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魔法と集約世界※

◆先週説明するのを忘れていましたが、タイトルの後ろについている※印はステイタス表示がありますよということを知らせるマークとなっております。

 さて、元春が持つ衝撃の実績に義姉さんを初めとした女性陣が、それはもう路傍の汚物でも見るような、嫌悪感丸出しでそれでいて酷く冷めている視線をたっぷり送った少し後、次はマリィさんのステイタスを確かめる番となる。

 軟禁状態とはいえ王族であるマリィさんなら、定期的になりなんなりとステイタスのチェックをしているのではと漠然と思っていたのだが、〈自己確認(ステイタス)〉の魔具は、ダンジョン探索や冒険者ギルドなどという、ステイタスチェックの使用頻度が高い施設へと優先的に納入される上に、奴隷市場や貴族が人を雇う際の目安になるという用途もある為に、軟禁状態のマリィさんが入手するのは難しく、幽閉状態に陥ってからは全く調べることができなかったそうなのだ。

 そんな訳で、意気揚々とステイタスチェックする事と相成ったマリィさんだったが、初っ端の魔力からして規格外だった。

 

 魔力:523

 獲得実績:【魔法使い】【見習い淑女】【学徒】【奏者】【見習い錬金術士】【爆炎の魔導師】【暴風の魔導師】【破壊者】【剥奪されし者】【古城の主】【忍耐者】

      【魔獣殺し】【巨獣殺し】【魔動機壊し】【死霊祓い】【竜殺し】

 付与実績:【黄金騎士愛好家】【じゃじゃ馬姫】【美食家】【マジックアイテム蒐集家】【ウルドガルダの五師】【亡国の姫】【領主】【古書庫の主】

 

「――って、魔力が523とか、桁が違いすぎんだろ!!」


 この数字はマリィさん自身も驚きの数字だったみたいだが、マリィさんが持つ実績を見ればこの魔力量も納得の数値であると理解できる。

 しかし、結果全体としてはマリィさんにとって満足なものでは無かったみたいである。

 ふぅ――と大きな胸を揺さぶる重い溜息が零れ落ちる。

 因みにその際に、元春が揺れる巨大プリンに目を奪われて、義姉さんに殴り倒されるというくだりがあったのだが、それはいつものことだと話を続ける。


「勇者や騎士はともかく、剣士などの実績はありませんのね」


 マリィさんといえば武器マニア。そして黄金騎士に憧れる別の意味での夢見る少女である。

 マリィさんはそんな自身の夢を実現させる為に、工房の立ち入りの許可が降りてからというもの、暇を見つけてはエレイン君達に魔法剣や自身に似合う黄金の鎧の作成を依頼、その使い心地を確かめるべくペーパーゴーレム相手に訓練なんかをしていたりするのだが、所詮それは単純作業しか対応できないペーバーゴーレムとのお遊びでしかなく、そもそも実績というものは努力や才能を大いなる意思から認められるようなもので、文字通り、相応の実績でもなければ得られることなど出来ないのである。


「まあ、そっちは始めたばかりですし、やっぱり使いやすい剣から訓練を始めた方が実績獲得の近道なんじゃないですか。……いや、むしろ【錬金術士】の例もあるし、人を操るような魔剣を利用すれば簡単に【魔剣士】なんて実績がゲットできたりしないのかな……」


 このアヴァロン=エラでなら、そういうアプローチで攻めた方がマリィさんの望みに近い実績が得られるのではないか。

 付け加えるようにした僕の呟き「本当ですの!?」とマリィさんが期待を込めた反応をする。

 けれどそれは、何となく思い浮かんだだけのアイデアでしか無くて、

 そんなにグイグイ迫られても困るんですけど……。

 僕は今にも押し倒さんとばかりに詰め寄ってくるマリィさんの姿ををドウドウと軽く落ち着かせて、言い訳にと即興で考えた方法を言ってみる。


「まあ、さすがに魔剣を装備するなんてのは危ないですから、似たような、リスクのない魔法剣を作るのが無難じゃないでしょうか。それなら僕がこの世界に来てすぐに魔法を使えるようになったみたく、剣技が身につくかもしれませんから」


