●ひより無双
「なぁ、バラキ君、マジでやんのかよ」
「ア゛ァ、あんだけコケにされたんだぞ。黙ってられるかっての」
「もしかして、フルっち、ビビってんの?」
「び、ビビってなんかねーし。
でもよ。あの時の女、相当ヤベーって話だし」
「んだから、人質を使うんじゃね」
場所は物見高校北校舎、渡り廊下が見渡せる美術室――、
中庭に面した教室に隠れ潜むいかにも怪しげな男達。
彼等が何者かというと、彼等は以前、志帆――正確にはひよりの友達の一年生女子――に絡んで返り討ちにされた物見高校一年生、フラれ鶏こと原木が率いる不良バスケ部員一同だ。
さて、彼等がこの夏休み中の学校でなにをしているのかというと、その会話からも察せられる通り、ある人物に対抗するためとある少女を人質に取る為の待ち伏せである。
「来たぞ」
そして、そんな彼等のターゲットになるのは、彼等が隠れ潜む美術室のすぐ目の前にある水場に走ってくる小柄な女子高生、相川ひより。
ちなみに、ひよりがこの水場にやってきた理由は、その手に持っている大きめのウォーターサーバーからもわかるように、陸上部のマネージャーとして部員達が飲むスポーツドリンクを作る為である。
さて、今更であるが、彼等がどうしてひよりを狙うのか、
それは、数日前のナンパ中――正確には待ち伏せからのしつこい付きまとい行為の際――に、突然割り込んできて自分達を辱めた――被害は主に原木の失禁のみ、他の連中は風紀委員からの厳重注意処分――志帆への復讐する為である。
前回のこともあって本能的には志帆を恐れている原木たちは、志帆が大切にするひよりを盾に盾に志帆に復讐してやろうと画策していたのだ。
「よっと――」
持ってきたウォーターサーバーを渡り廊下の水道の前にセットするひより。
そして、そんな彼女を取り囲むようにこっそり配置につく原木達。
ちなみに、彼等が今から手に染めようとしている行為は拉致監禁と呼ばれる犯罪そのものである。
なので、その年齢を加味しても、このことが明るみになった場合、警察のご厄介になることはほぼ確実なのだが、得てしてこういう行為に及んでしまう人間は、自分の行いで発生する損害を想像する力が欠けている場合が多く、特にいまの原木達――いや、原木は単純に『ここでひよりを捕まえてしまえば志帆をぎゃふんと言わせられる』と、そんなシンプルな考えに頭を支配されているようだった。
しかし、そんな彼等がいざ本格的な行動に移ろうしたその時だった。
ひよりが原木達が隠れ潜んでいる辺りを睨みつけるようにして、
「誰です?」
と、不意の鋭い問いかけに答えるものは誰もいない。
しかし、小学生の頃からとある女傑の薫陶を受け、最近になって魔力という力を認識したひよりには、そこに誰かが隠れ潜んでいることわかっていた。
ゆえに、重ねて誰何を訊ねると、観念したのか、それともバレたところでどうとでもなるという余裕からか、原木とその仲間数名が物陰からのっそり顔を出し。
「よぉ、前は世話になったってな」
「えっと、なんの用です?」
気安く声をかけながらもひよりを取り囲むように近付いていく。
と、そんな原木達の一方で、ひよりはウォーターサーバーの蓋を盾にするように警戒の構え。
しかし、原木たちとしては、小柄なひよりがどれだけ身構えたれたところで、力づくでどうとでもできると余裕綽々。
いやらしい笑みを浮かべて、
「別にお前に用なんてねーっての」
「そそ、俺等からしたら、あの女に痛い目に見てもらう為にお前が必要なだけなんだっつーの」
「俺等、ロリコンじゃねーからな」
ギャハハハと下品な笑い声が校舎の中庭に響き渡る。
そう、原木達の目的はあくまでも志帆一人。
いや、仲間たちの数人は少し惜しそうな顔をしていたのだが、首謀者である原木にとってはひよりはあくまで餌であり、自分達の楽しみの邪魔をし、あまつさえ辱めを与えた志帆に仕返しがしたいだけなのだ。
だから、『大人しく捕まれやこの野郎』と言外に示すことでひよりを牽制。
ただ、その一方で、ひよりからしてみると、今の原木達がしている言いがかりのような行動は、ある意味で愛すべきおバカな先輩が普段からしている行動以下のものだった。
そもそも原木達が志帆からの制裁を受けたのは、相手から嫌がられているののがわかっているのに、しつこく追いかけ回したからであり。
結果、運動部女子内で原木達に関する悪評が広まることになり、それが回り回って、元春の所属する写真部や写真部、風紀委員、最終的には志帆までが今回の件に関わることになり、ああいう結末を迎えたのだ。
つまり、すべては原木達の自業自得なのだと――、
ひよりは至極まっとうな正論と共に原木達に批難の視線をぶつけるのだが、原木達としては自分達の非を認めるつもりは毛頭ないようで、『そんなものは一部の根暗な女の自意識過剰だ』と言わんばかりにひよりの態度を鼻で笑い。
「捕まえるぞ」
「りょ~かい」
これ以上の問答は面倒だとばかりに、強引にひよりを捕まえにかかる。
しかし、原木達がいざひよりを捕まえようとしたその時だった。
ひよりが、原木達と短いやり取りの中、ウォーターサーバーの蓋を盾に、さりげなく上向きにひねっておいた蛇口から勢いよく水を噴出させたのだ。
そして、原木達が怯んだ隙にその包囲網から抜け出そうとするのだが、
――しかし、回り込まれてしまったようだ――
