地上を目指して03
「これでラストですの?」
『そのようです』
足元の軍隊アリに突き刺したコールブラストを引き抜きながら訊ねる八龍に、トワさんが周囲を見回しそう答える。
軍隊アリの襲撃はみんなの奮闘でどうにか鎮圧された。
一体一体はそれほど強い魔獣ではないのだが、なにしろ数が多かった。
その数、およそ五十。
迷宮のトンネルの一角を埋め尽くす軍隊アリを一度に相手をしたのだから、遠隔操作で八龍を操るマリィさんは問題ないとして、メイドの皆さんの消耗はそれなりになったことだろう。
「お疲れさまでした。そろそろいい時間ですから、この辺で休憩を入れましょう。
とはいえ、この場での休憩は軍隊アリの死体が邪魔でしょうから、ちょっと移動してからになりますけれど」
「ですわね」
ということで、時間もちょうどお昼と休憩の提案をするのだが、さすがに軍隊アリの死骸がゴロゴロ転がるこの場所での昼食はトワさん達も気分が良くないだろう。
なので、トワさん、ウルさん、ミラジューンさんを中心に、軍隊アリの死骸に浄化の魔法をかけてもらったところで、場所を移動することになるのだが、
『あれ、軍隊アリの素材の回収はいいの?』
「ここでゆっくり解体をしていたら、また来ちゃうかもだからね。浄化の魔法もどれだけ効果があるかはわからないから、綺麗なアリだけ回収して、すぐにこの場を離れた方がいいんじゃないかな」
『あ、そっか――』
集まってきた軍隊アリの数を考えると、フェロモンが届く範囲にはもう軍隊アリは残っていないと思う。
ただ、迷宮の構造上、他の到着が遅れているという可能性があるからと、ルクスちゃんからの疑問に答えたところで、比較的傷の少ない個体をサンプルとしてそのままマジックバッグに回収。解体は後で万屋でやってしまうことにして、いまはここから離れることを優先する。
逃げるようにその場を出発して、二つほどの分岐路を通り抜け、ちょうど見晴らしのいい直線に入ったところで落ち着いて休憩することに。
ここならバックアタックにさえ気をつけていれば、安全に休憩ができるからね。
「では、メイドのみなさん。休憩の準備をお願いします」
『畏まりました』
僕の声に、トワさんを始めとしたメイドさん達が、いまいる場所から少し戻った地点に缶コーヒーの缶のような小さな円筒状のアイテムをいくつか設置していく。
すると、その様子をというか、しゃがみ込むトワさんの後ろ姿を、ねっとり見つめていた元春が、
「虎助、トワさん達がセットしてるありゃなんだ?」
「あれは簡易魔力線センサーだよ。あの装置から照射された魔力線に魔力を持った何かが触れると、魔法窓に通知が来るようになってるんだ」
言うなれば赤外線センサーの魔力版のようなマジックアイテムかな。
ちなみに、どうしてこのアイテムは魔導器ではなく、マジックアイテムなのかというと、発動している人間以外にも、すぐにその効果がわかるように音を出す仕組みを組み込まないとということで機械的なギミックを含んでいるからだ。
それに、このセンサーの内部にはミスリルなどの魔法金属を使った蓄魔装置を組み込まれていて、それら魔法金属にあらかじめ外気などから吸収した魔力を溜めておくことで、たとえ魔法が使えない人でも、一定時間使うことができるからである。
と、そんな新開発のセンサーを迷宮のトンネルの各所に設置したメイドさん達は、次に虚空に魔法式を浮かべて、そこからバルーンのような物体を作り出す。
これは〈緩衝泡〉という魔法だ。
迷宮探索の休憩になにか使える魔法を作れないかと僕が発案して、ソニアが調整してくれた魔法である。
当初は、土系の魔法で椅子やテーブルを作れる魔法があれば、迷宮探索なんかの休憩に便利そうだなと調べ始めたのだが、そういう魔法は意外と魔力消費が多く、迷宮内に土の家具を作った場合、敵に襲われた時、その椅子やテーブルが戦闘の邪魔になるかもと、ソニアに相談し、この形に落ち着いたというわけだ。
ちなみに、その使い心地なんだけど。
「どうですか〈緩衝泡〉の座り心地は?」
『そうですね。多少不安定なのが気になりますが、場所が場所ですから特に問題はないかと』
「まあ、この魔法のモデルは地球にあるフィットネス用品ですから、ある程度の不安定さは仕方がないですね」
『フィットネス用品ですか』
「はい。もともとは医療用――、リハビリテーションに使われていたものだそうですが、ある時、スポーツ選手が体幹を鍛えるのに使い出したのをきっかけに、ダイエットなどにも効果があると広がったアイテムですね」
