精霊救出作戦
◆新章開幕です。
初っ端ということで、普段より文字数多めとなっております。
その日、僕と魔王様と数名の妖精さんが、カウンター裏から、和室からと、数枚の魔法窓を真剣な顔つきで覗き込んでいたところ、まだ日も高い時間にマリィさんがご来店。
「あら、みなさん揃って難しい顔をしてどうなさいましたの?」
「ティターンの件でちょっと問題が発生しまして」
僕がマリィさんに答えるのに合わせて、ウンウンと頷くのは妖精のみなさん。
マリィさんはそんな妖精さん達の可愛らしい反応を見ながらカウンターの側まで歩いて来たところで、わさりたぷりと重量感のある金色の髪と胸を揺らしながら応対スペースにあるソファに体を預け。
「ティターンと言いますと例の巨大ゴーレムですわね。
聞くところによりますと動かす方法が見つかったとか」
「はい。精霊水で満たした管を血管のように全身に張り巡らせることで、動かそうとしているみたいなんですけど、どうも、この管の中身に使われる精霊水が魔王様の拠点から流れ出したものではないようでして――」
そう、僕達が難しい顔をしていた原因は、今朝、魔王様がお付きの妖精さん達と一緒に持ち込んでくれたティターンの全身に魔力を伝える導線に使われる精霊水にあった。
ソニアに頼んでその水を調べてもらったところ、どうもその水がニュクスさんが暮らす地底湖由来の精霊水とはまた違う水であることが判明したのだ。
そうなると当然、ボロトス帝国がこの水をどこで手に入れてきているのかという疑問が湧くワケで、
魔王様達と一緒にいろいろと考えを巡らせた末に、もしかすると前に魔王様達が暮らす拠点に乗り込んできた時のように、ボロトス帝国の連中がまた別の精霊の棲家に迷惑をかけているのではと、そんな可能性に思い至ったのである。
「たしかにそれは由々しき事態ですわね」
「……心配」
「なので、いま現地にいる妖精飛行隊のみなさんに、予備の蒼空をすべて使ってもらって、いくつか候補にあがった場所に向かってもらっているところなんですけど――」
「候補ですの?」
「ええ、魔王様達に回収してもらった精霊水に含まれている成分から、その水がどこで取れるのか、ある程度絞れましたので、その範囲に住んでいる精霊をニュクスさんにピックアップしてもらって、妖精飛行隊のみなさんにその場所の確認をしてもらっているんです」
たとえば日本でミネラル成分が少ない軟水になるのは、国土の高低差が大きく、水の流れが速く、地中のミネラル成分が水に溶け出しているからだ。
そのように、その水に溶け出す成分を分析すれば、その水がどのような立地条件のもとにある水源から採取されてきたものなのか、ある程度あたりがつけられるのだ。
それにニュクスさんから提供された精霊の棲家の情報を――正確には精霊の住処の情報はニュクスさんではなく、魔王様の拠点を中心に世界を旅している風の大精霊アウストリさんからの情報だそうなのだが――、その情報をもとに、いまフルフルさんを始めとした妖精飛行隊のみなさんが、精霊の安全確認をおこなっているところなのだ。
「あと、モスキートを使ってティターンがある施設に物資を運んでいる兵が、どこから来てるのかも追跡してはいますけど」
こちらは、多分いろいろな兵士の手を渡って運ばれてきているみたいなので、それを遡って調べるには結構な手間が必要となると思う。
ゆえに、早急な精霊の発見への頼りになるのはやはり妖精飛行隊のみなさんになるのだが、こちらの捜索も、いまのところこれといった成果がなく、進展のない魔法窓をじっと覗いているというのが現状なので、
「それでマリィさんもなにか御用が?」
気分転換に――というワケではないのだが、今日は珍しく早い時間にやってきたマリィさんになにか用があるのではと訊ねたところ、やはり目的があってのご来店だったみたいだ。
マリィさんは「ん」と艶めかしい声でソファーから立ち上がると、カウンター前でまったりしていたエクスカリバーさんにいつものようにご挨拶、幾つかの魔法窓を浮かべると、それを僕の手元にフリックすると。
「つい今しがたトンネルが繋がったとのことなので、その報告をと思ってこの時間に顔を出したのですが――」
「えっ、もう繋がったんですか」
「ええ、あくまで穴が繋がったというだけなのですが、私もここまで早いものだとは思っていませんでしたの」
成程、そういうことでしたか。
マリィさんもその早さにビックリしれいるようだけど、今回の報告はあくまでトンネルが貫通したというだけみたいだね。
だからトンネル工事はむしろここからが本番で、ここからトンネルが崩れないようにその穴の広さを広げて、メタルカーバンクルで補強していかなければならないんだけど。
「……トンネル?」
ここで僕とマリィさんの会話を静かに聞いていた魔王様が可愛らしく小首を傾げて聞いてくる。
僕はそんな魔王様の頭の動きに合わせて、シュトラがはしっと魔王様の頭にしがみつくのを微笑ましげに見ながらも。
「実は先日、マリィさんの領地に面倒な貴族様からのちょっかいがかけられまして――」
「私の領に繋がる街道が封鎖されてしまいましたの」
