傍迷惑な侵略者
「お邪魔しますの」
「いらっしゃいませマリィさん。
……お疲れのようですがなにかありましたか」
「実は我が領に繋がる街道が封鎖されましたの」
カラカラと正面のガラス戸を開けて入ってくるなりのため息が聞こえてきそうな声に、心配の声をかけたところ、どうもマリィさんの領地に繋がる唯一の道が通れなくなってしまったらしい。
さて、どうしてそんなことになってしまったのかというと――、
どうも、マリィさんが収めることになったガルダシアを以前治めていた領主が、ガルダシアから多くのミスリル製品が売りに出されていることを知り、かつて自分が治めていた土地からミスリルが産出されているのではないかと勘ぐり、ならば自分にもその恩恵に預かる権利があるのではないかと、訳のわからない理論を持ち出して、マリィさんにその分け前を要求してきたそうだ。
ただ、ガルダシアの側からすると、ガルダシア領からミスリルが算出されているという勘ぐりはまったく事実無根のものであり、マリィさんがその要求を突っぱねると、なにを思ったか、その領主はガルダシア領地沿いの原っぱに演習名目で軍隊を配備し、商人などの通行を妨害し始めたとのことである。
うん。本当になにをいっているのかわからない。
とにかく、その領主は、ガルダシアが、以前は貧しい寒村しかなかったというイメージから、物資を運ぶ商人などの行き来を妨害してしまえば、すぐにマリィさんが泣きついてくるだろうと考えて、街道封鎖のようなことを行っているとのことである。
ちなみに、マリィさんの領地にある山に、本当にミスリルの鉱脈があるのかというと、『実はあるにはあるんだけど……』というのが実際のところだったりする。
これは、以前スノーリズさんに頼まれて行った周辺の環境調査で判明したことなのだが、ガルダシア領にあるいくつかの山にミスリルの鉱脈があるという結果が出たのだ。
ただ、そのミスリルの鉱脈が地中のかなり深い場所にあり、その埋蔵量を考えると、採掘にかかる費用と釣り合わず、ふつうに鉄や銅などを掘った方が儲かるだろうといった程度のものなのだ。
しかし、その意味不明な理論で横槍を入れてきた領主からしてみると、マリィさんの領地のどこかにザックザクのミスリルの鉱脈があるということになっているみたいで……、
とまあ、そんないい加減な妄想と欲にかられた結果、現在ガルダシア領は街道封鎖による意味のない兵糧攻めを受けているといった状態だとのことである。
「ルデロック王はなにか?」
「一応、連絡をしてみましたが、動いてはくれはしないでしょう。
伯父様からしましては私に使われると見られるのを良しとしないでしょうから」
ルデロック王はマリィさんにこっぴどくやられたことで、随分と求心力を失ったんだったかな。
そんな状況で、マリィさんからの要請を受け入れ、すぐに兵を派遣なんてことをしたら、周りからマリィさんに迎合していると取られかねないという判断になるってところかな。
まったく王様とあろうものが情けない――、
っていうのはさすがに言い過ぎになるのかな。
ただ、あの件に関しいては僕も他人事じゃなくて――、
「てゆーか、マリィちゃんの魔法でぶっ飛ばしちまえば」
と、僕とマリィさんの会話に入ってくるのは、数日ぶりに万屋に顔を出した魔王様――ではなく、その魔王様とアクションゲームの協力プレイをしている元春だ。
ちなみに、連日ボロトス帝国の監視にあたっていた魔王様が今日になって万屋に顔を出しているのは、動きがあったボロトス帝国の調査が一段落したからだそうだ。
魔王様から聞かされた話によると、どうもボロトス帝国は精霊金に代わりティターンを動かす方法を見つけたみたいだ。
ちなみに、その方法というのは、ホースのような管をティターン全身に張り巡らせ、その内部に精霊水のようなものを流して動かそうというものらしい。
内部に手が入るということで、仕掛けたディロックが気づかれないかとモスキートを使って監視していたそうなのだが、結局、気付かれなかったということで監視体制は元の状態に戻ったとのことである。
とまあ、そんなボロトス帝国の事情はとりあえずここでは関係なくて、