 と、それを聞いたマリィさんは「成程」と顎に手を添え、新たな魔法剣の構想に意識を傾ける。

 一方で、そんな様子を羨ましそうに眺めていた元春が何気ない感じで聞いてくる。


「なあ、なあ、虎助――、今の話を聞くに、俺等もそういう力を覚えられたりするんか?」


 ぱっと聞くと単純に好奇心からのように聞こえるこの質問、しかし、元春に限っていうのなら、珍しい実績なんかをゲットしたらマリィさんに自分もちやほやされるかも――とか、もしかして、魔法を覚えられたら凄いこと(エッチ方面)ができるかも、そんな計算が隠れていることを僕は知っている。

 まあ、それだけって訳でもないかもしれないけど……。

 魔法が簡単に覚えられるものだというような話を聞かされて、気にならないというのは嘘になるだろう。

 そして、義姉さんは義姉さんで興味津々なのだろう。そっぽを向きながらも僕の言葉に耳を澄ませている。

 と、そんな分かりやすい幼馴染二人のリアクションに微笑みを浮かべて、


「そうだね。魔法に関してなら割りと普通に覚えられると思うよ。基本的に魔力っていうのは生命力みたいなものだからね。誰にでも扱えるものなんだよ。そもそも僕達の世界にもある超能力が体系化されて、普通の人にも使えるように改良されたのが魔法だって言われているらしいからね」


 僕がどこかで聞いたような設定を導入に魔法の説明をしようとしていたところ、魔導師として聞き流せない情報だったのだろう。思考の海から一時的に回帰したマリィさんが聞いてくる。


「えっと虎助、この場合――、オーナーの世界といった方が正しいのですよね。その世界での魔法創生はそういうことになっていますの?私達の世界では神様から伝え等得た技法とされていますが……」


 なんでも、マリィさんの世界ではそれぞれに信仰している宗教は違えども、世界に5つの宗教それぞれの神様が、まだ魔獣に蹂躙されていただけの人間に抗う力という形で魔法を授けた――というのが魔法の起こりになっているのだという。

 しかし、各世界によって魔法の発生理由が違うなんてことは当たり前の話で、


「魔法を扱う技法そのものも多種多様に存在していますからね」


 因みに僕が語った超能力説は、魔法を教わる前の予備知識として、ソニア(オーナー)から聞かされた魔法に関する歴史考察の一つで、僕が一番しっくりきた説明だ。

 他にも、調剤から錬金術に発展し、技術進化の果てに魔法が生まれたという説やら、気功術のような武術が存在し、そこから派生した遠距離特化の流派が魔法を生み出すに至ったという説などなど、様々な魔法創生話が異世界各地に存在して、ソニアでもそのどれが本当の意味で魔法の源流なのか分からないのだという。

 いや、強いてあげるとするのなら、そのどれもが源流なのかもしれない。

 魔法の起こりは数あれど、至る結果は同じもの。自然界には魔素という精神との結びつきが強いエネルギーが漂っており、呼吸や食事など様々な方法によって体内に取り込んで、自分の使いやすいように加工、頭の中で組み上げたイマジネーションに乗せて具象化する。それが魔法と呼ばれる技術なのだ。

 ただ、その法則に至るまでの道のりがそれぞれの地域で異なっているというだけのこと――というのが、僕に魔法を教えてくれたソニアが考える最も有力な魔法創生の仮説なのだという。

 だが、そんな魔法の成り立ちに関するアレコレなど、元春や義姉さんにとってはどうでもいいことであるらしい。


「んで、どうすりゃ魔法が使えるようになるんだ。せっかく覚えられるってんなら使えるようになりたいもんな。魔法。それで、結局、呪文とかを覚えりゃいいのか?それともステータスをチェックしたこのカードみたいに――魔力?それを流すだけで簡単に使えたりするのか?」