ひよりが逃げようとした先にも原木の仲間が待ち構えており。
「へへ、逃げられると思ったのか」
「残念でしたおチビちゃん」
「……そうですか、仕方がありませんね」
逃げ道を塞がれるひより。
しかし、彼女は不気味なほど冷静だった。
そんなひよりの態度に、行く手を塞ぐ少年二人は一瞬気後れしてしまう。
「おい、逃がすなよ」
だが、グループのリーダーである原木から発破をかけられてしまえば動くしかない。
ひよりの逃げ道を塞いだ二人の少年は大きく手を広げ、彼女を逃さないようにしながら彼女との距離を詰めていく。
そして、いざ二人がひよりを捕まえようと手を伸ばしたその時だった。
「甘いです」
ひよりが自分を捕まえようと近付いてきた少年の一人の懐に飛び込んで思いっきり足を振り上げる。
と、次の瞬間、少年が崩れ落ちる。
彼はどうして倒れてしまったのか。
その理由は倒れた少年が崩れ落ちる時に抑えていた場所を見れば明々白々。
そう、少年の懐に潜り込んだひよりは、その小さな足で彼の股間を蹴り上げたのだ。
「はっ?」
小学生並に小さいひよりからの反撃、それは原木達にとって完全に予想外の展開だったのだろう。
一瞬、思考停止に陥る原木達。
しかし、原木達が呆然としている間にもひよりは止まらない。
「二人目です」
まるで格闘ゲームのような動きで横っ飛びをすると、突き出した膝を少年の股間に叩き込み、また一人、原木の仲間を男性としての地獄に叩き込む。
うめき声を上げて膝から崩れ落ちる少年。
ひよりは横っ飛びからの膝蹴りの勢いそのままに、膝をつく少年に体当たり。
その体をクッションにコロンと前回り、華麗に立ち上がると巻き込むように押し倒すことになった少年の真っ青な顔を見下ろして、
「むぅ、やりすぎたですか。
でも、これは自業自得です。
いたいけな女子を襲おうとした罰なのです」
無慈悲な言葉を投げかける。
そして、その小さな足を包む安全靴でトントンと地面を叩き、固まる原木たちの方へと向き直ると。
「まだ、やるですか?」
白けた視線を原木達に送る。
すると、そんなひよりの視線にに思わずたじろぐ原木達。
しかし、彼等にも彼等なりのプライドがあったのかもしれない。
「舐めてんじゃねぇっての」
小学生並に小柄な女子に一方的にやられて黙ってられるかとばかりにそう吠えると。
所詮はラッキーパンチ。
現に、何日か前に出会ったひよりはただ志帆に言われるままに逃げ回るばかりだったではないか。
そう、ちんまいひよりがこうも簡単に二人の男を叩きのめせたのはあくまで偶然によるところが大きいのだろう。
そして、そんな偶然は何度も続かないと、原木はそう思い込むことで自分の心を奮い立せ、二人の男を地に這いつくばらせたひよりに襲いかかる。
と、そんな原木の一方で、ひよりは猛然と襲いかかってくる原木の動きを冷静に観察していた。
なんて隙だらけなタックルなのだろう。
武術の達人から薫陶を受けるひよりからしてみると、原木のタックルはただちょっと素早いゾンビがそのまま突撃してくるようなものでしかなかった。
ゆえにひよりは、原木の手が自分に触れる直前を狙い、体を小さく丸めるように前回り受け身。
原木の攻撃を無事に回避すると、その低い体勢からちょうど目の前にあった原木の足を掴む。
そして、心配性な先輩から譲ってもらった魔法の指輪でビリっと一発、電気ショックを叩き込むと、突然の電撃に思わず身を固める原木の隙を狙い、その急所に、これまた心優しい先輩からプレゼントしてもらった、可愛らしい上に軽い、オーダーメイドの安全靴を叩き込む。
と、原木の急所に通常の蹴りではありえない収束された衝撃が叩き込まれ。
「おぉおぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおっ……」
前の二人とは比べ物にならない悲痛な叫びを上げて飛び上がった原木は、前の二人と同じように股間を押さえながら倒れてしまう。
そして、ひよりはそんな原木を足元に、自分を取り囲む少年たちを見回し「まだやるですか」と睨みを効かせるのだが、しかし、ここでひよりにとって少し計算外のことが起きる。
今の一撃を受けて死んでしまった――もとい、男として即死級の衝撃を受けた原木が亡者のごとく復活してきたのだ。
通常なら立ち上がれるハズがない。
しかし、そこにあるのは男としてのプライドか、それとも二度も仲間達の前で無様な姿を見せてなるものかという意地だったのかもしれない。
とにかく、根性を振り絞り、男性しか知ることのできない地獄の痛みから立ち上がった原木が、そのままひよりに襲いかかってきたのだ。
ただ、原木が股間を思いっきり強打されたという事実は変わらないワケで、その動きは単純そのもの――、
ゆえに、ひよりが冷静でさえあれば、その攻撃を躱すのは容易く。
実際、原木がひよりに伸し掛かろうとしたところ、そこにはすでにひよりの姿はなく。
そして、本当に最後の力を振り絞ったのだろう。もうこれ以上は動けないと四つん這いの状態で固まってしまった原木に、ここは今一度と言うべきだろう。ぷりんと突き出されたお尻の方へと回り込んだひよりは、サッカーアニメの必殺シュートを打つ直前のように、大きく足を振り上げて、そして、原木の仲間がそれを慌てて止めようとするのも無視して、
SMASH! SMASH!! SMAAAAAAASH!!!!
