●義姉襲来のその裏で
※今回はソニア視点の物語となっております。
これは思念体少女ソニアの一日を追った記録である。
彼女の朝は黄金の実がなる樹の下から始まる。
ふわぁと目覚めたソニアが『幽体離脱~』とばかりに起き上がり、先ず顔を出すのは自らがオーナーを務める万屋だ。歯磨きや洗顔などの必要が無いのが思念体の体の数少ない優位点である。
「おはよぉ」
空中遊泳&壁すり抜けで万屋内に出現。欠伸混じりにしたソニアの挨拶に、ポンッのフキダシで応えるのは緑青色の小柄なゴーレムのベルだ。
ソニアはサスペンド状態から再起動したベルに寝ている間あった出来事を簡単に報告してもらいながら、空中を蹴ってふわり舞い上がる。
その先にあるのは神棚と呼ばれる儀式場。
ここには、この万屋の店長を任される間宮虎助によって朝晩とお供え物が捧げられ、ソニアはそれを感覚として楽しむことが出来るようになっていた。
「おっと、今日のメニューはモチモチ食感のホットケーキか。うん。美味しくはあるんだけど……こうも同じようなものが続くと流石にちょっと飽きがくるんだよね。できたてがキープできるような魔導器でもあれば、またバリエーションも増えるんだろうけど、それだとこの神棚と干渉し合うのかな。要研究だね」
ブツブツと一人そんな事を呟きながらも、ソニアは朝のお楽しみを済ませ、カウンターの奥、常連客の憩いの場になっている和室の壁をすり抜ける。
万屋を抜けた先にあるのは工房エリア。
身の丈三倍はあるだろう石壁に囲われた広大な敷地に、錬金工房や鍛冶場、素材置場に魔法研究施設とアイテム生産に適した施設が立ち並ぶ万屋の重要区画だ。
そんな工房の中でソニアが向かうのは、魔王などの襲来を予見して、地下シェルターかくや頑丈に作られた秘密の研究室。
「まあ、ちょっと前に来た大魔王はゲートの結界すらも突破できなかったんだけどね――って、ボクは何を言ってるんだろう」
ふと零した独り言に疑問を持ちながらも、ソニアがその半透明の身体を、宇宙船内部のような研究室の中央に鎮座する一分の一リアル美少女アンドロイド――ならぬ美少女ゴーレムに預ける。
ベル達とは違うコンセプトで作られたそのゴーレムは、研究室内でのみ憑依可能なソニア専用の肉体である。
因みに各関節が他のゴーレムとは違ってボールジョイントになっているのは、虎助の世界に存在する観賞用の人形をヒントに作られているからだ。
そんなゴーレムを操り、ソニアが何をするかといえば、魔法の研究やその技術を応用したマジックアイテムの製作だ。
そう、これこそが、この娯楽の少ないアヴァロン=エラにおけるソニアの趣味であり、仕事であり、役目なのだ。
先ずソニアが取り掛かったのは、朝のお楽しみの時に、何気なく口にしていた料理の保存に関するマジックアイテム。
ソニアは自らが体を預ける美少女ゴーレムが座る椅子をスライドさせ、手近な作業テーブルに移動すると、散乱していたメモ書きの裏面にその草案を書き出していく。
コンセプトは出来たての食事をそのままに――、
この手の保存技術は既存の道具がありそうなものだが、ソニアが目指すのはその究極系。できたてそのままの状態を固定化させるマジックアイテムだ。
もし、この技術が確立されたのなら、その利用方法は食材などに留まらず、バックヤードに押し込まれt素材や武器の保存にも転用できる技術となるだろう。
さすれば、虎助が日々追われる武器の整備やら何やらが随分と楽になるのではないか。
「ふふん。ボクのアイデアに感謝し給えよ。虎助――」
ソニアは今から虎助が驚く顔を夢想して、さて、作るとしても空間固定タイプにするのか。それとも時間固定にするのか。悩むところではあるが、どうせ自分の作業は魔法式の構築とその素材選びだけだ。その後の魔導器作りの際の問題点はエレイン及び、虎助に丸投げしてしまうのだから、迷うくらいなら両方作ってしまえばいいのだと最終的にそう結論する。
ただ問題となるのは、魔導器そのものが出来上がったとしても、空間や時間なんてものに干渉するような魔導器を、思念体である自分自身が動かすことが出来るかである。
肉体さえあったのなら、魔法薬やら何やらと強引な解決法も可能だが、肉体を持たない今のソニアではそれも難しい。
