原動機付自転車と異世界の交通事情
ブクマ評価等々ありがとうございます。
何故か今週に限ってアクセスが多くてちょっと戸惑ってます。
今週は2話投稿です。
次話は明日投稿予定です。
ブルン。トトトトトト――
ゴーレムが闊歩するファンタジックな風景に少し不釣り合いなエンジン音を響かせて、元春を乗せた原付バイクがアヴァロン=エラの赤茶けた大地を疾走する。
今や電動バイクに取って代わられようとしているエンジン駆動の原付バイクを持ち込んだのは元春だ。
何でもこの4月に原付き自転車の免許が取れる年齢になった元春は、迫る夏休み(といってもまだ二ヶ月近くあるのだが)に取得を目指して練習がしたいとのことである。
しかし、たかだか原付免許を取るために練習をしなくても――、
僕なんかはそう思ってしまうのだが、元春曰く『せっかく免許とってもへっぴり腰じゃあ女の子に声をかけれねーだろ』とのことらしい。
それに、マリィさん達にはこの練習風景を見せてもいいのだろうか?
このへっぴり腰な今の練習風景はモテたいという理由とは矛盾するような気もするんだけど……。
まあ、その辺りの計画性の無さが元春ということだろう。
因みにではあるが、僕達の通う学校では、生徒の自主性を重んじるその教育理念から、学校の許可さえ取れれば原付免許の保有が認められている。
勿論、交通違反などをした場合には没収となるのだが、僕達の学校には遠方から通う生徒も結構な数、在校したりしていて、免許が取れる年齢に次の長期休暇を利用して免許を取りに行くことが、一年生の恒例になっているのだとクラスメイト達が言っていた。
そんな中には元春と同じ理由で免許取ろうという生徒が少なからず含まれているという。
とまあ、そんな諸々の事情から、いつの間にか僕も免許の取得をすることになってしまったみたいだ。
意外なところでヘタレなところがある元春は1人で免許を取りに行くのが不安らしい。
そんなこんなで、僕も含め、夏休み中までに誕生日がやってくる友人一同を集めて、免許を取りに行く計画を立てているそうだ。
巻き込まれた感はあるのだが、身分を証明できる免許証というものはあったらあったで便利であり、(マイナンバーカードを持ち歩くのが不安だし)現在、仕事の合間をみて元春の買ってきた問題集で鋭意勉強中である。
とはいっても、免許取得の筆記試験は運転に必要な交通ルールを確かめるだけのものであり、全てマルバツの二択問題とのことなので、お店をやりながら高校受験やら日々の予習やらとをこなしてきた僕からしてみると大した問題にはならない。
しかし、元春はペーパーテストの勉強をしなくていいのだろうか?
渡されたっきりの問題集にそう思って聞いてみたのだが、元春にとって大事なのは免許取得後の格好良さが一番のようで、「ハァン、筆記試験? マルバツなんだろ。んじゃあ余裕だっての」という有り難くない一言をいただくことになってしまった。
後で泣くような事態にならないといいけど。
と、そんな諸々の不順な動機から、このだだっ広い荒野だけが広がるアヴァロン=エラの大地で運転の練習をしている元春。
その一方で、マリィさんや魔王様から見たら僕達の世界の機械技術というものは目新しいものなのだろう。
「あ、あれが、動くバイクの実物ですのね」
「……!!」
「や~。飛ばすぜオラ~」
そんな二人のキラキラした瞳がまた嬉しいのだろう、気勢を上げて自慢気に僕達の前を通り過ぎる元春。
しかし、きっちり法定速度を守っているようなのは実に元春らしいところだ。
普段からその慎重さを出せないものかとも思うのだが、それはそれとして、
「魔力を使わずに動く乗り物ですか、機能性はともかくデザインは素晴らしいですの」
魔王様はマリィさんの分析にコクコクと相槌を打って返している。
僕は珍しい二人が興奮する姿を微笑ましく見ながらも、どうせだからこの機会にと、以前からしてみようと思っていた質問をぶつけてみる。
「そう言えば、昨日、佐藤さんの時にも少し疑問に思ったんですけど、お二人の世界の移動手段ってどんなのがあるんです? やっぱりみんな魔法の箒とかで空を飛んで移動しているんですか」
「いいえ。私の世界の移動手段は主に馬車ですの。街と街との移動ともなりますと大きな荷物を抱えることになりますからね。魔力効率や魔獣に遭遇した時の備えなどを考えると、どうしても馬車での移動になってしまいますの」
成程、魔法世界では陸路を移動するのに色々なリスクが存在するみたいだ。もしもの時の備えにと魔力を温存しておくのは当然の処置なのかもしれない。
「けれどそれなら、空間系の魔法特製を持つ魔導師が、その魔法を付与した箱なりなんなりを持って、上で空を飛んでいけば簡単だと思うのですが」
「目的地を決めて短距離を移動するだけならその方法もいいと思うのですが、空間系の魔法と魔法の箒、その両方を同時に使うとなるとどれだけ魔力を消費するのか」
確かに、ちょっとした空間魔法を使うだけでも、恐ろしい量の魔力を消費する。