そして斯々然々――、僕の言葉を引き継いだマリィさんが自領地にトンネルを作ることになった経緯を魔王様に懇切丁寧に説明したところで、魔王様はマリィさんに「……大丈夫?」と気遣わしげな視線を向け。
「ええ、その件は、すでに解決していますので心配の必要はありませんの」
ただ、その件に関してはマリィさんの側からしてみるとすでに終わったことのようで――、
トンネル建設の方もカイロス伯爵側の積極的な協力体制もあって、いまのところ順調らしく。
その一方で、このトンネルの建設に関してはどうも魔王様も興味があるらしく。
「えと、魔王様も興味がありますか?」
「……ん、リドラの仕事が楽になるから」
そういえば、魔王様の拠点の拡張はほぼリドラさんがやっていたんでしたっけ。
モグレムがあればリドラさんの仕事がだいぶ楽になるのかな。
いや、魔王様の拠点の地質を考えると、多少、魔力と時間がかかってもメタルカーバンクルの方がいいのかもしれない。
「そういうことでしたら、この件が落ち着いたら少し考えてみましょうか」
「……ん、試してみたい」
マリィさんからの報告を始まった話題はここから軽い打ち合わせに移行。
実際に魔王様の拠点でトンネル掘削を試すのは、いまやっている調査が終わってからということになったところで、改めてマリィさんが言うのは、
「しかし、精霊に手出しをするとは、彼の国は常識というものがありませんの」
「まだそういう可能性があるというだけで確定ではありませんけど」
ボロトス帝国が精霊水をどうやって手に入れたのかは、まだ絶対にこれと決めつけることはできない。
しかし、ティターンの全身に張り巡らせられるくらいに集めるとなると、源泉である精霊の住処になにかしている可能性は高く。
「相手は魔王様やリドラさんがいる森に入ってくるような輩ですから、なにをやっていても不思議じゃないんですけどね」
「言われてみればそういう連中でしたわね」
「とにかく、いまはフルフルさん達の調査待ちですね」
そう言って和室に目を向ければ、リィリィさんが魔王様の拠点にいる妖精飛行隊のみなさんと細かくやり取りをしている様子が見て取れる。
「あ、でも、もしも何かあった場合のことを考えて、精霊の救出に使える魔法とかを用意しておいた方がいいですかね」
「救出の時に使える魔法、ですの?」
「ええ、ボロトス帝国が狙っているものが精霊水ですので、救出相手は水の精霊になるでしょう。そうなると移動手段の確保が必要になるんじゃないかと思いまして」
ディーネさんや出会った頃のアクアのような精霊なら問題ないけど、場合によってはその対象となる精霊が、なにか水生生物の姿を模した精霊であるという可能性も無くもない。
だったら、その輸送手段を整えておいた方がいいのではと、僕はそんな心配をするのだけれど、マリィさんイメージでは、精霊はもっと万能感のある存在という固定観念があるのかもしれない。
「精霊ともなれば特殊な移動手段くらいは持っていそうですが……」
「ディーネさんやアクアレベルの精霊でしたら大丈夫でしょうが、中には力の弱い精霊もいますので」
「……ん、赤ちゃん精霊とか心配」
「成程、そう言われてみますと納得ですわね」
たとえば生まれたばかりのオニキスがそんな感じだった。
闇の精霊ということで日中はほぼ活動停止状態で、日が沈んでからじゃないと動くことはなかった。
まあ、オニキスの場合、闇の属性だったということで移動に関しては問題なかったのだが、それが水の精霊となると、綺麗な水がないと長く存在できないとか、そういう特徴を持っている精霊もいるワケで、
何事も備えあれば憂いなし、場合によってはもともと住んでいた場所を去らなければならないというケースも考えられると、さっそく精霊を救出する時に使う手段を考え始めるんだけど。
「しかし、移動用の魔法ですか。
どのような魔法がよいのでしょう」
「簡単に自分の周囲に水球を作り出す魔法でいいんじゃないでしょうか。
そういう魔法ならアクアも使えますから、それに似た魔法をデータベースから探してきて、調整してやれば蒼空にも使えると思うんですよね」
「……いいと思う」
つまりは、蒼空を中心として精霊を確保できる水のカプセルを作成して、それを引き連れるように空を移動することによって素早い輸送が可能になるような魔法を作ろうということだ。
「では、妖精のみなさんから発見の報告が来るまでに作っちゃいましょうか」
「……ん」
ということで、万屋のデータベースから抜き出した幾つかの魔法式を参考に、水の精霊に適した水を作り出す為に浄化の魔法式やら風の魔法なんかを組み込み、僕とマリィさんと魔王様と、後はアクアと重力系の特技を持っているシュトラにも入ってもらって、万屋に併設する訓練場で新しい魔法のテストをしていたところ。
三十分くらい経った頃だろうか、魔王様の拠点との中継役をしていてくれた妖精たちのまとめ役、リィリィさんが訓練場に飛び込んで来て、
「マオ様、精霊を見つけました。
でも、近くに沢山の兵士がいて――」
リィリィさん曰く、ボロトス帝国の兵士達は、今まさに僕たちが開発していたような水の魔法の結界を使って、小さなマーメイド型の水の精霊を半球状に盛り上がった泉の中に閉じ込め、精霊水を抽出しているのだという。
「……助ける」
「しかし、どういたしますの?
