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土用の丑の日

 さて、魔鏡の考察と、現存する銀騎士を利用して、新しくマリィさん専用――というか、ガルダシア城専用機となる黄金の騎士の仕様をあれこれ考えていたところ、お昼ごはんにちょうどいい時間となった。


「お昼はどうしましょう。とりあえず、ウナギを用意しているんですけど」


『おお、なんだ今日は祭りか♪』


 僕の提案に音符突きのメッセージを送り返してくるのは元春。

 でも、たかだかというのはちょっと違うか、ともかく、ウナギを出すくらいで祭りとか大袈裟な。

 ちなみに、お昼にうなぎを薦めるのにはちゃんとした理由があって、


「もうすぐ土用の丑の日だから、スーパーで蒲焼きの実演販売をやってたんだよ」


『ああ、実演販売っつーと角屋か』


「そう」


 元春がいう角屋というのはウチの近所にある生鮮食品に強いスーパーのことだ。

 店員さんの中になんとかマエストロとか調理師免許を持つような店員さんなんかがいたりして、時期ごとにいろいろな実演販売をしてくれている地域密着型のスーパーなのだ。


 と、そんな角屋で、きのう美味しそうな蒲焼きが売っていたので、魔王様などにお出ししようと――まあ、食べ切れなければ冷凍しておけばいいと――、とりあえず三尾ほど買ってきていたので、どうせだからマリィさん達もとお昼に誘ってみたんだけれど、ちょっと唐突だったかな。


「それで、お二方はどうしますか」


「あの、うなぎというと、あのウネウネとした魚ですよね」


「はい。ご存知ですか」


「ええ、お城の堀にいますから」


 うーん。この反応、マリィさんのお国ではうなぎは食べないのかな。

 まあ、国によってはそういう地域もあるのだろうし。


「もしも、お嫌いでしたら別のものを用意しますが」


 僕はうなぎが美味しいとわかっているが、さすがに嫌がっている人に無理やり食べさせるようなことはしない。

 だから、僕に遠慮して無理に食べる必要はないと言ってみるのだが、そこは強気のマリィさんだ。


「チャレンジしてみます」


 たかがうなぎごときに負けてられないと――、

 いや、実際マリィさんにそういう意図があるかどうかはわからないが、とりあえずチャレンジしてみるみたいだ。

 そして、マリィさんが食べると言うならトワさんも嫌とは言えず。


「姫様がそうおっしゃるのでしたら、私もお供いたします」


 妙に気合が入ったご様子だけど、せっかく食べると言ってくれるのだから、美味しいものを食べさせたい。

 僕はあからさまに緊張するトワさんに、ここはリラックスをと「いま美味しいのを作りますからね」と、にこやかに笑いかけ、和室のすぐ横にある簡易キッチンに引っ込むと、スーパーで買ってきたうなぎの蒲焼きをフライパンに乗せ、そこに調理酒を多めに振りかけて蒸し焼きにしていく。


 ちなみに、買ってきた蒲焼きを温める方法は、付属のタレで煮るとか、臭みを取るため緑茶で炊くといいだとか、いろいろやり方はあるそうだが、個人的にこの方法が一番美味しく温められると思う。


 まあ、うなぎは本来の旬は冬で、この時期のウナギは旬の時ほど脂が乗っていないというけど。

 準備をすること数分――、


「出来ました」


 和室で待ってるみなさんに出すのは重箱に入ったうな丼、つまりうな重だ。

 ちなみに、この重箱は家にあったもので、せっかくだからと雰囲気にと持ってきたものである。

 そして、ここにトワさんがいるということで、秘密の通路を使って工房側にあるトレーラーハウスに移動している元春と、日々研究に忙しく、ご飯もまともに食べていないだろうサイネリアさんに、このうな重と、サイドメニューとしてお吸い物を届けてもらおうと、ベル君に配達をお願い。

 その小さな後ろ姿を見送ったところで、


「これがあのうなぎを使った料理ですの」


「香ばしい匂いです」


「たぶんうまく出来てると思うんですけど」


 いざ、用意されてみると、思いの外おいしい料理が出てきて面を喰らっているのかな。

 マリィさんとトワさんはちょっと困惑しているみたいだけど、実際、買ってきたうなぎの蒲焼きは意外と当たり外れがあったりする。

 ただ、角屋に限って変なものは仕入れていないハズだと、そんな予防線を張りながら、向こう(元春の方)にももうな重が届いたみたいだ、『おお、重箱なんて豪華じゃんかよ』と元春のメッセージを確認しながらも、「さあ、食べましょう」と手を合わせて、


