真夏の怪?
それは、ある夏の夕暮れ。
急に降り出した雨から逃れるように万屋に避難してきた元春が、渡したタオルで頭をシャリシャリと拭きながら、思い出したように言ってくるのは、
「そういえば、この前、モルドレッドのとこで幽霊を見たんだけど、あれなんだったんだろうな」
「なんらかの魔獣でしょうか?」
どこか神妙な顔で話す元春に、次郎君がテーブルの上で踊るユイたん達の激しいダンスをチェックしながら冷静にそう返す。
「気になるなら記録を調べてみるけど、いつのこと?」
僕はそれが魔獣や魔法生物の類だったら記録が残るハズだからと、元春に詳しい日時を確認してみると。
「三日前の雨の日だ。
ほれ、俺が漫画を読んでて寝落ちしちまった日だよ。
その日の帰りにモルドレッドの下のところでなんか動いてるなって思ったら、こうホラー映画の女幽霊みたいなヤツがぬぅっと出てきてさ」
そう言いながら、頭を拭いていたタオルを髪の毛代わりに、手をだるんと前に垂らし、オーソドックスな女幽霊の真似をする元春。
僕はそんな元春に、チラリ。白けた目線を送りながら。
「うーん、調べた限りだと魔獣なんかが来たって記録はないんだけど。
ちょっと待って、カリアのログの方から調べてみるから、ベル君できる?」
元春が記憶していた時間に魔獣がやってきた記録がない。
ならばと、ゲート上空を見張っているカリアの映像記録から何か情報が得られないかと、万屋のインベントリに残っている一時ファイルの中から、それらしき映像のピックアップをベル君に依頼。
すると、今の会話の中で気になることがあったのか、次郎君が眼鏡のブリッジを持ち上げながら聞いてくるのは、
「そういえば、そういうアンデッドってどういう分類に入るんです?
あきらかに通常の魔獣とはカテゴリが違いますよね」
「えと、アンデッドの大半は魔法生物の分類に入るかな」
生き物が残した遺骸や残留思念が、魔素などの影響を受けて疑似生命化したものが、基本的にアンデッドと呼ばれるものの正体なのだそうだ。
「中には魔法儀式を使って、人間なんかがそういう存在に成り代わるとかいう例外もあるらしいけど、そういう存在は滅多に現れないらしいね」
「魔法的な即身仏のようなものですか」
即身仏か――、どうなんだろう。
ソニアの話だと、リッチとか強力なアンデッドがそれに当たるそうなんだけど、その際の方法やタイミングも様々で、その一種が即身仏になるのかな。
と、僕が続く次郎君の疑問符にどう答えたらいいものかと少し考えていたところ、ちょうどそのタイミングでベル君の頭上に『お探しの映像が見つかりました』という吹き出しがポンと浮かび上がったので、
即身仏うんぬんの話は、一応僕の考えを伝えた上で、『とりあえず後で資料をまとめておくから』とその詳しい説明は万屋のデータベースに丸投げするとして、
改めてベル君が調べてくれた結果を、僕と元春と次郎君、それぞれの手元に表示してもらったところ、そこに写っていたのは元春が言うようなおどろおどろしい化け物ではなく。
「元春が見たっていうのは――」
「ああ、これだな」
「成程、たしかに何かいるようですが、
しかし、これは暗くてよく見えませんね。明るさの調整とかできないんでしょうか」
そこに映し出されるのはモルドレッドの影から飛び出す元春と、その元春よりもやや低い影と、更に小柄なずんぐりむっくりとした影。
そして、僕が次郎君のリクエストに答える形で、その映像のハイライトを調整していったところ。
「ああ、これカオスだね」
「カオス?」
「カースドールのカオスだよ。
元春も知ってるハズだけど、忘れちゃったの?」
「は?」
素っ頓狂な声を出すのは元春だ。
「あの時、たしか次郎君も一緒にいたよね。
ほら、カプセルの中で調整中だった」
元春なら憶えてると思ったんだけど、この反応は忘れちゃったのかな。
追加でヒントを出しつつも次郎君に水を向けたところ、元春のみならず次郎君まで『あっ、ああ――』と大きな声をあげて、
「ちょっと待て、あの子俺にくれる約束だったじゃんかよ」
いや、なにを言い出すのかなこのおバカさんは、
「それは聞き捨てなりませんね。彼女は僕が引き取るという話だったハズでしたが」
えと、次郎君も、僕はそんな約束一言もしてないと思うんだ。
ただ、ここでそんなことを言ったところで二人は聞いてくれないだろうから、僕は二人の勝手な主張を右から左へ華麗に受け流して。
「まだ新しく目覚めて、いろいろと新しいことを勉強中だから、いまは特に誰がどうってことはないんだけど」
ちなみに、元春が目撃した時はその勉強の一環で、エレイン君と一緒にモルドレッドの掃除と点検をしてくれていた時だったみたいだ。
