先輩の怪我を直せ
それは七月も終わろうというある日の午前中、
その日は珍しく常連のお客様が誰もいなかったということで、店番をエレイン君に任せて、ベル君と一緒に工房へ赴き、ベル君にアクア、オニキスの手を借りて、夏休みに入ってから始めた鍛冶仕事をしていたところ、正則君が一人で来店したみたいだ。
エレイン君からの連絡にお店に戻ってみると、そこにはひどく慌てた様子の正則君がいて。
「虎助、魔法薬を売ってくれ」
うん。魔法薬を売るのは構わないんだけど、どんな魔法薬が必要なのかな。
珍しいまでに慌てている正則君に落ち着いてもらって事情を聞いてみると、なんでも今日の部活中、同じ部活の先輩が大きなケガをしてしまったそうな。
「でも、いいの? 正則君、こういう薬を使うのにはあんまり積極的じゃなかったけど」
正則君の主張によると魔法薬を使うのは『ズルをしているようで嫌だ』ということだった。
しかし、今回に限ってはそのポリシーの対象外のようだ。
「怪我をしたのは今度インターハイに行く先輩なんだよ。それに今回のケガは事故だしな」
成程、たしかにそれなら魔法薬を使うしかないのか。
ちなみに正則君自身は、種目は違うものの同じ学校の生徒として、その先輩と一緒に県大会まで勝ち進んだのだが、準決勝で敗れてしまっていた。
それもあって、その先輩には特に頑張って欲しいとのことである。
「ただ、魔法薬で治すってなると、どうやって薬を飲んでもらうかが問題だね」
魔法薬による回復は効果が劇的だ。
なにより、魔法薬での回復は魔力光が伴うものになる。
さすがにあの光を見られてしまうのはどうなんだろうと言う僕に、正則君は「ああ」と今更ながらに思い出した様子で、
「それがあったか――、
虎助、なんとかならねぇか」
うーん、なんとかと言われても――、
魔法薬を使った時に出る魔力光は効果の発露そのものだから、抑え込むことはなかなか難しいんじゃないかな。
魔法みたいにある程度、隠匿できればいいんだけど、それだと効果が――、
いや、むしろ地球で使うならそっちの方が都合がいいのか?
「リジェネ系の魔法薬を調整してやれば、ある程度、目立たなくすることはできると思うんだけど」
「リジェネ系の魔法薬?」
「ほら、ゲームとかであるでしょ。徐々に回復する魔法」
回復系の魔法薬には二種類の魔法薬がある。
まず、定番の魔法による治癒の効果によって一気に直してしまうポーションなどと呼ばれ知られる魔法薬。
そして、今回、僕がこっちを使えばいいんじゃないかといったリジェネポーションは、生物が生来備える自己再生能力を高めて治療するという魔法薬だ。
「そういう魔法薬を使えば一気に治ることはないし、魔力光なんかもかなり抑えられると思うんだけど」
ちなみに、この場合のゆっくりというのは魔法による治癒効果から見てのゆっくりなだけであって、地球における回復からしたら、その回復速度は異常そのものだったりする。
「それで大会はいつだったっけ?」
「八月の四日からだな」
八月の四日ということは、まだ一週間以上の猶予はあるワケだから、すぐに直さなくてもいいのか。
いや、全国の大会に出るんだから、ちゃんとした調整期間は必要になるのか。
まあ、ただ大会に出たいだけならその限りでもないと思うが、やっぱり全国大会に出るのなら、きちんと実力を発揮できるようにしてあげないとだから。
「とりあえず、今日明日で走れるように魔法薬を調整した方がよさそうだね」
ただ、いくら自然治癒を高める魔法薬がその効果を発揮するのがゆっくりだとしても、それは魔法薬だ。数分から数十分で効果が出るものが殆どで、
それだと、明らかに異常としか言えなくなってしまうから、そちらの誤魔化しも必要になるのだが――まあ、それが大怪我と呼ばれるものだとしたら、数分だろうが二三日だろうが、どちらも異常なのだが――、ただ、その時間調整を僕レベルの錬金術で調整するのは難しいから、とりあえず、魔法窓を開いてソニアにメッセージを送信。
そういう薬が作れるかの確認メールへの返事を待っている間に、僕達が考えるのは、
「問題はどうやってそれを使ってもらうかだね」
「どうやってって、普通に飲んでもらえばいいんじゃないのか」
「いや、考えてもみてよ。
これケガによく効く薬ですから飲んでくださいって、訳のわからない薬を渡されて、ふつう飲む?
