辺境伯への贈り物
◆今回のお話は前話の数日前のお話となっております。
それはトワさんとスノーリズさんが里帰りする数日前のこと、
早朝から錬金術の練習にアヴァロン=エラに来ていた次郎君と一緒になって、僕がトワさん達の里帰りに関わるちょっとしたお仕事をしていたところ、そこに元春がやって来て。
「オッス。
――って、二人してなに厳ついおっさんのホログラム見てんだよ」
「いや、厳ついおっさんとか、
この方はカイロス伯爵といってトワさんのお父さんだよ」
「ちょっと待て、トワさんの親父さんってことは、この厳ついおっさんが例のハーレム野郎かよ。世の中間違ってるぜ」
そのホログラムがトワさんのお父さんだという事実に愕然とする元春。
そんな元春のリアクションに、手伝いをしていてくれた次郎君が「ハーレム野郎とはどういうことです?」と頭上に疑問符を浮かべるので、僕は肩をすくめつつも元春がショックを受けるカイロス伯爵家の特殊事情を説明する。
「所謂、貴族の義務って奴だね。特にカイロス伯爵は国防に重要な辺境伯だから、彼の跡を継げる世継ぎを作らないといけないからって、奥さんやお妾さんがいっぱいいるんだよ」
ちなみに、カイロス伯爵の奥さんは三人で、妾の立場の人が十人以上、そして、そんな女性達に産ませた子供は百人以上いるのだという。
それを聞いた次郎君は『リアル城戸○政ですか』と苦笑気味にそう言って、
「で、なんで二人しておっさんのホログラムを見てんだよ。気持ち悪い」
いや、気持ち悪いって――、
僕はカイロス伯爵のホログラムをしかめっ面で見る元春に逆に白い目を向けながら。
「実は最近、マリィさんの領地にトンネルを作ろうって計画が立ち上がってね。そのトンネルが繋がる先の領地を治めているのがトワさんのお父さんなんだよ。
それで、どうせトンネルを開通させるなら、向こうの領からもトンネルを掘ってもらった方が効率がいいからってことで、今度トワさんとスノーリズさんがその話し合いに行くことになったんだけど。
その時に手土産になにか装備品を贈ろうかってことを前に話してて――」
まあ、この件に関しては、トワさん曰く、お土産なんていらないという話だったし、プテラを通じて相談をしたところ、あちら側もガルダシアと繋がるトンネルが出来るのなら、ミスリル製品が自領にも持ち込まれるからと、特に反対ではないようなんだけど。
話が土地絡みの話となると、また後出し的に文句を言う人が出てくるパターンもあるかもしれないと、僕としてはそういった問題に対してのちょっとした牽制というか、単純にカイロス伯爵の印象をよくしてスムーズに工事が進むようにとか思ったりなんかして、
とにかく、贈り物をしておけば、いざという時の武器になるのではトワさん達にそんな提案をしてみたのだ。
しかし、元春の反応はイマイチで、
「んなの、適当なのにしとけばいいじゃんかよ。
ってゆーか、その交渉にトワさんが直接行くとか危ねーだろ」
「危ないって?」
カイロス伯爵領はもともとトワさん達が暮らしていた土地である。
たとえ行く理由が交渉の為だといっても、いきなり襲いかかられるなんてことはないと思うし、トワさんたちの実力を考えると、そこまで心配することもないと思うんだけど。
僕はそう言って元春を宥めるのだが、元春が心配していたのはまた別の――というか、明後日の方向からの心配だったみたいで、
「そんなクソ親父に近づけたら妊娠するだろ」
近づけただけで妊娠って――、
漫画の中のお嬢様じゃあるまいし。
というか、元春がそれを言うかい。
そもそもからするに――、
「トワさんはカイロス伯爵の実の娘さんだよ。
それにカイロス伯爵の方も、もう子供は打ち止めみたいだし」
「打ち止め? もしかして、やりすぎてイ○ポになっちまったとか」
喜ぶような、でも、悔しそうな。コロコロと表情を変える元春に、僕は「そうじゃなくて」と言いながらも、
「単純に男の子が生まれたから、子供はもういいってことになったみたいだよ」
まあ実際、元春が言うような年齢的な問題もあるかもしれないけど、そこはプライベートな問題だ。
「は? どゆこと」
「どういうこともなにも、後継ぎが生まれたから、これ以上、子供を増やす必要はないということでしょう」
まさに次郎君の言う通り、将軍の子供がここまで多くなってしまったのは、ひとえに息子が欲しいからと頑張ってしまった結果だった。
それが今回、二人の男の子が生まれたことで、もう子供は必要ないという判断になっただそうだ。
ちなみに、そのふたりの男の子の母親は、一方がカイロス伯爵の第三夫人、もう片方が二十年近くカイロス伯爵に仕えているメイドさんと、なにかドラマが生まれそうな立場の二人となっていたりする。
とはいえ、それもカイロス伯爵家となると事情が変わる。
トワさんによると、カイロス伯爵家は完全実力主義らしく、次代の当主には強い方が選ばれるのが当たり前、いわゆる血縁同士のドロドロした骨肉の争いなどありえないのだそうだ。
「しっかし、男が欲しいってだけでハーレムを作っとか羨まし過ぎんだろ」
「まだ封建主義が全盛を誇るような世界ですから、当然の義務のようなものなのでしょう」
「くそ、ハーレムが義務だとか、男が欲しいだけでハーレム作っとか羨まし過ぎんだろ」
大事なことだから二回言った。
嫉妬にまみれたおバカな友人の戯言はスルーするとして、
「それで、カイロス伯爵に送るお土産なんだけど、元春はどれがいいと思う」
