表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

45/848

魔法の可能性

 義姉さんの襲来から翌日、学校を終えた僕は元春を伴ってアヴァロン=エラにやってきていた。

 因みに母さんによる義姉さんへの再教育(お仕置き)は日を跨いで続いているらしい。

 昨日は結局、二人とも帰ってこなかったから、まさかと思ってベル君に訊ねてみたところ、どうも各種ポーションなど買い込んでノンストップで魔法の修行をしているとのことだ。

 ネットゲームにありがちな金で無双するかのような修行方法である。

 この世界なら体力さえ持ちさえすればほぼ無限に魔法の練習が可能になるけれど……。

 もしかして、既に僕よりも強いなんて事にはなってないよね。

 大丈夫。魔力の伸びが良いのは魔力が二桁にあがる前までだから、そこからは、努力と運と才能の世界だから。

 それに一日やそこらで僕くらいの魔力量が確保できてしまったら、50年間生きてきて魔力が14しか無い佐藤さんはどうなんだって話だしね。

 とまあ、母さん達がどんな修行をしているのかはともかくして、僕は元春とちょうど万屋に来ていたマリィさんと一緒に万屋のすぐ脇の広場に移動していた。

 そう、今日から元春が魔法を覚える為の本格的な修行を行うのだ。

 とはいってもそれは、母さんが義姉さんに施すようなナイトメアやルナテックなどとおよそ常人が挑むべきでない難易度名がつきそうな修行ではなく、いわゆるイージーな、俺TSUEEEE系主人公が自然と技術を身につけていくようなお手軽なパワーアップ法である。


「で、魔法を使えるようにっていっても何からやるんだ?昨日みたいに魔具だっけ?あれを使ってりゃあ覚えるんか。志帆姉みたいな修行はゴメンだぜ」


 爆音轟く小高い丘に死んだような目を向ける元春の一方で、僕達より先に来ていたマリィさんが何故かウズウズした顔で眺めているけど、まさか混ざりたいとかって考えていないよね。

 マリィさんなら母さんの訓練にもついていけるかもしれないけど、さすがにお姫様を荒行ともいえる母さんがするような修行に付き合わせる訳にもいかないだろう。

 僕はどこかうっとりと母さん達が修行を行っている丘を眺めるマリィさんの動向に気を配りながらも、元春に向き直り、


「まずは得意属性を調べるところからだね。昨日は無難に生活魔法を使った練習をしたけど、やっぱり得意な魔法の方が伸びがいいから」


「ふ~ん。やっぱりそういうのはお約束(・・・)ってヤツか。ゲームなんかとおんなじなんだな。

 んで、その得意属性はどうやって調べるんだ?」


「それはだね。この〈小さな世界〉を使うんだよ」


 元春の言うお約束という言葉の意味が理解できずに首を傾げるマリィさんを横目に、僕が腰のポーチから取り出したのは、占い師が持っていそうな水晶玉。

 これは、魔力を込めることで、その人の魔力特性に即した現象が水晶玉の中で再現されるという魔導器で、水晶玉の中という小さな世界の中で起きる現象を読み解くことにより、その人の魔力がどんな性質を持っているのかを推測ことができるのだ。

 という訳で、早速、元春には〈小さな世界〉魔力を流してもらう。

 さすがにきのう練習しただけあって、元春も魔力の扱いに若干慣れてきたようだ。

 多少の時間はかかったものの、問題なく〈小さな世界〉に魔力が注がれて、水晶玉の中に淡い光が生まれる。

 その水晶玉の中心に生まれた白い燐光がじわじわと周囲に拡散していき、ある程度まで広がると、今度は渦巻くように中心に向かってその光が流れ出す。


「これは――」


「そんな、まさかですの!?」


「なになに、俺って凄いんか。チート能力に目覚めちゃった?」


 水晶玉に投影された現象に驚く僕とマリィさん。

 そのリアクションを見て元春が期待に満ち満ちた声で問い掛けてくる。


「元春の得意な属性は光だね。あと、風属性にも適性があるかもしれないかな」


「光と風か――なんか地味じゃね。

 ……うんにゃ、風を上手く使えばパンチラなんかが見放題なのか?」


 見た目そのまま光は光。流れるように渦巻く光の粒から連想して風の属性にも適性があるのでは?そう推察する僕に、元春はちょっと不満気にしながらもいつものように煩悩全開でその利用法を考える。

