アンチディジーズ
「ふむ――」
時刻は午前十時過ぎ――、
エクスカリバーさんや魔剣の整備に商品棚の整理と、朝からの仕事も一段落した僕が見ているのは、マリィさんに魔王様、賢者様などなどの世界に派遣されているリスレムなどから送られてくる映像だ。
現在、世界の魔鏡の調査にトンネルの建設、龍の谷への飛行にボロトス帝国の状況、後は各世界に植えられている世界樹の苗木の状況と、万屋絡みのタスクが複数動いているということから、そのチェックをするが朝の業務の一つとなっていた。
そんな映像の中から、まず見ていくのは、先日トワさん達のご協力で探索と開発を行った迷宮の様子だ。
とはいっても、メタルカーバンクルの分析を進める研究室には魔獣やゴーレムが現れないことから特に問題はなく、いま探索を進めている迷宮の上層発掘はまだ少々時間がかかりそうだった。
ガルダシア城のメイドさんを助手にメタルカーバンクルを解析することで、迷宮のマップを入手したのだが、それにより僕達が上層と呼んでいたところは実はまだまだ下層のような場所だったということが判明し、まだまだ迷宮の出口が遠いことがわかったのだ。
考えてみれば、迷宮下層では軍隊アリの女王があれだけ早く乗り込んで来たのだ。
それを考えると、あの場所がかなり深い場所だったということがよく分かる。
次にガルダシア領からカイロス伯爵の領地に繋がるトンネルだが、こちらは順調そのもので――いいのかな。
いまはモグラ型ゴーレムのモグレムが、一度貫通させた横穴を起点に、徐々に掘り下げ、かまぼこ状に穴を広げながら、その天井となる部分をメタルカーバンクルが補強を行っている状況だ。
ちなみに、このトンネル作りのきっかけともなったダフテリアン領主が行った街道封鎖の関連で、ルデロック王国各所の監視映像も見られるようになっているのだが、そちらは僕の管轄外。
ということで、次は魔王様の世界で行っている様々な調査なのだが、こちらの方は特に進展はないようだ。
龍の谷や精霊の捜索にと各地の空を蒼空が飛んでいるが、特に何かを見つけたということもないみたいだ。
そして、巨大天幕の中で目覚めの時を待っているティターンの方もまだ動きはない。
気になるといえば、ボロトス帝国の兵士につけているモスキートが数日前の精霊救出作戦による兵士の叱責を映し出しているくらいかな。
とはいえ、いまのところティターンを動かすのに十分な量の精霊水は確保できているということなので、それは唯一の安心材料というかなんというか。
そして、最後に賢者様の世界から送られてくる映像も含めた世界樹の状況なんだけど、こちらは特に問題ないかな。周辺魔素の濃度から賢者様の研究室の近くに植えた世界樹の成長が止まっているように見えるのだが、ソニアによると今は値を伸ばしているところなのだろうということである。
と、そんなこんなで僕がお客様のいない店内で各世界から寄せられる情報をチェックしていたところ、ゲートから光の柱が立ち上る。
カリアからの警告が届かないところを見ると誰かお客様が来たみたいだ。
「うーす。来たぜ」
やって来たのはアムクラブからのお客様、コワモテでおなじみのベテラン探索者パーティのみなさん。
すっかり常連となっている彼等を、僕は「いらっしゃいませ」といつものように迎え入れ、いつものようにご注文を聞こうとするのだが、ここでふと彼等のリーダーであるテーガさんの顔色がよくないことに気付き。
「あれ、テーガさん。どこか具合が悪そうですが大丈夫ですか」
何気なくそう話しかけたところ、テーガさんはコリをほぐすように軽く首を回しながら。
「ああ、ここ何日か疲れが取れなくてな。さすがにヘマはしねーんだが、もう年かね」
「なに言ってんすか、まだ三十になったばかりじゃないっすか」
愚痴るようなテーガさんにそういうのはオルドさん。