「「「「いただきます」」」」


 さて、おいしそうとはいえ、やはり元来のイメージがあるのだろう。

 警戒心が高めのマリィさんとトワさんを横目に、工房にいる元春にうな重が届いたみたいだ。『うめーうめー』とボキャブラリーの欠片もないメッセージがポンポンと軽快な音と共に複数立ち上がり。


「……美味しい」


 しれっとランチに混ざっている魔王様はうなぎに対する偏見はないようだ。

 静かに――、しかし、もりもりとうなぎを口に運び。


「うん。美味しくできてますね」


 僕も美味しそうに食べているとなれば、マリィさんもトワさんもその味が気になってきたみたいだ。

 おっかなびっくりではあるものの、うな重に箸を伸ばし。

 まあ、そこはいつもの一口より少ないようではあるものの、初めて食べるものだからね。

 と、若干緊張しながらも、うなぎを食べた評価を僕が待っていると。


「ん――♪」


 どうやら気に入ってくれたみたいだね。

 マリィさんはお行儀よく口元を抑えて、思わずそんな声を上げると、味わうよううにゆっくり咀嚼。


「一緒にお吸い物もどうですか」


 ちなみに、僕が薦めるこちらは、インスタントで悪いのだが、定番の松茸香るお吸い物。下手に自分で作るよりもこっちの方が無難なんだよね。

 そして、一呼吸落ち着かせたところで、トワさんが行儀良くも箸を置き。


「まさか、あの気持ち悪い魚がこのような料理に仕上がるとは」


「驚きですわね」


「ちなみに、こちらの粉をかけても美味しいですよ」


 僕が差し出すのは抹茶色の粉が入った小さな小瓶。


「こちらは?」


「山椒の粉ですね。実じゃなくて果皮でしたか、それを乾燥させた粉末です。

 しびれるような辛さがあって、魚の脂をさっぱりさせてくれるんですよ」


 そう言いながら、試しに少しだけかけてみてくださいと僕が促すと、マリィさんもトワさんも「このくらいで」と、僕にどれくらい入れたらいいのかの確認をしながらも、うなぎに山椒をかけてパクリ。フムフムとその味を堪能しながらうな重をたいらげていき、重箱がきれいになったところで少し名残惜しそうにお吸い物を飲み干して。


「しかし、以前、試した時にはそれほどおいしい魚でもありませんでしたが、なにがいけなかったのでしょう」


 城のお堀がどうのこうのとの話があったから、もしかすると、軟禁状態の時の食料として食べていたのかな。

 僕はマリィさんの話にそんな想像をしながらも、


「うなぎは調理が難しいですからね」


「やはりそうですか」


「ええ――」


 トワさんのこの反応は、実際にうなぎを扱った経験からくるものだろう。

 実際、釣りなんかでうなぎを捕まえたところで、うまく調理できる人なんてほとんどいないからね。

 僕もサバイバルで何度かウナギを捕まえたことはあるけれど、上手に蒲焼きを作れなかったから。

 なんていうか、泥抜きなんかの面倒な作業もあったりするし、身を開いて白焼きを作るにも、妙に身が厚ぼったくなっちゃうというか、こうお店で食べたり買ってきたりするうなぎみたいに、ふっくらやわらかく仕上げられないんだよね。


「しかし、きちんと調理をすればここまで美味しいお魚でしたのね。調理法を教えていただいても」


「かなり難しいですけど、調理の手順なんかは用意できますから、料理上手な方なら、なんとか料理してくださるかと」


 かつては一部の職人から技を盗まなければ難しかったそれも、いまでは動画として見られるようになっている。

 本格的なレシピなんかと合わせて、そういう動画を料理が上手な人に見てもらえば、スーパーで売っているくらいの蒲焼きなら作れるようになるのではないか、若干の期待を込めてそう提案してみたところ。


「そうですわね。リンダならばどうにかしてくれますか」


「はい。城に帰りましたら伝えておきましょう」


「……ん、キャサリン」


 独り言のようなマリィさんの声にトワさんがすぐに反応、魔王様も乗り気なようで、それならばと、僕もすぐにうなぎ関連の情報を収集。

 ちなみに、マリィさんの言ったリンダさんというのは、ガルダシア城のメイドさんの中で一番料理上手なメイドさんだ。

 週に一度くらいのペースでこのアヴァロン=エラにやってきていて、様々な動画サイトなどを視聴、賢者様のところのアニマさんと一緒に地球の料理を研究したりしている人である。

 彼女達の手にかかれば、異世界でうなぎの蒲焼きが再現される日もそう遠くはないのかな。

 僕はすぐに集めた情報をトワさんに転送、きれいになった重箱を片付けながら、そう思うのだった。

◆次回は水曜日に投稿予定です。

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[一言] 串打ち三年裂き八年焼き一生の世界、見よう見まねで何年かかるのかな~
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