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魔女からの依頼

 評価にブクマありがとうございます。

 佐藤さんの極秘プロフィール騒動も収まって暫く、夕焼けに染まる店内にマリィさんの感嘆の声が響き渡る。


「純潔を守ることにそんな効果がありましたとは(わたくし)知りませんでしたの。確かに聖女などの実績を持つような女性は生涯純潔を貫くなどと聞いたことがありますが、もしやそれも――」


 ポツポツとマリィさんが佐藤さんが持つ驚きの実績の検証をする横では、元春が「そうなると俺達も30歳まで童貞を守れば――いや、それは周りが許さねーな」とか自信過剰なセリフをのたまっていたり、佐藤さんがもじもじと恥ずかしそうにしていたりするのだけれど、気にしてはいけない。余計なとばっちりに巻き込まれかねないからだ。

 だからと僕はマリィさんの説得に的を絞って、


「いや、さっきも言いましたけど、この【大妖精】という実績は、日本限定のネタ実績なんじゃないかと思うんですよ。それにマリィさんの場合、そんな権能なんて持たなくても十分強いようにも思えるのですが……」


「ですが、特定の分野に縛りのない学習力アップというのは魅力的な権能だと思いますの」


 まあ、成長補正なんて能力は、所謂、俺、TSUEEEEEEEE系の物語なんかで定番の能力だから、マリィさんが憧れてしまうのも分からなくはないけれど。


「もともと都市伝説じみた噂話から生まれたような実績の権能ですし、そんなに効果が高くないんじゃないでしょうか。それよりも今迄にそういった実績とか、たとえばマジックアイテムのようなものは無かったんですか?」


「どうでしょう。過去に英雄などと呼ばれた方々のステイタスは記録に残っていたりしますが、その中に該当するような実績は無かったと記憶していますが――、いいえ、ちょっとお待ちになって」


 僕としては答えを求めてというよりも、それほど大した実績でないと知らしめる為に、そんな事を言ってみたのだが、その発言がマリィさんの中にある何かを刺激してしまったのかもしれない。手の平を前に突き出したマリィさんが記憶を深く探るように額に指を添える。

 記憶のサルベージを試みるマリィさんの傍ら、手を上げたのは佐藤さんだった。


「あああ、あの……、お、お二人は、その――、ま、マジックアイテムにも詳しいのですか?」


「あ、ええ。マリィさんはその世界で五指に入るといわれる魔導師ですから。僕もこんな場所で店を任されているものですから、それなりに詳しいと思いますよ」


 やはり魔女だけにその辺りのことが気になるのだろうか。特にマジックアイテムは魔獣そのものの特性をそのまま取り出すアイテムだ。魔素の薄い地球からきた人間として見過ごせないのだろう。

 僕の返事に佐藤さんは店内を見渡して、


「あああああああ、あの、ここで売っているアイテムは、ぜぜ、全部、間宮さんがお作りになったもの、なのでしょうか」


 僕は呼ばれ慣れない名字(・・・・・・・・・)で呼ばれて一瞬キョトンとしてしまうも、僕のことは虎助でいいですよ。とすぐに気を取り直して、


「えと、僕がしているのは調整や簡単な魔具の作成とかですけど、裏に工房(・・)がありますから、注文さえしていただければいろいろと作りますよ」


「も、もしかして()なんかも作れたりなんて――しませんよね?」


 相手が魔女ならそれだけで(・・・・・)通じるだろうという僕の言葉に、佐藤さんも同じく省略した言葉で質問を重ねる。


「箒というと空飛ぶ箒のことですか。それならありますけど」


「オイオイ、マジかよ」


 テンプレートな魔法の道具の登場に驚く元春。

 僕はそんな元春の驚愕を「いや、こんな事で驚いていたら身がもたないから」と軽く受け流し、カウンターの下に雑然と詰め込まれる素材やアイテムの中から、大小二種類の庭箒を取り出してカウンターに並べる。

 すると、佐藤さんはカウンターに置かれた箒を手にとって、魔力を流したかと思いきや、難しそうな顔をして、


「も、もう少し魔力消費が低い箒とか、あ、ありません、か」


 そう言えば佐藤さんの魔力って14しかないんだっけ。

 で、いま僕が取り出した箒の消費魔力が1分につき1ポイントだった筈だから――、

 魔力が数分につき1%回復する魔法世界ならいざしらず、1日かかってようやく1%しか回復しない地球では使いにくい乗り物になるのか。

 まあ、魔法薬で回復するなんて手がない訳でもないけれど、それなら普通に車とかを使った方が効率的だもんね。

 ついさっき見たばかりの佐藤さんのステイタスと箒のスベックを照らし合わせて、そう考えた僕は、だったらとカウンターのすぐ脇の棚に立てかけられた幾つかのボートを取り出して、