現場から送られてくる映像を見ますと敵の数はかなり多そうですわよ」
魔王様にとって精霊という存在は家族のようなものである。
リィリィさんからもたらされた報告に矢も盾もたまらず動き出そうとする魔王様。
しかし、マリィさんが指摘に立ち止まり。
実際、現場を俯瞰する映像には、多数のボロトス帝国の兵士の姿が見え、そんな中に無策で飛び込むのは無謀と思われる。
魔王様は改めて、リィリィさんと共にこの訓練場に移動してきた魔法窓を見直して、『むぅ』と眉をひそめるのだが、
しかし、魔王様としては、やはりすぐにでも彼女たち精霊を助けなければという思いが強いらしく、助けを求めるように僕を見てくるので、
僕は魔王様を安心させるように頷きを一つ、なんにしてもまずは彼女達の状況を把握しなければと、リィリィさんにお願いして、現場にいる蒼空の操作を担当しているレナレナさんとの回線をつなげてもらうと――、
「レナレナさん。聞こえますか?」
「うん。聞こえてるよ」
「上空から精霊に向かって不可視状態にした魔法窓を飛ばすことはできますか?
閉じ込められている精霊と連絡を取りたいんですが」
「やってみる」
魔法窓は他人にも見えない状態にすることが可能である。
今回はその機能を利用して上空から水球に閉じ込められている小さなマーメイドと連絡を取ろうとしたのだが、やはり、見たこともない魔法窓をいう魔法を介した突然の声掛けにマズかったのか――、いや、彼女達を見るに、そもそもボロトス帝国の兵士達に捕まっている水の精霊は人見知り傾向の強いようだ。
こちらの声かけにもアワアワするだけで、きちんと答えてくれないので、
「魔王様、ニュクスさんにいますぐ連絡をつけることは可能ですか」
「……ん、ニュクスもインベントリ持ってるから」
ここは精霊として上位のニュクスさんから、彼女達の説得をお願いできないものかと、魔王様に頼んだところ、意外にも夜の大精霊様も魔法窓を使ってくれているみたいだ。
「では、連絡を取ってもらってニュクスさんから彼女達の説得をお願いできますか」
「……ん」
魔王様はすぐにニュクスさんとの通信回線を開き。
状況から急を要するということで、説明もそこそこに、ニュクスさんの協力を仰ぎ、半球状の結界に閉じ込められた水の精霊の説得を試みてもらう。
ちなみに、相手方が水の精霊だということで、本来なら説得を行うのは、夜の精霊であるニュクスさんよりも、万屋のすぐ裏手に住んでいる水の大精霊であるディーネさんにお願いするのが本道なのかもしれないが、残念ながらディーネさんの場合、お願いしてすぐに動いてくれる状態でいるとは限らないので、今回はニュクスさんに仲介をお願いすることにしたのだ。
と、そんなこんなでニュクスさんに捕まっている精霊たちからのヒアリングをしてもらったところ、ボロトス帝国の連中が彼女達が暮らしていた泉にやって来たのは最近のことらしい。
水の精霊達は最初、こんな山奥の泉にやって来た大勢の人間を不審に思い、水に溶け込んでやり過ごそうとしていたのだが、しかし、ボロトス帝国の目的は彼女達そのもの、結果、やり過ごそうとした彼女達の行動は仇となり、そのまま泉の中に閉じ込められしまったそうだ。
ちなみに、ボロトス帝国の狙いはやはり精霊水のようだ。
そして、精霊水を効率的に手に入れるべく、結界で取り囲んだ泉に電流の魔法を打ち込み、彼女達を痛めつけてくるみたいだ。
なんでも、泉を取り囲むボロトス帝国の一団を率いる魔法使いが、精霊の涙には強い精霊の力が備わっていると強く主張をしているらしく、そのようなことを部下に行わせているそうだ。
すると、そんな話を涙ながらにニュクスさんに訴える精霊たちを見ていたマリィさんは眉を顰め。
「本当にこの国の人間はどうしようもありませんわね」