「それに街々の移動ともなりますと一つの街を目的地にする訳ではありませんし、マジックバッグを手に入れるという方法もありますが、それらの魔導器は一般庶民にはなかなか手が届かないものですから」
たしかに、このアヴァロン=エラにいるとマジックバッグはともかく、魔法の箒はすぐに手に入るアイテムだと考えがちになるけれど、一から素材をかき集めて作るとなると結構大変だからな。場所によってはただの魔法の箒も、この間、佐藤さんに作ったオーダーメイドの魔法の箒の数倍の値段になるのかもしれない。
と、一般的な魔法世界の交通事情の一方で、魔王様の移動手段はといえば――、
「……リドラ達がいるから乗り物なんてない」
との事だそうだ。
まあ、ドラゴンなんて規格外の生物が部下にいたのなら魔法の箒すらも必要ないんだろう。
それに、魔王様は基本的に魔王城に引き篭もってる状態だし、そもそも移動手段を確保する必要が無いのかもしれない。
「……でも、アレは楽しそう」
しかし、その一方で魔王様は元春が駆る原付バイクに興味津々らしい。
どちらかというと魔王様の場合、移動手段というよりもレースゲームに出てくる乗り物という感覚が先にくるみたいだ。
そういえば、某有名バトルレースゲームでも城の中なんかをコースにしていたりした。
だったら、魔王城内の移動に使うようにと、階段程度ならどうとでもなるようなレーシングカートを魔王様に献上したら喜んでくれるかもしれない。いや、むしろこのだだっ広いアヴァロン=エラにレース場を作ったら面白いのかもしれない――なんて思っていたところ、
「何が『喜んでくれるかもしれない』のですの?」
どこからだろう。考えていたことが口から漏れてしまっていたみたいだ。マリィさんが聞いてくるので、
「いや、ゲームみたいにレーシングカート――まあ、魔動機なんですけど、それを作って走らせたら面白そうだなと思いまして」
「作れますの!?」
聞かれたから答えただけ、何の気無しのアイデアにマリィさんが食いついてくる。
その後ろでは魔王様も目を爛々と輝かせていた。
「佐藤さんもバイク型の飛行魔導器があるようなことを言ってましたし、出来なくは無いと思いますけど」
地球に存在する魔法錬金技術ですら空飛ぶバイクなんて代物が作れるのだ。魔法世界での運用に限ってしまえばかなりハイスペックな魔動機が作れるのでは?資金面に関してもマリィさんや魔王様から預かっている預かってる金貨があることだから――と、そこまで考えてふと思う。
「そういえば、最近のマリィさんはいろいろと魔法剣なんかを作ったりしていますけど、お金の方は大丈夫なんですか?」
「ええと、渡しておいた資金が足りなくなってきましたの?」
「いえいえそういう訳ではなくてですね。マリィさんは、その、一応、自宅(城)軟禁中じゃないですか。あんまりお金を使い過ぎても不味いんじゃあと思いまして――」
以前、チラッと付近の貧しい農村を一つ領地にしているなんて話を聞いてはいるけれど、現王である叔父に目を付けられているマリィさんの自由になるお金は少ないのではないのか。
常連のがくつろぐスペースやそこで提供される食べ物、そしてかなりの数の魔法剣のオーダーメイドと、今更ではあるが、最近の散財具合に少し心配になってしまったのだ。
しかし、マリィさんはあっけらかんと言ってのける。
「お金の事なら問題はありませんの。小規模なだけに領地経営は上手く回せていますし、何より、この世界で入手した素材を売りに出して、私かなりの金額を儲けていますのよ。特に以前わけていただいたベヒーモの肝臓を使って作らせたポーションなど、かなりの値段が付きましたようで……、まあ、その件がきっかけで叔父様からの締め付けが若干厳しくなりましたが、それは今更ですの……、なので、下手な貴族よりはお金を持っていますのよ私」
どうもマリィさんは、討伐を手伝ってくれるお礼にとたびたび渡している魔獣素材を加工して現金を得ているらしい。
そして、それがマリィさんを軟禁状態に追い込んだ叔父さんの耳に届いていると。
小声で囁かれた情報を耳聡く聞き止め、それって大丈夫なんですかと思わず聞こうとしてしまった僕だけど、残念ながらいまのところ異世界の事柄に直接手出しする手段が無いと、その言葉を途中で飲み込んで、
念の為に「何かあったら力になりますよ」と、ちょっとしたお節介を焼きつつも話を本筋に戻す。
「じゃあ、資金の心配もないということですし、バイクを買って改造するのが無難ですかね。それともカートみたいものをどこからか手に入れてきて改造した方がいいですか」
どうせ魔改造を施すのだからフレームがしっかりしているものさえ入手できればそれでいいのか。
いや、きちんと形さえ残っていれば錬金術を使って、別の金属に置換してやればいいのか。
それならいっその事、飛ぶだけのバイクを作ってみたらどうだろう。それこそSF映画に出てきそうなタイヤの無いバイクみたいなものを作ってしまったらどうだろう?
