上層の探索を終えて
ガルダシア城にある魔鏡から行くことのできる迷宮の攻略から翌日、昨日一昨日と探索に関わったメンバーが万屋の和室に集っていた。
とはいっても、魔鏡があるガルダシア城からは、代表としてマリィさんがいるだけなので、正味いつものメンバーなのだが……。
ちなみに、ここにトワさん達、メイドの皆さんの姿がないのは、あまり大勢で万屋に押しかけても迷惑なんじゃないかという心配と、昨日一昨日とトワさん達が探索に出かけることで、滞ってしまった仕事を片付けるという理由からだそうだ。
それを聞いて元春は残念そうな、でも、ホッとしたような顔をしていた。
肝心なところで奥手な元春は複雑な心境はどうでもいいとして、昨日一昨日と行った探索の報告会に関してだが、そもそも一昨日調査した空中要塞はいくつかの発見はあったものの、その詳細は結局不明で、ソニアの調査待ち、そして、昨日探索した迷宮もただ単に上層のアルラウネを倒しに行っただけということで、正直八龍とメイドさんがしてくれた探索について語るべきことはないのだが、アルラウネを倒した後で上層に放ったリスレムがいくつか発見したことがあるということで、今回はその報告を中心に話していこうと思う。
僕は話を始める前に、この数時間、リスレムが探索してくれたことで、広がった迷宮の3Dマップを呼び出して、
「けっこう調べてあんじゃん。これってどのくらいの広さなん?」
「事前に調べてあった部分も含めて総延長で三十キロはあるんじゃないかな」
「さんじゅっ!?」
迷宮の広さに大袈裟に驚く元春。
しかし、たとえば東京の地下鉄を考えて欲しい。
東京の地下鉄の総延長は三百キロ超え、それ以外にも下水道やらなんやらと、人が通れる地下空間を合わせると、相当な広さになるのではないかと、そう言ったところ、元春も「言われてみれば――」と納得してくれ。
一方、マリィさんとしては知識としては知っていたのだろうが、あらためて知った大都市の地下事情に驚くも、その驚く様子を元春にニヤニヤと笑われた所為か、すぐに気を取り直すように咳払いをして、
「それで虎助、リスレムの調査でなにか新たな発見はありましたの?」
「はい。大発見という程のものではないのですが、報告できることはいくつかありますね。まずはこれを見てください」
僕が魔法窓に投影するのは、通路のどん詰まりで土を掘るゴーレム達の姿。
「これ、新しくダンジョンを作ってんのか?」
「ううん。埋まってる通路を掘り返してるみたい」
「埋まっている通路を掘り返すとは、どういうことですの?」
「ここを見てください」
元春に続くマリィさんからの問いかけにズームするのは彼等が掘っている周囲の壁。
「ん、別に変なところはねーんじゃねーか」
「いえ、これは――、迷宮の壁ですわね」
そう、ここで注目して欲しいのは土を掘り返したばかりの箇所に見える迷宮の壁。
「いや、だからダンジョンの中なんだから不思議はないんじゃないっすか」
「でも、いま掘ったばかりの場所に壁があるっておかしくない」
「言われてみると――、
でも、それがどうしたんだってんだよ」
君は変なところで鋭い割にこういうところは抜けてるね。
僕は肝心なところで察しの悪い元春に心の中でやれやれと呟きながらも。
「だから、既にある壁が土に埋まってるってことは、この施設そのものが地下に埋まってるかもしれないってことなんだよ」
「ダンジョンが埋まるなんて、そんなことあんのか?」
「オーナーが言ってたことなんだけど、地殻変動とか、大規模な魔法戦闘の余波とか、ドラゴン同士が戦ったとかでそうなっちゃうことがあるんだって」
まあ、地殻変動はわからないでもないにしろ、後の二つはちょっと信じられないっていうのが本音なんだけど。
「私達の世界にも、それに似た伝説の地はありますわね」
どうやらマリィさん達が暮らす世界にはソニアが言うようなダンジョンがあるみたいだ。