さすがに怪しいよね」
「たしかにな」
ハードルを巻き込んで倒れたということは、その先輩の怪我は擦り傷や打ち身といった外傷がメインとなったものだろう。そんな怪我人に対して『この薬が効きますから――』と飲み薬を渡すなんて怪し過ぎる。
そもそも先輩後輩の関係とはいえ、素人が持ってきた訳のわからない飲み物を飲んでくれる人なんてなかなかいない。
「じゃあ、どうすんだよ」
「ふつうに塗って効果が発揮する魔法薬を作って渡すとか」
「でもよ。病院に行ったんだから、俺が渡さんでもそういう薬もらってんじゃね」
「そうだよね」
だとするなら。
「その先輩に気付かれないようにこっそり正則君が使うとか?」
「いや、その先輩、女子だからな」
ああ、それはひよりちゃん案件だね。
「となると、適当になにか別のものに混ぜて飲んでもらうとか」
「適当に混ぜ込むとか、なんか物騒だな」
なにか別のものに混ぜて飲ませるというと聞こえは悪いが、今回の場合、その混ぜるものは薬で、治療の為にするのだから、たぶん大丈夫だろう。大丈夫なハズだよね。
「ちなみに、混ぜるとしたらどんなものがいいと思う?」
「あ、そこはスルーなのかよ」
「いや、スルーっていうか、それしか方法が無いんじゃないかなって、
正則君に他のアイデアがあればそっちにするけど、それに別に変な薬を飲ませようっていうんじゃないし」
「まあ、たしかにそうだけどな」
と、僕のややも強引な説得につい頷いてしまう正則君。
とはいえ、魔法薬の中身のことを考えると、どちらかといえば正則君の言っていることの方が正しいような気がするけど、ここでグダグダ考えていても、ただ時間を無駄にするだけということで、この件は有耶無耶なままで、
「それで、魔法薬を混ぜるならどういうものがいいかな」
「そうだな――、スポドリなんかはどうだ。あれなら差し入れってことですぐに持ってけるだろうし、先輩も飲んでくれると思うんだよ」
ふむ。怪我人にスポーツドリンクか……、
僕としてはそれよりかはお茶とかそういう飲み物にした方が無難だとは思うんだけど、正則君とか陸上をやってる人はふつうに飲むのかな。
まあ、今からすぐに作って、お見舞いですといって病院に届けてもらえばふつうに飲んでもらえるか。
「じゃあ、それでいこっか」
ということで、ポコンとタイミングよく届いた『簡単に出来るよ』とのソニアの返信に、追加でスポーツドリンク仕様の魔法薬をと、冒険者さんの熱中症対策にと万屋に常備しているスポーツドリンクの中から、その先輩が好んで飲んでいるメーカーのものを選んでもらい、ベル君に頼んでサンプルとしてそのスポーツドリンクソニアのところに持っていってもらったところで、正則君とどうやって先輩にその薬を飲ませるのか、その詳細をつめること少し。
出来上がってきたのが、まさに有名スポーツドリンクそのものというようなポーション。
「これが、そのリジェネポーションってヤツか」
わざわざそうしてくれたのだろう。もう市販されているそれとしか見えないペットボトルに入ったリジェネポーションを前に、僕と正則君が若干の戸惑いをおぼえるが、その先輩の治療のために持っていくならすぐに準備をしないと意味がないということで、
「じゃあ、まずは僕から飲むね。
と、飲む前に効果を試さないといけないから――」
あらかじめ用意をしておいたナイフを指に押し付け傷を作り、そのまま一息にスポーツドリンクとしか思えないリジェネポーションを煽ると。
「味は――、
うん。完璧にパッケージ通りだね。後は効果の方なんだけど」
「血でよくわからねぇな」
「いや、これは――」
和室のテーブルに置いてあったウエットティッシュを持ってきて、傷口を拭き取ってみると、そこにはすっぱりと入った切れ込みがあって、
「これ治ってないんじゃないか?」
「ううん治ってるよ。
ただ、外側の傷の治りが遅いみたい」
傷口は残っているが出血は止まっており、どうやらこのポーションは、内側からゆっくりと傷を直していくように調整されているポーションみたいだ。
こうすることによって表面上、なかなか傷が治らないように見せかけておきながらしっかりとケガを治すという仕様になっているのだろう。
さすがはソニア、いい調整をしている。
と、そのポーションの効果を身を以て体験したところで、
「僕も試してみたけど正則君も一応試してみようか」
「応っ」
念の為、他の人の効果も見ておきたいと正則君にも試してもらったところで、
「これなら大丈夫なんじゃない。すぐに先輩のところに届けたら」
「おう。サンキューな。また後で礼はするわ」
「気にしないで」
さっそく駆け出していく正則君を見送る。
ちなみに、正則君が届けた差し入れで奇跡的な回復を見せた先輩は、その後、インターハイに出場し、準決勝まで勝ち進んだという。
◆魔法薬・その効果の補足説明。
スローリジェネポーション……怪我の回復薬としては非常にゆっくりと効果を発揮する魔法薬。自然治癒力を高めて肉体的なダメージを回復するが、その効果が完全に発揮するまでには二日という時間を必要とする。そのゆっくりとした効果から通常ポーションによる回復で発生する魔力光反応が非常に薄く、ダメージを内側から直していくという効能から隠匿性に長けた魔法薬となっている。
◆次回の投稿は水曜日の予定です。




