ボックス住宅内覧会
それは七月某日、万屋の工房でちょっとしたイベントが行われていた。
その内容は賢者様の研究所の内部に組み立てるボックス住宅の内覧会。
雨の季節に老朽化が発覚した岩山の研究室の補強も完了して、アニマさんとホリルさんが一生懸命考えてくれたボックスの最終チェックをしてもらおうと、集まってもらったのだ。
ちなみに、この内覧会には、賢者様達だけでなく、マリィさんと魔王様も参加している。
お二人がご自分の世界の仕事を終え、和室でくつろいでいたところに賢者様たち三人がやってきて、賢者様たちが揃って来店した理由を話したところ、だったら自分達も同行すると手が上がったのだ。
マリィさんはともかく、魔王様まで一緒に来ると言い出したのはちょっと意外だった。
と、そんなこんなで賢者様御一行にマリィさんに魔王様と引き連れて工房に移動、まず見学に向かったのはホリルさんのリクエストで作ったボックス。
ジャンルでいうならウッドモダンな隠れ家とかいった感じだろうか。
壁から天井まですべてが古代樹の無垢材で埋め尽くされ、支柱や梁は原木の風合いを生かした仕上がりとなっている。いかにも木造住宅といったボックスだ。
そのボックスに一歩足を踏み入れると、新築の木の香りが鼻孔をくすぐる。
すると、エルフの血がそうさせるのか、ホリルさんと魔王様が大きく深呼吸をして、
「へぇ、なかなかいい感じじゃない」
「……ん、いい」
「家具も注文通りです」
「収納棚がかなり多いですわね」
「それは俺のリクエストだな。捨てるには勿体ない本や資料や道具があるんでな。それを仕舞う場所が欲しかったんだよ」
賢者様が少し自慢げに言うように、そのボックス住宅は小さな階段のある奥の壁の一面がほぼ収納棚で埋め尽くされている。
賢者様の言葉に誘われるように女性陣が中央まで移動したところで、
「へぇ、階段の上はロフトになっているのね」
「ちなみに、その階段も収納になってるんですよ」
「そうなの?」
「ってことは、これも全部収納かよ。凄ぇな」
それは、いわゆる階段箪笥のようなものだ。
実はこれ、もともと万屋の和室を改装する前に置いてあった家具を参考に作ったものだったりする。
すると、そんな階段箪笥は何故か魔王様の琴線に触れたみたいだ。
賢者様とアニマさんが珍しそうに階段箪笥の引き出しを開けているその様子を見て、
「……これ、欲しい」
「構いませんけど、魔王様のお家って平屋でしたよね」
地下にある施設を平屋と表現するのはちょっと違和感があるけど、魔王様の拠点となっている連結型武家屋敷は平屋である。
そんなお屋敷に階段箪笥は必要ないのではと僕は指摘をするのだが、
「……大丈夫。リドラが広くしてくれる」
それって、この階段箪笥を使うために洞窟内にまた新しい区画を作るということかな。
まあ、ここ最近、魔王様の拠点には、ドヴェルグのファルファレさんや、獣人戦奴だったヤンさん達と、新たな住人が増えたみたいだから増築は必須だったのかもね。
ということで、この注文はまた後で詰めていくとして――、
現在、それら新しい住人のみなさんは、もともといた人と相部屋にさせてもらったり、リドラさんのお部屋の一角に簡単に作ったプレハブ住宅で暮らしていたりするみたいだから、拡張するなら、あれをちょっとづつ改造して、現在のお屋敷とドッキングさせる感じでいいのかな。
と、僕が魔王様のリクエストからそんなことを考える一方で、だいたい二十畳くらいになるのかな、ボックスの中を見て回ったマリィさんが戻ってきたところで、賢者様に訊ねるのは、
「すべてこのような形で行きますの?」
「大体はこんな感じでまとめる感じだが、和室とか風呂とかも用意しようと思ってるな。今までの研究室にはそういうのが足りなかったからな。お嬢のところの城も前はそうだったんだろ」
「ですの。もともと打ち捨てられるような古城でしたから」
「そういえばマリィのお城には広いお風呂があるってことだったわね」
「ええ、見ます」
魔法窓を開くマリィさん。
マリィさんが自宅(自城?)のお風呂場の写真を持っているのは、近々、村の衛生向上にと銭湯のようなものを作ろうと考えており、その参考資料として保存してあったからだ。
ちなみに、村の銭湯で使うお湯に関しては、水量豊富な雪解け水を魔導器で浄化、それを火の魔法で温めて使う案が考えられている。
温泉を掘ってみるのもアリだが、確実に出るとは限らないし、お湯を温める魔法くらい使える村人が増えてきたからね。
と、マリィさんが持っていた、ガルダシア城の中庭にある浴場の様子を賢者様たち三人に見てもらったところ。
「へぇ、たしかに、こういうゆったりとしたお風呂場は憧れるわね」
「だが、人数的にこの卓球コーナーってのはいらねぇな。
ただ、この飲み物を置くところやマッサージチェアがあるのはいいな」
「マッサージならば私が致しますが――」
「そいつは魅力的だが、アニマも風呂上がりくらいはリラックスしたいだろ」
