登校日・前編
◆ライトなネタとして書き始めたのですが、長くなりそうなので二分割にしました。
龍の谷の探索から数日――、
シャイザークを含む谷の龍の採血が進み、とりあえず第一陣として、蒼空には数十匹に及ぶ龍種の血液のサンプルを持って帰ってもらうことが決まった。
ちなみに、シャイザークへの採血だが、意外な程に順調に終わった。
というか、万が一にも気付かれる訳にはいかないと、慎重にことを進めたのだが、シャイザークはモスキートのことなどまるで気付かない様子で、採血し放題といった感じで、まだ行けるのか、まだ行けるのかと、予想以上に大量の血液を採取することに成功したのだ。
と、そんな龍の谷の状況はそれとして、その日、僕は久しぶりに学校へ顔を出していた。
なぜかといえば登校日だったからだ。
しかし、いざ自分の教室に入ってみたところ、どうも教室の空気がおかしい。
妙に殺気立っているというかなんというか、クラスメイトの数人が妙にピリピリとした空気を醸し出しているのだ。
はてさて、この雰囲気はいったいなんなのか。
まあ、ここは難しく考えず、それを知っていそうな人に直接聞けばいいと僕は、教室の中で特に剣呑な雰囲気を――というか、明らかにギリリと般若のような顔になってる元春に軽く事情を聞いてみたところ。
「見ろ。裏切り者だ」
素っ気ない言葉と共に元春が指さすのは、楽しそうに男女で話すクラスメイトの姿。
ああ、そういうこと――、
どうやら元春以下友人一同は、この夏休み前半に女の子と仲良くなっていたクラスメイトに嫉妬しているみたいだ。
聞いてみればなんともない、いつも通りの友人達である。
ということで、僕は『動機がわかればなんてことはない』と、安心して自分の席に戻ると、きょう提出する予定になっている宿題を机の中に入れていく。
すると、そこに隣の席の佐々木さんがやってきて、『おはよう』と、休み前のように気軽な挨拶を交わしたところで、真面目な顔をした佐々木さんが、
「あの、間宮君、ホームルームが終わったらちょっと付き合ってくれる」
おっと、佐々木さんが僕に用事なんて珍しいこともあるものだ。
いったい何の用事だろうと思いながらも、僕が「別に構わないけど――」と返事をしようとしたところ、さっきまで楽しそうに話すクラスメイトに怨念を送っていた元春が瞬発、アヴァロン=エラで鍛えられた僕の目をもってしても『速い』と言わざるを得ないカサカサっとした動きで、いきなり胸ぐらに掴んできたかと思いきや、またこんな訳のわからないことを言い出すのだ。
「虎助、テメーもか。
いつの間に佐々木っちと――、
マリィちゃんはどうすんだよ」
取り敢えず、ここでマリィさんの名前を持ち出すのは問題があるんじゃないかな。
あと、マリィさん本人にも失礼だからね。
僕があまりに理不尽な元春の物言いに、他人事のように心の中でそう呟く一方で、周囲の友人一同はやはりというかなんというか『マリィさん』といういかにもな外国人名にソワソワと、なにか話を聞きたそうな視線をこちら送ってくるのだけれど。
正直、マリィさんのことをみんなに説明することは難しい。
なので、ここはあえて周りの反応を無視をするとして、
「いつの間にもなにも、佐々木さんはただちょっと用事があるっていっただけだよね」
「わかってるさ。ただ俺たちは女子にかまってもらいてーんだ」
ああ、そういうこと。
どうも元春は佐々木さんが口にした『付き合って』という言葉に過剰反応してしまったみたいだ。
そして、そんな理不尽な理由から突っかかってきた残念な友人の行動に、僕は『これはいつもの話が通じないパターンだな』と早々にその説得を諦め。
「それで、佐々木さん。付き合ってくれってどういうことなの」
ここは建設的にと佐々木さんに話の続きを促すのだが、どうも佐々木さんはこの状況に困惑気味なご様子だ。
「えっと、そのまま話を続けるのね」
「元春がこの状態になると何を言っても聞いてくれなくなっちゃうから」
そういうところは義姉さんにそっくりだよ。
ため息をしながら僕がそう言うと、佐々木さんはいまだ僕の胸ぐらを掴んでいる元春をチラリ見て、「苦労しているのね」と頭を振って。
「落ち着きなさい。間宮君も言った通り、私が『付き合って』っていったのはアンタ達が考えてるようなことじゃないから。ちょっと間宮君にお願いがあるだけよ」
どうやら佐々木さんのお願いは、他の人に聞かれたところで、なんら問題のないお願いらしい。
ということで、佐々木さんは元春達に落ち着くようにとそう言い聞かせてくれるのだが、
ただ、元春達もその内容を聞くまではと面倒臭くもそう思ったみたいで、
「お願い?」
「それは俺達も聞いていい話なんですかい?」
妙な語り口調で佐々木さんにそう聞いていったかと思いきや、
「なによ。その喋り方」