 しかし、そんな元春の態度がマリィさんには許せなかったようだ。


「何を破廉恥なことを言っていますの。光の魔法は黄金の騎士も使っていた魔法ですのよ」


「黄金の騎士?」


「マリィさんの世界のお伽噺に出てくる勇者だよ」


 頭上にハテナマークを浮かべる元春に僕が教えてあげる。

 そう、光の魔法といえば多くの物語の中で勇者や英雄が使う魔法として描かれている属性である。

 だが、それはあくまで物語の中の話であって、いや、マリィさんが住むような魔法世界には本物の英雄もいるかとは思うけれど、魔法属性における個人の資質というものは、生まれ持った魂の色でその性質がほぼ決まってしまうものだという。

 だから、光魔法の使い手が必ずしも成人君主のような人という訳ではなくて、


「マリィさん落ち着いて下さい。光魔法の使い手と勇者を混同してはいけません」


「す、すみません。取り乱しましたの」


「で、なんだ――俺って結局勇者なの?勇者になっちゃったの?」


 興奮するマリィさんを優しく羽交い締めにする僕を羨ましそうに見ながらも、ニヨニヨと何となく嬉しそうにする元春だけど、残念ながらそれは勘違いだ。


「勇者の多くが光魔法の使い手だけど、必ずしもそうじゃないってのが本当のところかな。実際に光魔法が使える(・・・)魔王()だっているからね」


「あら、そうでしたの?」


 この事実はおそらくマリィさんも知らなかった事実なのだろう。怒り状態から一転、意外とばかりの反応を示すマリィさん。

 かたや、元春はといえば『魔王』という言葉を現実のものとして聞くとは思わなかったのか。パタパタと顔の前に立てた手の平を左右に振って、



「いやいや魔王って――、さすがにそんなのいねーだろ」


 いま自分のことを勇者なのではないかと言ってのけた人間が魔王の存在を疑うのはどうなんだろう?


「元春には魔王様をきちんと紹介してなかったんだっけ。

 えと、万屋の和室でゲームをしていた女の子、彼女が魔王様だよ」


「へっ、

 ………………………………………………………………マジでか?」


 忘れていたとした僕の指摘にたっぷり数秒間の沈黙を挟み呆然と呟く元春。

 ジャージみたいなローブを羽織ってゲームに没頭する女の子が魔王様だなんて言われたら、そんな反応もある意味で当然なのかもしれない。

 と、その後、いやいやまさか冗談だよな――と信じてくれない元春に説明すること暫く、結局、次に魔王様が来た時に、面倒ではあるがご本人に実力を見せてもらうということで納得してもらい、ようやく本来の目的である魔法の練習を始めることとなる。


 さて、僕が元春の魔法練習用としてベル君に頼んで用意してもらった魔具は〈光装飾(イルミネーション)〉の魔法式が刻み込まれた指輪だ。

 この魔法は魔力を灯した体の一部で対象に触れることにより、形大きさ色などと自分がイメージした光を灯すことができるという魔法である。

 使いようによってはデコイやマーカーなどにも使える便利魔法だそうなので、僕とマリィさんも元春に付き合っている内に無詠唱で使えるようにならないかと、人数分用意してみた。

 そして、万屋の横に伸びる防波堤のような石塀をキャンパスに光のイルミネーションを施していくのだが、


「てか、虎助もやんのかよ。勇者しか使えねーんじゃないのかよ光魔法」


「特別とはいってもこれは初級の魔法だからね。魔具さえあれば誰でも使えるんだよ。実際に僕もこうして使えてるしね。まあ、適性がある人の方が魔具無し(無詠唱)で使えるようになるまでの時間が短かったり、魔法の威力やその運用なんかに差がでるんだけどね」


 そして、一部の中級以上の魔法からは才能がなければ使うことさえ難しくなるのだという。

 と、元春の文句に応える傍ら、説明している途中に何となく気になった疑問をマリィさんにぶつけてみる。


「そういえば、マリィさんは光魔法はどうなんですか?相性が良さそうですけど――」


 これはあくまで僕の個人的な印象なのだが、火と光、この二つの属性は相性がいいようにも思われる。

 ならばマリィさんも光魔法が上手に使えるのでは?と考えたのだが、


「普通――ですわね。黄金の騎士様に憧れていろいろ練習をしているのですが、いまだ実績の獲得には至っていないのが現状ですの」


 これはさっき触れた魔法と中級魔法との関係性の逆説的な考え方であるが、魔法も中級を使えるくらいにまで上達すれば実績がついてくるというのが自然なのだそうだ。

 たしかに前に見たマリィさんの実績には光魔法が無かったもんな。

 と、そんな雑談を交わしながらも〈光装飾(イルミネーション)〉の魔法を使っていたところ、魔力の少ない元春としては回復の待ち時間が手持ち無沙汰なのか、こんな質問が飛ばしてくる。