「こういうものもあるんですけど」


「って、なんだコレ?普通の板にしか見えないんだけどよ」


「〈浮遊(ホバー)〉の魔法式が付与された魔法の板だよ。ほら、隅っこに小さく魔法式が書いてあるでしょ。自走能力はないけど、勢いをつけて漕ぎ出せば空中を滑ってくことが出来るんだよ」


「おおっ、なに、この板、ホバーボードってヤツなのか?未来アイテムじゃんかよ。

 でもよ、自分で勢いをつけてとかって空飛ぶ箒と比べるとなんかしょぼくね」


「まあ、もともとは台車代わりに使われていた魔具を持ち運びやすいように小さくしたものだからね。でも、ウィンドサーフィンみたいに、帆を立てて上手く風に乗ればかなり遠くまで移動できるみたいだよ」


 興味を持ってくれたらしい元春にそんなプレゼンをしながらも、本来のお客様である佐藤さんの方に向き直り、それでどうでしょうかと問うのだが、


「わわわ、私にはちょっと難しそうです」


 佐藤さんの反応はどうも芳しくない。

 まあ、どんくさ――もとい、運動が苦手そうな佐藤さんにこれを使ってもらうのは厳しいか。


「ですが、そうなると、やっぱりオーダーメイドってことになってしまいますけど、それだと地球で買った方が安くなったりしませんか」


「いいい、いいえ。あの――、じ、実は――、いま私達が暮らす世界では、魔法の箒が、ほ、殆ど、ててて、手に入らなくて――」


 曰く、現在の魔女界には、魔法の箒を作れる魔女が殆どいないのだという。

 なんでも、現代医療の発達によってポーションなど魔法薬の需要が激減したことで、実用的な魔法技術に傾倒する若い魔女が激増。ポーション作りから始まる錬金術が使える魔女の育成がなかなか進まない状況が続いているのだという。

 しかも、一人前の魔女になる為には、ローブにとんがり帽子、そして魔法の箒と、テンプレートな魔女の三点セットが必要らしく、その最たるアイテムの一つである魔法の箒が、人材不足により生産量が少ないというのだから、新作、中古ともに夜会と呼ばれる魔女達の集いの中で開催されるオークションに出品される度に争奪戦になっているのだという。

 すると当然、控えめな性格の佐藤さんはその熾烈な魔法の箒争奪戦に勝てなくて――いや、加わることすら難しく。

 普通だったら30歳になる前に――、遅くとも三十代の内には一人前の魔女として認められるところを、50を超えても未だ見習いのままで、焦っているのだという。

 成程、実年齢でいうのなら余裕でベテランの域に達していそうな佐藤さんが、未だ【見習い魔女】に甘んじているのには、そんな裏事情があったのか。


「分かりました。そういうご事情があるのでしたら、こちらも商売です。作るのはやぶさかではありません。ですが、先程もいいましたけどオーダーメイドのアイテムは本当に高いですよ。よろしいですか」


「ああああああああ、あの、それは、い、幾らくらいになりますか」


「そうですね。それこそピンからキリまであります。何しろ、空を飛ぶ方法にしても、風や炎に重力と色々な方法があるのに加えまして、攻撃術式に防御術式、ブーストと――あと、地球で使うならば認識阻害も必要ですかね。そんなオプションの魔法式も組み込まないといけないでしょうし、箒本体にしても丈夫さや軽さなど、こだわって作るとかなりの額になるでしょうから……。因みに現代の魔女さん達はどのような素材を使うんです?」


 この手のセールストークはもう慣れてきた。淀みなく発せられた僕の説明に、佐藤さんは、え、あう。と挙動不審になりながらも、


「え、えと、く、空魚って分かりますでしょうか? そそそ、その素材を加工した、アクセサリ(・・・・・)を組み込んで、じゅ、重力飛行をするようになってるみたいです」


 アクセサリというのは魔獣の能力を封じ込めた加工品――だったかな?いや、魔導器やマジックアイテムなんかに使う基幹部品をそう呼ぶんだったか?