原木の急所めがけて特殊兵装による断罪の刃を乱れ打つ。
と、そんな狂気の光景を見せられた少年達が、泣き笑いの表情で唖然とする中、ひよりは「ふぅ」とスッキリした顔を浮かべ、額の汗を拭うような仕草をしたところで、ふと、自分を唖然とした目で見る彼等の姿を見留め『ここまで相手がしつこいと、もう遺恨を残さないように徹底して潰しておいた方がいいのでは』と、ふと志帆のような発想が脳裏を過ぎったのかもしれない。
そして、ここまでの戦闘でハイな状態になってしまった彼女を誰が止められるだろうか。
「あなた達にもお仕置きが必要なようデスね」
ひよりは可愛らしくドスを効かせた声で残る少年達にそう言い放つと、この場においては彼女にしか認識できない魔法式を空中に展開し、簡単な風の魔法を発動。
目の前の凶行に呆ける男達の急所への狙撃を決めると、その鋭く体の内部に浸透するような痛みから、前屈みのまま固まってしまった少年達の背後にするりと回り込み、前述にあったガーリーな安全靴で、回し蹴り、回し蹴り、回し蹴り!!
くるくるとまるでコマのように回りながらの三連撃で、いたいけではない少年達を女豹のポーズに沈めていく。
そして、校舎の中庭にうめき声しか聞こえなくなったところでひよりは、丁寧に、それはもう丁寧に、そのちいさなお手々と可愛らしい安全靴のつま先部分を洗うと、持ってきたウォーターサーバーにスポーツドリンクの粉を投入。そこに水を貯めながら。
「私もいつまでもか弱い女の子じゃないんです。
今回はこのくらいにしておきます。
けど、次に私や友達になにかあったらもっと酷いですよ」
脅すような捨て台詞を残し、女豹のポーズのままプルプル震えるしかない原木達を一睨み、水の入ったウォーターサーバーを軽々と抱えて『さあ、次は氷の確保です』とその場を立ち去ってゆく。
ちなみに、この後、この可哀想な女豹軍団は多くの運動部員達の目に晒されることとなり、中庭はちょっとした撮影会の会場になってしまうのだが、先に立ち去ってしまったひよりがそれを知ることはなかった。
◆補足説明。
ちなみに、このお話の時点でひよりは既にアヴァロン=エラに招待されています。
そこで風属性の魔法が得意と判定されたひよりは、虎助を始めとした幼馴染一同から、素人でも使える簡単な風魔法が入力されたメモリーカードに軽い電気ショックを放てる魔法の指輪、〈追い風〉の魔法などが付与された安全靴にアラクネの糸で作ったインナーと、各種装備がプレゼントされています。
そして、メインウェポンである安全靴のつま先にはミスリル製の鉄板が入れられていて、スマッシュの際に〈息子殺しの貞操帯〉に使われているのと同じ魔法式が発動するようになっており、男として甚大なダメージを負っていたりします。
あと、ひよりが使う体術に関してはイズナと志帆の心配から、小柄なひよりでも男に対応できるようにと、回避や逃走に特化した技術を教え込まれています。
しかし、幼い頃から正則を始めとしたスポーツ万能な友人が周りにいた為、運動のセンス自体はかなり高く、純粋な技術勝負(空手の試合のようにポイント制とか)なら、元春や次郎ともいい勝負ができるくらいの実力はあります。
ただ小柄な体格と筋肉がつきにくい体質からパワーが乏しく、それを心配した関係者からいろいろなマジックアイテムが送られたという流れだったりします。
◆次回投稿は水曜日の予定です。




