魔鏡の考察
それは夏休みに入ったその日のこと、
僕が朝から万屋で仕事をしていたところ、十時頃になって元春から『ちょっと店の外まで来てくれ』と謎のメッセージが飛んで来たので、ちょうど対応をしていたマリィさんとトワさんに断って、店の外へ出てみると、まあ、ゲートの反応からわかっていたことだが、そこには元春がいるわけで――、
元春は僕が出てきたと見るやいなや、その手をひったくるように万屋の陰に連れ込んで、
「ちょちょちょ、なんでトワさんがいるん」
「なんでいるって、この夏休みに、伸び伸びになってたマリィさんの城にある魔鏡から行ける世界の本格的な調査をしようって話が出ててね。いま、その打ち合わせをしてるとこなんだよ」
ルデロック王の襲来から、なし崩し的な領地経営、貴族の来訪問題など、いろいろとトラブルが重なって本格的な調査が出来ていなかったガルダシア城にある魔鏡の向こうの世界。
リスレムなんかを使った調査は、暇を見てちょこちょことやってはいたんだけど、本格的な調査は進んでおらず、この夏休みの間に、一度、しっかりとした調査をやっておこうと、今日こうして打ち合わせに集まってもらったのだ。
と、珍しくこの時間からトワさんがいるその理由を元春に説明したところで、「まだ打ち合わせの途中だから」と万屋に舞い戻ろうとする僕だったが、元春はそんな僕の手をがっしり掴んで引き止めて、
「なあ、虎助、俺はどうすりゃいいんだ」
そんなこと僕に聞かれても――、
この場合、店に入るか、このまま帰るの二択しかないんじゃないかな。
なんにしても、まだ打ち合わせの途中なのだ。ここで元春にかまっている暇はないと、元春の手を振り払って店に戻ろうとするのだが、元春としてはここで帰るという選択肢はないようだ。「うー」と迷うように悶ながらも、やがて覚悟を決めたように顔を上げ。
「よし、わかった。念話通信を使って店の中の映像をこっちに送ってくれ。俺は裏の秘密基地で待機してっから、なんかあったらこっちからメールを飛ばすから」
……ここで日和るとか。
いや、百歩譲ってそれはいいとして、
どうして、わざわざ僕がそんな面倒なことをしなければならないのか。
そう聞いてみると、元春はさも当然とばかりの顔をして「んなの、緊張しちまうからに決まってんだろ」と潔くもそう言って、「だから、なっ」と面倒にまとわりついてくるので――、
もう、こうなってしまってはなにを言っても無駄である。
僕は諦めるようにため息を吐いて、こちらの状況が元春にも伝わるように通信回線を開いたところで、避難用の連絡通路を使って工房に移動する元春を見送り店内へ。
そして、会議の様子を盗み撮りをするのもあれなので――というよりも、面倒なことを言い出した罰かな――、マリィさんとトワさんに遠隔で元春が会議に参加していることを正直に伝えたところで、さて、打ち合わせの再開となるのだが。
いざ、話し合いを再開させたその時、元春がポンとメッセージを飛ばしてきて、
『今更だけどよ。その魔鏡っていうのはなんなんだ。ソニアっちが興味を持ってるってことで、なんかすげーマジックアイテムってのはわかるんだけどよ』
「ああ、その説明も必要だね」
これまで調べた魔鏡と、そこから繋がる世界の情報を、元春の魔法窓に送ったところで、マリィさんとトワさんをチラリ見て、頷きをもらい、まずはおさらいにと僕が言うのは、
「マリィさんの城にある魔鏡がどんなものなのかは正直わからないんだよ」
『それって、ソニアっちが調べてもか』
『残念ながらね。魔鏡の構造なんかはわかるんだけど、いくつかの部品がボクのしらないものなんだよ』
『うおっと、ソニアっち、いたんか』
『今回の調査はボクも興味があることだからね』
そう、今回はソニアも調査に加わってくれることになっている。
『しっかし、ソニアっちでもわかんねーマジックアイテムとか、そんなもんがあるんだな』
『ボクも万能じゃないからね。言うなれば、知ってることしか知らないんだよ――って感じかな」
おそらく通信の向こうではドヤ顔をしているだろうソニアの意味ありげなセリフに『な~る』と唸る元春。
そう、ソニアの戯言は嘘ではなく、知らないからこそ、さまざまな世界から、魔法・科学問わずにいろいろな知識を集めているのだ。
『でもよ。そんなもんがよくもマリィちゃんの城にあったよな。
もしかして、その鏡からいけるダンジョンみたいなとこで見つかったとか』
「いや、あそこは魔鏡があるからこそ行ける場所だから、魔鏡が見つかったのは別の場所だと思うよ」
少し考えればわかることだが、魔鏡から行ける迷宮は魔鏡があるからこそ行ける場所であって、そこで魔鏡が見つかったなんてありえない。