ならば、いっそのこと、いまソニアが動かしているこの美少女ゴーレムを使えばいいのではないか?ソニアの現状を知らない人間ならそう考えてしまうだろうが、
残念なことに、このゴーレムをソニアが操れているのは、部屋中に施された魔法式などのフォローがあってこそで、この研究室外でソニアの感覚を完全にリンクさせたゴーレムを動かそうとなると、一つの世界で一つ存在すればラッキーだというような最上級素材を惜しげもなく投入するか、巨大ロボットかくや大きなゴーレムを用意して、その体内にびっしりと魔法式を書き込むかしかないのだ。
「何か精神感応に優れた素材があればいいんだけど――」
ならば改良するなら神棚と称する儀式上およびそこに並べる魔導器の方か。
何かいいものがバックヤードに収められていないかと、ソニアがそのリストを立ち上げようと〈魔法窓〉を立ち上げたところ、ポンっと漫画に見るようなフキダシが目の前に出現する。
このフキダシはベルを始めとしたゴーレム達から送られてくる各種報告である。
それによると、どうやら虎助がこのアヴァロン=エラにやって来たようだ。
いつもなら夕方にやってくるだろうところを、午前中からやってきているという事は、今日は休みなのだろう。
フキダシの内容を確認したソニアは、一度、万屋に顔を出そうかと考えるも、直後に出現したフキダシを見て首を横に振る。
その報告は魔王少女マオがアヴァロン=エラにやって来たというものだった。
いや、魔王といえど、マオは虎助の友人だ。この世界を訪れるのは何ら問題無い。
ただ、ソニアは、最近のマオが自分と同じRPGにハマっていることを思い出したのだ。
「ネタバレだっけ?後ろで見てると先が読めてつまらなくなっちゃうからね。
うん。気軽に店の方にも顔を出せるように、彼女達ともコミュニケーションが取れる手段も考えておかないとダメだなぁ」
そんなことを呟きながらもソニアは、手元に呼び出した魔法窓によってあぶり出された素材を吟味し、小さな紙切れの中に構築した魔導器のアイデアをまとめ上げる。
試作した魔法式とそれを刻み込む魔導器の簡単なデザインと素材。それら三点を魔法窓によって簡単に指定して送信。後はエレイン達の作業に任せることにする。
と、自分の周囲にする各種魔法窓を消したソニアが魔導機械の体を動かしてパソコンに電源を入れる。
ちょっとした思いつきからの魔導器製作にある程度の目処がついたところで、かねてより研究していた題材に移ろうというのだ。
現在、ソニアが最も力を入れている研究はインターネットの魔法転用だ。
虎助の世界でクラッキングやらなんやらと、その手の薄暗い技術を学習したソニアは、魔法でそれが再現できないかと考えているのだ。
その魔法さえ完成させることが出来たのなら、先ほどチラッと考えた虎助以外の人間とも、ある程度コミュニケーションが取れるようになるのではないか。
まあ、ベルやエレイン達のフキダシのような、研究の過程で生まれた魔法を応用すればそれほど難しくないだろう。やる気をみなぎらせたソニアが光投影型のキーボードに指を走らせる。
因みにこの研究に使うパソコンは、大量購入した専門書籍やインターネット上に転がる知識をエレインの一人に詰め込んで組み上げてもらったものである。近々、大賢者ロベルトからも魔法世界のパソコン(仮)も仕入れる手筈を整えてあるということで、どうにかそのパソコンも連結できないかと考えての選択だった。
それから、どれくらいの時間モニターに向かっていただろう。何度目かのフキダシが送られてくるSEに気付き、ソニアが顔を上げると、研究室内が大量のフキダシで埋め尽くされていた。
「今日は随分と報告が多いみたいだね」
虎助辺りが見たのなら『SF映画みたいな光景ですね』そう評しそうな研究室内の状況に、魔導機械の体には不必要な溜息を零したソニアは「〈フキダシ〉〈整理〉〈時系列〉」と魔法を唱えるようにキーワードを3つ並べ立て、部屋中に浮遊するフキダシを一列に整頓した上で、その内容をチェックしていく。
それによると、どうもこの大量の報告は、地球側からこのアヴァロン=エラへの侵入者に関するものらしい。
侵入者の名前は間宮志帆・松平元春・佐藤タバサの三人との事。
スリープ状態の『そにあ』をマリオネット系統の魔法で操って、この世界に侵入してきたらしい。
「しかし、ボクのセキュリティを突破してくるなんて、地球の【魔女】も存外侮れないじゃないか」