 つまり地球産の魔法の箒は、複数組み込まれた魔法式によって空を飛ぶのではなく、使う素材の特性を活かして飛行する魔導器になるのだろう。

 でも、話を聞く限りだと構造そのものは単純みたいだし、これなら僕でも作れるかもしれないか。

 安心する一方で、元春がいつもの調子で聞いてくるのは、


「なあ虎助、そのクウギョってのはなんなんだ?」


 さしもの翻訳魔動機〈バベル〉でも、その人物の認識にないものの意味は伝わらないようだ。


「名前そのまま空を飛ぶ魚って感じかな。どっちかというと空中を泳ぐって言った方がしっくりくるかもしれないけど」


「って、そんなファンタジー生物がいんのかよ!?」


 万屋に勤めて半年以上、すっかり驚かなくなってしまったけれど、冷静に考えると異常な生物である。

 とはいえだ。


「相手は魔獣だからね。何でもありだよ。考えてもみてよ、大型車サイズの豚なんて普通いないでしょ」


 いや、たしかアメリカの方にそんな豚がいたかもしれない――というのは余計だろう。

 しかし、この話を聞いていた佐藤さんが意外そうな声を上げる。


「ま、魔獣なのですか。わわ、私達のところでは、せ、精霊となっているのですが」


「たしかウンディーネなど水の精霊の眷属が空魚でしたわね。魔獣となっているのは、清浄な土地にしか住んでいない筈の空魚が、何らかの原因で淀んだ魔素である瘴気に触れたのが原因だとか言われていますわ」


 と、ここで会話に入ってきたのはマリィさんだ。記憶のサルベージはもういいのだろうか。佐藤さんの意見に同調するような説明をくれる。

 しかし、精霊を使った魔導器か。地球産の空魚がどんなものかは知らないけど、残念ながら魔素が濃い空間とばかり繋がるこのアヴァロン=エラに迷い込んでくる空魚はほぼほぼ魔獣である。

 ふむ……。

 少し気になることがあって、一考した僕はカウンターの上に箒を片付けると、ベル君に頼んで一匹――以前、この世界に迷い込んできた空魚、その骨を出してもらう。


「これがここアヴァロン=エラで取れる空魚型魔獣なんですけど――」


「ふわぁ……おっきいです」


 ズルっと取り出された空魚の骨に佐藤さんが放心したように声を漏らす。

 正確には、この世界で取れる――ではなく、この世界に迷い込んできた他の世界の空魚となるのだが、細かいことは言いっこなしだ。

 2メートルくらいはありそうな空魚の全身骨格を見た佐藤さんのリアクションに、元春がゴクリと生唾を飲み込んで、なにやら不埒な妄想に勤しんでいるようだが、わざわざ巻き込まれる危険を犯してまでツッコミを入れるなんて愚の骨頂。残念な友人は無視するとして、


「それでこれなんですが素材に使えるでしょうか。万屋(ウチ)の箒は魔法式によるものばかりで、素材の特性を活かすような箒は作ったことがないんですけど」


「必要なのは空を飛ぶ概念ですので問題ありませんの」


 答えてくれたのはマリィさんだ。魔力を流して確かめてくれる。

 精霊と魔獣ではその効果も違うのではと少し心配してみたのだが大丈夫なようだ。

 そんなこんなで、マリィさんからのお墨付きも出たみたいなので、さて、商談に入ろうか。

 あんまり時間をかけてると、今日中に渡せなくなっちゃうからね。


「それで佐藤さんはいくらくらいの箒をお求めでしょうか。それによって組み込むオプションも決まってきますので、予算を聞いておきたいのですが」


 そう訊ねる僕に何故か佐藤さんはビクリと体を震わせて緊張気味に答えてくれる。


「さささ、300万円くらいまでなら、だ、大丈夫でしゅ」


「300百万っ!?」


 噛みながらも佐藤さんが提示してくれた金額に声をひっくり返らせる元春。ものが箒なだけに叫びたくなる気持ちもわからないでもないけど。


「元春、高いバイクとかだと普通に何百万とかするでしょ。それと同じようなことだよ」


「ううん?そっか……、そうなのか? そうだよな。空飛ぶ箒だもんな」


 僕のたとえに若干の疑問を残しつつも唸り声をあげる元春。

 僕は佐藤さんの方に向き直って、


「オプションなんかは本体が出来てから考えるとして、ベースとなる箒を作ってきてもらいましょうか」


 確認した上でベル君に指示を出そうとしていたところ、佐藤さんが焦ったように声を割り込ませてくる。


「で、ででで、できれば、ほ、箒じゃない方がいいんですけど……、

 ほ、箒を持ち歩いてたら、め、目立っちゃいますから」


 たしかに街中で箒なんかを持ち歩いていたりしたら変な目で見られること請け合いだ。

 魔女と言えば森の奥にあるツリーハウスなんかでひっそりと暮らしてるイメージを持ってしまうけれど、僕の家に訊ねてきたりなんかする望月さんやカリオストロさんなんかを見ると、普通に街で生活しているみたいだしね。

 だけど、それなら現代日本に住まう魔女の皆さんは、普段どんな飛行用のマジックアイテムを使っているんだろう?