「そんなツッコミはいいから、佐々木っち、はよ理由、ハリー」
佐々木さんの切り返しには全く取り合わず、早く本題をとばかりに急かしていく元春達。
「いや、アンタ達が言い始めたことじゃない」
佐々木さんはそんな元春達の面倒な態度にブツブツと文句を言いながらも、ここにきて、元春達がこうなってしまったら話が通じないという僕の言葉をようやく理解してくれたみたいだ。
少し呆れたような表情を見せながらも、気を取り直すように喉を鳴らして、キリッと真面目な顔になったかと思いきや「実は昨日のことなんだけど――」と、ようやく本題に入ってくれた。
と、そんな佐々木さんの話をまとめると、どうも昨日からの女子テニス部の周りで、猫の悲しげな鳴き声が聞こえてくるそうで、佐々木さんは僕にその猫の居場所を探して欲しいらしい。
なるほど、それで僕に『付き合って』と声をかけたワケか。
小学校の頃から、元春や義姉さんに巻き込まれる形でいろいろやってきて、僕がそういうことが得意なのはそれなりに有名な話らしいからね。
多分そのことを知る女子部の誰かに聞いたんだろう。
ただ、ここで問題なのは――、
「ねぇ、間宮君、説明したのに収まらないんだけど」
「ああ、うん……、
目的はともかく、その猫の鳴き声が聞こえるって場所が悪かったね」
そう、これがただ猫を見つけてというだけの話だったら、そこで話は終わっていたことだろう。
ただ、その捜索場所が部室棟二階、女子の部室からとなると話は別だ。
捜索の場所が男子禁制の部室棟の二階で、そんな場所への立ち入り許可が出ると思われる、この猫の創作をこの友人達が見逃すハズもない。
そして、案の定――というよりも確実に、元春達も自分達も参加する流れに持っていきたいのだろう。
別に自分達が頼まれたのでもないというのに『おっしゃ、俺達も協力するぜ』と勝手なことを言い出して、
「もう、こうなったら元春達にも付き合ってもらえばいいんじゃないかな」
「おいおい、虎助、最高かよ」
「マジか、マジで俺達も――」
そうすれば少なくとも文句は出ないと思うんだけど……、
僕はそう言って佐々木さんを伺うのだが、佐々木さんは明らかに嫌そうな顔をして、
「ねぇ、本当にコイツ等を連れてくの。
役に立つとは思えないんだけど。
むしろ、なにか盗まれないか心配だし」
当然そこは警戒するよね。
「ヒッデ、佐々木っち、ヒッデ」
「俺達、ソンナコトシナイヨ」
「てか、それをいうなら虎助だって」
「間宮君はそんなことしないでしょ」
元春達の文句に真顔で答える佐々木さん。
実際、僕もそんなつもりはないから、佐々木さんの主張は間違っていないのだけれど、それに納得できないのが元春達である。
「差別だ。差別」
「うるさいわね。これは差別じゃなくて区別。
アンタ達、自分がこれまでなにをやってきたのかおぼえてないの」
しかし、やっぱりこういうことは普段の行いがものをいうワケで、佐々木さんの言うことももっともなのだが、
ただ、相手は残念な友人達だ。正論が通じる相手ではない。
ここでついてくるなと言ったところで、一度、部室棟の二階に入れるかも――という話を聞いたからには、このチャンスを黙って見過ごすことはできないのだろう。
それを考えると、どうせ後でこっそり――、いや、堂々とついてくるに決まっているから。
「佐々木さんの心配なのもわかるけど、元春達にはなにを言っても無駄だと思うよ。放っておいても勝手についてくるだろうから、それだったら僕達の監視下においた方がやりやすいんじゃない」
それなら、なにかあった時、すぐに対処ができるようにと手元に置くのが無難だと、僕がそんなアドバイスを送ったところ、佐々木さんは少し考えて、
しかし、すぐに僕が主張が間違いじゃないという結論に至ったのだろう。
諦めたように肩を落として。
「仕方がないわね。アナタ達もついていらっしゃい」
「「「おっしゃ――、佐々木っちから女子の部室にお誘いされたぜ」」」
「ちょっ、誘ってないから!?」
『誤解されたらどうするのよ――』とそう言わんばかりに大声で否定する佐々木さん。
しかし、元春達はそんな佐々木さんの声にも耳を貸さずに大はしゃぎ。
このままだと、せっかく容認に傾いていた佐々木さんの心がまた排除の方に戻ってしまうかもしれない。
なので、ここは少し、話の流れを変える意味でも、
「はしゃぐのはいいけど元春、宿題とかちゃんと持ってきたの?
あれ、ちゃんと提出しないと居残りだから、調査とかにも加われないと思うけど」
「ん、ああ、ちゃんと持ってきたぜ」
「ちょ、なんでやってきてんだよモト」
「ふん、舐めるなよ小僧、俺がいつまでも同じところに留まっていると思ったか。つか、宿題未提出だと居残りじゃね」
「こん裏切り者がぁ」
「昼までに絶対終わらせてやらぁ」
◆次回、水曜日の投稿に続きます。




