夏休みの宿題
それはとある夏の午後、
部活の仲間とやっている調べごとが一段落ついたのか、カウンター横の応対スペースでコンビニで買ってきたジュース片手に漫画雑誌を読む元春に、僕が訊ねるのは夏休みの宿題のこと。
「ねぇ、元春。夏休みの宿題ってやってる?」
「全然だな」
「そんな堂々と『全然だな』とか、少しづつでもやりなよ」
「やりなよって、まだ夏休み始まったばっかじゃんかよ。ぜんぜん余裕じゃね」
「元春さ。そんな事いってるから、毎年休みの終わりに困るんだよ。時間がかかりそうな宿題とかは早く進めておかないと、僕も手伝える宿題と手伝えない宿題があるんだからね」
「そんなことはわかってるよ。
けど、やる気が出ねーっつーか、量が多いっつーか、そもそも高校生にもなって自由研究とかなんだよ」
「ああ――」
元春の言う通り、ウチの高校には何故か小学生に出されるような自由研究という宿題が存在する。
だた、これに関しては――、
「あれって、レポートを書く練習の為なんじゃなかったっけ。
大学とかに入った時に役に立つらしいからやらないとだよ」
「大学で役に立つだぁ?
こちとら文系志望だっての、意味ねーっての」
「いや、文系でもレポートはあるからね」
ちなみに、元春がなぜ文系志望を語っているのかというと女子比率が高いからだそうだ。
でも、女子は文理共通の大学を受けるのが普通なんじゃないかな。
僕は元春の勝手な思い込みに心の中でそう思いながらも。
「でもさ。時間がかかりそうな宿題は早めに終わらせた方がいいと思うよ。後でやれって言われても無理でしょ」
「はいはい。わかったよ」
そう言ってうなだれる元春。
しかし、だからといって素直に宿題を始めてくれるワケではないようで、
「つか、虎助はどんな研究するん? 近所で取れる毒草まとめとか」
それ、どういうイメージなのさ。
たしかに、それと似たようなことを小学生の時にやったりしたけど。
あれはあくまで、近所で取れる野草のまとめであって、毒草の分布なんて調べてないと、指摘すればいくらでも指摘できるところはあるのだが、
そうすると、また話が脱線していってしまうだろうから、ここはちょっと強引にも話を前に進めるためにも。
「今回はダマスカスのナイフを作ってそれのレポートと実物を提出しようと思ってるよ」
「ダマスカスって、なんか本格的過ぎなんじゃね」
「せっかくの夏休みだからちょっと鍛冶にも手を出してみようと思ってね。
そのついでに自由研究もやっちゃおうって感じかな」
ウチで扱ってる代物はほとんど魔法金属を加工したものばかりだ。
故に鍛冶仕事はエレイン君達に任せっきりだったのだが、せっかく使える施設があるんだから、この夏休み中に鍛冶仕事の一つでもやってみようと思ったのだ。
ちなみに、ダマスカス云々に関しては、実は以外と簡単に似たようなものを作る方法があるという情報をインターネットで見つけたので、それを試そうと思っている。
「それだったら、俺もおんなじ研究にすっかな」
「いや、それ、確実にバレるでしょ」
さすがに鍛冶仕事を自由研究にする人なんて、僕以外にはいないと思う。
それをそのまま写したら、写したことがバレバレだと、そう指摘をするんだけど、元春は、
「そこは共同研究とかにして提出すればいいんじゃね」
うーん。内容が内容だけにそれで通るかもしれないけど。
「元春がそう言ったところで先生が信じてくれないんじゃないかな」
僕としては元春が真面目に宿題をやってくれるなら、それでもいいと思うのだが、
元春の学校での信頼度を考えると、元春の主張が信じてもらえないことは予想できることであって――、
「じゃ、なんかアイデアは? せめてこういうのがいいとかなんかアイデアはねーのかよ」
というか、それを考えるのも宿題の一貫なんじゃ――、
僕は『くれくれ』とばかりに前のめりになる元春に図々しさを感じながらも、このままこの調子で行くと、今年も夏休みの終わりに元春とおバカな仲間たちのデスマーチに突き合わされる羽目になりそうなので。
「定番だけど植物の成長記録とかはどうかな?」
「植物の成長記録?