そんなアイデアを誰に聞かせるでもなくブツブツと呟くその傍ら、マリィさんと魔王様もいろいろと考えているみたいだ。
「悩ましいですわね」
「……(コクコク)」
しかし、なにはともあれ実際に乗ってもらわなくては具体的なアイデアも出せないのかもしれない。
そう考えた僕は二人にも体験してもらおうと元春を呼び寄せ、実車体験してもらうことにしたのだが、
それを聞いた元春が、
「つか、マリィちゃん達は大丈夫なんかよ。その、バイクがどんなものかもよく知んねーんだろ」
「それは大丈夫なんじゃないかな」
「おいおい。虎助にしちゃあ珍しく無責任な言い方だな。……ハッ、もしかして、マリィちゃん達が危なくなったところを助けてモテようとか考えてるんじゃねーだろーな」
そんな下衆なことを考えるのは元春だけだよ。
「二人とも魔法の箒くらいには乗ったことがあるだろうし、忘れてるかもだけどマリィさんの魔力は元春の何百倍もあるんだよ。それに魔王様は魔王様だし」
あの二人は、見た目は可憐な少女であるが、自動車サイズの魔獣くらいはものともしない実力の持ち主なのだ。
原付が出せるスピードくらいなら、派手に転倒したところで魔法でなんとかしてしまうのではないか。
それでなくともこのアヴァロン=エラには、ソニアの加護という一種の安全装置が備わっているのだから派手に転けたところで大した問題にはならないだろう。
いざとなったら僕は勿論、エレイン君達も各所にスタンバイしているしね。
僕はそんな説明で元春の心配を解きつつも、二人に乞われて、急にハンドルを切らないなど運転の際に注意すべき点を伝えて、いざ実車。
「うん。やっぱり普通に乗れてるね」
「ムムムムムムムム」
というか、これって元春よりも上手く運転できていないか?
元春も同じような事を思ったのだろう。
「マリィさんも、マオちゃんも、もういいんじゃないかな。俺も練習しないとだし、早く代わって代わって」
二人が簡単にゲート周りを一周したところで元春がそう言って割って入り、二人の試乗会は呆気なく終了する。
それにしたって普段の勉強もこのくらい真面目にしてくれればいいんだけど……。
ムンっと眉を立てながらも安全運転で発車する元春に僕が苦笑いを浮かべていると、
「虎助は練習しなくてもいいんですの?」
「ああ、この乗り物の免許証はペーパーテストに受からないといけないですから」
というか、原付免許の試験なんてものは、交通ルールを確認するペーパーテストさえ通ってしまえば、後は簡単な講習を受けるだけで免許がもらえるものだという。
だから、元春がやっている実技訓練は無用のもので――、
後日、受けることになったペーパーテストの結果がどうなったのかは言うまでもないことだろう。
◆久しぶりの後々出てくるかもしれない設定(変更の可能性アリ)
マリィ在住の魔法世界の一般的な魔法の箒は消費魔力1で平均時速が20キロ10分間の飛行が可能です。(最高速度や魔力消費量は魔法の箒のランクによって違います)
若い平凡な魔導師の魔力が20~30くらいなので、魔力回復量を見込みますと、魔力が尽きるまでにおよそ100キロの移動となります。(込める魔力を増やして移動スピードを上げたり風などの気象条件で移動距離に差ができますが)
因みにリドラ(マオに仕える黒竜)の移動速度はマッハ5となっております。
某コンバットゲームに登場する架空の戦闘機をも超えて、ミサイル並の速度となっております。