「そういやさ。二人の――はいいか……、虎助の得意魔法ってなんなんだ? 俺、虎助がちゃんと魔法を使ってるトコを見たことないと思うんだけど」


 途中でセリフを変更した元春に「どうして私を無視しますの」とマリィさんが喚くのだが、マリィさんの得意属性に関しては言わずもがなだ。

 だからと僕は「まあまあ」とマリィさんを落ち着かせて、


「僕は〈誘引〉って属性と、あと〈空間魔法〉に少し適性があるみたいだよ」


 すると、そんな僕の説明に、元春は何故か天を仰ぐようにして、


「どチート能力キタ――、

 羨ましすぎるぜ畜生め。

 空間魔法ってまさにチートもチート、ド定番じゃねーかよ」


 大袈裟な……。

 元春のオーバーリアクションにマリィさんも同じような印象を受けたのだろう。


「虎助、空間魔法とはそれほど有用なものなのでしょうか。

 たしかに有用な魔法ではありますが、(わたくし)からしますと、うらやましがるような魔法特性ではないように思うのですが」


「えっ、そうなんすか?

 瞬間移動とか空間断裂とか、俺的には最強能力だと思ってたんすけど」


 うん。元春みたいに思っていた時期が僕にあったよ。

 でも――、


「残念ながら僕の知っている空間魔法にそういう魔法はないんだよね。

 ゲートみたいな歪みを利用した移動魔法はあるんだけど、かなり高度な魔法みたいだし、空間断裂の方だけど、そっちは実現すらも難しいみたいだね。

 ほら、僕が使ってる三次元ディバイダー、あれだって三次元ディバイダーそのものの力ではオークを倒せていないんだし、分かるかな?」


「ああ、確かに――、

 あの三次元なんちゃらってあの黒いナイフの力は空間断裂みたいなもんかもな。

 それで倒せてたら氷漬けなんかにしないもんな」


 そうだ。空間を切り離すまではいい。

 だが、そこから先の、空間を切り離した物体の分割は空間魔法ではできないのだ。


「だから、なんというか空間魔法っていうのは基本的に、ゲームやライトノベルにありがちな空間そのものを操る魔法というか、魔力を使って空間に干渉するとかそんな補助的魔法らしいんだよね」


「ですわね。それに、質にさえこだわらなければ、空間魔法の使い手はいないこともありませんから」


 マジで!? と驚く元春だが、マリィさんが言ったことは本当である。

 実際にこのアヴァロン=エラに迷い込んできたお客様の中の何人かが空間魔法の使い手なのだそうだ。

 だから、空間魔法というものはレアであっても、数十人に一人とかそういう確立で持っている才能だったりするそうで、例えば空間拡張を使って大量の荷物を運ぼうなんて技術も、僕達が思っているようなものではないらしく、ちょっとだけバックの容量を増やすとか、そういう類の魔法なのだという。

 しかも、それを使うには永続的な魔力消費が必要で、それならば高級でも同じ効果を持ったマジックアイテムとかそう呼ばれるような魔導器を持ち歩いた方がいいと言われる魔法、それが空間魔法なのだそうだ。


「それに、そもそも僕のメイン特性は誘引の方だからね。空間魔法はオマケみたいなものなんだよ」


「そういやそんな事を言ってたな。ちな(因みに)、その誘引ってのはどんな魔法なんだ?」


「文字通り、誘い引き入れる魔法だよ。それが、物体だったり、魔法だったり、意識だったりって、方向性はいろいろあるみたいだけどね」


 僕の簡潔な説明に元春が「よく分かんねえな」と首をかしげる傍ら、「あの、それなのですが――」おずおずと手を上げたマリィさんが言う。


「その魔法特性はサキュバスなどの魔人が持つという魔法特性ですのよね。

 どうして人間の虎助がそれを持っていますの?」


 このマリィさんの指摘に食いついたのは元春だ。

 血の涙でも流さんとばかりの表情で掴みかかってきて、


「マジかよ虎助、つか、サキュバスと言えばエロ能力だよな。誘引ってもしかして誘惑とか魅了とかそういうのなんか? てか、使えるんか? じゃねー、使ってんのか?」


 ふんすふんすと鼻息荒く鍔を飛ばしてくる元春は正直言って気持ち悪い。だけどこれは答えないわけにはいかないだろう。


「うーん。それはちょっと違うかな。マリィさんが言う通り、誘引って魔法特性はサキュバスのそれとおなじものなんだけど、元春が言うような魔法は種族の特技みたいだから、人間の僕が使おうとしても難しいみたいだよ」