それってガキの頃にやったアサガオの観察とかだろ。面倒臭そうじゃね」
面倒って……、
植物の観察程度でそんなことをいっていたら自由研究なんてまともにできないんじゃないかな。
とはいえ、このアイデアに関しては実はそんなに面倒な手間もなかったりして。
「アヴァロン=エラなら植物の成長は一瞬だから、カメラを連射にしてやれば資料とかも一気に集まると思うんだよね」
「ん?」
「『ん?』って忘れちゃったの。アヴァロン=エラだと植物の成長が凄いから」
「あ、そか――、あれなら自由研究なんて一瞬で片付くか。
成程、成程――、そういうことか。
よっしゃ、そういうことなら早速アサガオの種でも買ってくっか」
誘導完了。
ようやく重い腰を上げてくれたみたいだけど。
「待って、さすがにアサガオはないんじゃない」
なにを研究するのも自由とはいえ、小学生の頃にやった朝顔の成長記録をそのままやるのはどう考えても手抜きが過ぎる。
まあ、学校での元春の評価を考えると、その程度でもよくやったと褒められるかもしれないけれど、高校生としてさすがになにか一捻りを加えるべきなんじゃないかな。
と、僕がそう言ったところ、元春は「う~ん」と腕を組んで、
「そんなこと言われたってな。アレって捻りを加えられるようなもんなん?」
いや、ある程度、目的を定めて観察をするからレポートになるんだし、やり様はいろいろとあると思うんだけど。
元春の場合、単純な目標にしないとすぐに飽きちゃうだろうから。
「そうだね。例えば、ギネスに挑戦するって体で観察するのはどう?」
「ギネス?」
「ほら、世界一大きなヒマワリを育ててる人のニュースって見たことがない」
「ん~、言われてみると、見たことがあるような、ないような――」
「それを自由研究としてやってみたらどうかな」
「ふむん。ちょっち面白そうだな」
「じゃあ、ヒマワリの種を仕入れてきて工房に行こうか」
乗ってきてくれたなら気が変わらないうちに、善は急げだ――、
僕がそう言うと、元春が天然で無駄にあざとく首を傾げつつも。
「農園の方じゃないん?」
「世界樹農園だと背景に世界樹が入っちゃうから」
植物の観察に写真は必須。
写真じゃなくて絵でもいいのだが――、
元春がそんな面倒なことをするハズがないだろうから、証拠資料は写真一択になるのだが、世界樹農園で撮影を行った場合、背景に必然的にあの巨木が映ることになる。
そうすると証拠写真としては使えないわけだから、実験は工房ですることになり、元春には地元のホームセンターでひまわりの種を買ってきてもらって、僕はその間に実験の準備を進め。
「おお、本格的だな」
地球側から帰ってきた元春が見上げる先にあるのは建設現場にあるような枠組足場。
その隣には成長したひまわりがどれくらいの大きさなのかわかりやすいように色分けされた巨大物差しが突き立てられており。
「で、次郎なんでいるん? わざわざ呼んだのか」
「呼ぶもなにも次郎君は朝から万屋にいたんだけど」
「そうなん?」
「ええ、工房で錬金術の練習をずっとしていましたよ」
次郎君は夏休みに入ってから三日に一回のペースでウチにやって来ている。
ただ、基本的に工房にあるトレーラーハウスに引きこもって錬金術の修行をしているから、元春も気づかなかったんじゃないかな。
次郎君が元春に白い目を向ける一幕がありながらも。
「じゃあ、元春は壁の上でスタンバイしてて」
「オッケー」
元春に足場の上の方に移動してもらったところで、エレイン君に頼んでヒマワリの種を植えてもらい、そこにアクアが水をかける。
すると、ヒマワリの芽がぴょこんと顔を出し、あっという間に天に向けて伸びていく。
と、僕がその様子を魔法窓のカメラで連写。
数十秒の成長を余すことなく撮影すると。
「結構いくかと思ったけど思ったよりも伸びねーもんだな」
「ホームセンターで買ってきたものですから、仕方ないのでは?」
よっと元春が足場の上から飛び降りて、次郎君がチェックしているヒマワリの種が入っていた袋の裏面に書かれた各種説明を読んでいく。
「でも、その内、当たりが出るんじゃない」
同じ種を植えても、その成長度合いには多少の誤差はある。