賢者様たちはユニットバスをそのままコピーする感じでまとまりそうだったんだけど、マリィさんのお風呂事情を見せられ、広いお風呂もいいと思い始めたみたいだ。
そして、次なるボックスに移動。
「こちらがキッチンです」
「おお――」
「可愛らしいキッチンですわね」
ちなみに、このキッチンはほぼアニマさん一人の要望で設計されたものである。
賢者様のところで積極的に料理をするのがアニマさんだけなので、アニマさんが使いやすいようにと、そのデザインから備品まで、すべてアニマさんが選ぶことになったのだ。
と、キッチンの出来栄えをアニマさんにチェックしてもらうことになったのだが、どうやらアニマさんの指定通りにちゃんと仕上がっていたみたいだ。「完璧です」との言葉をいただき、ホッとしたところで賢者様が聞いてくるのは、
「そういや、コンロとかの燃料とかどうなってるんだ?」
「基本的には魔力のチャージで動くようになっていますよ」
「ドロップじゃないのか」
「はい。一応ドロップにも対応していますが、基本的には蓄魔装置を自然回復で十分まかなえるかと――、
ミスリル製の蓄魔器を設置してありますから」
以前、ユリス様から魔法銃を作る際に要望にあがった魔力バッテリー。
あの試作品を改良したものをこのキッチンには設置してあるのだ。
「そうなのか。
だが、ここだけじゃなくて研究所内の電源もあるだろ」
「そちらは大型の装置を用意してますし、研究所の近くには世界樹もありますから。
周辺の魔素は安定すると思いますので、研究所全体のエネルギーくらいなら、そちらだけで十分カバーできるという計算になっています」
まあ、詳しい計算をしたのはソニアで、僕はそのデータに基づいて作られた簡単な資料を読んだだけなのだが、その資料を見る限りでは特に問題はないと思う。
「しかし、魔素が増えるということは魔獣が増えるとかはありませんの?」
「ああ、そっちは問題ないと思うわ。世界樹からは魔獣が嫌う匂いが出てるから」
それは樹木などが放つ、微生物などの活動を抑制する物質フィトンチッドのようなものになるのかな。
世界樹が放つ波動には魔獣の活動を抑制する効果があるそうなのだ。
ちなみに、万屋の世界樹もその波動を放っているのだが、アヴァロン=エラに出現する魔獣は、ゲートを通じて別の世界からやって来る魔獣なので、近づけないといった点に関してはほぼ無意味だったりする。
そもそもアヴァロン=エラに迷い込んでくる魔獣は強力ということで、その波動が効いてないということもあるだろうが……、
そして、この世界樹が持つ特性のようなものを利用すれば、例えば、フレアさん達が拠点としている森の安全確保も可能であるが、あの森の周囲にはいくつもの国があり、そこに世界樹を植えてしまうと領土争いの種になりかねないということで見送られていたりする。
あと、マリィさんの暮らす土地で実験してこなかったのは、単純にマリィさんの領地であるガルダシアが標高の高い高地に存在するからだ。
日本の豪雪地のように冬になると、数メートルの雪で埋もれる大地に世界樹を移植して、果たしてちゃんと育てることができるのかという問題になるからだ。
なので、ガルダシア領地に関しては、とりあえず地球産の野菜がどう育つのかなど、ある程度のデータを踏まえた上でと考えなければならなかったりする。
「成程、そういうことでしたのね」
と、そんな話をしながらもキッチンの見学はアニマさんのOKが出たところで終了。
最後に賢者様からのリクエストで製作を依頼された研究施設のボックスの見学となるのだが、
「よし、ちゃんと揃っているようだな」
「まだ組立前のようにみえますが、わかりますの?」
「こいつの設計は俺が関わってるからな」
ちなみに、どうしてこの研究室に使うボックスだけが、マリィさんの言うようにまだ組立前なのかというと、研究室は完全に密閉空間にするために、壁紙に当たるシートや排気装置が一繋がりになっているため、一度組み立ててしまうとバラバラに戻すのが難しいからである。
「危ない薬品は使わないようにしてるんだが、こういうのはしっかり作っておいた方が後々便利だからな」
「いろいろ考えていますのね」
「こう見えて、ロベルトは錬金術に関しては一流だからね」
◆ボックス住宅の解説。
居住用ボックス……二階建てバスをモデルにした二十畳と空間を贅沢に使ったワンルーム(ロフト付き)のボックスハウス。錬金術による防水加工が施された古代樹で作られている。壁一面に本棚や収納がある。プレハブ工法で作られており、一度バラしてから現地で組み立てる。
キッチン用ボックス……十二畳ほどのダイニングキッチン。オール電化ならぬオール魔化のエコでシンプルな設計となっている。
研究用ボックス……ボックスという名前にふさわしいシンプルな箱型の部屋。後で機材が持ち込めるように出入り口が広く取られ、天上が高く作られている。実験中、危険な物質が発生する可能性を考え、切れ目のない世界樹の樹脂を使った特殊なシートで内側を包むような構造となっており、シートそのものに浄化能力が付与されている。