 正確には、虜にしたり、洗脳状態にするまでの力は持っていないだけで、ある程度の意識誘導みたいなことはできるらしいのだが、元春の手前、その事は秘密にしておいた方がいいだろう。面倒なことに巻き込まれかねないからね。

 だが、煩悩の塊ともいえる元春にとってサキュバスという存在は偉大なものだったらしい。

 掴んだ僕の胸ぐらを力無く離したかと思いきや、壁に点々と灯る光の粒を横目に、今度はネチネチとこう言ってくるのだ。


「いーないーな。難しいっつっても可能性がない訳じゃねーんだろ。俺もそういう魔法が欲しかったぜ。なんだよ光魔法って目くらましでもしろってか。つか、こんな豆電球みたいな光じゃなんの役にも立たないっての」


 清々しいまでのひがみである。

 けれど、勇者や英雄が使うような光魔法への憧れを持つマリィさんを前に、そんな悪態ばかりをついていると、


「何を言っていますの。貴方――、光魔法というのは神聖な魔法ですのよ。攻撃魔法として最上級の魔法ですのよ。貴方はそれを目眩ましにしか使えないうような役立たずと言いますの」


 あこがれの存在をけなすような元春の発言に、マリィさんがわなわなと体を震わせる。

 しかし、元春にとって光魔法という魔法は全く――とまでは言わないまでも、あまり有用であるとは言えない魔法のようで、


「すいません。すいませんですって、でも、俺の世界じゃ攻撃魔法もあんまし使えねーし、本当に目眩ましくらいにしか……いや、待てよ――」


 突っかかってくるマリィさんに――もとい、至近距離存在するマリィさんの胸元に視線を落とし、ニヨニヨと困ったフリをする元春だったが、その途中、自分の言葉の中に光魔法の可能性を見つけ出したのだろう。考え込むようにして、


「あのよ――虎助。その、光魔法には光学迷彩みたいな魔法はねーのかよ。それだったら覗き放題見放題だと思うんだけどよ」


 いや、そんな事を真面目な顔して訊ねられても――、君は本当に命知らずな男だね。

 そう、いま元春の目の前には軽い興奮状態のマリィさんがいるのだ。こんな状況で覗きだのなんだのというのは、マリィさんが発する怒りの炎に油をぶっかけるようなものだ。


「貴方という人は神聖なる光魔法を覗きに使うだのと、そこに直りなさい。いいえ。懺悔なさい!!」


 汚物は消毒だ――。そう言わんばかりに無詠唱で放たれた炎の魔法が元春の体を包み込む。

 悪は焼き払われた。いや、たぶんマリィさんも手加減してくれただろうから、文字通りゴキブリ並の生命力を持つ元春なら、すぐに復活してきてくれることだろう。

 しかしその一方で、聞きなれない単語が気になったのだろう。ぐりんと振り返ったマリィさんが、


「それで光学迷彩というのはどういった魔法ですの?」


 元春も元春だけれど、マリィさんもマリィさんである。制裁の炎から一転して知識欲に目をギラつかせるマリィさんにそう思いながらも、しかし、光学迷彩を説明しろといわれても、どう説明したらいいものやら。

 漫画やアニメなんかで聞き限った知識なら色々あるけれど、基本的にあれは未来の技術――というか、SF的な技術という位置づけてあって、仮に実用化されている技術が存在したとしても、それは一般レベルじゃないから、細かいところまでつっこまれたら説明しきれない。

 単純に透明人間になれる魔法ですなんて説明すれば一発のような気もするけれど、マリィさんがそれで納得してくれるのかといえば疑わしい。

 何しろ魔法という現象にはイメージの構築が不可欠なのだ。マリィさんが光学迷彩を――というよりも、光学迷彩の魔法をきちんと理解したいと考えているのであれば、その追求も厳しいものになるだろう。

