●ピーピングシャドウとスナイプクイーン
◆今回のお話は、ガルダシアの街道封鎖にまつわる、それぞれの視点という構成のお話となっております。
◆ダフテリアン領の侵入者side
俺は、名もなき影――ではない。
ガルダシア領の領主様であるマリィ様から新たに『トレシュ』の名を頂戴したスパイである。
俺は今、マリィ様の命を受け、隣の領の領都であるダフテリアンに潜入している。
まあ、そうはいってもただ変装をして正規に入町しただけなのだが……、
さて、今回、俺がこのダフテリアン領に潜入した理由だが、ここの領主が我が主の領地に繋がる街道を封鎖するように軍隊に訓練を命じたことが原因だ。
何故ダフテリアンの領主がそんな馬鹿なことをし始めたのかというと、我がガルダシア領で多くのミスリル製品が作られるようになったのがきっかけだった。
物資の乏しい陸の孤島として有名なガルダシア領からミスリルの製品が売りに出されている事実、それ即ち、ガルダシア領にミスリルの鉱脈が存在するのではないか、ならば、もともとその土地を管理していた自分にもその恩恵があって然るべきだと、そんな理不尽かつ一方的な考えから、ダフテリアン領主は、マリィ様に穏便なミスリルの提供と、今後、隣接する二つの家と家との結びつきを強固にするための提案をつきつけてきて、それをすげなく断られると、子供じみた報復行動に出た――というのが、今回のこの騒動の流れなのだという。
正直、ダフテリアン領主がどれだけ頭のおかしいことを言っているのか、そんなこと、学のない俺にでもわかることなのだが、その一言で済まないところが貴族の世界の恐ろしいところである。
どうも、このダフテリアン領主は、このゴタゴタを利用して、王家に対して強い発言権を持ちたいという周辺の貴族と結託することで、自分の主張が正しいとし。
さらに、この派兵に対して文句をいわれたところで、理論的に躱せるようにと、演習という体を利用して、領地沿いに軍隊を派遣したとのことだそうだ。
正直、ガルダシア領はルデロック王国から独立した租借地なので、これら工作もほぼ意味がないといえば意味がないそうなのだが、それでもガルダシアがルデロック国内にあることを考えると、流通などの面において不利益が多過ぎるというのは、ガルダシア城のメイドをまとめる二人の長の話である。
さて、そんな厄介な事態から、この街に送り込まれた俺の任務は、演習と称し街道を封鎖する軍隊を送り込んだ、ダフテリアン領主の動きや思惑、醜聞やら、バックについている貴族やら商人やらの詳細を調べること、そして、手に入れた情報を元にした世論誘導となっている。
ふつうに考えると、これは俺一人でこなせる任務ではないのだが、
ただ、実際は正直俺のすることは殆どない。
どうしてなのかと言われれば、マリィ様よりお貸しいただいた昆虫やら小動物を模したゴーレムを街に放てば、後は勝手に情報を集めてくれるからと答えるしかない。
俺の仕事は、この街に放ったゴーレム達から送られてくる情報をまとめるだけで、後はずっと宿屋にこもってその作業を延々と繰り返しているだけなのだ。
正直、これなら俺が出向かなくてもいいのではとも思ってしまったりもするのだが、なにかあった場合、現場で動ける人間がいるかいないかでかなり違う。
まあ、その仕事の内容から、実はある程度の隠密行動が取れる人間なら誰でもよかったのだが、万が一にもこちらの動きがバレた場合の危険度はかなり高いということで、最悪、使い捨てにできる俺が選ばれたとのことである。
と、そこまで聞くとヒドいようにも聞こえるが、俺の立場を考えれば仕方がない、もともと俺はガルダシア城に入ったスパイだったのだからな。
「しかし、順調に集まってきている情報を見る限り、そんな状態になるなんてことはまずないだろうがな」
目の前に浮かぶ魔法窓なる不思議な魔法には、いま俺がいった心配が意味ないと言わんばかりに、順調にダフテリアン領主周辺の情報が集まってきているのだ。
そして、いままさに仲間を集めて悪巧みをしているダフテリアン領主の様子も見て取れる。
やろうと思えば暗殺もできるような、こんな油断した場面まで、マリィ様から与えられた昆虫型のゴーレムによって覗き見することが可能になっているのだ。
「フッ、こんなものがバラ撒かれたら商売あがったりだな。
……しかし、コイツ等は本当にヒドいな」