「はぁ~、さっすが異世界。スケールが違うな」
元春の言う通り、想像を絶するスケールだ。
「でもよ。ここだけ埋まってるって可能性もあるんじゃね。
ほれ、昨日あったアルラウネみたいによ。天井をズザザって崩したり」
確かに元春の意見はわからないでもないけど。
「それなら結構すぐに掘削作業は終わると思うよ。
実際、アルラウネが崩したところは土砂が取り除かれ、トンネルも殆ど治ってる状態だからね」
そもそも迷宮の壁はゴーレムそのものなんだから、土砂を取り除くまでもなく再生するみたいなんだけど。
僕が実際にその現場を映した映像を呼び出してパスすると、元春はそれを見て、
「けどよ。それならそれで、もっと大量にゴーレムをそこに連れてって掘らせてんじゃね」
要するに人海戦術だね。
でも――、
「それなんだけど、たぶん迷宮ゴーレム側のキャパシティの問題だと思うんだよ」
ソニアの見解によると、たとえば迷宮の壁が一つのゴーレムだとして、そのコアの大きさや出力によって、操れるゴーレムの総数に限界があるらしい。
そんな中で、昨日戦ったアルラウネや軍隊アリなど、この迷宮に侵攻している魔獣への対処、それ以外にも迷宮の管理補修をするゴーレムを捻出するとなると、いまこの魔法窓に映っているゴーレムが限界の数なんじゃないかということだそうだ。
まあ、それもあくまで僕達の憶測に過ぎないのだが……。
「それでどうします。上に進む道が土砂で塞がれているとなると、これ以上の調査は難しそうですが」
「そうですね。とりあえず、上層の調査は僕達に任せてもらえますか」
上層の調査はあくまでこの迷宮がどんな世界に存在するのかという調査の為である。
この先、どれくらい掘り進めたら地上に辿り着くともしれない作業にメイドさんを駆り出すのは忍びない。
それなら、ゴーレムの隙を伺ってモグラ型のゴーレムでも送り込んでやれば、全部掘り返さなくても地上まで掘り進められるかもしれないし、なにより土砂で埋まっている迷宮内なら、リスレムのように探索の途中で襲われる心配も少ないだろう。
まあ、アルラウネのような敵がまた出てくるなんて例外的なパターンもあるにはあるという話だが、その可能性は決して高くはなく。
「じゃ、迷宮の調査はこれでお終いか」
残念そうにする元春。
元春としてはトワさんのおしr――じゃなくて、後ろ姿が拝めるチャンスが減るのが残念なのだろう。
しかし、そんな元春に朗報である。
「いや、下の方にもリスレムじゃ探索できてない場所があるから、余裕があれば、マリィさん達には下層の探索をお願いしたいんですけど」
「私としてはむしろ望むところですの」
そう言って、その豊満な胸をポヨンと叩くマリィさん。
「ただ、マリィさんが八龍を使って全力を出す相手はなかなかいないと思いますけどね」
アルラウネのような強敵でもない限り、八龍がその能力を発揮する場面なんてそうそうないというのが正直なところだ。
「ウル達の話ですと、下層にも厄介なゴーレムがいるそうですが」
「ああ、例のゴーレムですか、あれも厄介は厄介なんですが、そのベクトルが違うといいますか、まあ、対策は考えていますので」
「しかし、虎助が対策を考えるほどの強敵には違いないのですよね。戦ってみればわかりますの」
マリィさんらしいね。
しかし、マリィさんがここまで興味を示しているとなると、ここで僕が反対したところで聞いてはくれないだろうから。
「とりあえず、まずはトワさん達のスケジュールを合わせてからですね」
僕は夏休みで暇だけど、マリィさんには領主の仕事があり、トワさんを始めとしたメイドのみなさんにもそれぞれ仕事がある。
探索だけなら八龍だけでも十分だろうが、もしも不意に八龍が動けなくなった場合、迷宮の管理側に回収されてしまうのは非常に怖い。
