地上を目指して05
崩れた天井が巻き起こす土埃の中、現れたのは巨大花の蕾のような下半身を持つ植物の妖女だった。
乱れ飛ぶ蔓のムチに崩れ落ちる元春。
「ああ、マジか――」
「少し静かにしていてもらえませんの」
「……」
元春が崩れ落ちた理由はもちろん敵の攻撃を受けたからではない。
そもそも敵は画面の向こうにいるからね。
元春が崩れ落ちてしまったのは、つい今しがた天井を崩して現れた魔獣のアルラウネにある。
地球ではマンドレイクの亜種として知られるアルラウネ。
元春は登場とほぼ同時にデータベースから弾き出されたその名前を見て、ソーシャルゲームにありがちな美少女を思い浮かべたみたいだ。
期待に目を爛々と輝かせた元春。
しかし、土埃の中から現れたのはダークファンタジーに出てきそうな醜悪なモンスター。
その姿に元春はガッカリを通り越して絶望してしまったようなのだ。
とまあ、らしい理由で項垂れてしまった、どうしようもない友人は放っておくとして、
『しかし、これはきりがないですね』
通信の向こう。小さくため息を吐くようにそう呟くのはトワさんだ。
万屋の方がどうなっているかなど知る由もないトワさんは、愛槍であるメルビレイをまるで大道芸人のようにくるくると回し、自分達に殺到した棘付きの蔓と根っこ、そして追加されたワームを切り裂き防御に回っていた。
ちなみに、迷宮の天井をぶち抜くように現れたアルラウネは、その不健康そうな肌の色からしてナス化の植物をベースとしたアルラウネのようだ。
それだけに蔓についている棘は、そこまで頑丈なものではないらしく、ムーングロウ製の聖槍メルビレイを前にあっという間に斬り払われているのだが、
ただ、その数が圧倒的で、
これがこのまま方向を変えて襲いかかってきたら、さすがにトワさん達としても厳しいんじゃないかと、そう考えた僕は、
「ここはディロックの乱れ打ちで蔓の数を減らしてみてはどうですか」
『そうですね。ウル、フォルカス』
『了解しました』『は、はいです』
この蔓の攻撃にも根っこの触手に使った戦法が効果的ではないかと、まあ、助言という程のことではないのだが、ちょっとしたアドバイスをしてみたところ、トワさんはウルさんとフォルカスちゃんに呼びかけて、攻撃の準備を整えるようだ。
ちなみに、今回の探索は、もともとこのアルラウネが作り出していた根っこだらけの通路の先に行くことが目的だったということで、その突破に必要そうな炎のディロックは全員に持たせてある。
だから、トワさんの指示を受けた、ウルさんもフォルカスちゃんもすぐに炎のディロックをマジックバッグの中から取り出して、
「あ、でも、場所が場所ですのでやり過ぎには気をつけてくださいね。すでに迷宮も大きく崩落していますし」
場所はあくまで地下とおぼしき迷宮の中。
それに、天井が崩れている現場の状況を考えると、威力の高い炎のディロックをあまりに大量に使うのは危険かもしれないと、そんな注意をしてみたところ。
「問題ありませんわ。こういう場合の対処は考えていましたので、そうですわね」
マリィさんが他のメイドさん達にもなにやら呼びかけて、
『はい』
考えがあるなら、その対策はマリィさん達にお任せしよう。
ということで、マリィさんの号令で八龍が一人前に出てその盾を構え。
『いきます。合わせなさい』
『『『はい(了解)』』』
ウルさんとフォルカスちゃんが、それぞれに用意した炎のディロックに魔力を流してスローイング。
複数の炎のディロックが、天井が崩れてしまったが為に薄暗くなってしまった迷宮の中、魔力光をたなびかせながら放物線状にアルラウネに向けて飛んでいき。
それと同時に、トワさんが聖槍メルビレイで水のヴェールを作り出し、ミラジューンさんが精霊魔法で崩れた迷宮の壁を強化、ディロックの余波に備える。
と、ここで三秒――、
ふたたび巻き起こる大爆炎。
吹き荒れる炎が蔓や根を焼くが、ただ思ったほどの効果は出なかったみたいだ。
追加されたワームはほぼ全滅状態となったのだが、アルラウネが持つ紫色の蔓もその根っこも殆どが健在で、
