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潜入、龍の谷

◆対象がドラゴンだと、どれくらいスケールを大きくしていいのか迷います。

 魔の森と呼ばれる深く魔素の濃い森を抜けた先にある大きな亀裂、

 直径にして千キロはゆうに超えるであろう巨大なテーブルマウンテンを切り株に見立て、そこに斧を振り下ろしたかのようなこの巨大な亀裂こそ、龍の谷と呼ばれる場所だそうだ。


 魔王様達が暮らす精霊の森から蒼空が飛び立って一ヶ月、

 天候や別の事件など、途中に幾つも発生した予定変更の影響を受けながらも、今日ついに辿り着いたそこは、齢千年以下の若い龍種(ドラゴン)が集まる、その世界にあって特異な土地だという。


 とはいえ、調査はここからが本番。

 そろそろ大詰めとなっているボロトス帝国のティターン復活の動きも気にはなるけど、そちらはそちらで監視を続けているので、なにかあった場合、ティターンの対応にも当たれるようにと準備を整えた上で、


「では、リィリィさん、よろしくお願いします」


「かしこまりました」


 龍の谷のすぐ近く、魔獣はびこる森の片隅にある巨大樹の天辺近くに止まっていた蒼空のマジックバッグから、しっかり者の妖精リィリィさんの操作でモスキートが放たれる。


 ちなみに、いま放たれたモスキートというのは、その名の通り、蚊を模した超小型ゴーレムとなっている。

 しかし、極小のゴーレムだからと侮ることなかれ、そこはソニアが作ったゴーレムである。

 その性能は折り紙付きで、各種レアな魔法金属をふんだんに盛り込まれて造られたモスキートは、体長にして一センチにも満たない小ささにも関わらず、空飛ぶ戦車として名高いアパッチを超える機動性と耐久性を有しているという。


 さて、そんなモスキートを操るのは魔王様。

 今回の調査がリドラさんの今後に関わることだということで、自らその役目を買って出てくれたのだ。


 そして、モスキートを操作する魔王様の周りには、リィリィさんを始めとした妖精飛行隊のサポートメンバーがついてくれている。

 単純にゴーレムなどの扱いなら、フルフルさんやレナレナさんの出番となるのだが、ことその仕事がサポートともなると、日々、自由気ままに暮らす妖精達をまとめるリィリィさんを中心としたメンバーの独壇場となってしまうのだ。


 と、そんなリィリィさん達の他にも、魔王様のサポートには、僕は勿論のこと、今日の為に予定を開けてくれた――というか、探索する場所が龍の棲家ということで仕事を投げ出してきた――マリィさんがついている。


 そして、魔王様がモスキートを飛ばすこと数分――、

 グランドキャニオンすらチープに見えてしまう程の巨大な谷の入口が見えてくる。


 と、そんな谷の入り口には、見張りだろうか、緑と青の鱗を持つ二匹の飛龍がまるで金剛力士像のように入り口の左右に別れて鎮座しており。


「さて、ここからが本番ですよ」


「……ん」


「緊張しますわね」


 あらためて言う必要はないと思ったのだが、自然と口から溢れてしまったその言葉に、魔王様が声だけの頷きをくれ、マリィさんが背筋を伸ばす。


 そして、誰もが意味もなく息をを潜める中、魔王様はモスキートを谷の正面ど真ん中、地面ギリギリのところを飛ばしていのだが、

 その途中、龍語でいいのだろうか、唸るように咆哮を上げる二体の飛龍の会話が聞こえてくる。


 ちなみに、彼等の声をバベルの翻訳にかけると、こんな感じになるみたいだ。


『なあ、俺達いつまでこんなことやらされんだろうな』


『言わないでよ。僕だってまさかこんなことになるとは思ってなかったんだから』


『せめてギラースさんがいてくれたら、あんな野郎をぶっ飛ばしてもらって、さっさとキレイな()ネーチャン()に声をかけにいくんだけどよ』


『ちょ、君――、

 そんなこと喋ってるとシャイザークに殺されちゃうよ』


『へっ、偉大な転生龍帝様が俺達みたいな下っ端の話なんか聞いてるかよ』


『そうでもないと思うけど……、

 ここ何日か、彼の信奉者がピリピリしてたし』


『ああ、そりゃ、例の新入りの件だろ。

 さすがに俺もあそこまでバカじゃねぇよ。

 いまは来る時に備えて爪を研ぐ時だぜ』


 なんか龍種とは思えない物凄く俗っぽい会話なんですけど……、

 ただ、会話の中にあった、転生龍帝とか、信奉者とか、そういう話はちょっと気になるかな。


 と、彼等の話を聞いて、そう思ったのは僕だけじゃなかったようだ。

 マリィさんを始めとしたここにいるメンバーが、それぞれ難しい顔をしているのだが、いまは谷の中に入ることが最優先だと、彼等の会話の考察は後回しに、低空飛行するモスキートから送られてくる映像を緊張の面持ちで追いかけ。