 そう思って訊ねてみると、


「さ、先ほど、こ、虎助さんが、も、申しましたように、ば、バイクや自転車みたいな乗り物にアクセサリを組み込んだものが多い、です。ちゃ、ちゃんと乗り物としても使えますから、魔力の節約になるんです」


 木を隠すなら森の中。乗り物に飛行機能を組み込む事によってどこへでも持っていけるということか。

 それなら、常に持ち歩いていなくても、必要ない時は駐車場なんかに止めておけばいいからね。

 何よりも本体に乗り物としての用途を組み込むことによって、魔法効果を構築する概念を省略していなんて目的があるのかもしれない。

 常識的に考えるとバイクなんて重いものを空に飛ばすなんてあり得ない話だけど、空魚の骨の特性を組み込んだ魔導器なら、重さはほぼ関係ないだろうしね。

 僕が店長業務を務める傍ら、ソニア(オーナー)から叩き込まれた知識で佐藤さんの話を理解する一方、マリィさんがしみじみと呟く。


「しかし、バイクという乗り物は本当に実在しましたのね」


 魔法世界に生きるマリィさんにとって、ゲームや漫画の中で見た乗り物というのは、黄金の騎士の物語に出てくる魔法剣のようにファンタジーの産物なのかもしれない。

 魔法の箒はある魔法世界に自動車の類が無いのは少し不自然なような気もするけど、何かしらの技術的な問題でもあるのだろうか。

 どちらかというとインフラの問題なのかもしれないな。

 マリィさんが暮らす魔法世界にはアスファルトの道路なんてないだろうし、それなら悪路にも対応しやすい馬や、多少の魔力消費はあったとしても空を飛べる魔法の箒のような乗り物の方が扱いやすいのかもしれない。いや、もしかするとファンタジー系の物語でたまに見るようなゴーレム馬とかそういう乗り物があるのかも。

 魔法世界の交通字状に思いを馳せそうになる僕だったが、その辺りの疑問はまた今度聞くとして、


「それで佐藤さんのご希望はやっぱり自転車が無難でしょうか?」


 小動物のような印象を受ける佐藤さんにバイクは似合わないだろう。どちらかといえばママチャリみたいな街乗りの自転車の方が似合いそうだ。

 そんなイメージをモヤモヤっと浮かべてリクエストを聞いてみるのだけど、


「わ、私は――、その――、自転車に乗れませんので、そそそ、そういうのはちょっと――」


 どうやら佐藤さんは自転車に乗れない人らしい。

 ワタワタと手を振るその仕草に元春は可愛いなんて言ってるけど、

 元春。その人は50歳オーバーだよ……。

 いや、そんな失礼な事を言ってはいけないぞ。


「じゃあ、何がいいでしょうか?車――はさすがにお高くなり過ぎちゃうでしょうし、三輪自転車はちょっとおばさんっぽいですかね。でも、今ならかっこいい感じのが売ってるでしょうか。ネットで調べてみましょうか――」