元春が適当に言ってみた街道封鎖における対応策への答えなのだが――、
「それは本当に最終手段ですわね。ただの小競り合いで私が全面に立って、殲滅作戦など行ったら外聞に悪すぎますの」
「そういうもんなん」
名目上は演習になっているみたいだからね。
邪魔だからといって魔法をぶちかまして殲滅なんてことをしたら、場合によってはルデロック王国への宣戦布告にもとられかねない。
ただ、一般の商人達からすると、いま飛ぶ鳥を落とす勢いがある、ガルダシア領のミスリル製品の供給がストップするということは、商売上いただけない事態ということで、その街道を塞いでいる軍隊をどうにかして欲しいとの陳情が、魔法や伝書鳩などを使ってガルダシア城に直接寄せられているとのことだ。
まあ、この件に関して悪いのは街道を封鎖する隣の領の領主になるので、マリィさんがその陳情に応える必要はないのだが、その連絡を飛ばしてくる商人達の中には、長年に渡り、ガルダシア城に、村に、外部から物資を運んでくれていた人物もいるということで、マリィさんとしてはなんとかその声に応えたいというのが本当のところらしい。
「ちなみに、この件に関してお城のみなさんはどう仰っているんですか」
「お母様は相手が王国の法に引っかかりそうな嫌がらせをしてくるのならこちらもと、見つからないように遠くから魔法銃で仕留めていいのではと仰っていましたわね。
相手を倒せずとも、何度も何度も気絶させられたらさすがに逃げ帰るのではと悪い顔をしておられましたの」
ユリス様としてはただ単純に魔法銃が撃ちたいだけなんだろうな。
まあ、そこにはマリィさんを助けたいという想いもあるとは思うのだが、こう広い平地に展開している大軍なんて、万屋製の魔法銃のいい的でしかないからね。
ただ、相手も狙撃されれば、相手がどこにいるのか調べるとは思うんだけど、
万屋製の魔法銃の性能を考えると、気づかれたとしても近づかれる前にクロスファイアで全滅させてしまうなんてことも不可能ではないし、そもそも相手側が演習名目で街道封鎖を行っているのが領地沿いとなると、望遠レンズの一つでもつければ、ガルダシア領内の見晴らしのいい場所からの超超遠距離での狙撃も可能になるだろうし、見つかる心配もほぼないといってしまっていいと思う。
「トワとスノーリズは『命令さえあれば秘密裏に相手の首をとってきますが――』と言っていましたの」
そして、トワさんとスノーリズさんの考えは、街道に展開する兵たちの排除ではなく、その元を断つという考えのようだ。
うん。たしかにトワさんとスノーリズさん、そしてガルダシア城のメイドさん達の実力を考えると、たとえ相手がどこぞの土地の領主だろうと、密かにその首を取ることは難しくないと思うのだが、
それが出来るからといって、実際にやってしまうとさすがに後で面倒なことになっちゃうかもしれないから。
「そうですね。どうせ相手を追い込むなら、その領主を社会的に抹殺してしまうとか、そういう方法の方が穏便なのでは?」
「社会的に抹殺、ですの?」
「はい。たとえば魔法窓を使ってその領主達が行っている横暴なことを街の人に見せるとか、違法行為の証拠を街中にばら撒くとかでしょうか」
「うわっ、えぐっ」
と、元春は言うが、それでその領主が罰せられるようなら自業自得。
それに、その領主達の横暴を暴く中で、いろいろと周辺貴族の情報が手に入れられれば、その後の立ち回りも楽になりそうだからね。
「成程、それでしたら、リスレムなどを使えばなんとかなりそうですわね」
「はい」
「でもよ。そんなんで相手が引くんか? その相手の領主ってのかなりワガママそうじゃん」
だからこそ、いろいろと調査をするんだけど。
まあ、そうなったらそうなったでこちらもとその制度に則り、最悪、実力行使に出ればいい。
ガルダシアにはそれができるだけの力があるからね。
だた、それをするなら、マリィさん達の仕業と断定されない方法を考えておいた方が安全かな。
「やっぱり演習している部隊の方にもなにか工作をかけた方が良さそうですか」
「そうですわね。トワと相談して少し考えてみますの」




