍の血が入ったケースをそれぞれ状態保存に特化した薬用保冷庫のようなマジックアイテム――マギレージの中に入れていく。
「さて、さっそくこいつを調べちゃわないとね」
と、僕が透明なカプセルケースをマギレージにせっせとしまっている間に、ソニアは工作人形が受け取ったカプセルの一つをそのまま電子レンジのような検査装置の中にセットしてスイッチオン。
そして、待つこと数分、出てきた結果に目を通したソニアがなにやら難しい顔をする。
「ソニア。そんな顔してどうしたの?」
「それが、いま調べた血液さ。どうもドラゴンの血じゃないみたいなんだよ」
「ドラゴンの血じゃないって、それってどういうこと?」
あれ、いまシャイザークの血を渡したよね。
もしかしてカプセルを間違って渡してしまったとか?
ちゃんとチェックして渡したつもりだったけど、カプセルケースから出す時に取り違えてしまったのかと、今しがたマギレージの中にしまったカプセルケースを調べようとする僕だったが、いざマギレージに手をかけようとしたところで、ソニアが「ああ、虎助がなにかしたってワケじゃないんだよ」と引き止めてくれ。
「そもそも血液の採取と同時に、それがどんな個体から取ったデータかも一緒にカプセルに記録されるから、この血は間違いなく、あのシャイザークって黄龍から採取された血液だよ。
というか、あそこでは龍種以外に採取してないよね」
たしかに、魔王様がモスキートを使って採取したのはすべて龍種のものだった。
でも、だとしたら、この結果はいったいどういうことなんだろう?
しかし、この疑問に関しては、ソニアにも現状のデータでは判断することができないようで、
「とりあえず、なんの血なのかを判別するのが先だね」
「そうだね。頼むよ」
ここからさらなる分析と照合を進めることしばらく。
装置が弾き出した結論は意外といえば意外なものだった。
「これ、蛇竜の血液だね」
「邪龍?」
「うん。蛇竜」
「ん?」
なにか齟齬があるとソニアに詳しく聞いてみると、どうやらそれは日本語でいうところの蛇の竜。
つまり龍種ではなく下等竜種の血液だったとのことである。
「でも、蛇竜の血ね。
それって前に来た血蛇竜みたいな相手ってこと?」
それは以前、このアヴァロン=エラに迷い込んできた下等竜種。
倒した後で血液の蛇となり襲いかかってきた彼の蛇竜はなかなかに手強い相手だった。
と、ソニアの話に僕が前に戦ったことがある蛇竜の存在を思い出していると、ソニアがふと気付いたように手を叩き。
「ん、ああ――、
もしかしたら、こいつもそういう種類なのかもしれないね」
「というと?」
一人理解した様子のソニアに続きを促すと、ソニアが言うには、この血液の主であるシャイザークは、実はドラゴンではなく血蛇竜のような能力を持つ下等竜種で、その血の力を持って別のドラゴンの体を操っているのではないかとのことだそうだ。
「でも、そんなことできるの?」
そもそもあの状態になってしまった蛇竜はすでに理性などはなく、ただ周りの生物を襲うだけの存在に成り下がっていた。
しかし、きのう見た転生龍帝シャイザークはしっかりとした自我を持って行動していた。
その違いはなんなのか。
いや、そもそも、蛇竜が龍種の体を乗っ取るなんてことがあり得るんだろうか。
僕がそう訊ねると、ソニアは空中で胡座をかきつつ困ったような顔を浮かべて。
「ふつうなら虎助の言う通りなんだけどね。
現状示された証拠をもとに考えると、それが一番しっくりくる答えになるんだよ」
たしかに、ドラゴンの血液を採取したにも関わらず、その血液がまったく別の種族のものだったというその理由を説明するなら、いまソニアが考えた説が一番シンプルなのかもしれないけど、それは本当に出来るんだろうか。
それに、もしソニアのその推論が本当なら――、