 なにか簡単に、マリィさんにも理解してもらえるような例え話はないだろうか?少し考えた僕が出した答えは、


「えと、マリィさんはカエルとかそういう系統の魔獣と戦ったことがありますか?極稀にですが彼等の中に姿を消す能力を持った個体がいるでしょう。あれに似た効果と言えば分かりますか?」


「それはつまり黄金の騎士が使うインビジブルというマントと同じ性質を持った魔法だというのですか?」


 どうやら魔法世界にも透明マントがあるらしい。考えてもみればその手のマジックアイテムなんていかにもファンタジー系の物語に登場しそうなものではないか。


「要するにその光学迷彩とやらは魔法によって体を透けさせるといったものですのね」


 うん?透けさせるってそれはどうなんだろう?どちらかと言えば――と、言いかけたところでふと思い出す。


「そういえば、ジョージアさんが使っていたあれが光学迷彩の魔法だったのかもしれない」


「「ジョージアって誰だよ(ですの)!?」」


 ポツリ。独り言のような僕の呟きに元春とマリィさんが掴みかかってくる。

 というか元春の復活が異様に早いような気がする。異世界に来て何らかの影響を受けているのだろうか。


「ジョージアさんっていうのは地球にいる魔女ですよ。そにあを狙って家に侵入してきたんです」


 侵入といっても玄関に入ってすぐのところで捕まったのだが、それは言ってあげないのが優しさだ。

 ジョージアさんの名誉を守る為にもと僕が口を噤む一方、マリィさんは顎に手を添えて、


「ソニアとはこの万屋のオーナーの名前ではありませんでしたか。その方をタバサと同じ魔女が狙ってきたということは――」


「いえ、僕の家にいるゴーレムでオーナーの依代――って分かりますか。何ていうか精神波といいますか、精神のラインみたいなものを繋げて遠隔操作できるゴーレムなんです」


「そのゴーレムを操れば、虎助の世界を体感できると――、(わたくし)もそのゴーレムが欲しいです」


 たぶん、自城軟禁中のマリィさんとしては、ここアヴァロン=エラ以外にも自由に出歩ける世界を増やしたいのだろう。だがしかし、


「残念ですがオーナーのゴーレムは特注品ですので、マリィさんでも手が出せる代物じゃないですよ」


 その財力を知っていて尚、そう断じる僕にマリィさんがムムムと顔をしかめる。


「つか、この店にオーナーなんていたんだな。俺はてっきり虎助の店なのかと思ってたぜ」


 その一方で、元春がこう言うが、


「いや、ただの高校生の僕が異世界に店を持つなんて有り得ないでしょ」


 世の中には社長をやっている高校生が何人もいるなんて話も聞くだけに、絶対に無いとはいえないけれど、さすがに異世界に店を持つなんて条件を満たす人はいないと思う。


「ただのってところにゃ異論があるけどよ。常識的に考えるとそりゃそうだよな――ってことで、そのジョージアさんって人を紹介してくれたまえ」


 えと、急に話が飛んだよね――とか、いろいろと異論がない訳ではないけど、


「やめておいた方がいいと思うよ――」


 そこで言葉を区切った僕は、ちょうど聞こえてきた爆音の震源地に意味ありげな視線を送って、


「母さんほどじゃないけどジョージアさんも危険な人だから」


 珍しいゴーレムを手に入れたいという理由だけで、他国の――、しかも一般家庭に過剰戦力を伴って潜入しようとする人がまともである筈がないだろう。

 そんな人物が万屋のオーナーたるソニアに鍛えられているともなれば、母さんとは別のベクトルで危険な存在になっているのではないか。

 言葉の裏に隠れた事情までは分からなかっただろうが、母さんという例を持ち出しただけで元春も理解してくれたらしい。


「あ、そっすか」


 ハイライトを失った瞳で僕の視線を追いかける元春。

 そして、マリィさんが呆れたように、たぷり。腕組みして、


「しかし、虎助のお母様はどうなっていますの?この音の規模からして中級以上の魔法を使っているのは確実ですよね。あれ、ディロックなどでは無いのでしょう?」


 先程も少し触れてみたが、中級以上の魔法には、適した属性に適した実績と、その半分以上が何らかの使用条件が必要な魔法ばかりだ。

 それを、魔法を知って数日やそこらの人間がポンポン使っているのかもしれないという現実が、マリィさんからみても呆れ果てるものだったのだ。


「まあ、母さんだからでしょうかね」


「そうだな。イズナさんだからな。もう何でもアリだろ」


「そういうレベルの問題ではないと思うのですが」


 最早それは諦めというよりも無我の境地というべきか。珍しくマリィさんから常識を諭すような言葉が掛けられるも、ある意味で魔法世界の存在よりも理不尽な母親を子供の頃から知っている僕と元春の心には響かない。