俺がコイツ等というのは、もちろん件のダフテリアン領主様共だ。
手元の魔法窓には、演習と称した派兵を部下に任せて、自分達は、いかにもまともでない目つきの裸の女を侍らせて酒を飲みながら、生真面目な部下達やら民草に対する不満や暴言、そして自分がどれだけ偉いのかと、影で行う悪辣な所業の自慢やら、近い未来に訪れると思い込んでいる下衆な妄想に話の花を咲かせている様子が映し出されていた。
ただ、演習を命じた部下への不満に関してはお互い様で、あちらはあちらでこんな連中に現場に出られても困るからと不満をこぼしているそうなんだがな。
ちなみに、最後に触れた下衆な妄想とはなにかというと、今回のガルダシア領に対するちょっかいに関して、どこどこの商会の若き商会長の泣きっ面を見るのが楽しみだの、あの小生意気な領主風情が偉そうにだの、これで王家を乗っ取りだなどと、かなりヤバいことをまで口に出している。
どうやらこの連中は、我が領主様を手篭めにして、それを足がかりに国の乗っ取りを考えているらしい。
しかし、なんて馬鹿なことを考える連中なんだろう。
王家の乗っ取りを画策している時点で既にアレだが、我らが領主様を組み敷こうだなんて考えている時点ですべてが終わっている。
コイツら程度の人間が我らが領主様を組み敷こうものなら、その存在ごと消されかねないというのに。
そもそもこの映像を、今まさにその小生意気の領主様を崇める凶悪なメイド達が見ているのだ。自分で自分の首を絞めている以外のなにものでもないのだ。
そして、この密談が筒抜けなのは領主様やそのメイド達だけではなく。
「生中継だったか、これはまさに悪徳貴族殺しだな」
そう、この映像を見ているのはなにもガルダシア城の人間だけではない。
この街の住人が――、この場にいる人物達が我が物顔で暮らしている土地に暮らす者が――、そして王都に住まう人間が、プテラという飛行ゴーレムによって、各街にバラ撒かれたこの魔法窓という規格外の通信魔法を通してこの光景を目撃しているのだ。
いまはまだ、この光景を映し出している魔法窓という魔法が、何が起こっているのか理解できないで、ただ呆然と立ち尽くしているだけであるが、ひとたび誰かが動き出したら、すぐに暴動に発展するかもしれない内容であることは間違いないだろう。
特に王都でこの光景が見られているというのがヤバい。
この内容が王の耳に入ってしまったら、高い確率で処刑されてしまうような内容なんじゃないのか。
とはいえだ。
このダフテリアンという領地は、元々マリィ様の流刑地であったガルダシアの城があった場所だけに、王都からかなり離れた位置にあり、この領主がすぐにどうにかなることはないだろうけどな。
しかし、そんな時間の差など些細なこと、この光景を多くの国民に目撃されている時点ですでに終わっている。
「――と、今更ながらにこの状況が外に漏れていると誰か気づいたのか、兵士達が住民に散るように言い出しているな」
しかし、これはもう手遅れなんじゃないか。
騒ぎの種はもう回収できないほど広範囲にバラ撒かれてしまったのだ。
後はこの話が何時しかるべきところに伝わるかの問題である。
さて、図らずも騒ぎの中心となってしまったダフテリアン領主。
ヤツがどう動くかだな。
その動きによっては俺の出番も多少はあるのかもしれないな。
俺は一人、心の中でそう呟きつつも、続けて各地に送る映像の選定を始めるのだった。
◆領境いの演習軍side
場所はダフテリアン西方の街道沿い、目的のない演習が行われている駐屯地。
その駐屯地では次々と倒れるという奇っ怪な事件が起きていた。
「クソっ、次から次へと、いったい何がどうなっておるのだ?」
「ハッ、わかりません」
救護テントへと次々運ばれていくる兵士達に豪奢な鎧を身にまとった髭の男が怒鳴り散らす。
しかし、いまのこの状況を誰も説明することは出来ない。何故ならその原因がまったくの不明だからだ。
「毒か? 水や食料に仕込まれているのではないか」
「それは無いかと――」
水は部隊の魔法使いが作り出したもの。
食事にしてもその殆どが領地から木箱に入れて運び込んだもので、残りは近くの森で狩ってきた獣なのだ。どうやってそれらに毒を混入するのだろうか。
「ならばどうして兵が倒れている」
「それは……」
「あのう、マリィ・ランカーク。【ガルダシアの五指】に数えられる彼女がなにかをしているのではないでしょうか?」