何度かやれば、その内に当たりを引くことがあるんじゃないのかと、元春に万屋で売っている服を着替えてもらいながら十回ほど同じことを繰り返したところで、足場の二段目に乗っている元春と同じくらいまで成長するヒマワリが出てきて。
「お、いまのヤツはいい感じだったんじゃね」
「しかし、これを自由研究とするなら、芽を出したところとか別に撮る必要があるのでは?」
「そだな」
ヒマワリが成長する写真はうまく撮れた。
ただ、今回の目的はあくまで自由研究、巨大ヒマワリの観察レポートである。
それには芽が出て、双葉が開いて、大きなヒマワリに育っていくまでの過程が必要であると、次郎君からの指摘で次は芽が出てから一メートルくらいの高さになるまでの写真を取ることになり、また一粒、ヒマワリを発芽させてみるのだが。
「なんだ、いまのヤツ。すげーデカくなってなかったか」
たしかに、いまのヒマワリはかなりの大きく育った。
枯れて倒れてしまったヒマワリの長さを測ってみたところ五メートルを超える大きなヒマワリだった。
「こうなるとマジで世界記録を狙いたくなってくんな」
「いや、さすがにそれは――、
大丈夫なんでしょうか」
この結果に本気で世界記録の更新を狙うという元春。
その一方で、次郎君としてはあまり目立つものどうだろうかと心配の声を発するが、元春からしてみたら目立ってなんぼのところがあるのだろう。
「ほれ、肥料とか、いろいろ試した方が書くことが増えんだろ。そういうのんを試してみねーか」
たしかに、ただ単純に植えて育てただけじゃ書けることが少ないか。
その自由研究を仕上げる元春個人としては、レポート作成に使えるデータが多いことにこしたことはないってところかな。
ということで、また地球に帰って、腐葉土やら、肥料やらと用意してきて検証再開。
手を変え品を変え、ヒマワリを育てては写真を撮るということを繰り返し。
「なかなか、さっきのヤツを超えるのが出ねーな」
「やっぱり、さっきの種は偶然大きい当たりが出ただけってことなのかな」
肥料を変えてもあまり効果がないというか、錬金術を使えば簡単に超えるヒマワリを作ることができそうではあるものの、さすがにそれは邪道だろうし。
「でしたら、今までのなかで一番大きくなったヒマワリの種を使ってみたらどうです。
たしかその世界記録に挑んでいるヒマワリもそうして大きくしていったと聞いたような気がします」
「なーる」
次郎君の意見を採用。
すっかり干からびて放置状態にあったヒマワリの中から大きなものを厳選して種を採取、育成、採取、育成と繰り返してヒマワリを大きく成長させていき。
とはいえ、そこは自然の産物、やっぱり絶対に大きなヒマワリが育つワケでもなくて、
途中、逆に小さくなったりと失敗もしたのだが、
地球なら数年係というその作業も、アヴァロン=エラならほんの数分でやってしまうことが可能で、
「おっしゃ。いまのは結構いったろ」
「実際、枯れたヤツを測ってみないとわからないけど、写真を見るに七メートルは越えてるんじゃないかな」
「そうですね」
さすがにギネス記録は越えられなかったけど、かなり大きく育ってると思う。
「後はここまでのことを適当にまとめりゃいいんだよな」
「そうだね。これだけデータが揃えば、元春でもちゃんとしたレポートが書けるんじゃない」
まあ、種の選別に関しては『たまたまそういう種を手に入れたから――』ってことにしないといけないんだろうけど。
「写真は送っておくから、後は魔法窓を使って編集してくれたら、ウチでプリントアウトできるよ」
「そりゃありがてー」
「しかし、出来てしまったこちらはどうしましょうか」
そう言って、次郎君が見つめる先にあるのは実験によって確保した大量のひまわりの種。
そのまま捨てるのは勿体ないとエレイン君に回収していて貰ったのだが、まさか麻袋いっぱいに貯まるとは思ってもいなかった。
問題はこのヒマワリの種をどう処分するかだが、そのまま捨ててしまうのは勿体ないので。
「普通に炒って食べるとか」
「ヒマワリの種を炒って食べるとかオーガニックすぎんだろ」
そのツッコミあってるの?