魔素が濃い世界では魔力によって、更に魔獣を多く倒した人は多くの権能を得ることができる。
故に、このアヴァロン=エラまでやってくることができる程の実力なら、四十や五十で十分現役を続けられるような体になっている。
だから、三十といえばまだまだ余裕で現役を続けられるような体のハズなんだけど……、
――って、テーガさんって三十歳だったんだ。
てっきり四十歳とかそれくらいかと思っていたんだけど。
と、そんな個人的な驚きはそれとして――、
「スタミナ系の魔法薬は飲んでみましたか?」
僕がよく元気薬と呼んでいる。地球でいうところの栄養ドリンクのような魔法薬だ。
「ん、それならダンジョンに入る前に飲んだぞ。だけど効きがイマイチでな」
「そうなんですか……」
ただの疲れならスタミナ系の魔法薬で治ると思うんだけど。
それが、治っていないということは安物の薬を掴ませられたか。
いや、テーガさんレベルのベテランが偽物を掴まされることはないと思う。
だとするなら――、
「あの、少しテーガさんをスキャンさせてもらってもよろしいでしょうか」
「ん、なんでだ?」
おっと、これはちょっと不躾だったかな。
探索者としては自分のステイタスを見られるのは気になるのかもしれない。
テーガさんがどこか警戒したようようにそう聞いてくるので、僕は正直にスキャンを試したい理由を話してみる。
「いえ、スタミナ系の魔法薬で症状が改善されていないとなりますと、なんらかの状態異常の影響という可能性もありますから」
まかりなりにもスタミナ回復の魔法薬を飲んでみて、症状が改善しないということは何らかの状態異常にかかっているのではと考えたのだ。
「ってことは、なにか仕掛けられてるってことか」
「もしくは病気とかですか。
あくまで可能性ですけど――」
それが毒ならすぐに気付くだろうから、病気か、呪いか、他にはなにがあるんだろう?
思い出しながらもいろいろな可能性を出してみたところ、テーガさんもさすがに自分の不調の原因が気になってきたみたいだ。
「そういうことなら、スキャンを頼めるか。気になることもあるしな。
あ、けど、ちょっと待ってくれ、それって金とかかかるのか」
「ああ――、
いえ、スキャンはベル君の能力でしますから、お支払いの必要はありませんよ」
「そうか、それならちっとやってもらえるか、悪いな」
「いえいえ、テーガさんにこんなところで倒れてもらってはウチとしても困りますから」
「ククッ、そりゃあ光栄だな。
じゃ、遠慮なく頼むぜ」
「では、そこに立ってください。
あ、みなさんは少し離れていてくださいね」
と、テーガさんを残して他のメンバーにはちょっと離れてもらったところで、ベル君にスキャンを使ってもらう。
ピカッと緑色のレーザーが照射され、すぐにスキャン結果がポンと浮かび上がる。
それによると――、
「ええと、テーガさんの状態は――、
ふむ、テング熱にかかってるみたいですね」
「テング熱?」
首を傾げるテーガさん。どうやら彼の知識にテング熱に関する知識はないようだ。
なので、僕はスキャンの結果に付随するデータバンクからの情報を斜め読みをして、
「そうですね。これは小動物由来の熱病といったところでしょうか。
……二週間くらい前にネズミやらコウモリ系の魔獣に噛まれませんでしたか」
「あっと、どうだったかな」
デング熱ではなくテング熱。
どうもこの紛らわしい病気はファンタジー世界特有の病気らしい。
コウモリ系の魔獣を媒介とした細菌性病気で、通常は微熱と倦怠感で収まるのが、まれに重症化すると四十度を超える高熱に悩まされ、最悪の場合、死に至る病気みたいだ。
ちなみに、どうしてこのテング熱がこうも和風(?)な名前になっているのかというと、異世界にもテングのような存在がいるらしく、この病気が重症化すると顔に紅潮し、鼻頭が膨らむことからそう名付けられ、バベルの翻訳機能がうまい具合に働いた結果、僕にはこういう病名に認識されるようになったみたいだ。