「さすがアルラウネといったところでしょうか、一度の攻撃で対策を考えてきたようですわね」
最初にした強行突破から、アルラウネもこちら側の炎攻撃には注意をしていたようだね。
どうやって防いだのか、その方法まではよくわからないが、なんらかの方法で自らの耐火性能を上げてきたみたいだ。
しかし、そうなると――、
『もう一度、狙います』
「トワ、お待ちなさい。無策で飛び込んでもやられるだけです」
今の攻撃の戦果を見て、すぐに次の行動に移ろうとするトワさん。
そんなトワさんをマリィさんが止める。
しかし、トワさんにはトワさんなりの考えがあるようで、マリィさんの制止になにか言いかけるのだが、
『やばっ、一斉に来たよ』
そんなトワさんの声を遮るように数十本の蔓や根が殺到。
アルラウネからの物量攻撃に、まっ先に気づいたルクスちゃんが両手に持ったナイフで対応しようとするのだが、さすがにリーチの短いナイフだけで、数十にもおよぶアルラウネの攻撃すべてをに対処するのは無謀というもの。
なので、ここで狙うのは――、
「ルクスちゃん蔓そのものじゃなくて、本体を狙うんだ」
蔓や根ではなくその本体だと僕がそう叫ぶと、ルクスちゃんは『わかった』と一言、どこぞのコマンドーがしていた弾帯のように、クロス掛けしていたホルダーに仕込んであったミスリル製の投げナイフを一斉に握り込み投擲。
質より量と投げ込まれたナイフに、アルラウネが蔓や根の一部を防御に回す。
すると、その隙に八龍とトワさんがルクスちゃんフォローに入り。
ウルさんが素早くマジックバッグから取り出した魔法銃で牽制の魔弾をバラ撒き、フォルカスちゃんに護衛をされたミラジューンさんが簡易的な結界を構築。
しかし、そんなフォローも無数に伸びるアルラウネの蔓と根の前では長くは持たない。
『くっ』
『しつこいです』
『といいますか、これ、再生していません』
あっという間に破壊されてしまった魔法障壁に、メイドさん達の焦る声が響く中、炎のディロックによる物量攻撃で焼き払われたハズの蔓と根っこが、いつの間にか再生してきていることにミラジューンさんが気付く。
「回復魔法というよりも精霊系の植物魔法になりますか、魔力を使って自分の体を再生しているみたいですね」
もしかすると、これが火の魔法に対する耐性の高さにもなっているのかな。
「……ん、大地の精霊」
『っ!! はい。大地の精が活性化しています』
そして、蔓や根の再生エネルギーの供給源は、むき出しになった地面のようだ。
まあ、土中の魔力にも限界はあるだろうが、その土は多くのワームが住み着くほど良質な土だ。トンネルが崩れ、周囲がほとんど土という状況となれば、アルラウネにとってこの戦場はホームグラウンドのようなものか。
こうなると、ここは短期決戦の一択になってしまうかな。
と、僕が手元に集まる情報から、当然の結論を出す一方で、
「それでトワ。なにか策が?」
ここでマリィさんが、つい先頃、トワさんが言いかけたセリフの続きを促し。
『策というほどのものでもありませんが、私が敵の懐に潜り込み、炎のディロックを発動させるのです』
外がダメなら内側からって感じかな。
「やってみる価値はありそうですわね」
「ちょっ――」
「危なくありませんか」
作戦は理解した。
ただ、アルラウネの懐に飛び込むということは、あの棘だらけの蔓の嵐の中に飛び込んでいくことと同じこと。
トワさんが装備するベヒーモのレザーメイルなら、ある程度の無茶はできるだろうが、それでもすべてをカバーすることはできないのではないか。
そんな心配の声にマリィさんは、
「虎助、トワがこう一度いい出したら聞きませんの。
ならば、私がその道をつけるまでです」
言って、若干文句がありそうな視線を向けてくるトワさんを無視するように、マリィさんは八龍に盾を構えさせる。
まったく、トワさんは常に冷静沈着なメイドさんかと思っていたけど……、
いや、冷静に判断した結果がこれってことかな。
こういう関係を似たものなんとかっていうのだろう。