「意外とすんなり行きましたね」


「このゴーレムの羽音は、我でも気を張っていないと気づかぬくらいのものですからな。見張りを任されるような若い龍では気づけないのも当然でしょう」


 ホッとしたような僕の声に、どこか自慢気に答えてくれるのはリドラさんだ。

 ちなみに、普段こういう場にあまり顔を出さないリドラさんが、なぜ今日は顔を出してくれているかというと、今回の潜入のメインの目的がリドラさんの無実を晴らすことであるということに加えて、龍の谷の全貌を知るのはリドラさんしかいないからだ。


 そして、今更ではあるのだが、いま僕達がいるのは工房の裏手にある世界樹農園。

 僕としては、今回の探索が魔王様の世界での――というか、リドラさんの個人的な問題が大いに関わる調査だということで、その作戦本部は魔王様の拠点に作って、僕達はそれを見学させてもらう形になるのかと思っていたのだが、リィリィさんが言うには、あちらの世界に本部を置くと、ボロトス帝国の監視をしている妖精飛行隊のみなさんが気もそぞろになって、なにかポカをやらかしてしまうかもということで、アヴァロン=エラから作戦をすることになったのだ。

 あと、そこにリドラさんも参加するとなるとそれ相応に広いスペースが必要になるということで、この世界樹の袂からミッションを行うということになったという理由もあったりするのだが……。


「それで入り口の二人はどうしましょう。一応血液を採取しておくんですか?」


「……リドラ?」


「そうですな。ここの見張りを任されるような若輩者がヴェラの件に関わっているとは思えませんが、せっかくですから血液を採取しておきましょうか。

 採血の練習にもなるでしょうし、我等の血でしたら利用価値はありますから」


 僕の問いかけからの魔王様のお伺い。そんな二人分の問いかけに、リドラさんはとりあえず龍の血を取っておいても損はないと、意外にも現実的な観点からの意見をくれる。


 ちなみに、今リドラさんが口にしたヴェラという人物(?)は、ボロトス帝国による精霊金奪取計画に紛れる形で、魔王様達が拠点とする精霊の森への侵入を果たした、エルフの姿にされてしまったドラゴンの女性である。

 今回の調査は、そのヴェラさんがエルフの姿になってしまったその原因究明と、それによってリドラさんにかかっている嫌疑を晴らすというのが主な目的となるのだが、リドラさんとしては、それ以外にもここまで自分の為にいろいろ手を打ってくれた魔王様の利益なども考えてくれているみたいで、龍の血液の採取は積極的に行っていきたいらしく。


「マオ様、あのタイプの同族は首の大部分が死角となります。念の為、羽音を気付かれないようにと頭から少し離れた首の裏側を狙うと良いですぞ」


 リドラさんの的確なアドバイスを受けて、魔王様は龍血採取の最初のターゲットとなった青龍の首筋にモスキートをソフトランディング。

 いざ、見張りのドラゴンの血液を採取していこうとしたところ、ここで一つの発見をすることに。


「……血龍印」


「ですわね」


 モスキートが着地した青龍の首元にあったのは、ヴェラさんをエルフのような姿にたらしめていると思われる血の魔法陣。

 しかし、リドラさんからしてみると、谷の入口というこの場所にいるドラゴンに血龍印が見られるというのはおかしなことのようで、


「これは妙ですな」


「妙、ですか?」


「はい。血龍印を刻むものがここに立つという状況が妙といいますか、なんといいますか」


 ただ、リドラさん自身、血龍印に関する情報についてはあまり触れられたくないことのようで、やや曖昧な表現になりながらも、見張りをしているようなドラゴンが血龍印を首筋に刻んでいること自体が不思議だと教えてくれるのだが、


「……どこの血を取る?」


 魔王様も魔王様でそんなリドラさんの様子から気を使ったのか、それ以上のことは追求せずに、僕に向けてどこの血を採取すればいいのかと指示を請い。


「できれば、血龍印とそうでない部分から採取していただけるとありがたいです。

 そちらの方がオーナー(ソニア)も比較がしやすいでしょうから」


「……わかった」


 調査するソニアのことを考え、僕がそうリクエストをしたところ、魔王様は先にいま着陸した血龍印周辺の血液をと、モスキートの位置を血龍印の魔法陣の模様が奔る皮膚の上に移動させて採血を始める。


 ちなみに、本来、蚊が吸血行為を行う際は、相手に気付かれないように麻酔作用のある体液を注ぎ込むというがモスキートにそれはない。

 モスキートの針がオリハルコン製な上に、その針そのものが細く鋭く作られている為、吸血されていることを気付くのが難しいからだ。

 あと、蚊が麻酔液を注ぎ込むのは血が固まらないようにという意味もあるというが、こちらに関しても、モスキートそのものに採取した素材を保存する魔法を付与してある為、その必要がなかったりする。

 そして、採取された血液はモスキートのお腹にセットされている伸縮性のカプセルに保存され、そのままモスキートに付与されているマジックバッグの中へと収納されてしまうので、血を吸い過ぎて発見されてしまうなんてこともないと思う。