まあ、ボロトス帝国の人間が自分達以外の扱い酷いのは、ドヴェルグの少女ファルファレさんや、ヤンさんを始めとした獣人戦奴のみなさんの扱いでわかっていたので、今更の評価ではあるんだけど。
しかし、ボロトス帝国の連中がそんなことをしているとなると……、
「それで、どのようにして助けますの?」
「そうですね。ここは手っ取り早く、いまレナレナさんが動かしている蒼空に上空からディロックによる爆撃をお願いして、水の精霊を閉じ込めている魔法を破壊、混乱に乗じて逃げてもらうことくらいですか」
「うまくいきますの?」
ぶっつけ本番で多少の心配ではあるのだが、電流による拷問じみた仕打ちを受け、すっかり憔悴してしまっている水の精霊の様子を見ると、戦力を揃えている余裕はあまりないだろうし、なにより場所が場所だけに送り込めるゴーレムが限られちゃうからね。時間をかけてしまうのは逆に最悪の事態を招くことになるかもしれないということで、
「秘密兵器もありますし、捕まっているのが水の精霊であることを考えると大丈夫だと思います」
僕はそう言うと、ニュクスさんにお願いして、捕まっている水の精霊達にいま即興で考えた救出作戦の流れを伝えてもらう。
そして、たっぷり時間を使って、彼女達に逃げ出す覚悟を決めてもらったところで、彼女のタイミングで作戦スタート。
現地からのGOサインに、まずレナレナさん操る蒼空が投下したのは、銀騎士なんかが使っている結界破りのショットガン型魔法銃〈マスターキー〉にも組み込まれている術式破壊の魔法が込められたディロックだ。
これはシンプルに魔法式をぶっ飛ばす効果を持った爆弾ということで、蒼空がその魔法に巻き込まれてしまわないように、投下からの急上昇。
そして、上空に逃れて三秒――、
ディロックの殻を破って四散した結界破りの魔法によって、水の精霊達を閉じ込めていた結界が粉々に。
すると、半球状に盛り上がっていた泉の水が周囲に溢れ出し。
その直後、水の精霊が周囲の水を纏いながらその場から飛び出すと、すぐに警備を担当していた兵士達が「逃げたぞ」「追え――」とお決まりの文句で騒ぎ立てるが、その声は長く続かない。
結界の破壊直後に蒼空が上空から連続投下した真紅を内包するエメラルドグリーンのディロック。
そのディロックが現場を混乱の坩堝へと導いたのだ。
ここで投下されたのは唐辛子爆弾。
カプサイシンを存分に含んだ煙が、ボロトス帝国の兵士達を――、研究者を――、地獄へ叩き込む。
と、それはまさに因果応報か。
悲鳴と嗚咽が入り交じり、涙と鼻水で顔をグシャグシャにして、子供のように体を丸めてうずくまるボロトス帝国の関係者。
ちなみに、脱出した水の精霊達がこのカプサイシンの煙の中、平気にしているのは、彼女達が自分自身を水のヴェールで守ってもらっているからである。
そして、爆撃をし終えた蒼空が彼女達と無事に合流したところで通信越しに受け取った魔法を発動。
ポコンと作り出された透明な球体に小さな水の精霊達を確保したところで、蒼空は強烈な羽ばたきを一つ、上空に逃れると、風のディロックを利用したスタートダッシュで一気にこの空域から脱出。
それからしばらく小さな水の精霊達には空の移動を楽しんでもらったところで――、
「ここまで来れば大丈夫ですかね」
「ですわね」
「後は魔王様のところで受け入れてもらえば――」
「……ん、任せて」
◆今回、登場した魔法。
〈人魚鉢〉……水の精霊の輸送用に開発された魔法。水檻の魔法を基本に、水中の酸素濃度を調節する風の魔法、水質を保つ浄化、水球内の水圧を調整する重力の魔法、あと魔法の運用に不可欠な誘引・空間指定などの魔法を参考に作り上げられている微妙に硬度な魔法だったりする。ちなみに、効果は術者を基点に一メートル後ろを追いかけてくる生物輸送用の水球を作り出すというものになっている。
◆次回投稿は水曜日を予定しております。