「でしたら、私と同じようにケープにしてみたらどうですの」


 脳裏に過ぎった迂闊な発言を誤魔化すように思い浮かぶだけのアイデアを羅列していく僕に、マリィさんがワインレッドのケーブを見せながら言ってくる。


「へぇ、そのケープもマジックアイテムだったんですか?」


「正確には魔導器になりますの。魔法の絨毯というものがあるでしょう。あれと同じで文様の中に魔法式を隠していますの」


 なんでも、さり気なくあしらわれた刺繍の中に幾つかの魔法式が隠れているらしい。要は紙幣の中に隠れている文字のようなものだろう。


「でもよ。そのケープだっけ?肩掛けみたいなの一つに300万とかって、もう服買うってレベルじゃねーだろ」


 仮にも元姫が身に着けるマジックアイテムだ。それくらいしても不思議ではないけれど、僕達庶民からしてみると高過ぎるものである。

 だけど――、


「いや、マリィさんのケープがどうか分からないけど、さすがに300万もしないよ。たぶん万屋(ウチ)で作ったら金貨2、3枚――2、30万円で作れるんじゃないかな?」


「それでも結構するんだな」


 確かにケープにしてはかなり高いお買い物だ。しかし、


「仮にも人を支えて空を飛ぶんものだからね。安全面とかを考えると、それなりにいい素材を使わなきゃ危ないでしょ」


「飛んでる途中で落ちたらヤベーもんな。

 でもよ。それってこの魚の骨から作るんだろ。どうやって作るんだ?」


 かつて鮭の皮でジャケットが作られたなんて話を聞いたことがあるけれど、魚の骨から服が作られたなんて話はさすがに聞いたことが無い。

 そんな元春の疑問符に「それなら問題ないよ――」と言いながら、どうせだから魔力消費を極力最小に抑えられるようなギミックも仕込んでもようかなと、ふと思い浮かんだアイデアに僕は佐藤さんに向き直って訊ねる。


「佐藤さんって金属アレルギーとかありませんよね?」


 は、はい。不思議そうに答える佐藤さんの片方で、マリィさんは僕の意図に気付いたみたいだ。

 ニヤッと笑って、


「魔法金属による魔力保持ですか。錬金術で金属糸を作りますのね」


「上手く行けばいいんですけど」


 マリィさんに答えながらも僕がカウンター下の荷物置き場から取り出したのは青い金属片と黄金のお釜。


「こ、こここ、これは、み、ミスリルですか。それにこっちのお釜はもしかして――」


「お察しの通りオリハルコンの錬金釜ですの。ですが、青い塊の方はミスリルではありませんのよ。これはブルーと呼ばれる銅を魔法金属化させたものですの。伝説や物語などで語られるミスリルの印象から間違えられることが多いですが、本物のミスリルは黒曜石のような艶やかな黒を持った金属ですの――」


 よくある勘違いをする佐藤さんのセリフをインターセプト。マリィさんがその大きな胸を突き出すようにして言い放つ。

 因みにではあるがマリィさんもブルーをミスリルと間違えた口だったりする。

 魔法剣の作成の際に間違えて、その時にした説明が、いま佐藤さんにしている説明だったりするのだが、これは、マリィさんの名誉のために言わない方がいいだろう。

 でも、ミスリルってたしか――、某有名ファンタジー小説が発祥の金属だって聞いたことがあるけれど、そこのところはどうなっているんだろうね。

 ハリウッドで宇宙人の映画が作られたのは――、実は宇宙人の存在を知らしめる為だとか――って、そんな都市伝説みたいに、魔法金属にもそう言うエピソードとかがあるんだろうか。

 ブルーとミスリルの違いに始まり、毎度毎度のウンチク話に入るマリィさんの声を聞き流しながら、埒も無い事に思いを巡らせながらも僕は、時間も時間だから自分の仕事に入らないと――と、錬金作業に取り掛かる。

 まず取り掛かるのは錬金の前の下準備。

 既に用意されていた空魚の骨とブルーの塊を、通販番組よろしく、取り出したるフードプロセッサで細かく砕いていく。


「おいおい、それってスゲー金属じゃねえのかよ」


「ブレードがアダマンタイト製だからね。大抵の金属なら粉々にしちゃえるよ」


「ア、アダマンタイトですって!!」


 フードプロセッサの中でバラバラになっていく青と白の破片に呆れた声をあげるのは元春だ。

 そんな元春の声に答える僕の説明にマリィさんから悲鳴じみた声があげられる。

 一同が唖然呆然する中、角度をつけて乱回転するアダマンタイト製のブレードは、あっという間に空魚の骨とブルーの塊は粉々に、

 僕は出来上がった粉を錬金釜に投入する。

 次に錬金術によって作られた魔法の乳化剤を注ぎ込んで軽く撹拌。中身が完全に溶けきったところで〈中和〉の魔法式を発動する。

 後は出来上がった混合液の中に、金属糸のベースとなるシャドートーカーの遺骸を撚り合わせて作った影の糸をゆっくりと浸して、〈浸透〉と〈混合〉の魔法式を発動させれば練成完了だ。

 錬金釜の蓋を開けた僕はすっかり使い慣れた〈金竜の眼〉を片目にその中身を確かめる。

 初めて作るものだけに少し心配ではあったが、どうにか錬金成功のようだ。黄金の釜の中に収められた青いグラデーションが鮮やかな金属糸には、きちんと空魚の持つ〈空泳〉の効果が付与されているみたいだ。


