佐藤タバサの秘密※
今週は今日と明日の二話投稿です。
そんなこんなでドナドナされていった義姉さんを見送った僕は、今更ながらに最後に残った謎を聞いてみることにする。
「そういえば元春達ばどうやってアヴァロン=エラに入ってきたの?」
まあ、その方法はおおよそ予想がついているのだが、アヴァロン=エラのセキュリティを考えて、聞いておいた方がいいだろうと元春に訊ねると、
「ああ、それが、よく分かんねえんだけどよ。タバサちゃんがなんかしたみたいだぜ。ダウジングってヤツ?あれで虎助ん家の中を調べてな。そにあだっけ?クローゼットの中に隠れてたあのビッグフットの口をさ。いま思えばあれが魔法なんかな。うんにゃらかんにゃら開けた後、志帆姉に無理やりその口の中に押し込まれてよ――ってこれ、ちょっとエロくね。ああ、そういうのはいいの。うん。わかった。で、気付いたらここにいたって感じか。正直ビビったねアレは」
う~ん。元春の適当な説明ではイマイチ要領を得ない。
ということで、とんがり帽子のお姉さんこと佐藤タバサさんに詳細を求めるような視線を送ると、たどたどしくも短い言葉で教えてくれる。
「あ、あああ、あのですね。じ、実は私、人形を操る魔法が使えまして――」
二人の説明を総合するに、どうやら義姉さん達は、万屋のオーナーであるソニアが日本で活動する為の外部ユニット『そにあ』がスリープモードに入っていたところを操作系の魔法によって再起動。物理的にその口をこじ開けて、口内に発生する次元の歪みを通ってこの世界にやって来たらしい。
けれど『そにあ』にはソニアによるセキュリティーが掛けられている筈なのに、それを突破してくるなんてもしかしなくても佐藤さんって凄い人なのかな。
僕が佐藤さんの短い発言の中の言葉を受けて思案に耽る一方で、
「あの、一つ質問なのですが、虎助が暮らす世界は魔素が薄いとのことですが、この方はどうやって魔法を覚えましたの?」
僕はマリィさんからの質問に「ああ、それはですね」とピッと指を立てて、
「なんでもその住処に秘密があるみたいですよ。僕の世界が魔素が薄いといっても、それは均一にではなくて、龍脈とか地脈とかパワースポットの上なら、それなりの魔素が得られるそうですから」
とはいっても、マリィさん達の世界に比べると微々たるものらしいけど……。
「なんでその事を――」「そんな危険地帯に住むなんて正気の沙汰とは思えませんの」
僕の説明に佐藤さんとマリィさんが同時に驚声を上げる。
因みに佐藤さんが驚いているのは自分達だけが独占する秘密を知られたことに対する驚きで、マリィさんの驚きは単純に地脈や龍脈の上で暮らすという危険性を鑑みた驚きなのだろう。
マリィさんの暮らす世界のように、魔素が濃い世界に存在するパワースポットは、魔獣などが闊歩する危険地帯となっているからだ。
「まあ、それでも、魔素が濃過ぎず薄過ぎずと、住みやすい土地を選んでいるとは思いますけど」
「たしかに私達の世界でも、老齢の魔法使いなどは人里離れた魔素濃度が高い土地に居を構えることがあるといいます。ある意味では私も人のことを言えた義理ではありませんし」
実はマリィさんが軟禁状態となっている古城もそういった魔素が濃い土地なのだという。
何でも、かつてその古城において凄惨な魔導実験が行われ、結果、付近を流れる地脈が変質。魔導実験の被害者など、死霊が棲み憑く人外魔境になってしまったのだという。
しかし、そんな曰く付きの古城も、数十年の後、王兄の暴走による政変により厄介払いという形でこの古城に島流しされることになった幽霊嫌いなお姫様の自重無しの大魔法によってあっさり浄化されしまったとのことだ。
現在は念入りな神殿化処理や豊富な魔素による結界装置の構築など、ゴーストが跋扈するようになった原因への対策も施され、城内に魔物の類が出現するなんて事はなくなったのだという。
「ですが、【魔女】の方々とは限定的な接触ってことで話がついている筈なんですが、なんで義姉さんに佐藤さんが協力しているんでしょう?」
これは以前に触れたかもしれないが、『そにあ』がビッグフットとして家にやってきた当初、僕の家には色々な人間がそれぞれの思惑を持って接触を図ってきたりしていた。
そして、そんな中には魔女と呼ばれる人達もいたりして、
まあ、ジョージアさんなんていうギャングみたいな魔女さんによる襲撃などと、その後も小規模ながらゴタゴタがあったりもして、最終的に決められた者以外の接触は原則的に不可能となっていた筈なんだけど――と、ビッグフットの発見に端を発した裏事情のアレコレを臭わせる僕の言葉に、佐藤さんから返ってきたのは涙声の謝罪だった。
「ご――――、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。ちょ、ちょっと前に工房長について間宮さんのお宅に伺った時の帰りに志帆さんに捕まってしまって脅されて、しししししし、仕方無く協力することになってしまって」
はて、工房長というと、家にマナポーションなんかを買い付けに来る望月静流さんのことかな?