そんな主従の会話に元春が『マジで、大丈夫かよ』とかなり心配しているようだが、状況が状況だけに、僕としてはここで否とは言えないから。
「トワさん。もしもの時は預けた回復薬を好きに使ってください」
今回、万屋協賛の探索といことになっている。
だから、炎のディロック以外にも押し付けたアイテムはいろいろあって、
その中でも特に多く押し付けたのが回復薬。
万が一の場合は、押し付けたそのアイテムを使うことを躊躇わないで欲しいと、エリクサー症候群を注意するようにという僕に、トワさんはいつものトーンで、
『私が言い出したことですので』
まあ、トワさんにとってこの程度のピンチは何でも無いってことなのかな。
そう信じよう。
「では、まいりますわよ」
『『『かしこまりました(です)』』』
まず動いたのはミラジューンさん。
タイミングを合わせて、まずは影響が少ないだろう風のディロックを魔法を使って勢いよく射出。
三秒後、吹き荒れる暴風がメイドさん達に襲いかかっていた蔓や触手のような根っこを吹き払う。
そんな暴風の中に生まれた空白地帯に飛び込むのはマリィさんが操る八龍だ。
カドゥケウスの血を触媒に作られたオリハルコン合金製の円盾でその上半身を隠すように突撃。
対するアルラウネはこの動きにすぐに攻撃の手を立て直す。
向かってくるなら押し潰すだけとばかりに蔓や根での攻撃を八龍に集中して、
かたや、その標的となった八龍は、殺到する極太の蔓や根の攻撃をその盾で弾きながら、強引に彼我の距離を縮めていく。
しかし、さすがの八龍もその圧倒的な物量はいかんともしがたいようだ。
みるみるその勢いは削がれていき。
その勢いが完全に止まる前に――スラッシュ。
八龍の放ったコールブラストによる薙ぎ払いに合わせて巻き起こる大規模な爆発。
と、その爆発を隠れ蓑にトワさんがアルラウネに飛びかかり、向かい来る数本の蔓に防具のない頬や足の一部を浅く傷付けられながらも、メルビレイから絞り出した水をドリルのように回転させながらの刺突を繰り出し、アルラウネの体に大穴を穿ったトワさんは、すぐにメルビレイを引き抜くと、いつの間にやら左手に握り込んだ炎のディロックに魔力を流し、殴るようにアルラウネの体内に押し付ける。
そして、その蕾のような下半身を蹴るようにその場から反転離脱。
八龍を盾にするように、魔法障壁を展開してウルさん達が待つ後方へと走り出すのだが、後少し、もう少しで障壁まで辿り着けるといったところで背後に真っ赤な炎の花が咲き、その勢いに押されるように吹き飛ばされてしまう。
木の葉のように宙を舞うトワさん。
そんなトワさんを魔法窓越しに見た元春が悲鳴をあげる。
しかし、トワさんはその類まれなる運動能力で空中で体勢を立て直し、迷宮の天井を蹴って強引に着地。
すかさず敵であるアルラウネの状態を確かめるべく振り返るのだが、一緒に飛ばされた八龍と共に振り返った先にあったのは、口から、お腹から、吹き出した炎に悶え苦しむアルラウネ。
しかし、それでもアルラウネの命を奪うには足りなかったようだ。
「――っ」
アルラウネは耳をつんざくような絶叫を放ちながらも、炎に巻かれてなお無事な蔓や根を使い、攻撃の意思を見せる。
ただ、表皮はおろか、体の内部まで焼けただれてボロボロだ。
そんなアルラウネの状態を考えると、この攻撃はあくまで最後の悪あがき、放って置いてもいずれ死ぬだろう。
ただ、マリィさん達としてみれば、このままアルラウネの自滅を待つのは性に合わないようだ。
マリィさんが叫ぶ。
「一気に息の根を止めますの!!」
『〈風精喚起〉
爆風に吹き飛ばされている時に落としてしまったみたいだ。なくなってしまったコールブラストの代わりに呼び出した魔法銃で火弾を連射する八龍。
それに合わせるようにミラジューンさんが風の精霊魔法を発動。
発生した旋風が燻っていた火種を再燃させ、ふたたび炎がアルラウネを包み込む。
しかし、それでもまだアルラウネは止まらない。