「その血は大丈夫なの?」
いま検査装置の中にある血液はその蛇竜の血液となるハズだ。
そんな血液を放っておくのは危険なのではと、遅ればせながらに聞いてみたところ、ソニアは胡座をかいたまま空中を滑るように移動して、シャイザークの血液が入っている検査装置を叩いて。
「大丈夫。これだけの量だから、もしもこの中にある血液が例の血蛇龍のようなものだったとしても、本体との距離世界レベルで離れてるから操作なんてできないしね」
なんでも、ああいう流体生物のような存在には、その体内(?)に司令塔のような核が存在しているそうで、蛇竜の場合は血液になるのかな。それが操作する物体を統制しているらしく、あらかじめ何か命令のようなものでもインプットされていない限り、本体から遠く離れた血液は本当にただの血液でしかなく、自発的に出来ることがあるとしたら、核となる存在が近くまで来た時に自然と合流するくらいしかその力は残されていないのだという。
「そうなんだ……、
じゃあ、ヴェラさんやあの殺されたドラゴンに付与した結龍印に使われている血はそうするように、魔法式のようなものが付与されてるってことになるの?」
「十中八九それが血龍印を変質させている原因なんだと思う。
うん。そう考えると、ヴェラだっけ、エルフみたいにされたドラゴンの血龍印も、もう一度調べる必要が出てきたね。
前の時は三つの血液が混ざっていたから、詳細な分析が難しかったけど、いまはこっちにサンプルがあるから、いろいろと分かることがありそうだ」
ソニアは広い研究室の中のそこかしこに浮かんでいる魔法窓をチェックして、その一枚を僕の手元にパスしてきたかと思いきや。
「ってことで虎助――、
そこに書いてある通りにヴェラって龍から血液を採取してもらうようにマオに頼んでくれるかな」
「了解。わかったよ」
◆
さて、ソニアからの要請を受けた僕は、ゲームをしながらお店で待ってくれていた魔王様達に調査結果を報告。
あらためてヴェラさんの血液採取をお願いすると、魔王様はすぐに拠点に戻り、その足でリドラさんにこの話を届けてくれたみたいで、すぐにリドラさんも加えた念話通信が届き。
『蛇竜ですと、なぜそのような下等竜種の血が龍種の体に!?』
「確証はないんですけど、
以前、倒した後に血液が自律行動をする蛇竜と戦いまして、
それと似たようなタイプではないかと」
『にわかに信じがたいのですが、ソニア殿がそういうのなら』
うん。理由はよくわからないけど、リドラさんの中でソニアのよる調査の信頼度はかなり高いようだ。
「それで、魔王様からお聞きになったと思うんですけど」
『その確認を取るためにヴェラの血が必要なのですな』
「はい。お願いできますか」
改めてのお願いに、リドラさんは少し悩むようにしたものの、最終的にそうするしかないと納得してくれたみたいだ。『わかりました』と一言。
ただ、これから会いに行くのがヴェラさんだということで、会えば喧嘩になってしまうリドラさんはここで待機となり。
最近ヴェラさんのお世話役が板についてきたミストさんと魔王様と、前回の拠点見学の時に使ったフクロウ型ゴーレムのアインスを僕の目として収容施設に向かうことになった。
ちなみに、そのヴェラさんが収容されている、蜂型魔獣の巣を改造した施設『ハチノス』に現在残っているのは、ヴェラさんお一方のみとなっているそうだ。
ヴェラさんと一緒に森にやってきたボロトス帝国関係者は、事情聴取などを行った後は必要ないとされ、居場所を特定する魔法と〈息子殺しの貞操帯〉をつけて、魔王様達が暮らす森に隣接する各国に開放したとのことである。
まあ、そんなこともあって、すっかり静かになってしまったハチノスに到着したお二人は、すぐにヴェラさんがいる部屋に向かってくれたのだが、