「マリィさんもその内に分かるようになると思いますよ」


 疲れたような顔でそう一言。

 さて、都合の悪いことは見ないフリと魔法の練習でも再開しようかとするのだが、


「いやいやいやいや待て待て待て待て、光学迷彩の話はどこいっちゃったんだよ。結局、使えるのか、使えねーのか、どっちなんだよ」


 本当にこういう時の記憶力だけはいい男だよ。

 別に誤魔化そうとしていた訳ではないが、元春が光学迷彩なんかを体にれたらまた面倒そうだ。

 向こうの世界でも、こちらの世界でも、元春の面倒を見るのは何故か僕の役目になっているからだ。


「今度、望月さんかカリオストロさんに聞いておくよ」


 だから、取り敢えず、問題を先送りにしようと適当に答えておくのだが、その答え方がいけなかったみたいだ。


「ちょっと待て、望月さんってどこの女だ。カリオストロさんってどこの女だ。正直にはきやがれ――じゃねー、紹介しやがれ」


 名字を聞いただけでは女性と分からないだろうに、女性に関する嗅覚はさすがの元春といったところか。

 もしかすると、ジョージアさんが魔女だって話が念頭にあるのかもしれないな。

 本当に余計なことには頭が回る男だからね君は、


「僕の家にポーションを買いに来るだけの魔女の人だよ。佐藤さんとおんなじで地球側のお客さんってところかな」


「美人か?幾つくらいだ?つか、おっぱいはデケえのか?」


 そんな事を聞かれてどう答えたらいいものやら。お客様の個人情報は守らないとだし。

 マリィさんならツッコんでくれるかと思いきや何故か聞きに回るご様子だ。

 ならば仕方が無い。ここはありきたりな答えで軽くお茶を濁しておくとしよう。


「えと、黒髪と金髪の綺麗な人かな。年齢は佐藤さんの件もあるからちょっとハッキリとはいえないな。あと、胸の方は元春のご想像にお任せするよ」


 答えているようで髪の色くらいしか答えていない。

 でも、こんな回答には納得してくれないだろうな。

 元春が反論してくると思いきや、


「今度、連れてきなさい」


 あれあれ、マリィさんは元春の味方ですか。


「そうだぜ。お前だけ女の子を独占するのは狡ィって、いや、俺の場合、虎助ん家の前で待ち伏せればいいのか」


 それ、一歩間違うと通報される案件だからね。


「地球側からのお客様ともなりますとオーナーの許可とかも必要でしょうし――」


「探索者などは許可なしに入ってきているではありませんか」


 そう言われると言い返すことも出来ないのだが、やっぱりその辺りはオーナーに聞いてからでないとハッキリとはこたえられない。

 ということで、とりあえず納得してもらって強引に話題を打ち切ろうとするのだが、


「つかよ。光学迷彩はどうなったんだよ」


 自分から興味を別に移してくれたかと思っていたのに忘れてなかったか。

 本当に無駄なことへの記憶力はいいんだからと、困った友人に呆れるやら感心するやらしながらも、


「どっちにしても中級くらいの魔法が使えないと光学迷彩なんて覚えられないと思うし、効果時間も短いと思うよ」


「そうだな。じっくり寝っぷり見るためには練習が必要か」


 まったく何が決め手になるかわからない。

 というか、あんまり変なことばっかり言ってると、またマリィさんに炙られるよ。

 煩悩最優先でいちいち死亡フラグを立てにいく友人の言動を心配しつつも、やっぱり光学迷彩への何らかの対策を打っておかないと駄目だろうな。そんな事をぼんやり考える僕であった。

 〈光装飾(イルミネーション)〉……光度、大小、色などイメージした光を接触した対象に付与する魔法。


 因みにジョージアなどが使っていた光学迷彩は科学と魔法を融合したものです。


 マジックバックの関係で、少し空間魔法についての設定を変更してあります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
↓↓↓クリックしていただけるとありがたいです↓↓↓ 小説家になろう 勝手にランキング
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