「これで素材の用意は完了ですね。後はデザインというか編み込みで描く魔法式なんですけど、推進力の方式とか、防御術式などのオプションはどうします?」


 僕が錬金釜から取り出した青い金属糸を手に佐藤さんに訊ねるのだが、

 佐藤さんは驚き戸惑っているようだ。


「あの……」


「ひゃい!」


「どうかされました?」


「虎助さんはお若いのに手際よく錬金術をこなしていましたのでびっくりしてしまって」


 あれ、佐藤さんがどもることなく話せてる。驚きすぎて素に戻っているのかな?

 でも、それにしたって驚きすぎなんじゃないだろうか。僕の錬金術なんかソニア(オーナー)と比べるとお遊びのようなものでしかないし、僕が(・・)錬金術を教え込んだエレイン君よりも劣るものなんだけど。

 いや、ソニアのような規格外の存在や、彼女が手塩にかけて作ったゴーレムと、魔法初心者である僕なんかを比べるなんておこがましいというものか。

 それにそもそも――、


「僕の錬金術の腕前に関しては釜の性能がいいからですよ」


 と、佐藤さんからの賞賛を軽く流した僕は、続けて、


「この糸の量ならかなりの数が作れますね。取り敢えず錬金術で色を変えて三種類。夏冬で分けるのもいいですね」


「そんなに――、で、でも、お金が――」


 佐藤さんはこう言うけど、予算内ではあるし、空飛ぶアイテムは売れるから多めに作っても大丈夫なのではなんじゃないかな。

 僕はやや強引にも佐藤さんから空飛ぶケープに組み込んで欲しい魔法なんかを聞き出して、


「じゃあベル君。エレイン君達に仕立てをお願いしてきてくれるかな」


 後は裏方に任せておけば大丈夫とベル君に糸を渡して小一時間――、

 呆然とする佐藤さんにお茶を出したり、最初にマリィさんと話していた実績に関する話を聞いてみたり、元春に魔法を教えたりしながら待っていると、注文した通り、三色六種のケープが出来上がったみたいだ。

 受け取った6着のケープ一つ一つに魔力を通し、その効果を確認した僕は、おずおずとカウンターの前にやって来た佐藤さんの前に並べて、いざ、オープン・ザ・ブライス。


「1枚20万円で、6枚買っていただけるならおまけして100万円。これでいかがでしょう」


「そ、そんなに安くていいんです、か?」


「ええ、お得意様である望月さんのお知り合いですし、これからご贔屓にしてくださいということで、特別ですよ」


 1枚買ったらもう1枚とまではいかないけれど、ブルーの素になった銅以外はタダ同然で手に入れたものだし、空魚の希少性と素材獲得の手間さえ考えなければ、実は100万円でもかなりのボッタクリ価格なのである。

 とはいえ、佐藤さんが喜んでくれているのだから、そんな無粋な説明なんていらないだろう。

 それに、オーナーが日本にいる魔女の事情も知りたいみたいだし、その餌としては十分だ。

 何よりも、佐藤さんは数少ないこのアヴァロン=エラにまで入った魔女さんだ。色んな意味で自衛の手段が多い方がいいと思うんだよね。

 と、そんなこちらの事情なんて露知らず、「あ、ありがとうございます。ありがとうございましゅ」と、何度も何度も頭を下げてくれる佐藤さんだった。

浮遊(ホバー)〉……空中浮遊の魔法式。一見すると役に立ちそうにないが、高い場所からの落下などの衝撃を0に出来る有能な魔法である。風魔法などを併用することによって擬似的な飛行魔法が可能である。(因みに魔具などの補助なしに二つ以上の魔法を使用するのは飛行魔法並の高等技術である)


〈ホバーボード〉……車輪やサスペンションの技術が未熟な魔法世界で作られた代用魔法。ある世界では車輪無しで馬車自体が浮遊するという無駄に高い技術を使った馬車が存在するらしい。

 積載量などの問題はあるものの消費魔力は数分に1ポイントと(魔法世界での)自然回復で相殺できるように作られている。


〈アクセサリ〉……実績や権能などを持つ魔獣の遺骸に〈再現〉や〈顕現〉などの魔法式を書き込むことによって、生前のチカラを一時的に発揮させるアイテム。魔導器や魔動機に組み込む部品。

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