新たな街道建設
マリィさんの相談から三日、ガルダシアの地における不届き者への対処は大方上手くいったみたいだ。
なんでも調査に入った当日からすぐに問題の領主とその仲間たちの後ろ暗い場面に潜入できたそうで、その様子をその領主が収める街の中心広場に設置した巨大魔法窓で流した結果、もともと領主に不満を持っていた民衆が活性化、武装して領主の館に詰めかけて上を下への大騒ぎになっているそうな。
ちなみに、街頭モニターを設置したのはその街だけでなく、その領主に協力していた領主やら商人が本拠地としていた街や王都にも設置したらしく、各方面に彼等の企みが発覚。後はルデロック王への働きかけや、各領主の自主的な判断で行動してもらうことにしたみたいだ。
あと、ガルダシアに続く街道を封鎖していた軍隊だけど、この件が明るみになってすぐに撤退していったそうだ。
街の混乱を収めるためにも人員が必要というのは勿論、ユリス様達が八龍を使って街道沿いで演習を行っていた軍隊にちょっかいをかけていたらしく、街からの帰還命令に一も二もなく飛びついたという感じだったみたいだ。
そもそもこの軍隊が演習に出ていた所為で、領主の館の守りが現在絶賛ピンチ中なのだという話なんだけど、連絡を受けてから帰って、果たして彼等が帰るまでその領主の館の防衛は持つのだろうか。
精鋭が先行して帰ったところで圧倒的な数の差には抗えないだろうし、まあ、魔法などがある世界では戦力は量よりも質なところもあるんだけど、ユリス様が中心となった嫌がらせに対抗できなかった時点で、その実力はお察しのものなのではないだろうか。
これは彼等が帰るまでもなく、もう決着がついちゃうんじゃないかな。
と、そんなこんなでガルダシア領で起きた街道封鎖事件も今はほぼ落ち着いてきたらしく、最近お疲れモードだったマリィさんのご機嫌も随分と戻ってきたようで、午前中から来店して、幸せそうにコンビニの和スイーツを味わいつつも、ここまでの状況を説明してくれたのだが、きょう万屋にやってきた目的はそれだけではなく、なにか相談事があるみたいである。それは――、
「それで、また今回のようなことが会った時に備えて、新たな街道を通そうと思いまして、
虎助たちに、そのお手伝いをお願いしたいのです」
成程、たしかに今回封鎖された街道の他に道を作っておけば、今回のようなことは起こりにくくなるかもね。
「しかし、ただ街道を通すだけなら、僕達が手伝う必要なないのでは?」
ガルダシア領は今回の街道封鎖の原因になったミスリル製品で随分儲けている。
だったら、そのお金を使って街道建設も可能なのではと僕が聞くと、マリィさんは魔法窓の機能を使い、空中にガルダシア領とその周辺の地図を浮かび上がらせて、
「虎助も知っているかとは思いますが、ガルダシアの周辺は高い山で囲まれていますの。そこに街道を通すことは出来なくはないのですが、その道が通行に便利かというとそうでもないのです」
言われてみれば、ガルダシアはマリィさんの軟禁場所に選ばれただけあって高い山に囲まれている。
そこに街道を通すとなると、少なからず山越えをしなければならないルートになるということか。
「なので、万屋にお願いしてトンネルを作ろうかと思っていますの」
そのお願いは、先日パキートさんの元住処に隠し通路を作った話を念頭にしたものだろう。
たしかに、それなら僕達に依頼して作ってもらうという選択肢になるしかないかな。
魔法を使えばトンネルくらい作れそうなものだが、マリィさんの世界でそういった工事をするとなると、高位の土魔法の使い手を落盤の危険がある現場に放り込まなくてはならなくなるからね。
人材の確保という時点で難しい問題なのかもしれない。
なにしろ、山一つ二つと貫通するようなトンネルを作る大規模工事になるからね。そういった意味でも万屋に頼むのもわからないでもない。
「それでどこにそのトンネルを作るんです?」
「ええと――」
「はい。可能でしたら、ここにこのようにして通していただけるとありがたいと」
と、宙に浮かぶ地図を見ながら僕がした質問に、マリィさんに代わり答えてくれるのはトワさんだ。
どうやら計画はガルダシアの北側に横たわる山脈を突き抜ける形でトンネルを通すものらしい。
トワさんがガルダシア周辺の立体地図に魔力光のラインを這わせてくれる。
ただ、そのトンネルを示すラインを見て気になるのは、
「あえてここにトンネルを通すのはどうしてですか?」
ガルダシアの周辺地図を見る限り、トワさんが示したルートよりも、南に下るルートの方がトンネルの距離が短くて済みそうなのに、どうしてあえて北にトンネルを作るのかと聞いてみると。