 早く魔法を使わせろとばかりに急かしてくる元春。

 そして、それは義姉さんも同じようで、無言ながらも強い視線でプレッシャーをかけてくる。

 とはいえだ。魔法を扱う方法は、(うた)に呪文に魔法式(魔法陣)、果ては呪術的な儀式に触媒を使ったものに踊りなどと多種多様に存在する。

 そしてそのどれを使ったとしても本人に素養さえあれば発動するのが魔法である。

 だが、呪文や魔法式なんて小難しい理論を【赤点王】という不名誉な実績を持つこの二人に理解してもらうのは難しいだろう。

 それでなくともこの二人の勉強の類が嫌いなのだ。

 そんな幼馴染二人の性質を鑑みて、これしかないかな――と僕が取り出したのはシンプルな指輪型の魔具だった。


「一番簡単な方法は魔具に魔力を流して使う方法かな。この方法なら魔法名の発声までフォローしてくれるからね。それにこの方法なら使ってる内に魔法発動に体が適応して無詠唱で魔法が使えるようになるから。二人にはおすすめの習得法だよ」


「ゲームによくある熟練度みたいなもんか」


「まあ、そんな感じかな」


 ソニアが知る最も低燃費かつ極小の魔法式〈魔灯(マナライト)〉が刻まれたシンプルな銀の指輪を受け渡しながら僕と元春がそんな会話を交わしていると、そこにマリィさんからの横槍が入ってくる。


「虎助。その方法は邪道ではありませんの」


 魔法の概念を学び、呪文を学び、イメージを膨らめていくという大半の魔法世界でポピュラーな魔法教育を受けたマリィさんとしては、僕が提案した力尽くともいえる魔法習得法は賛成できないのだろう。

 けれど、そんなマリィさんを説得の材料が無い訳ではない。


「ですが、この二人はどっちかといえば戦士(・・)タイプの性分ですから、魔具だけ(・・)を使った修得の方が手っ取り早いと思いますよ」


 そう、僕は魔法世界にも脳筋と呼ばれる人達が居ることを知っていた。

 魔具を使って魔法を覚えるこの方法は、魔法世界に存在してなお、肉体の信奉者たる騎士や戦士といった人達に御用達の魔法習得法なのである。


「そういうことですのね」


 僕の言葉にマリィさんがあっさりと納得してくれる。

 強盗に始まりオークとの戦い、その後のどつき漫才を見れば、この二人がどういった性質を持つ人間なのか、ちょっと言葉を強調してあげれば、それだけで裏の意味が伝わるというものだ。


「それに僕の世界には漫画やアニメとか魔法の参考になる作品が多いですからね。他の世界の人よりもイメージ力に優れるみたいなんですよ。だから、小難しい言い回しを使った呪文とか儀式的とは相性が悪かったりするんです」


「確かにあれらの作品をヒントに、(わたくし)も新しい魔法などを生み出していますものね」


 どうやらマリィさんは漫画やアニメなどから影響を受けて、オリジナル魔法を作ってしまったみたいである。折角だから、今度、その魔法をパソコンに取り込ませてもらえないかな。

 そんな皮算用を頭の片隅で考えながらも、


「それに、このアヴァロン=エラでの修行に関して言うのなら、逆に使って慣れろって修行方法の方が効率がいいですから」


 続く説明に、マリィさんが「ですわね」と腕組みのまま頷く一方で、強調された胸元にいやらしい目線をチラチラと送っていた元春が首を傾げる。


「ん?どういう事だ」


「どうして僕達の世界だと魔法が使えないのか分かるかい?」


「そりゃ普通に魔法ってのが無いからなんじゃねえのか?」


「いや、それは僕達が住む地球の魔素が薄いから、使っても回復するまでに相当の時間がかかるからなんだよ。それに僕達の世界に魔法が無かったとしたらそのお姉さんはどうなるのさ」


 そう言って僕が指差すのは、自称(というかこの場合は義姉さんがそう匂わせただけだったっけ?)魔女のお姉さんだ。

 しかし、やはり元春は未だに彼女が魔法が使える存在であると気付いていないのか。なに言ってんだと言わんばかりの顔をしていて、

 そんな元春の変わりにと義姉さんが聞いてくる。


「で、その回復にかかる時間ってどのくらいなの?」


「たぶん普通の場所に居て、一日で自然回復する魔力量は全体の1%くらいかな」


「マジか!?」


 つまり、地球上でいったん魔力を使い切ってしまえば全回復するのに100日かかるということだ。

 そして、魔力の絶対量を増やすには魔法を使わなければならなくて――と、そういった理由もあって地球では魔法の使い手が極端に少ないのである。

 しかし、それならば、そこにいる魔女のお姉さんはどうやって魔法を身につけたというのか。

 それは、地脈、龍脈、パワースポットなどと呼ばれる魔素だまりや、魔素の吸収を促すようなエーテルや、魔力そのものを取り込むマジックポーションなど、各種魔法薬を使うなどして魔力の回復を促進し、その絶対量を増やすことによって魔力を高めているというのがその答えとなるらしい。