と、そんな僕からの質問にテーガさんとパーティメンバーは「うーん」と考え込むようにして、
「あっ、そういえばリーダー。ダンジョンに入る前にフェリシアの猫を探すって旧市街に入ってなかったっすか」
「ああ、言われてみるとな――って、なんでお前がそれを知ってんだよ」
「フェリシアさん本人から直接聞いたんすよ。
けど、俺等がそういうちっこい魔獣に噛まれるなんてのはそれくらいしかないんじゃないっすか」
「まあ、たしかにそうだけどな」
ふむ、他に考えられないとしたら、それが原因だと思うんだけど。
ただ、相手が相手ということで気づかない内にということもあるので断定はできない。
「で、俺はどうなるんだ?」
「大丈夫ですよ。症状は軽微なものですし、病気の原因は魔法でどうにかできますから」
その説明を聞いてホッと一息のテーガさんとその仲間達。
「とはいえ、病気は病気ですので、一応薬を飲んでおいた方がいいかと――、
ちょうどそこにあるポーションがテング熱にも対応しているものになりますので」
ウイルス除去なら浄化の魔法でも解除できるんだけど、それだとただ体内から最近がいなくなるだけで体の方は回復しないからと、魔法薬が置いてある棚の中で、ウミウシ型の魔獣であるダーケンの体液から作った魔法薬をすすめ。
「空気感染はしないようですが、一応浄化の魔法をかけて、全員飲んでおいた方が良いと思います」
「えっ、俺達も飲むんすか?」
「この病気は基本人から人へ伝染するような病気ではないようなんですけど、病気自体が変異する可能性もありますので、念の為ということで――」
軽い症状が疲労感と魔力回復の阻害だけあって、感染しても気づいていないのかもしれないと、万が一の対策は必要だろう。
「そうだな。高い魔法薬じゃないみたいだし、フェリシア達の分も含めて二十くらいもらえるか」
ダーケンの体液は結構な量が取れましたからね。
別にこれ以外にも似たような効果を持つポーションも、ダーケンの体液以上にストックがあるカドゥケウスの血液から作れるので、この魔法薬はそこまで高いものでもないのだ。
と、苦笑いのテーガさんにパーティ全員分とプラスして身近な人の分だろう、二十もの対病原菌魔法薬をお買い求めいただいたところで、いまここにいるメンバー全員に飲んでもらったところ。
「どうですか?」
「ああ、そうだな、たぶん治ったと思うんだが……、
ただ、まだ完全ってわけにはいかねぇみたいだな」
即効性があるのが魔法薬のいいところである。
テーガさんは手のひらをグーパーグーパーと確かめるようにそう言って、
「今日はここに泊まっていくわ。
俺のおごりでみんなの止まる場所と飯を用意してくれるか」
「おっしゃ、さすがリーダー」
「ひゅー、ここの飯はうっめぇからな」
テーガさんの奢り発言に一斉に騒ぎ出すメンバー。
「ありがとうとざいます。
では、食事の方を少しサービスしておきますよ」
「いいのか?」
「ええ、何しろ、みなさんは貴重なお客様ですからね」
「ふっ、悪いな」
「よっしゃ、今日は食うぞ」
と、パーティメンバーが喜ぶ一方で、テーガさんは照れるように頭をかくとさっそく宿泊施設に向かうべく踵を返すのだが、
「あの、みなさん、他にご注文の品は?」
引き止めるような僕の声に回れ右。
「そうだったぜ。いま頼んだ魔法薬といつものを明日帰る時に取りにくっから用意しといてくれっか」
「わかりました」
病気の件で本来の目的をすっかり忘れてしまっていたようだ。
僕に指摘され本来の予定を思い出したちょっと適当な注文をしてくれるテーガさん達。
僕はそんな照れ隠しのようなご注文にニッコリ笑顔で答えて、宿泊施設へと向かう彼等を送り出すのだった。
◆次回は水曜日に更新予定です。