魔王様とミストさん、二人に引き連れられていく形でその部屋の内部を見ることになった僕は、思わず「うわぁ」と残念な声を零してしまう。
さて、どうして、僕がそんなリアクションをしてしまったのかというと、アインスの目を通して見たその部屋が前に見たシンプルな部屋とは打って変わって、あまりにも生活感があふれる部屋に生まれ変わっていたからだ。
具体的にいうと、部屋に入ってまず目につくベッドに散らばった漫画本やゲームにお菓子の袋――、
足の踏み場もないというのはまさにこのことを言うのだろう。
ヴェラさんの部屋はいつの間にかお部屋から汚部屋に進化を遂げていたのだ。
はてさて一体、この数週間の間に彼女になにがあったというのだろう。
まあ、散らばったお菓子の袋の日本語やあからさまな携帯ゲームや漫画本から見るに、おおかた魔王様が部屋に閉じ込められて退屈しているヴェラさんに万屋の娯楽を差し入れたんだと思うけど。
とまあ、そんな部屋の様子からみてとれるヴェラさんの堕落っぷりは、この際、横においておくとして。
『ヴェラ様、ヴェラ様、今いいですか』
『ん、ああ、ミスト。今日は早いわね。
と、マオも来てくれたの。
もしかして、新しいゲームを持ってきてくれたとか?』
『いえ、今日はそういうことではなくてですね。リドラさんの関連といいますか――』
『……聞かせてもらおうじゃない』
リドラさんの名前が出た瞬間、お菓子を摘みつつ読んでいた少女漫画を脇に置き、真面目な顔で体を起こすヴェラさん。
正直いまさらキリッとした顔をされたところで手遅れ感があるんだけど、真面目に答えてくれるんだから文句を言ったらダメだよね。
ということで、ミストさんに取り次ぎを願い、後の説明は通信越しにではあるのだが、僕からすることになるんだけど。
「えと、お久しぶりですヴェラさん」
『あら、誰かしら?』
はてさて、それは挑発の類だろうか。
前に話した時もこのアインスを通しての会話だったから、声だけだと本当に誰かわからないってこともあるとは思うのだが。
「えと、実は以前にもこのフクロウの形のゴーレム通して話したことがあるんですけど――、
改めまして間宮虎助です」
『ふーん。
それで、そのマミヤコスケが私になんの用なのかしら」
このあからさまに興味がなさそうなフリをする反応はやっぱり挑発だったのかな。
ともかく、僕自身にはまったく興味がないとばかりに続きを促すヴェラさんに、僕がここまでの流れをざっと説明したところ、やはりというかなんというか、疑い九割といった表情で――、
特に本命の犯人と目されるシャイザークに関しては『そんなヤツ知らないんだけど』と、淡白な反応だ。
ちなみに、リドラさんによると、ヴェラさんの知人――もとい知龍もシャイザークに殺されているかもしれないのだが、今回はあえて伏せさせてもらっていいる。
ここでヴェラさんに暴走されても困るからね。
とはいえ、ヴェラさんには快く協力してもらいたいということで、とりあえず、なにか説得材料はないかと、欲しい物があったら――とか、そういう提案をしようとしたのだが、意外にもヴェラさんは僕がそんな提案するより前に、
『仕方ないわね。
いいわ、血をあげる』
今回は快く(?)サンプルの採取をさせてくれるみたいだ。
『そもそも私に拒否権はないものね。
さっきの話が本当なのかは知らないけど、説明してくれるだけ、まだましよ。
それにちょっと血を提供しただけで元の姿に戻れるなら、私としては万々歳だわ』
たしかに、現状ヴェラさんは囚われている。
しかも、龍種としての力を失い、エルフのような姿でだ。
リドラさんのアレコレはまた別として、この貧弱なエルフの姿が改善されるなら有り難いと、ヴェラさんにはそういう思惑もあるらしく。