 だが、それはあくまで地球上での話であって、


「この世界だとその回復量ってのはどうなるのよ」


「1%の魔素を回復するのに1秒もかからないんじゃないかな」


 この説明には元春だけじゃなく、魔女のお姉さんや、もともとこのアヴァロン=エラの魔素濃度が非常に高いと知っていたマリィさんすらも驚きを隠せないようだ。


「つか、それってほぼ使い放題じゃねえか」


 厳密にいうと、アヴァロン=エラの中でも場所によっては魔素の濃淡が違っていて、回復量に多少の誤差があるのだが、もともとの魔素濃度が高過ぎるが故にその誤差もコンマ以下秒と大した問題にはならなかったりする。

 そして、魔力は――、魔法は――、使えば使うほど鍛えられるもので、

 つまり、このアヴァロン=エラは、百倍の重力ルームやら、精神と時が隔離された真っ白空間やらが目じゃない程の修行空間になっているのだ。

 まあ、あくまで魔法というファクターに限ったことではあるが……。

 しかし、とはいっても、さすがにある程度からは才能とか適性といったものが関係してくるレベルになるのだが、それはあくまで中級以上の魔法であり、一般的な魔法世界で【魔法使い】と呼ばれるような人間が使う程度(?)に抑えるのなら、数週間から数ヶ月くらいの期間で数種類の魔法を使いこなせるレベルにまで達することができるだろう。


「ででで、ですけど、そんなに魔素が濃いなら。あ、溢れたりとかしないんですか?」


 おっと、ここで口を開いたのはとんがり帽子のお姉さんだ。

 さすがは魔女というべきか、的確な心配をしてくれる。

 だけど、


「それに関しては問題ありません。多少の魔力なら溢れさせたところで逆に魔力を鍛えることになりますし、この世界では、過度に摂取された魔素は還元されるような仕組みが出来上がっていますから」


「たしか、この世界そのものに何らかの加護が働いているんでしたわね」


 この世界を訪れる魔導師が、その魔素濃度の高さにまず危惧することは、摂取した魔力の暴走である。

 最悪の場合、魔獣――ではなく、魔人化してしまう可能性を考えれば警戒するもの無理もない。

 しかし、それとて、その可能性に気付く程の魔導師が注意深く魔素の循環を観察すれば、過度な魔力摂取が抑えられていることが見て取れるだろう。

 それは、オーナーが、いや、オーナーにかけられた特殊な魔法によって生み出される魔素循環とも呼べる自然現象であって、特に意識すること無く、その恩恵に預かることが出来るのだ。


「ふぅん。よく分かんねえけど、その魔素が溢れるってヤツに関しては心配することはねぇってことか?」


「だね」


「なら、さっさと魔法を使えるようになりてーぜ。この指輪を使ってるだけでも覚えられるようになるのか?」


「待ちなさい。私が先よ」


 我先にと質問を詰め寄ってくる元春と義姉さん。

 僕はそんな二人にもみくちゃにされながらも、ふと気付く。

 あれ、店内にいる人間の数が増えていないか――と、

 いや、それだけ聞くとどうにもホラー的な表現に聞こえてしまうが、この万屋はれっきとしたお店である。ふいに誰かお客さんが入ってきていたとしても不思議ではない。

 しかし、それとはまた別に、この万屋に――、いや、この世界に誰かが入ってきたことに僕が気付かないでいるのはおかしいのではないか。

 そうだ。こうして義姉さん達と話している間も、僕は外の様子を時々眺めていた。そして、そうじゃなくても誰かが店の中に入ってきたら表の扉を開く音で気付くだろうし、何よりもエレイン君達が反応しないのはおかしいのだ。

 だが、その人物はいつの間にかそこに紛れ込んでいた。

 しかし、その人物を見て僕は全てを納得する。

 ああ、そういうことか。この人が侵入者だとしたら、僕はそれを不思議とは思わない。何故ならこの人物に関しては常識という言葉が通用しないからだ。

 しかし、本当にどうやってこの世界に入ったんだか。

 アヴァロン=エラに入る際にはゲートから光の柱が立ち上る仕様になっているのに、どうやってそれを誤魔化したんだ?