全身から炎を立ち上らせ、ビクビクとその身体を震わせながらも蔓や根を伸ばし、おそらくは自らの回復に当てる為の養分を狙ってのことだろう。その根っこの先っぽを周囲に転がるワームに突き刺し、ミラジューンさんの魔法に合わせて肉薄する、ウルさん、ルクスちゃん、フォルカスちゃんの三人を捕まえようとするのだが、
ここで前に出てきたルクスちゃんが、小さなその両手に持つナイフを素早く滅多振り、アルラウネが最後の力を振り絞って伸ばしてきたその蔓を細切れにすると、
『〈風刺〉』
ウルさんが風をまとった刺突でルクスちゃんが討ち漏らした蔓や根を弾き飛ばし。
『フォルカスちゃん。行くです』
『うん』
ルクスちゃんを追いかけるようにアルラウネの懐に飛び込んだフォルカスちゃんが、その小さな体とは不釣り合いな戦鎚で、アルラウネのお腹を狙って強撃。地面に根を張り、固く固定されていた本体を引っこ抜くと、そのままフルスイング。
その勢いでアルラウネは迷宮の壁にしたたか叩きつけられ。
そこに狙っていたかのようなトワさんの一撃が突き刺さり。
『倒しました?』
『マリィ様』
そのままぐったりと動かなくなったアルラウネに、ルクスちゃんが油断なくナイフを構えながらそう聞くと、トワさんから八龍に問いかけるような視線が投げかけられ、その視線を受けるまでもなく、マリィさんが八龍から緑色の光線をアルラウネに投射。
「倒したようですわね」
死亡確認。
本家、八龍を額に貼り付けたいい大人とは違い、八龍に備わるソニアがプログラムしたスキャンの精度はほぼ100%に近い精度だ。一度、死亡判定が出てしまえば実は死んでいなかったなんてことは、特殊な能力などでない限り、ほぼありえない。
『疲れました』
と、そんなマリィさんからの報告に、安心したようにへたり込んでしまうルクスちゃんとフォルカスちゃん。
しかし、ここで厳しいメイド長から無慈悲なる声がかかる。
『フォルカスにルクス、休憩するのはこれを解体してからですよ』
結局、二人は休むこと無く解体作業に取り掛かることに、
ウルさんとミラジューンさんもやれやれとその輪に加わって、戦闘に巻き込まれたゴーレムが動き出す中、警戒しながらの解体作業が始まると、
ここで元春がトワさんが爆風に飛ばされたショックから復活してきたようだ。
少しよろけながらも立ち上がり、魔法窓の向こうの様子を見てホッと一息、ようやくいつもの調子を取り戻したのか、こんな軽口を叩いてくる。
「あのさ。これ、属性的にマリィちゃんなら余裕で倒せたんじゃね」
「でも、魔獣はびこるダンジョンに領主様が直接出張るわけにはいかないでしょ」
実際のところ、アヴァロン=エラには毎日のように通ってくるマリィさんなら、このくらいの敵でなにかあるとは思えない。
しかし、マリィさんは領主様、もしものことがあっては領民が困ってしまう。
「それに、あそこでマリィさんが全力を出したらどうなるかわからないから」
炎のディロックでさえ、複数発動には気を使わなければならない場所で、マリィさんが全力を出せるかというとそうではないだろう。
「あら、私とて手加減は致しますわよ」
「万が一の話ですから」
それに、
「せっかく八龍を作ったんですから、使わない手はないでしょう」
「ですわね」
正直、マリィさんとしては魔法での戦闘よりも、八龍を使った近接戦闘の方が心躍る戦いが楽しめるのではないか。
「で、こっからどうするよ」
「時間も時間だし、アルラウネとワームを回収したら周辺の調査にリスレムを放って撤収かな。
それでいいですよねマリィさん」
「ええ、あまり遅くなりますとスノーリズに怒られてしまいますから」
ちなみに、あまり遅くなると怒られてしまうというのは門限などが決められているのではなく、単純にトワさんにルクスちゃん、ウルさんとガルダシア城でもトップクラスの武闘派が不在というのは、ガルダシア自治領にとってあまりよろしい状況ではないからだ。
ということで、アルラウネを各部位ごとに分割、回収したトワさん達は、用意していた探索用のリスレムを数匹放流、この日の探索を終了とするのだった。