僕がこれまでに考えた幾つかの装備を幾つかホログラムのカイロス伯爵に着せていくと、元春はそのホログラムを腐った魚のような目で見ながらも。
「だから、適当でいいだろ。
つか、ふつうにカッコ悪ぃのを送ればいいんじゃね。罰ゲームって感じでよ」
ふてくされたように口を尖らせる。
うん。本当にカイロス伯爵のことが羨ましいんだね。
しかし、なにをもってして罰ゲームとか言っちゃってるんだろうか。
元春の発言にはいろいろとツッコミどころが多いんだけど。
「いや、ものは辺境伯への手土産だよ。さすがに変なものは送れないから」
そんな僕の指摘に元春はあからさまに舌打ち。
「けどよ、マリィちゃんとこって国と国との戦いとかってねーんだろ。あんまこだわっても意味がねーんじゃね」
たしかにその意見は間違ってないかもだけど。
「大きな戦争がないだけで、場所によっては小競り合いとかはあるみたいなんだよね」
これはトワさんやスノーリズさんから聞いたことなんだけど、ルデロック王国の北端に位置するカイロス伯爵の領地には、数年に一度という頻度ではあるものの、他国からのちょっかいを出されることがあるそうだ。
ただ、そのちょっかいも、本当に牽制目的の演習というか、軍を展開しての睨み合いのようなものらしいけど、場合によっては命の危険もありうる一騎打ちのようなものもあるようで。
「それにカイロス伯爵の領地の近くに魔獣の領域があるみたいだから、魔獣の襲撃なんかは結構多いみたいなんだよ」
ルデロック王国で三指に入る将軍職にあるカイロス伯爵が前線に立つことは滅多にないというが、伯爵はトワさんやスノーリズさんを鍛えたような武人である。相手が政治的な絡みがある人間などではなく、例えば巨獣などの強力な魔獣などが自領地に出たとなれば、嬉々として自らが兵を率いて前線に立つこともあるそうなのだ。
「だとするなら、やはり頑丈さをメインにした鎧などがいいのでは」
そうなんだよね。そうなんだけど。
「実用性を重視すると贈り物にしては地味な鎧になっちゃうんだよね」
デザインがすべてという訳ではないが、ものは将軍職かつ辺境伯の地位にあるカイロス伯爵が装備する鎧である。
他国との戦い――というか、無用なちょっかいをかけられることを考えるのなら、ぱっと見だけで相手に畏怖を抱かせるようなデザインというか、それなりに装飾にこだわったものがいいのではないかと思うのだ。
「だからそこは適当にやりゃいいんじゃね。漫画とかでもあるだろ。ドラゴンっぽいのとか――」
歴史ファンタジー漫画なんかの二つ名持ちの敵キャラクターが着る鎧って感じかな。
たしかに、ああいう漫画の鎧を参考にすれば、厳つい見た目のカイロス伯爵にぴったりな鎧が作れるかもしれないな。
ということで、さっそく僕がインターネットに検索をかけようとしたところ、それを遮るように元春がさも名案を思いついたとばかりに手をたたき。
「そうだ。オークをかたどった全身鎧とかがいいんじゃね」
「さすがに失礼だよ。
というか、トワさんのお父さんにそんなデザインの鎧を送るつもり?
しかも、その鎧はお土産としてトワさん達が持っていくんだよ」
「クッ、それを言われると痛てーところだぜ」
カイロス伯爵は一応元春の想い人であるトワさんのお父さんなのだ。
そんなカイロス伯爵に、トワさんが直接持っていくお土産をそんな皮肉めいたものにしていいものかと僕が訊ねると、元春は苦虫を噛み潰したような顔を浮かべ。
「でもよ。カッチョエエ鎧を作っても中身はおっさんだぜ。
だったら、ある程度、ネタに走った方がしっくりくるんじゃね」
「あながち間違いではないですね」
うん。カイロス伯爵に失礼ではあると思うのだが、元春が言わんとすることもわからないではない。
実際、ホログラムとして浮かんでいるカイロス伯爵に、無駄に格好が良かったり、派手だったりするものを選んでも、まるで似合わないのだ。
ちなみに、普段――ではなく、非常時にカイロス伯爵が装備する鎧は、どこぞの拳王様が装備するようなちょっと豪華なプロテクターのようなものらしい。
「つーかよー、それなら前に骨で作った蛮族みてーなのがあったじゃん。ああいうのでいいんじゃね」
蛮族みたいな骨の鎧というとワイバーンボーンメイルのことかな。
バックヤードに大量保管されているワイバーンの骨の処分方法として作ってみた鎧だね。
たしかに、ああいう鎧なら、防御力も十分、強そうに見えなくもないし、その、これを言ったら失礼に当たるかもしれないけれど、カイロス伯爵にすごく似合いそうだ。
しかし、それならと、僕がいま手持ちにあるワイバーンメイルをカイロス伯爵のホログラムに反映させたところ。
「前より凶悪になってね」
「実はあれからちょくちょくそれ系の鎧のデザインをしていたんだよ」
以前、元春に見せて不評だったからと、あれから暇を見てはちょくちょく手直しをしているのだ。
「しかし、これは無骨で威圧感がありますね」
「だな。とりあえず、トワさんにチェックしてもらえばいいんじゃね」
「うーん、でも、さすがにこれだけだとなんていうか野性味が強すぎるから、ちょっと調整をしてみようよ」
「そうですね」
ちなみに、この後、カイロス伯爵がこの用意したワイバーンボーンメイルを大いに気に入ってくれたみたいで、これに合う盾も作ってくれとの依頼が舞い込んできたのだが、それはまた別の話。
◆次回投稿は水曜日を予定しております。