 いや、そんなことが出来るのはソニアしかいないか。

 自主的になのか、脅されてなのかは分からないけれど……この人がここに入って来るのには、ソニアの存在が欠かせないのだから。

 しかし、そう考えると、この人がこの世界に呼ばれたのって義姉さんに関係があるんだよな。

 きっかけは多分、最初の強盗未遂かな?

 その辺り、ソニアには説明してほしいけど、今のところ周囲にソニアの姿は見当たらない、か。

 まあ、ベル君を通じて連絡が取れないか試すのは、この場を収めた後になるのかな。

 取り敢えず、今は、義姉さんに迫る死神(・・)の存在を伝えるのが先決だろう。黙っていて後で文句を言われたら二重の意味でたまらないからね。

 しかし、どう切り出したらいいものか。

 刹那の思考でそこまで考えた僕は、結局、伝えないよりかは伝えておいた方が被害が少なくなるだろうと、少し曖昧な感じで義姉さんに背後に迫る危機を教えてみる。


「どちらにしても義姉さんの魔法修行はスパルタなものになりそうだよ」


「はぁ?なんでよ」


 僕は不機嫌そうに口を尖らせる義姉さんにさり気なく指で後ろを見るように促すと、単純が故に思わずその動きを視線で追いかけた義姉さんが、ある瞬間にガチンとフリーズする。

 そう、義姉さんはその人物を見つけてしまったのだ。

 そして、問題のその人物は、義姉さんのリアクションに応えるようにこう言う。


「来ちゃった」


 いつの間にか店内に現れた人物。その名は間宮イズナ。そう、僕の母さんである。

 不意の母さんご登場にマリィさんがこそっと聞いてくる。


「どちら様ですの?」


「残念ながらウチの母です」


「あら、なにが残念なのかしら?」


 いや、「来ちゃった」とか年甲斐もなく可愛さアピールをする母親を残念と言わずして何と言えばいいのか。正直に言えばそういうことなのだが、母さんに――いや、世の中に存在する女性に、それを指摘することは自殺願望以外のなにものでもないと僕は知っている。

 だからと無言を貫く僕に、母さんは手を前に肩だけ竦めると器用な真似をして、


「まあ、いいわ。それよりもそちらのお嬢さん方を紹介してくれるかしら――ああ、この場合は私の方が名乗るべきよね」


 言っている途中に気付いたんだろう。掌を重ねた母さんが綺麗に腰を折る。


「私の名前は間宮イズナよ。そこにいる虎助の母であり、志帆ちゃんの義母であり、上月流忍術の外伝継承者です。よろしくお願いしますね」


 えと、僕も初耳の情報が含まれてるんですけど……。

 そんな母さんの自己紹介を皮切りに、


「申し遅れました。(わたくし)マリィ=ランカークといいますの」


「……マオ」


 マリィさんが短めのスカートをつまみ上げ、魔王様は義姉さん達が押し入る前からプレイしていたゲームを一時中断、エルフ式とでもいえばいいだろうか、日本のものとはちょっと違う座礼の後に端的な自己紹介をしてくれる。

 そして最後に、そう言えば名前を聞いてなかったような。義姉さん達を除く皆の視線がとんがり帽子のお姉さんに集まると、お姉さんはカミカミながら勢い良く自己紹介をしてくれる。