言葉に詰まる男に対し、一人の兵士が思い当たることを口にする。
「なにかとはなんなのだ。魔法を使ってそのようなことが可能なのか?」
髭の男が目を向けるのはこの陣営一の魔法の使い手だ。
「不可能か可能家でいえば可能です。
ただ、かの君は火の魔法を操る御仁だそうですので――」
しかし、たとえ相手が【ガルダシアの五指】だったとしても、その属性上、魔法による毒の混入は難しい。それが魔導師の答えだった。
可能性としてあるのは、彼女に使えるメイド達の誰かがそういう魔法を所持しているという可能性だが、そもそも毒魔法の使い手はかなり希少で、只のメイドがそんな高等魔法を使えるなんて通常考えられない。
「クソッ、本当になにがどうなっているというのだ?」
◆ガルダシア城side
さて、街道周辺に展開しているダフテリアンの部隊に、混乱をもたらしている原因不明の原因はなんなのか、その答えは彼等が陣を張る草原から数キロ先にある城の中にあった。
ガルダシアの中庭に用意されたカフェスペースを横に、サイケデリックな兜のようなものを被り、銃を構えるグラマラス美女はユリス。このガルダシア領の領主マリィの母親だ。
彼女は視界を覆うようなその兜のようなものを被ったまま、魔力線で繋がれた小さな魔法窓が浮かぶアサルトライフルの狙いをつけて引き金を引く。
「ヒット」
その声に、ぐらりと倒れるのは、カフェスペースを見下ろすように展開されている大きな魔法窓が映し出す屈強な兵士。
「お見事です。
では、そろそろ場所を移動しましょうか」
頭の周りから霧散させるユリスの手際に手を叩くのは、白髪のメイド・スノーリズ。
彼女は主であるユリスが銃を受け取る傍ら、遠隔操作で悪魔を思わせる毒々しい鎧『膝丸』を装備した八龍を操り、飛行での移動を開始する。
そう、領境いに展開された部隊を混乱に貶めているのはこの二人。
正確にいえばこの二人以外にも、複数のメイドが飛行形態の八龍を交代で操り、位置を変えながら麻痺の魔弾を使い、領境いに陣取る部隊を混乱に貶める役割を担っていた。
「しかし、通信越しというのは手応えがイマイチですわね。
私が直接狙うことは――」
「なりません。そもそもユリス様に八龍と同じような移動できますか」
「……仕方ありませんわね」
そのやり取りは何回繰り返されたものだろう。
すっかり手慣れてしまったやり取りにため息を吐きながらも、スノーリズは八龍の移動させ。
「では、次は私の番ですね」
ユリスが置いたライフルを手に取ると、その各部と自前の魔法窓を接続し、また一人、また一人と狙撃による犠牲者を生み出てゆく。
と、そんなハンティングを何十回と続けていると、飛龍に乗る小さな黄金の騎士に引き連れられ、中庭にやってくる金髪ドリルなグラマラスボディ。
この城の主であるマリィと、そのお付きのメイド、トワである。
「あら、マリィ。貴女がこちらに来たということは――」
「はい。あちら側も大詰めのようですの。
ですので、こちらの兵達もそろそろ撤退に伝染るかと。
それで、お母様に叔父様との連絡役をお願いしたいのですが――」
「それは貴女が交渉しなくていいものなのかしら」
「そうですわね。今回の件に関しては、本来私がその全権を持つ案件であることは間違いないと思いますの。しかし、叔父様にも立場があるでしょう。
それにお母様なら、私よりもうまくことが運べるのではありませんの」
「ふふ、貴女も随分と領主のお仕事に慣れてきたみたいね。
わかったわ。あの男との交渉は私が行いましょう」
そう言って、娘からのお願いに不敵に笑うユリス。
「ただ、かの街の皆さんは大丈夫なの。随分と混乱しているようだけど」
「いまのところ問題はないようですの。
それに現場には、ええと――」
「マリィ様、トレシュです」
「ああ、そうそう、トレシュがついていますし、虎助から秘策も授けられていますから」
「虎助君の秘策――、それは気になるわね」
ちなみに、その秘策というのはドラゴンの幻影を浮かべるというもの。
混乱を収めるにはさらなる混乱というコンセプトである。
「さて、後はあの領主がどう反応するのか見たくもありますが、使われないことにこしたことはないと思いますの」
「そうね。そうならないためにも早く決着をつけるべきよね」
「では、お母様、後はよろしくお願いしますの」
「ふふっ、任せて頂戴な」