察するに、この佐藤さんは、間宮家と関わりを持つ数少ない魔女・望月静流さんの護衛役か何かかとして僕の家を訪れていたみたいだ。
そして、義姉さんが万屋に押し入るきっかけとなった金貨の件で丁度帰って来ていたところに居合わせ捕まえられてしまったのだろう。
ご愁傷様と言ってもいいのだろうか。本当にタイミングが悪い人である。
その際に、義姉さんと佐藤さんの間でどんなやり取りがなされたのか知る由もないが、(まあ、佐藤さんの様子から察するに脅されたか、単なる佐藤さんのドジなのか)佐藤さんが魔女であることが発覚したのだろう。そこからなし崩し的に今回の強盗未遂に至ることになったみたいである。
うん。魔女であるとバレた佐藤さんが義姉さんに|善意の協力を求められる《脅される》図――、なんて想像に難しくない光景だろうか。
しかし、自称トレジャーハンターの義姉さんに捕まってしまう魔法使いってどうなんだろう?魔女の世界も人材不足なのだろうか。それはマリィさんも疑問に思ったことのようで、
「ですが、虎助の義姉さんがいくら優れた身体能力を持っていたとしても、魔法使いが一般人に負けるとは思えません」
「ごめんなさい。何でか志帆さんには逆らえなくて」
「まあ、義姉さんは昔からそういうところがあるからね」
「だな」
気が弱そうな佐藤さんなら、ちょっと義姉さんに脅されただけで言うことを聞いてしまうなんてことはありそうである。
子供の頃から義姉さんが引き起こしてきた数々の逸話を知っている僕と元春としては、佐藤さんの言い分も信じたくなるのだけれど、ついさっき義姉さんに出会ったばかりのマリィさんは納得がいかないようだ。
それならばと僕が頼ったのは――、そう、困った時の知恵袋。ソニアへの相談だ。
「やっぱり、そういうことですか?」
「何か分かりましたの?」
マリィさんは僕がソニアと何らかの方法でやり取りをしているのを知っている。
独り言のようなセリフに今回もそうなのだろうと察してくれたのだろう。
「ええ、実際に『権能』を確認した訳ではありませんので確実とは言えないそうですが、あの【小さな暴君】という実績が関係しているのかもしれないとのことです」
「確かに【暴君】と名のつく実績ならば相手を威圧するような権能が備わっていてもおかしくありませんわね。けれど、それなら【赤点王】の方がその効果が高そうですが」
最後、何気なく付け加えたマリィさんのセリフに、元春がブホッと吹き出す。
そんな元春の失礼なリアクションにマリィさんがどうして自分が笑われたのかと怪訝な顔をする。
まあ、【赤点王】が何を示すのか知らない人からしてみたら、どうして笑われるのか分からないだろうね。
「実はその【赤点王】という実績は不名誉実績なんですよ」
「そうなのです?」
僕は気が抜けようなマリィさんの声に頷きを返し、今日はもう義姉さんも帰ってこないだろうし――と、爆音轟く窓の外へと視線を送り、ここにいるもう一人の【赤点王】に頼んで権能の確認をしてみる。
すると、やはりと言うべきか、元春が持つ【赤点王】の実績には〈知性軽視〉なんていう権能が燦然と輝いていた。
おそらく、この〈知性軽視〉という権能は、知性を軽視しているのではなくて、知性が軽視されてしまうという権能なのだろう。
と、そんな権能を確認をしていた後ろ、佐藤さんが羨ましそうにしていたので、どうせだからと、その流れからステイタスチェックをしてもらう。
実は質問を送ったすぐ後に、もしかするとこの佐藤さんは魔女側が送ってきたスパイで、義姉さんに従っているのも演技の可能性があるからと、ソニアからステイタスチェックのお願いをされてしまったのだ。
魔力:14
獲得実績:【学徒】【調薬師】【園芸巧者】【魔法使い】【土魔道士】【ゴーレム技士】【身操術士】
付与実績:【見習い魔女】【パシリ】【オーバードーズ】【若作り】【大妖精】
ふむ。どうやら義姉さんの話や自己申告通り、佐藤さんは【見習い魔女】ということで間違いないらしい。付与実績に幾つか気になる点はあるものの、スパイ等ではなさそうだ。
だけど、思ったよりも魔力が低いのが気になるかな。
魔法系の実績はそれなりに充実しているというのに、この差はいったいなんなんだろう?