「それよか、その種を使って魔獣を追い返すとか、そういうのに使った方がいいんじゃね」
それこそ、ヒマワリの種につられるような魔獣がいるのかって話になると思うんだけど。
ハムスター型の魔獣は、うん。かなり特殊そうなので、あるとしたらネズミ型の魔獣?
どっちにしても次元の歪みが発生するような魔素の濃い場所に、そういう魔獣がいる可能性は低いんじゃないかな。そう指摘してみたところ。
「じゃあ、次郎――、錬金術とかに使えたりしねーの?」
「そういうレシピは知りませんが」
「調べてみる?」
「そうですね。錬金術の練習にも使えそうですからお願いします」
意外と悪くない元春のアイデアをいただき、炒ったひまわりの種で軽くおやつタイムをしながらも万屋のデータベースを検索、見つけたのはとある錬金レシピ。
そして、試しに僕と次郎君がヒマワリの種の錬金を試すこと小一時間ほど――、
「マッサージオイルですか」
聞いてくるのは、僕達がヒマワリの成長実験を終えて、錬金術や自由研究の作成に没頭していた間に来店したマリィさん。
「ええ、モノがモノだけにマリィさんにどうかなと思いまして」
「俺等じゃ使わないっすから」
万屋のデータベースやインターネット。いろいろ調べてみたんだけど、ヒマワリの種を使うのなら、浸出油として使うのが一番ということで、マッサージオイルを作ってみたのだ。
ちなみに、あえてマッサージオイルにしたのはヒマワリ油が意外と酸化しやすいという情報をネットで拾ってきたからだ。
それでなくとも錬金術のレシピに皮膚の炎症などに使うマジックオイルというものがあったから、どうせならとそれに合わせて作ってみたのだが、作った後で僕達だとあまり使い道がないと気づき。
それならと、こうしてマリィさんにお出ししてみたのだが、
「しかし、私たちも上手く使えませんわよ」
そうですよね。
地球でもオイルマッサージが本格的に登場したのは、結構最近だって話だし。
とはいえだ。これに関してはちゃんと考えてあって。
「そこんとこは問題ないっす。なっ、虎助」
「マリィさん、これを――」
そう言って、僕が差し出すのは一枚のメモリーカード。
「これは?」
「僕が監修したマッサージ法です」
これには、マッサージ関連の知識が無駄に豊富な元春が、個人的に集めている動画コレクションの中から厳選した動画と、僕が個人的に母さんから教わった簡単なマッサージ法のやり方が記録されている。
このメモリーカードに従ってオイルマッサージをしていただければ、ガルダシア城でもオイルマッサージができるのではと僕はそう説明するのだが。
どうしてだろう。受け取ったマリィさんは少しもじもじと戸惑ったようにして、
「こ、虎助が監修したマッサージですか、な、なるほど、それなら、も、問題ありませんわね」
ただ、喜んではくれてるいるみたいだね。
マリィさんの反応は少し気になるけど。
まあ、もしも、なにかあったら元春に責任をとってもらえばいいと、僕はそう思いながらも、現在手持ちにあるヒマワリオイルを処分できたことにホッとするのだった。