「それに、あの迷宮には魔獣やゴーレムがおりますが、宝の類は見つかっておりませんので」
『……そ、そうなんすか』
トワさんからの唐突な声掛けに動揺する元春。
しかし、元春はいまトワさんと会話が成立していることに、なにか疑問を持たないのだろうか。
あからさまにテンパっている元春に僕がそんなことを思っていると。
平静を装うとしているのか、いかにも自分は冷静だと言わんばかりの上ずった声で元春が、
『でぇ、虎助はそれを調べるためにいろいろとやってるってわけかよ』
「正確には魔鏡そのものの効果を調べるために移動先の調査をしてる感じかな」
『へぇ、つか、その調査はどうなってるん』
「それも送った資料を見ればいいんだけど……」
うん。元春が細々とした資料を読むわけが無いよね。
ということで、わざわざ僕が簡単な解説をすることに――、
まず、このアヴァロン=エラに関しての説明はいいとして――、
以前、元春も一緒に調べた天空の要塞。
そして、奇妙な生物が暮らす島、こちらはこの島は強力な結界に囲まれているようで島の外には出られないらしく。
ソニアとしてはその結界そのものが気になるみたいなのだが、下手に調べると結界が解けてしまうかもということで、以前アヴァロン=エラに迷い込んできたテイマーのエルマさんに作って渡したウミガメ型ゴーレムの同型機を作って、現在慎重に調べている最中だそうだ。
続いて、雪に埋もれた山の中、こちらの場所はどうもディストピアというか、巨獣や龍種が作り出すプライベート空間のような場所ようで、本当にただただ雪山だけの世界とのことで、いまのところ特にコレといった発見もなく放置の状態のようだ。
と、放置といえば、どこともしれない地下迷宮も、探索にはきちんとした装備や時間が必要ということで、トワさん達、メイドのみなさんが探索する時間がなかなか取れず。
かといって、リスレムでは進めない箇所がいくつかあるということで、こちらも放置状態。
そして、灼熱の砂漠は本当に広くて、リスレムを使った数ヶ月の調査では、遺跡っていっていいのかな、風化した建物がいくつか見つかっただけで、特に情報は得られていなくて、こちらも雪山とはまた違った意味でリスレムの探査待ちで――、
最後に、あからさまになにかありそうな、真っ白なだけの空間なのだが、この場所に関しては――、
『ループしてる?』
「うん。ゲートみたいなとこからある程度の距離まで離れると元の場所に戻ってきちゃうんだよ」
『たぶん、〈迷いの森〉とかそういう魔法が働いてるんだと思うんだけど、詳細は不明だね』
このことから、ソニアはここに魔鏡に関わるなんらかの秘密があるのではと考えているみたいなのだが、リスレムの調査ではなんのヒントも得ることが出来なくて、
『それ、全然どうにもなってなくね。
つか、こういうのってさ、漫画みたいに超魔法を使って空間をぶっ壊すとかはできないん?』
「いや、漫画みたいにって漫画じゃないんだから」
文法的におかしいかもしれないが、いくら魔法なんて技術があるとはいえ、なんでもかんでもできるわけじゃない。
「でもよ、マオっちとかならいけそうじゃね」
たしかに、空間系の魔法が使える魔王様ならどうにかできるかもしれないけど、問題はその空間まで魔王様が行く手段がないことだ。
ソニアの調査でその空間の座標などが調べられれば、行くだけなら行けるかもしれないが、その世界までの距離というべきか、乗り越えるハードルの数を考えると、魔王様の魔力――、そして魔法を持ってしても、帰り道が確保できるとは思えない。
それに、アヴァロン=エラなど、魔素が濃密な世界なら、常時道を開けることや、帰るための魔力の回復にも時間はかからないけど、その世界の魔素濃度をを調べてみると、一般的な魔法がある世界よりも多少魔素が濃い程度の場所でしかなく。
さらにソニアが言ったようになんらかのセキュリティのようなものが働いているのなら、魔王様がご自分の世界に戻れなくなってしまうなんて状況に陥る可能性が高い。
そもそも、そんな危険があるようなことを、お客様である魔王様にしてと頼むことがダメであり、なにより――、
『強力な魔法を使って強引にっていうのはちょっと怖いからね』
その結果、魔鏡が使えなくなってしまう可能性もあるのだ。
そうなってしまったら、魔王様のみならず、マリィさんまでアヴァロン=エラにやってくる手段までもがなくなってしまい。
『たしかにそりゃ困るよな』
だから、ソニアとしても詳しい調査は難しく、リスレムなどを送って、さまざまなデータを得ることくらいしか出来ないと、そこまで説明したところで、元春もおおよその流れは理解できたかな?
