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転生龍帝シャイザーク

「大規模な戦闘のようですが、これはどういう状況なのでしょう」


 騒がしい声に誘われて、魔王様の操作でモスキートを向かわせた先にあったのは、牧歌的な谷の風景とは不釣り合いな戦いの現場だった。


 横幅にして五百メートルはある谷の中央付近、一体の翼を持たない巨大なドラゴンが、ひっかきに噛みつきと、隙あらば襲いかかってくる複数体のドラゴンに対して、モーニングスターのようなしっぽの振り回し、孤軍奮闘戦っていた。


 聞こえてくる声から、取り囲まれているドラゴン――、

 尾棘龍とでも呼ぶべき巨大なドラゴンが、谷の入り口のところにいた龍達も口にしていた、シャイザークなるドラゴンからの謝罪を求められ攻撃されているようであったのだが、


「……リドラ?」


「残念ながら我にもわかりませぬ。

 雌を取り合っての決闘ならまだしも、このように多数で取り囲み、相手を追い込むような戦いは、通常この谷の中においてはあり得ぬことですので」


 謝罪を求めるだけにしてはやりすぎなんじゃないのかと、そんな魔王様の疑問に首を振るリドラさん。

 そんなリドラさんの話によると、平時この谷においての戦闘行為は、その多くが一対一の戦いで、このようによってたかって相手を追い詰めるような状況はあり得ないのだという。


 ただ、実際にこうして争いが起っているのだから、なにか原因はあるハズだ。

 僕達はこのリンチのような状況がどういった理由の下に行われているのか、詳しい情報を求めて、戦いの現場に近づこうとするのだが、スケールの大きな龍の谷の中、彼等が戦う上空までにはそこそこの距離があり、ターゲットにされている尾棘龍が発見された時にはもうやられる寸前だったこともあって、モスキートが現場上空に辿り着いた頃には、孤軍奮闘戦っていた尾棘龍は複数のドラゴンに伸し掛かられるように押さえつけられる状態になっていて、

 と、地面に押さえつけられた尾棘龍にゆっくりと近付いていくドラゴンが一匹。

 こちらは、リドラさんと同じく翼と手がそれぞれ独立した、艶のある黄色の鱗を持つドラゴンで、周囲の声から察するに、このドラゴンが噂のドラゴン、転生龍帝シャイザークのようである。

 そんなシャイザークが周囲からの自分を褒め称える声を周囲から浴びながら、悠々と押さえ付けられた尾棘龍に近づいて、何をするのかというと――、


「首に噛み付きましたね」


「止めを刺すつもりでしょうか」


「……」


「いえ、この魔力の流れは――」


 直後、シャイザークが噛み付いた尾棘龍の首元からほとばしる赤い光。

 その赤い光が描き出すのは一つの魔法陣。


「……血龍印」


「そのようですな」


 どうやら、いまのが血龍印を相手の体に刻みつける儀式だったみたいだ。

 ただ、やられる側の尾棘龍も黙っていない。

 シャイザークが血龍印を刻みつける儀式に集中しているその隙を狙って、その耳元で『止めろ――っ!!!!』とシャウト。

 超巨大な谷を震わせるその絶叫によって、儀式を行っていたシャイザークと自分を押さえつけていたドラゴン達を一瞬硬直。

 すると、尾棘龍は先端に棘鉄球のようなコブをつけた尻尾を大きく振り回し、自分の上に乗っかっていた数体のドラゴンを弾き飛ばすと強引に拘束から脱出。

 自分の首筋に噛み付いて、血龍印を刻みつけたシャイザークにお返しだとばかりに噛み付き、そのままぐるぐると回り始め、噛み付いたシャイザークもろとも小さな竜巻のように破壊の権化と化す。


 と、僕達はそんな激しい戦闘を眼下に見ながら。


「リドラさん。今のはどういう意味があったんですか」


「わかりませぬ。我の知っておる血龍印は両者の合意があって発動可能な魔法でありますので、あのように噛み付く必要はないハズなのですが」


 リドラさんによると、血龍印の付与は通常、龍種同士がなんらかの約束事を取り決める時に使う魔法であって、敵対しているような相手に使うような魔法ではないのだという。

 その儀式もいま見たものとはまるで違い、普通の契約魔法そこまでかわらないものらしく、シャイザークが尾棘龍に課したソレはまったくの別物で、

 ただ、みんなでよってたかって押さえ付け、あえてその印を刻むからには何かしらの意味があるのではとのことである。


「やっぱり呪いのようなものでしょうか。

 ヴェラさんの件もありますから」


「かもしれませぬ」


 ヴェラさんは血龍印の所為で自分がエルフのような姿になってしまったと言っていた。

 だとするなら、いまシャイザークが尾棘龍に刻んだ血龍印にもそういう効果が付与されているのではないか。

 そう思って見ると、眼下で戦っている尾棘龍の動きが段々と悪くなってきているようにも思える。

 ただ、それは、単純に先の戦いで尾棘龍が弱っているという可能性も無くはなく。


 僕がリドラさんと話をしながらそんな考察をしていたところ、ここで魔王様があからさまに動きが悪くなった尾棘龍を見て、


「……虎助、このままだとあの龍がやられる」


「そうですね。それはわかっているんですけど――」


 その小さなボディに似つかわしくないスペックを持っているモスキートとはいえ、複数の――、いや、たとえ一体だけだったとしても、龍種という存在は簡単にどうにかできる相手ではない。