地球産の【魔法使い】であることを考えると魔力が多い方なのかもしれないけれど、その辺りのデータがないからな。
前にジョージアさん達が訓練していた時にステイタスを測っておいた方がよかったかもしれないと、僕が感じたような疑問をマリィさんも得たようだ。
「しかし、虎助の暮らす世界は不思議なところですのね。魔力そのものは低い値ですのに、中級の魔法を使いこなす【魔道士】系の実績を持っていたり、聞いたこともないような実績を持っていたり、同じ魔導師としては興味がつきませんの」
マリィさんは興味深げに佐藤さんのステイタス画面に視線を這わせて、
「あと、気になるといえば、この【大妖精】とはなんでしょう?何がしかの精霊と契約を結んでいるのだとか、よろしければ詳細を見せてもらっても?」
流れるような話運びで水を向けられた佐藤さんは「ははは、はい」と素直にその実績をタップする。
【大妖精】……〈貞操観念〉〈魔法学習力上昇〉
「権能を見る限りでは、なにかしらの妖精と契約を結んでいるとかではなさそうですね」
「ええ、この手の実績には対象となる存在の名前が記載されますからね」
「っていうか、これってアレじゃねえのか?」
僕とマリィさんが【大妖精】という実績に関して意見を交わしていたところ、元春が何か思い当たることがあるような口ぶりで会話の中に入ってくる。
「元春でしたっけ?貴方には【大妖精】の正体が分かりますの」
「あ、そうっすね。虎助やタバサさんは知ってるかもだけどよ。女が三十超えて処女の場合、妖精になるって都市伝説があるだろ。ほら、【大妖精】の前に【若作り】ってのがあるしよ。だから、そうじゃないかなってな」
と、いつの間にやら、ちゃん付けから、さん付けに変わっていた元春の推測を聞いた佐藤さんの顔が真っ赤に染まる。
僕からしてみると、その噂は都市伝説というよりもネタやジョークでしかないと思うのだが、佐藤さんは自分自身のことだけに元春の憶測が正しいと感じてしまったのかもしれない。
一方、マリィさんもこの手の話題は苦手な質である。
以前、賢者様とした言い争いでも思い出したのか、申し訳なさそうな視線を佐藤さんに送りながらも、こっそり聞いてくる。
「そ、そうなんですの?」
「あくまで冗談のネタなんですけどね」
正直、そんなデリケートな話を僕に振らないでくださいよ。そう言いたいところではあるのだが、お客様からの質問だ。聞かれたからには出来得る限りで応えなければならないだろう。
「しかし、意外だよな。タバサさんって俺等よりも少し年上くらいかと思ってたぜ」
女性陣に気遣う僕の傍ら、元春がデリカシーの欠片も無い発言を口にする。
ええと、元春――、そういうことは思っていても口に出すものじゃないって母さん達から教え込まれたよね。もし、ここに母さんが居たら半殺しになっていたところだよ。
困った友人の迂闊な発言に、僕が遠くから聞こえる爆音を気にする傍ら、当事者である佐藤さんが、もうこれ以上ないくらいに体全体を真っ赤に染めて、もじもじと申し訳なさそうにこう言う。
「あ、あの。じ、実は私――、五十四歳なんですけど……」
「「えっ!?]」」
佐藤さんの衝撃の告白に僕と元春の動きが固まる。
いや、失礼かもしれないけれど、佐藤さんは容姿だけなら10代と言っても通じるような人なのだ。
そんな佐藤さんが母さんよりも年上?
まあ、母さんに限っていうのなら佐藤さんのことも言えないような容姿をしているのだが、それでも、まだ、さ――いや、なんでもない。ともかく、これを驚かずして何を驚けばいいだろう。
しかし、そんな僕達の失礼なリアクションに、佐藤さんはいつものことだとばかりに苦笑いを浮かべて、
「き、気にしないでください。その、な、慣れて、ますから――」
そして、自分で言っておきながら落ち込む様子の佐藤さんをフォローするようにマリィさんがこう言うのだ。
「魔素とは生命の源ですもの。魔法使いというのは若い時代が長く長命ですのよ」
何でもマリィさんの世界に存在する、大魔導師なんて呼ばれるような人達は死ぬ寸前まで若々しい姿を保ち、軽く五百年は生きるのだという。
そして、それは地球の魔女もあまり変わらないようで――、
って、どこの戦闘民族ですか!?
とまあ、こんな世界で万屋の店長をしている僕は心の中のツッコミだけで抑えることが出来たのだが、まだ、ファンタジーな常識への耐性が薄い元春は失礼にもこんな事を口走ってしまったのだ。
「マジかよ。じゃあ、もしかしてマリィちゃんも実はロリババアとか?」
「わ、私は正真正銘十六歳ですの!!」
次の瞬間、僕が商品を守る結界を発動するその眼前で、哀れ元春が黒焦げになってしまったことは言うまでもないだろう。
そう、女性という生き物はこと年齢の話題に関してはデリケートになる生き物なのだ。
細かな違いではありますが実績関連の説明を一つ。
『師>士』
師がつく職業系実績は上級者。
士がつく職業系実績は中級者。
として表記しているつもりです。