うん。大丈夫だよね。
元春は『フムフム』と、さも納得したとばかりのポーズをとって、
『で、結局なにを調べるん』
「そこはまだ相談の途中なんだけど、空中要塞と巨大地下迷宮を予定してるかな。
ですよねマリィさん」
「ですわね。私達が調べて意義がありそうな場所はその二箇所くらいですもの」
僕個人としては奇妙な生物が暮らす島の方も気になるのだが、あっちは本当に狭い島で、強力な結界があるものの、その中身はただただ奇妙な生物が暮らしているだけだからね。
マリィさんとしてもソニアとしてもあまり興味がないところなのかもしれない。
さすがに、襲いかかってくるような動物じゃないので、問答無用で素材採取とかもできないしね。
「ただ、マリィ様が直接赴くことは――」
「私としましては、そこまで慎重になる必要はないと思いますの」
そう、今回の相談の主題はマリィさんが行くか行かないか、そこに尽きるのだ。
空中要塞は問題ないとして、どこぞの地下迷宮には魔獣やゴーレムが、それなりの数、出現する。
とはいえ、そんな敵もアヴァロン=エラに頻繁に訪れるマリィさんからすると、余裕で薙ぎ払える相手なのだが、場所が迷宮ということで、トワさんとしては慎重にならざるを得ないようだ。
しかし、これには一応解決策がソニアから示されていたりして、
「マリィさん。そこで一つ提案が――」
「提案ですの?」
「ええ、マリィさんが調査に行く代わりに黄金の騎士を作るというのはどうでしょう」
「黄金の騎士を作る? それはどういうことですの」
うんうん。いい感じで食いついてくれたみたいだね。
『君の城には銀騎士があるよね。あれをパワーアップさせて君にも冒険気分が味わえるようにしようって思ってるんだけど』
続くソニアの説明に、「ふむ」とその小さな顎に手を当てたマリィさんは、
「それは素晴らしいですわね」
『でも、それ、めっちゃ金が掛かりそうじゃね』
うん。元春の心配ももっともな話である。
なにせ、作るのは黄金の騎士なわけなのだから。
しかし、それも――、
「改造するのは主にガワだけだから、そこまでお金はかからないと思うんだけど」
素体はそのまま銀騎士を使って、装備だけを更新してやればそこまで費用はかからない。
「それに、余ってるカドゥケウスの血を使えば、上位魔法金属が作れるみたいだから」
『カドゥケウスってあれだよな。錬金術の――』
おっと、さすがは元中二病。名前を聞いただけで、それがどういう存在なのか理解してくれたみたいだね。
ただ、その認識には若干のズレがあって、
「正確にいうとその元になってる魔獣なんだけどね。
たしか元春にも話してたと思ったんだけど、最近、僕とホリルさんとマリィさんとで仕留めてね。
その素材をソニアに調べてもらったところ、ぎりぎり上位魔法金属に届くみたいなんだよ」
「つまりそれを使えば」
「後は元となる金貨だけでいいでしょうね」
とはいえ、まあ、その金貨の量も結構な量なのだが、そこは合金にすることで費用も抑えられるだろうから。
「ならば決まりですわね」
「後はどんな仕様にするかなんですけど」
「ふふふ、これは考えがいがありそうですわね」
ゴーレムも含めた新しい装備作りをすることになり、不敵に笑うマリィさん。
どうやら打ち合わせはここからが本番のようである。