 ただ、魔王様としては目の前で傷つく尾棘龍を放っておけないようで、悲しそうな視線をモスキートから送られてくる現地の映像に落とすのだが、

 そんな魔王様の想いとは裏腹にリドラさんは、


「マオ様、我ら龍種という生き物は戦いに誇りを持っております。ここで助けに入るのはあの者も望んではいないかと」


 それは龍という種族における特有の考え方か。

 いや、龍種が備える本能的な思考パターンなのかもしれない。

 当然、魔王様もそれで納得はしていないだろうけど、リドラさんのその抑揚のない訴えは代えがたい響きを宿しており。

 結局、僕達はそれからなにをするでもなく、ただ尾棘龍の孤独な戦いを見守ること数分――、

 やはり結末は変わらなかったようだ。

 血龍印の影響からだろうか、尾棘龍の回転がかなり緩んだところで、一匹のドラゴンから放たれた火球型ブレスがその横顔を直撃。

 その勢いで尾棘龍が転倒。

 シャイザークもその(アギト)から抜け出し。

 そこにシャイザークの命令を受けたドラゴン達が殺到。

 ブレスに噛み付き、ひっかき攻撃など、多勢に無勢な全員攻撃の末に尾棘龍の瞳から永遠に輝きが失われる。


 と、そんな尾棘龍の最後に対して、戦いに勝ったシャイザーク率いる一同は大騒ぎ。

 倒れた尾棘龍を取り囲み、ギャイギャイと騒がしい鳴き声で尾棘龍に止めを刺したシャイザークを褒め称え、当のシャイザークは尾棘龍を踏みつけながら、いかに自分が強いのかと咆哮をあげる。


 と、テンション高いシャイザーク達の一方、リドラさんは低く唸るように。


「戦いに負けた者を足蹴に蔑むとは龍の風上にもおけぬ輩よ」


 しかし、それ以上、僕達が出来ることはなく。

 その一方で、ひとしきり自分達の勝利を騒ぎ立てたシャイザーク達は、シャイザークの号令で倒した尾棘龍を担ぎ上げ。


「どうするつもりでしょう?」


「我が谷にいた頃は、不幸にも戦いに敗れて命を失ってしまった同胞は、その場に埋葬しておりましたが、彼奴らがそのような殊勝なことをするとは思えませんな」


 憤懣やる方なしといった声色のリドラさん。

 たしかに、ここまでのシャイザークの行動を見るに、彼が自分と敵対をしていた相手を丁重に扱うとは思えない。


「ともかく、どこに持っていくのか、後をつけてみるしかありませんね」


「ですな。マオ様」


「……ん」


 と、戦勝ムードをそのままに尾棘龍を運び始めたシャイザーク達を追いかけていったところ。

 そこは谷の中央付近になるのかな。日も差し込まないような深い谷の底、ポッカリと空いた横穴の中に尾棘龍の死体を担ぎ入れるようで、

 魔王様が操るモスキートも、気付かれないようにその後を追いかけ、横穴に入っていくと――、そこにあったのは龍種の死体がずらりと並ぶ巨大な氷晶洞窟。

 いや、これは、すべてがすべて氷の結晶ではないのかな。洞窟中にはパステルカラーの魔力光を放つ結晶がそこかしこから生えており。


「ここは龍の墓場ですの?」


「いえ、龍の墓場は通常とは別の空間にあるそうですから」


 ソニアに聞いた話によると、龍の墓場はアヴァロン=エラのような場所に存在する土地らしい。


「それにこの場所、どちらかというと保管庫のように見えません?」


「言われてみますと、まるでコレクションルームのような場所ですの」


 そもそも洞窟の作りが人工的だし、なによりもそこに並べられている龍の数が異常である。

 と、そんな龍の遺骸を一つ一つチェックしていったところ、とある龍の亡骸が映し出されたところでリドラさんの口から小さな驚きの声が零れ。


「リドラさん。どうしました?」


「いえ、かつて見知った同胞の亡骸があったもので」


 リドラさんがその長い首を伸ばして食い入るように見つめる魔法窓(ウィンドウ)に映し出されるのは、きれいな金色の鱗を持つ東洋龍のような――いや、魚類のような体を持つドラゴンの姿だった。


「あの、どういうご関係で?」


 失礼かもしれないとは思ったのだが、リドラさんの様子からなにかあるのではないかと聞いてみると。


「……我とヴェラの兄貴分のような(かた)ですな」


「それは――」


 意外な場所で知る知人の死――、そのショックは計り知れまい。


「ちなみに、ヴェラさんはこのことを?」


「おそらく知らないでしょう。知っていたのならなんとしても谷に戻ろうとするハズですから……、

 なによりサザンがこんなことになっていると知っていたのなら、再開した際に罵詈雑言を浴びせられてもおかしくはなかったでしょう」


「そう、ですよね」


 ヴェラさんの性格を考えると、このことをリドラさんに話さないとは思えない。

 だとするなら、この龍がこうなってしまったのは、ヴェラさんが龍の谷を出た後ということになるだろう。

 そして、この事実はヴェラさんのみならず、リドラさんとしても放ってはおけない事柄であるようで、


「マオ様――」


「……リドラの好きにすればいい。みんな手伝うから」


「ありがとうございます」


 ただ一言、名前を呼んだだけですべてを察した魔王様。

 そんな魔王様の言葉にリドラさんは深々と頭を下げ。


「では、まずは当初の予定通り血の採取とその鑑定をお願い致します。

 我個人としましては、すぐにでもサザンとところへ飛んでいきたいところですが、ヴェラのこともあります。後のことは虎助殿達の調査結果が出てからということで――」


 ただ、リドラさんの最優先はヴェラさんの回復のようだ。


「そうなると、当初の予定通り、シャイザークの血を取ってそれを持ち帰ることが第一目標となりますね。

 では、魔王様――」


「……ん、任せて」


 そして、僕の促すような声に、魔王様は気合のこもった瞳でモスキートを操り、尾棘龍を置いて洞窟から出てゆくシャイザークの後を追いかけていくのだった。

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