『ダイエットですか――、それは気になりますね』
フィットネスにダイエット。女性として気になる二つのワードに、おおいに興味を覗かせるトワさん。
僕としてはトワさんはスラッとしていて、とてもそういう器具が必要な人ではないと思うんだけど、そこは女性としてのこだわりかな。
ということで、バランスボールに関しては、後日、サンプルを送るということで約束。
トワさんも〈緩衝泡〉の魔法が使えるから、そっちを使えばいいとは思うんだけど、実際に実物を試してみたいそうなのだ。
「では、そろそろ試食の方をお願いします」
『了解しました』
と、元春から嫉妬の視線を受けながら促す僕の声にトワさんが頭を下げ、ルクスちゃんやフォルカスちゃんが『やった』『楽しみだったんだよね』いそいそと自分のマジックバッグから取り出すのは、ルビーレッドにエメラルドグリーンと、宝石のように綺麗なキューブ状の物体。
これはクアリアといって、賢者様が暮らす世界では常識となっている結界魔法を利用した保存食だ。
「なあ、虎助、試食ってなんの話だ」
「前々から要望があったんだけど、クアリアの新商品をこの際だからいろいろ試してみようって、皆でアイデアを出し合って作ってみたんだよ」
「俺、それ聞いてないんだけど」
「元春、最近は部活とかで忙しかったでしょ。その時のことだから」
ちなみに、メニューは、トワさんを始めとしたメイドの皆さんに加えて、魔王様の拠点に暮らす様々なタイプの種族の方からの意見も募ってみた。
万屋に来てくださるお客様は人族だけじゃないからね。
今回、その試作品を実地検証としてトワさんたちに食べてもらおうと思う。
ということで、さっそく試食をしてもらうのだが。
『美味しいよ』
笑顔のルクスちゃんが食べるのはホットドッグ。
クアリアそのものに蒸気を閉じ込めることで、開放された瞬間にスチームがなされるホットドッグだ。
具はソーセージにザワークラウトとシンプルなものである。
トマトケチャップとマスタードに関しては、別途クアリアを用意してあるからそちらを使って欲しい。
この他にもホットドッグに関しては、チリソースを載せたり、溶かしたチェダーチーズを上にたっぷりとかけたものも考えはしたのだが、サバイバル環境下で手が汚れる可能性のあるものはあまりよろしくないということで、このシンプルなホットドッグに落ち着いた。
『でも、こんな美味しそうな匂い、敵をひきつけちゃうわないかな』
これくらいなら大丈夫かと思っていたけど、半分獣人の血が入っているフォルカスちゃんには匂いが少し気になるみたいだ。
たしかに、動物ベースの魔獣が多い場所での活動を考えると、その問題はちょっと考えておいた方がいいのかもと、僕がフォルカスちゃんの意見を魔法窓のメモ帳に書き留めていたところ、片手で食べられるロールミートパイを食べていたミラジューンさんが、
『私としましては、あまり熱いものはちょっとですね』
ミートパイはそこまで熱々になるような温度設定はしていないんだけど、ミラジューンさんは猫舌なのかな。
そういう人のことも考えた調整も必要になるのか。
『おにぎりはいい感じだと思うよ』
と、おにぎりを片手にそう言うのはウルさんだ。
クアリアの効果によって海苔もパリパリなので手がベタベタもしないのが、ウルさんには好評のようで、
『このトルティーヤですか、クレープのような薄皮を使ったラップサンドという料理は手軽でいいですね』
そして、トワさんが食べるのは、有名フライドチキンメーカーの商品をパク――いや、参考にさせてもらったラップサンドだ。
意外にもトワさんはスパイシーな味付けのこのラップサンドがお好みのようだ。
と、そんな感じで、それぞれが、自分が考案したものや興味を惹かれた試作品を数種類試していって、
「なあ、虎助、ダンジョン探索に団子とか必要か」
「デザートは別腹って言うから」
「それ違うくね」
『その、すみません』
「えっと――、そのお団子は、トワさんのリクエストで?」
『はい。すみません』
そのみたらし団子はトワさんからのリクエスト。
マリィさんが和のおやつを好む所為か、トワさんもまたデザートは和菓子の系統がお好みらしい。
そんなトワさんからの恐縮の声に、元春が「い、いえ、まったく問題ありませんです」と、テンパってフォローするも時既に遅し、トワさんは恥ずかしそうに八龍の視界から消えて、元春が膝から崩れ落ち、それを横目に見ていたマリィさんは我関せずと。
「虎助、私もお腹が空いてきましたわ」
「そうですね。こっちも同じものでお昼にしましょうか」