点検中ということでモルドレッドのイルミネーションを落としていたみたいで、その暗がりも相まって、元春が幽霊と見間違えてしまったらしい。
もともと、カオスがカースドールということで、多少そういうものに間違われる素養があったとしても、よく見れば二人が一目惚れするくらいに美人さんなんだから、そこまで怖がらなくてもいいと思うんだけど。
意外とこういった突発的な状況に出会した時、逃げに走るのが元春という友人である。
「おう、じゃ、その勉強ってのが終わったら俺のカオスちゃんになるってことか」
「それは本人に聞いてみないと」
ここで変な言質を取られるわけにはいかないから、ここはハッキリと答えずに曖昧に笑顔を浮かべて誤魔化しておこう。
と、そんな僕の魂胆は次郎君も理解しているみたいだ。
元春の戯言にも余裕の表情で、
「でもよ。コミュニケーションの勉強ってことなら、俺もなんか話しかけたりした方がいいんか」
「うん、それはそうだね。
でも、あんまり変なことは教えないでよ。
赤ちゃん――とはちょっと違うけど、いまの彼女はそれに近いところがあるから」
いうなれば、いまのカオスは記憶喪失のようなものだ。
もともとカースドールの原型となった人形に、インプットされていた運動機能や家事能力はそのまま使えるようになってはいるけど、カースドールとして活動してきた記憶や、その活動の中で身につけた技術なんかは全てデリートされてしまった状態なのである。
だから、妙なことを教えられても困ると、カオスの現状を踏まえた上で僕が二人に注意をしたところ、元春は「うーん」と難しい顔をして、
「でもよ。それって逆に、ここでしっかり教え込めば、カオスちゃんを俺色に染め上げることもできるってことなんじゃね」
うん。清々しいまでに元春だね。
そんな元春の一方で次郎君はフワリと前髪を掻き上げて、
「フッ、そんなことになんの意味があるのです。
純粋培養で育った彼女と共に成長する。それこそが至高なのでは」
眼鏡を光らせてまで、なにを言っちゃってるのかな。
「はぁん、至高って、
結局、次郎もやることは一緒なんじゃねーかよ」
「なにを言っているんです。僕は余計な介入は彼女の教育が終わった後と言っているんです」
そして、無駄に白熱する二人の主張のぶつかり合い。
僕がそんな二人の姿に『こういうところを見るとやっぱり次郎君も元春の友達なんだよね』と他人事ではない感想を一人で呟いていると、ゲートに光の柱が立ち昇り。
「マリィさん、いらっしゃいませ。今日は早いですね」
来店したのはマリィさんだ。
「はい、例の街道封鎖の一件の余波で面倒な要望を出してくる貴族が減りまして」
これを怪我の功名というべきかな。
例の騒ぎがあったことでガルダシアに迷惑を掛ける貴族がめっきり減ったそうな。
その結果、マリィさんが処理しなければならない案件が激減したようで、
軟禁されていた時――とまでではないものの、マリィさんのしなければいけない仕事が少なくなったそうだ。
「それで彼等はなにをしておられますの」
「それが三日ほど前に、元春が仕事中のカオスに出会してしまったみたいでして――」
「ああ、それで――」
ちなみに、マリィさんはカオスが動き出したことを知っている。
というよりも、別に隠してはいなかったんだけど……。
そして、元春と次郎君の性格もだいたい把握をしている。
その結果、カオスの名前が出た時点で、言い争いのようになっている二人の状況を大体理解したと、哀れみを帯びた視線を元春と次郎君に向けると、いつものようにエクスカリバーさんにご挨拶。
そのまま和室へ移動して、リィリィさん以下、新しくお手伝いに加わった数名の妖精さん達と一緒に龍の谷の探索と血液採取を続ける魔王様と軽く会話を交わし、いつもの定位置に。
ちなみに、そんな魔王様達はといえば、元春と次郎君の話に我関せず――というよりも、二人の言い争いにはまったく興味がないようで、
「……虎助、残りのドラゴンからも血を取った」
おっと、第一陣から漏れた龍種の血液採取も終わったみたいだね。
僕は魔王様から追加の龍種の血液の鑑定依頼を受けつつも。
「成程――、
それは一理ありますね」
「だろ」
「ならばどうします?」
「さり気ない介入。
だが、俺達がバラバラにやっても意味があるまい」
「ふっ、ではまずは二人でということでいですよね」
「おうっ」
さて、この二人をどうしたものか。
趣味のことになると同レベルになってしまう二人に、チロリと残念な視線を向けるしかなかった。
◆次回の投稿は水曜日の予定です。