 と、そんな感じで龍の谷の入り口を守る龍の一匹から採血を終えたところで、もう片方の龍も同じように採血を行っていくことになるのだが、


「こちらにも血龍印が刻まれていますわね」


「……そうですな」


 こちらのドラゴンからも血龍印を発見。

 印のある場所と無い場所からの採取を行い。

 そして、ようやく立ち入ることになった龍の谷だが――、

 果てしなく伸びる谷底の草原に、のんびりと草を()む色とりどりの鱗を持つ龍達。

 その中にはじゃれ合いの延長のような取っ組み合いをしている龍もいるにはいるのだが、基本的に『スローライフ』とそんな言葉が似合いそうな場所のようで、

 そんな谷の様子にマリィさんが思わずこんな呟きを零してしまう。


「しかし、なんといいますか、龍の谷とは想像していたよりも遥かにのどかな場所ですのね」


 マリィさんとしては、龍の谷というその名前から、リドラさんのようなドラゴンらしいドラゴンや、ヴリトラのような超巨大なドラゴンまでもがそこかしこに跋扈するような、驚愕の景色を想像をしていたのかもしれない。

 しかし、実際の龍の谷は、某名作アニメにあるような、緑の絨毯の上を風が通り抜ける、牧歌亭な雰囲気の場所であり、そこに住むドラゴンも平和そのものといった風に見える。

 だからと断言してもいいだろう。魔王様による採血作業も順調に進み。

 僕達もそんな順調なモスキートの作業をモニターしながら。


「すぐ近くまで魔素の森が迫っているにも関わらず、ここが飲み込まれないのはどういうことでしょう」


「それは我々のような存在が集まっていることに原因があると言われておりますな」


「ええと?」


「たぶん、アヴァロン=エラと同じようなものかと、魔素濃度の濃い場所では植物は早く育ち、高い魔素耐性を持たない植物はすぐに枯れてしまいますから」


「成程――」


 それ以外にも、草食のドラゴンがおやつ代わりに食べてしまうこともあり、なかなか大きな植物が育たないといった理由もあるらしい。


「ですが、ただ龍種が多いというだけで、そこまでの魔素の濃さなるのでしょうか。

 そのような条件ならば、マオの暮らす森もそれほど変わらないような気がしますの」


 たしかに、マリィさんの疑問は尤もである。

 ただ、この疑問に対してもリドラさんは答えを持っているらしく。


「それはおそらく、この谷に龍の墓場への道が現れることに原因があるのでしょうな」


「龍の墓場ですの?」


「死期を迎えた龍種が行き着く先と言われている場所ですね」


「ほぉ、虎助殿はどこでそれを?」


 僕の横やりに、探るというよりも、ただ驚いているようなリアクションのリドラさん。

 そんなリドラさんの疑問符に僕から言えることがあるとすれば、


「アヴァロン=エラにはそういう場所からの漂着物が多くありますから」


「成程、そういうことでしたか」


 魔素の濃度が高い場所には必然的に次元の歪みが生まれる。

 ゲートの流れ着く漂着物の来歴を探っているとそういう場所があることが想像できるのだ。

 まあ、そんな想像もちゃんとした根拠があってのことなんだけど――、

 ただ、ここでそれを詳しく話すとなると、ソニアのことも含めていろいろと説明しないといけないことが出てくるので、簡単にそんな説明で済ませ。


「そういえば、さっき入り口のところの龍が話していたシャイザークとか信奉者とかはなんなんでしょう」


「さて、我が谷にいた頃にはそのような者はいなかったのですが」


 ということは、こちらはリドラさんが龍の谷を出た後で入ってきた龍になるのかな。


「ヴェラさんはこのことをご存知なんでしょうか」


「どうなのでしょう。今の時間なら向こうにミストがいますから聞いてみますかな」


「お願いします」


 僕がお願いするとリドラさんは素早く魔法窓(ウィンドウ)を展開。

 思考操作でミストさんとの連絡を取ってくれる。


 ちなみに、ここでリドラさんがいう『向こう――』というのは、魔王様の拠点から離れた場所にある隔離施設ハチノスのことだと思われる。

 そこに収容されているヴェラさんのお世話をする為、ミストさんが出向いているようなので、彼女にお願いしてヴェラさん本人にこの件を確認してみようというのだ。


 ただ、ミストさんを介してヴェラさんにそれらのことを聞き出してもらったところ、ヴェラさんはそのどれにも心当たりがないようで。


「これは今回のこととは関係ないのでしょうか」


「どうなんでしょう。このまま調べていけばいずれはその龍そのものに当たるんじゃないですか」


「然り」


 と、僕達がそんな話をしている間にも魔王様が操るモスキートは順調に龍の谷を進み、様々な龍からの採血を進め、そろそろも谷も半ばに差し掛かったところで、谷の奥からギャーギャーと騒がしい声が聞こえてくる。


「この声は?」


「同胞同士が本気で争っているようですな。

 この場所柄、よくあることといえばあることなのですが、聞こえてくる声が少々物騒ですな」


 ただ、その声は、リドラさんがご指摘してくれる通り、バベルので聞こえてきた鳴き声を翻訳すると、『囲め』だの『噛みつけ』だの物騒な声で――、


「行ってみますか?」


「そうですな。

 マオ様、お願いします」


「……わかった」

◆次回投稿は水曜日の予定です。

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