「あ、あの。わた、わた、私の名前は佐藤タバサでしゅ」


 しかし、佐藤タバサとは、また個性的なお名前で……。

 と、三者三様にしてくれた、ご丁寧な自己紹介に母さんはニッコリと微笑みを作ってくれたかと思いきや、微笑ましげな視線を転じて義姉さん達を見据え、


「それで志帆ちゃん。皆さんにいろいろ迷惑をかけたみたいだけど。『ごめんなさい』はないのかしら?」


「べ、別に、私は悪くないわ」


 そうやって挙動不審にしている人がたいてい最後に酷い目にあわされるんだよな。

 しかし、母さんはどこまでの事情を知っているんだろう。

 だが、母さんにとっては細かい事情なんてどうでも良かったみたいである。自分は悪くないとそっぽを向く義姉さんに、ポツリ漏らしたその一言で、義姉さんの顔が青く染まる。


「やっぱりお勉強がまだ足りなかったのかしら」


 次の瞬間、義姉さんが取った行動は、なりふり構わず逃げ出すことだった。

 母さんのスパルタ訓練によって習得した身のこなしで、立ち上がりながらも最高速度に達した義姉さんは、オーク戦の前に渡した魔法銃を牽制に牽制に万屋を飛び出そうとする。

 しかし、逃げられない!

 一度は振り切った筈の母さんが、スライドドアを開けて万屋からの脱出を図った義姉さんの目の前に現れたのだ。

 母さんは突っ込んでくる形となった義姉さんを勢いそのままに空気投げ。掴んだ腕を捻るようにして、義姉さんの体を地面に押さえつけた上でのこのセリフ。


「こんな小手先の攻撃で逃げられるとでも思ったのかしら。知らなかった?誰も私からは逃げられないのよ」


 なんだろう。ウチの母さんはどこかの大魔王様なのかな?

 そんなセリフを口にする母さんの手際を見た(というか見えなかったんじゃないかな)マリィさんが、驚愕に目を見開きながらも聞いてくる。


「虎助。貴方のお母様は時空間魔法の使い手ですの」


 マリィさんが空間魔法ではなく、あえて時空間魔法を疑ったのは、移動の際の兆候が見られなかっただからだろう。

 だけど、


「あれは純粋な体術ですよ」


 母さんのアレは、〈瞬影〉なんていう中学二年生辺りが喜びそうな名前が付けられた歩法である。

 曰く、陰の氣を足裏から爆発的に発することによって音もなく高速移動が可能になるのだとか。


「そういえば、先日見たアニメの中であんな移動方法を使っていた人物がいましたわ。虎助の世界の達人はこうも見事に体術を使いこなしますのね」


「……すごい」


「えと、マリィさんに魔王様。あれはあくまでフィクションであって、こんな事が出来るのは地球上で母さんだけだと思いますよ」


 母さんみたいな人間がそうそう居たのなら、僕達が住む地球ももっとファンタジックな世界になっていただろう。

 一般人である僕としてはそう思っていたのだが、


「あら、今なら虎助にも出来ると思うのだけれど」


 え゛っ!?

 何やら聞き捨てならないことを言いながらも母さんは、地面に押さえつけるような肩関節に極まりの悪さを感じたのだろう。手首の返しだけで義姉さんを無理やり引き起こして後ろ手に関節を取る体勢にポジションチェンジ。

 一方、僕は母さんがした発言の真意を問い正すべく「ちょっと待って」と手をのばすのだが、

 その行動が自分に向けられたものだと勘違いしたのか。こっそり逃げようとしていた元春が人差し指を立てて「しーしー」と黙るように言ってくる。

 と、偶然にも姑息にも一人逃げ出そうとしていた友人の動きを見つけてしまった僕の視線を辿ったのだろう。今まさに死地からの脱出を果たさんとする元春を見つけた義姉さんが騒ぎ出す。


「あー!ねえ、アイツ。元春のヤツが隠れて逃げる気よ。ズルい。ねえ。アイツもお仕置きが必要なんじゃないの」


 たぶん母さんがこの世界にやってきた目的は、義姉さんと元春がこの世界でやらかしたなんやかんやを諌める為だ。

 そして、多分そこには万屋のオーナーでもあるソニアが関わっていることだろう。

 と、僕が予想するそんな裏事情を知ってか知らずか、義姉さんは元春が逃げ出そうとするこの状況を利用しようと叫ぶのだけれど。

 母さんは義姉さんの意見なんて知ったことじゃないとばかりに「うるさいわ」と裸絞で義姉さんを気絶させる。

 一方、今がチャンスだと逃げ出そうとする元春に、困った子ね。とばかりの哀れみの視線を向けた母さんは、懐から単純所持すらも法律違反になりそうなナイフを取り出すのだが、