嬉しそうに引き寄せたフキダシにはとんがり帽子をかぶった妙齢の女性が写っていた。
彼女――佐藤タバサは地球産の魔法使い【魔女】なのだという。
ソニアにとって【魔女】という存在は、ジョージアのように、あるいはカリオストロのように、あくまで地球という場所でのくくりではあるが、魔力にかまけたパワーマジシャンというイメージがあった。しかし、この佐藤タバサという魔女は持てる技術を持ってして施されたセキュリティを上回ってこのアヴァロン=エラへの侵入を果たしたのだ。
地球の魔法も捨てたものじゃないと見直すとともに、魔法技術が殆ど存在しない世界だからと気を抜きすぎていた自分に反省しながらも、ソニアは『そにあ』を再起動。仮置きのセキュリティを施して、続く報告に目を通す。
と、そんなタイミングでベルを介した虎助からの通信が割り込んでくる。
何でも義姉である間宮志帆の実績について聞きたいみたいだ。
ソニアは送られてきた質問内容に添付された志帆のステイタスを読み解いていく。
「成程、そういうことなんだね」
どうして間宮志帆に魔女が付き従っているかと思ったら。志帆が持つ実績が関係していたのか。
「しかし、虎助の世界オリジナルの実績か。あの跳ねっ返りの女の子が、亜種とは言え【暴君】なんてレアな権能を持っているとはね。魔法技術の拙さから、つい機械技術にばかり目を向けていたけれど、魔素が薄いだけに実績の獲得ハードルも低いとか?これは調べておいた方がいいかもしれないね」
と、言ってみたりもするのだが、他人のステイタスを覗くのには、最低でも〈鑑定〉その亜種が使えなければ難しいという事実もあるという訳で、
「そうなると、虎助にオリジナルの魔法を作ってあげた方がいいかもしれないな。でも、虎助の世界だと魔力の回復はほぼ見込めないだろうし、まあ、その辺りは虎助の魔法特性を生かせばなんとかなるかな」
矢継ぎ早に生まれた思考を手元の紙切れの上にまとめながらも、虎助に取り敢えずその場にいる地球人達のステイタスを集めるように指示を送り、ベルを経由して送られてくる各報告をチェックしていくソニア。
だが、そんなソニアの手がとある報告が書かれたフキダシで止まる。
それはとある人物が不意にこのアヴァロン=エラに現れたという報告だった。そして、そのすぐ後ろのフキダシには黒装束を着た女性の映像が添付されていて、
「……ちょっと待ってくれ。何でイズナがアヴァロン=エラにいるんだ!?」
そう、ソニアが愕然と見つめるフキダシに映るのは、自分の存在を知覚できる数少ない友人であり、自らが代表を務める万屋の代理店長を務める間宮虎助の母親――、
ソニアが日に一日は訪れる日本の生活で口うるさく言ってくる目の上のたんこぶ。
(いや、それは言い過ぎだね。うん。鬱陶しい訳じゃないんだよ)
ともかく、そのフキダシには、日本という国で出会った規格外の存在にして、母を知らないソニアにとっての逆らうべきでない人物の一人、間宮イズナが写っていたのだ。
いったい何が起きているのか。ソニアは慌ててエレイン達の報告を読み直す。
と、どうやらイズナは、志帆達が侵入して開きっぱなしだった『そにあ』の口内を通って追いかけてきたらしい。
なんてことだ。天を仰ぐソニアだが、決してイズナに含むところがあるのでは無い。これは本当だ。
ただ、魔法が使えないのにも関わらず、元の世界で――、いや、星の数以上に存在する世界の中でも、上位には入ると思われる魔法の使い手である自分に恐怖を感じさせる彼女が魔法まで覚えてしまったのなら、それはもう、魔王すらも超える存在になってしまうのではないか。
もしかしたら自分は、最強最悪の存在を生み出すきっかけを作ってしまうのではないか。
そして何よりも、今でさえソニアはイズナに頭が上がらないのだ。
これ以上、イズナに強くなられたら、虎助を顎で使い、自分の好きなことばかりしている今の生活が変わってしまうのではないかという危機感があるのだ。
ああ、イズナがやって来てすぐに気付いていれば、まだ対処のしようがあっただろうに――、
しかし、後悔するのも後の祭りだ。
何かに没頭しすぎるとロクな事がない。
メキメキと魔法の腕を高めていく規格外の存在に、ただただ魔導機械であるゴーレムの頭部を抱えるしかないソニアであった。