僕はその言葉に甘える形で、さっそく魔王様にモスキートを使ってもらってヴェラさんの血液を採取していただき、すぐにアヴァロン=エラへとその血を持ってきてもらって、待ち構えていたソニアに調査をお願い。
すると――、
『ビンゴだね。DNAが一致したよ』
そんな報告がソニアからあがり。
ソニアには引き続きその血液の分析をお願い、僕が魔王様も交えてリドラさんに念話通信を送ったところ。
『これで決まりですか』
「そうですね。印そのものの分析にはまだ少し時間が必要なようですが、
ただ、状況から察するに、この魔方陣に混ぜられた血がシャイザークのものであるのは間違いないかと」
『しかし、ヴェラは何故あのような姿になったのでしょう?』
「それはオーナーにもわからないみたいです。
そういうつもりで干渉したのか、それとも単なる偶然なのか」
ヴェラさんの首にはすでにリドラさんとの血龍印があったそうなので、その契約と後付けされたシャイザークの血がお互いに干渉した結果、そうなってしまったという可能性もあるという。
しかし、どうして彼女がエルフになってしまったのかはわからないとのことである。
ただ、単に人化という現象だけを切り取ってみると、テンクウノツカイであるルナさんが人化する方法を持っているように、別の生物が人型になれる例はあるので――、
『治す方法はあるのですか?』
「一応、媒介となっている血を取り除くことができれば効果がなくなる可能性が高いみたいなんですけど」
『それは難しいということですな。表面上見えている魔法陣が全てとは限りませんからな』
「はい……」
首筋に見えている魔法陣がその魔法の全てとは限らない。
例えば、体内に侵入したシャイザークの血液になにかトラップ的な仕掛けがあったら、その血を取り除こうとした途端に牙を向くなんて可能性もなくはないのだ。
しかし、その可能性はかなり低く。
別に血液そのものを取り除かなくても、かけられている魔法そのものを打ち消せば、ヴェラさんの呪縛を開放できる可能性は高いとのことだが、
ただ、それも100%の安全が保証できるものでもなく。
『つまり、元を断つのが一番と?』
「そうですね」
手っ取り早い解決方法は術者を倒すこと――、
まあ、それが呪術のようなものの場合、相手を倒してしまうと逆にその効果を高めてしまう可能性があるのだが、今回のケースは、ヴェラさんの体内に注入されたシャイザークの血が血龍印に干渉することによって、その効果が発生していることはほぼ確定的らしく。
少なくとも、操り手さえ倒してしまえば、それ以上の干渉ができなくなるというのがソニアの結論のようだ。
『ならば、我が出向くしかありませんか』
「すみません」
『いえ、これは我の縁が招いた問題ですので』
そう、今回の問題の根幹にあるのはあくまでリドラさんとヴェラさんの繋がりから発生したものである。
ゆえに、この件はリドラさんが直接解決すべきことであって。
『マオ様、数日、森の守護を空けることになりますがよろしいでしょうか』
「……ん、平気、みんなで頑張るから」
◆今回登場したマジックアイテム
マギレージ……状態保存に特化したマジックアイテム。見た目は業務用冷蔵庫そのままであるが、上位魔法金属や世界樹などの希少な素材に加え、時空間魔法や高位複合魔法、異世界からもたらされた科学技術がふんだんに使われており、どこにでもありそうな見た目とは裏腹に、かなり高度なマジックアイテムとなっている。
◆精霊の森←→龍の谷・行きと帰りの差
行き……一日六時間ほどの飛行、蒼空に念波を飛ばすための中継機の設置、途中各国の情報を集める為にネズレムをばら撒く、偶然発見した希少な素材の回収、などの作業を行いながら一ヶ月。
帰り……妖精飛行隊やミストなどアラクネ達(夜間飛行担当)が交代で蒼空を乗り換えながら飛行して一週間。
※ボロトス帝国への警戒は別途行っている。