「ちょっと待った。母さんそれアウトだよ。アウト」


「でも、この世界じゃあ、ちょっとやそっとじゃ死なないようになっているとかって、前にソニアちゃんが言っていなかったかしら」


 母さんがその話を聞いたのは例の魔女騒動の時だろうか。

 確かにそれは間違いないんだけれど。


「母さんは加減ってものを知らないから」


「あら、私にだって手加減くらい出来るわよ。じゃないと今頃、虎助や元君、志帆ちゃんなんかは生きていないでしょ」


 うわぁ。なんて説得力のある言葉だろうか。母さんの言葉の念頭には、家族旅行として年に二度ほど連れて行かれるキャンプ(修行)があるのだろう。

 そして、その言葉が持つ意味に僕がどうして説得したものかと頭を悩ませる中、まさかの協力者が名乗りを上げる。マリィさんだ。


「あの、(わたくし)が捕まえましょうか」


「あらあら、可愛いお嬢さんね。虎助の前で私にアピールしようとしてくれているのかしら?」


「……ちちち、違いますの」


 相変わらずこういう話題には弱いマリィさんである。

 しかし、マリィさんが僕にアピールなんて、母さんも冗談が過ぎるんじゃないだろうか。

 ある程度、お年を召した女性がそういう話題が好きなのは分かるけど、お客様でありお姫様であるマリィさんを僕の身内が誂うのはいただけない。

 慌てふためき否定するマリィさんのリアクションに、ここはフォローを入れてあげなければ――と、二人の間に割って入る僕だったが、


「いやいや、それはないよ母さん。マリィさんはこのお店の常連さんだから」

「もう、本当に誂い甲斐がない子なんだから。だけど虎助、いま何か失礼なことを考えていなかった?」


 母さんは呆れるように息を吐き、しかし、次の瞬間、まるで心の声を読み取ったかのように刃のように鋭い視線を向けてくる。

 だが、何度も言ったことではあるが、こんな殺気を飛ばされるのは僕達にとっては日常茶飯事だ。


「それでマリィさんはどうやって元春を捕まえるんです」


 僕が母さんの殺気を受け流すようにした質問に、マリィさんは「え、あ、ああ――」と慌てるようにしながらも「すぐにいたしますの」と容赦なく〈火弾(ファイアバレット)〉発動させる。

 いや、さすがにそれはやり過ぎなんじゃないかなあ。これじゃあ、母さんが()っても同じだったんじゃあ……。

 僕がそう思う視線の先で放たれた火の魔弾は、真っすぐ飛んでいき吸い込まれるように元春の背中にジャストミート。

 さっきから僕の友人の扱いが酷い気がするんですが……。やっぱり【G】の実績がそうさせるのだろうか。

 なんて、考えている間にも、元春の背中に着弾した〈火弾(ファイアバレット)〉が着ている服に燃え移り、あわれ元春は地面にのた打ち回る。

 ややもするとそれは残酷にも映る光景だが、マリィさんによって制御された〈火弾(ファイアバレット)〉が発する熱は、熱湯風呂程度に抑えられているみたいである。元春の肌が焼け爛れるというような様子は見られない。

 燃焼という意味でも衣服の毛羽たちを燃やすくらいの微弱な炎と、いかにもファンタジーらしい効果を持った魔法のようなので、元春の命に別状は無いと思われる。

 それから暫く、いかにもファンタジーらしい性質を持った炎は燃え続け、これだけ痛めつければもう逃げないだろう。そんなタイミングでマリィさんがフィンガースナップ。元春の全身を覆っていた魔法の炎が霧消する。