だから、八龍が動けなくなった場合を考えて、その回収をしてくれるメイドさんの存在は必須であることを考えると、探索を行うならメイドさん達のスケジュールも合わせるのが必要があると、そんな話をしていると、その会話の中にあった『回収』というワードに元春が思い出したように聞いてくるのは、
「そういや、昨日回収してきた魔獣とかはどうなったん、アルラウネとか、アルラウネとか素材取ってきただろ、なにか作ったんか?」
うん? 妙にアルラウネを強調してくるね。
まあ、元春のことだから、またロクでもないことを考えてるんだろうけど。
「アルラウネから取れた素材は、オーナーが調べた上で魔法薬に加工することになってるけど」
「ふふん。さすがソニアっち、わかってるじゃねーか、アルラウネの素材で作る魔法薬、気になります」
もしかしなくても、元春はアルラウネから作られる魔法薬だけに、惚れ薬とかが作れるとか思ってるのかな。色も紫だし、旧約聖書の恋なすびとの関係性を考えたってところかな。
ただ、これに関しては、僕ごとき錬金術をかじっただけの人間がうまく扱える素材ではないということで、ソニアの手が空くのを待つしかなく。
「どんな魔法薬を作るかはオーナーに任せてるから、なにが出来上がってくるのかは知らないよ」
「俺はソニアっちを信じるぜ」
ウチには賢者様も来ることだし、ソニアのことだから変なものは作らないだろうけど。
ちなみに、これら素材の扱いに関しては、マリィさん達からの買い取り品として、その際に万屋から支払うお金は万屋ペイに加算されている。
とはいえ、回収してきた素材にあまり珍しいものはなかったから、こっちの買い取りはあまり期待できないけど。
僕がアルラウネの他の素材の処理を話したところ、元春があざとくも首を傾げて。
「あれ、レッサーバジリスクは?
あれって結構なレア素材なんじゃねーの」
「ああ、レッサーバジリスクね。素材自体は悪くはないんだけど一匹一匹のサイズが小さいから」
サイズ的には、だいたい一般的なオオサンショウウオと同程度。
「だから、その皮なんかを使ってちょっとした装備を作ろうとしても、一匹で石化防止の盾が一つ作れるくらいなんだよね」
そして、状態異常耐性を付与した盾として人気の大型の盾を作るとなると、三匹分の素材を覚悟しなければならず、結果的に買取金額もイマイチとなり。
「あ、でも、マリィさんがなにか装備を作るのなら、別に取り置きをしておきますけど」
「ただの石化耐性くらいなら八領で間に合っていますので、特に取り置いていただく必要はありませんわね」
ですよね。
上位魔法金属や伝説に謳われるような生物の素材を使った防具には、一定以上の各種耐性がデフォルトで備わっている。
だから、盾無に月数、膝丸に八龍と、オリハルコンに龍種、悪魔の素材で使った源氏八領シリーズがあれば下手な装備は必要ないというマリィさんのご意見は尤もだ。
「でもよ。あいつの牙とか、噛まれたら石化すんだしよ。石化ナイフとか作れそうじゃね」
「あの時にもちょっといったけど、レッサーバジリスクの石化能力は毒を注入するタイプのものだから」
「そういやそういう話だったな」
元春としてはその歯に石化の力が備わっていたとかそういうイメージだったんだろう。
しかし、レッサーバジリスクが相手を石化に追い込むのは、独占から生み出す石化毒なるいかにもファンタジーな毒のおかげなので、その毒液を使った仕掛けナイフが作れるというのが関の山。
対石化の魔法薬の作製など、そういう用途には使えるだろうが、元春が言うような状態異常武器を作るのはちょっと難しいかな。
でも、仕込みナイフのようなものも考えればいけなくはないか。
店で売り出すには危ない武器になるけど、母さんがちょっと喜びそうな武器だよね。
それならちょっとソニアに相談しておいた方がいいかな。
僕は元春の抱いていたイメージの軌道修正を行いながら、もしかしたら母さんが欲しがるのではないかと、いちおうそのナイフの設計をメールでエレイン君にお願いするのだった。
◆次回は水曜日に投稿予定です。