「それは、このトンネルを通した先が、私とスノーリズの故郷だからです」
そういえばトワさんはどこぞの公爵だかの庶子だったっけ。
今回のトンネルを通す計画はその結びつきを強くする意味合いもあるのかな。
「わかりました。それならすぐにモグレムの用意をしますね」
「モグレム? メタルカーバンクルだけではありませんの」
と、さっそくトンネル工事の手配を整えようとする僕の声に、マリィさんがわさりとそのボリューミーな金髪を傾ける。
ちなみに、僕が用意すると言ったモグレムというのは、現在ガルダシア城にある魔鏡から繋がる迷宮の上層の発掘作業をしてもらっているモグラ型のゴーレムことだ。
そして、メタルカーバンクルというのは、言わずもがな、同じ迷宮で発見したダンジョン作成ゴーレムとも言うべきゴーレムである。
マリィさんとしては、つい数日前、パキートさんが暮らしていた遺跡の改造の話を元に、自分達のところのトンネルもすべてメタルカーバンクルを使って通すのだろうと予想していたんだろう。
だけど、
「今回のトンネルは距離が距離なので、時間とコストの節約を考えて、掘削作業をモグレムに、トンネルの整備や補強をメタルカーバンクルにやってもらおうと思っています」
メタルカーバンクルを使ってトンネルを通すには、結構な魔力と時間が必要になる。
それに比べて、モグレムを使って先に掘削を――、その後でメタルカーバンクルを使ってトンネルの補強を――と、そんな風に作業を分担すれば、コストの時間の削減になると思うのだ。
と、そんな説明をしたところ、トワさんが「ふむ」とその説明を吟味するように瞑目。
「虎助様がそう仰るのなら、そちらの方法がいいのでしょうね。マリィ様――」
「ええ、細かな部分は虎助に任せますの」
お二人から納得のお言葉をいただいたところで、ここでもう一つ。
「あの、できればトンネルの入口と出口、両方から掘削を進められれば工期がさらに短縮できるんですけど」
これは単純に効率の問題だ。同サイズのトンネルを作るなら、一方から掘るよりも、両方から掘り進める方が断然早い。
「それは道理ですね。
しかし、向こうからも掘削を進めるとなると、相手方への挨拶が必要になりますか」
トンネルの出口は他の領地、さすがに勝手にはできないですからね。
ということで、そちらの掘削はトワさんとスノーリズさんが、以前作ったボルカラッカの骨格を使った飛行船でご挨拶に行くついでに許可をいただくことになるという。
しかし、そういうことなら――、
「なにか手土産のようなものを用意するとかした方がいいですかね」
交渉を円滑に進められるように、なにか贈り物を用意するのはどうだろうかと僕が伺う。
すると、トワさんは意味ありげに溜息を一つ、首を左右に振って。
「いえ、その必要ないかと――、
なにか文句を言われました時は叩きのめしますので」
「あの、それは――」
トワさんの口から飛び出した物騒なご意見に、僕が恐る恐る聞き返すと、トワさんはとびきりの笑顔を浮かべ。
「我が家は完全実力主義ですので」
ええと、これは――、
トワさん達の戦闘力が高いのは伊達ではないということかな。
「ただ、餌という意味ではいいのかもしれません」
「餌、ですか?」
「はい。ち――あの人はマリィ様と同じような趣味を持っていますので、叩きのめした上でチラつかせてやれば簡単に飛びついてくるでしょう」
あの、そのあの人っていうのはトワさんのお父さんでなんですよね。
扱いがかなり雑なような気がするんですけど。
ただ、いまnトワさんの立場を考えると、雑に扱われても仕方がないのかな。
しかし、そうなるとだ。
「また、なにか新しく作らないといけませんね」
「いえ、特別用意しなくとも店頭に並んでいる装備で十分かと」
トワさんはそう言うけれど、相手は伯爵――正確にいうなら辺境伯だ。
おそらくそれなりの権力を持っている人物に、適当に選んだ贈り物をするというのは逆に失礼になるのではないか。
トワさんからは適当でいいと言われたものの、僕としては『ここはしっかりとしたお土産を考えなくては――』と、まずはバックヤードに余っている希少な素材をピックアップしていくのだった。
◆ゴーレム紹介
モグレム……モグラを模したゴーレム。通常のモグラサイズ(全長15センチ)のものから用途に応じて中型犬サイズ(全長60センチ)のものまで用意されている。掘削に特化したゴーレムだけに、そのボディには魔法金属が使われており、カモフラージュにイノシシ系の魔獣の革が貼り付けてある。その革は特殊加工がされており、土の中を進むのに適した魔法式が付与されている。