 そして、母さんによる誂いがまだ後を引き摺っているのだろう。


「こ、虎助。エレインに連れてきてもらってもよろしいでしょうかしら」


 なんだかマリィさんの言葉遣いが変になっているような気もするけど、それをまた指摘すると面倒なことになりそうだ。適当に流して、エレイン君達に元春回収をお願いする。

 と、そんな傍ら、


「今のも魔法なのよね?」


 おっと、今度は母さんが魔法に興味津々のご様子だ。

 マリィさんの魔法を見て何か面白い(悪辣な)使い方でも思いついたのか。非常にマズイ流れのような気もするけど、母さんの機嫌を損ねる方がもっと危険である。答えない訳にもいかないだろう。


「うん。そうだけど」


「ねえ虎助。あの魔法、私にも覚えられるかしら」


「そうだね。マリィさんの魔法をそのままってのは難しいだろうけど、母さんならここで練習をして十日くらいで初心者から脱却できると思うよ」


「えっ――」


 そんなに早く?とばかりに驚くのは、とんがり帽子のお姉さん――もとい、佐藤タバサさんだ。

 地球で魔法を修得した佐藤さんからしてみると、僕が言った日数は信じられないものなのだろう。

 だがしかし、さっきも説明した通り、ここは魔素が豊富なアヴァロン=エラだ。加えて母さんの異常性を考えると、あながち的外れな日数でもないだろう。

 と、そんなやり取りの間にも元春がエレイン君達に回収されて戻って来たので、僕は腰のポーチからポーションを取り出して、振りかけてあげる。

 母さんはポーションの回復力に興味を示しながらも、チラリ。元春に視線を落として、


「元君は暫くダメそうね」


「少し待てば治ると思うけど」


 早く回復させちゃって逆に悪いことしたかな。ポーションで回復した元春がこの後辿る運命を思って心の中で呟いていると、


「いいわ。私も魔法がどれだけ使えるか早く試したいし、元君は邪魔になりそうだからね。また夏にでも鍛えなおしてあげるわ」


 予感的中――というか、当然の如く僕も巻き込まれるんだろうなあ。

 だから母さんをこの世界に連れてきたくなかったんだよ。

 まあ、母さんの期待からしていずれは連れてくることになったことには変わりないだろうけど。

 それでも、出来るだけ引き伸ばしたかったのに――本当に恨むよ二人共……。

 一年に二度は開かれるキャンプの名を冠したサバイバル訓練(地獄の訓練)を思い出しながら、そこに魔法の特訓まで加わるかもしれないと、僕が盛大に溜息を心の中で零す一方で、母さんは魔法という新しいオモチャ(強化項目)にウキウキしたご様子で、


「取り敢えず今回のところは志帆ちゃんの再教育(・・・)と私自身の鍛錬ね。ねぇ虎助、どこかその辺に派手に暴れても大丈夫な場所とかないかしら?」


 こうなってしまった母さんは誰にも止められない。

 僕は諦めたようにマジックアイテムの実験によく利用する丘の方向を指差して、


「だったらあの丘を越えた辺りが丁度いいかな。 母さんならたぶん大丈夫だと思うけど、たまに魔獣とかがやって来て危ないから万屋からあんまり離れないようにね」


 母さんならドラゴンが現れたとしても軽く捻ってしまいそうだけど、魔素を利用した戦闘は未経験だろうし、一応、エレイン君を警戒につけておいた方がいいのかな。


「それから、これが魔法の練習方法が書かれた入門書だから」


 職人さんが使うような機能重視のウエストポーチからメモ帳サイズの本を取り出して母さんに渡す。

 これは僕がこの世界に訪れた当初、使っていた魔法の入門書だ。

 まあ、かなりボロボロになってはいるけれど、使う分には問題無いだろう。

 手渡した入門書を「了解よ」と受け取った母さんは、義姉さんをズルズルと引き摺って、遠くに見える赤茶けた小高い丘へと歩いていく。

 と、そんな二人の姿が随分と小さくなったところでマリィさんが声を掛けてくる。


「あれが虎助のお母様ですか。聞きしに勝る方でしたわね」


 たった数分の邂逅でマリィさんにそう言わしめる母親にただただ苦笑するしかない僕だった。

 実績の表示は取得順・スレイヤー系は追加が多いことから最後に一気に表示される仕様になっています。


 ステイタスが魔具として使われるのは、自分にしか効果が無いという事で覚えるメリットが少ないからです。


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