●ある弓使いの独り言
◆今回は、とあるエルフの里に暮らす弓の一族の若者が主人公のSSです。
森の中、息を潜める俺は、エンジュの里に暮らすしがないエルフの狩人だ。
そんな俺が狙う獲物は陸鳥型魔獣キュウイ。
このキュウイという魔獣は、体が大きく飛ぶことはできないが、物音や気配に敏感で、足が滅法早い変わった鳥だ。
狩りに出て半日、森の傾斜地でこのキュウイを見つけた俺は、キュウイに気付かれないように風下側から森を進み、坂の上部、キュウイが狙いやすい位置についたところで、最近手に入れた奇妙な車輪がついた弓に、これまた特殊な魔法の矢をつがえると、息を止め、弦を引き絞り、慎重にキュウイの胸に照準を合わせ、矢を放つ。
カシュっと弾かれるような音が微かに響き、微かな風切り音をたなびかせながらまっすぐ飛んでいく矢。
その矢は何の抵抗もないようにそのままキュウイの胸に吸い込まれ――、
ただ、心臓を貫くことはできなかったみたいだ。
命中した矢にビックリしたように駆け出すキュウイ。
木々の間を駆けるその速度は森人などと呼ばれるエルフでも追いつけない速度だ。
しかし、慌てて追いかける必要はない。
あの矢には特殊な魔法式が刻まれており、あらかじめ魔力を通しておくことで、その矢がどこにいってしまったのか、その方向と距離が使用者である俺には手に取るようにわかるからだ。
しかも、その矢には軽い麻痺を引き起こす魔法式も付与されており。
――む、動けなくなったみたいだな。
手元に浮かぶ小さな水鏡から、獲物が動かなくなったことを確認した俺はゆっくりとキュウイの反応がある方向へと歩いて行き。
周囲に狼の気配はないか、魔獣の気配はないか、しっかりと確認した上でキュウイの回収に挑む。
すると、探していたキュウイは、大樹と呼ぶにはまだ早いか、その周辺なら間違いなく一番大きな木の根本に、ピクピクと痙攣するその体をあずけるように倒れており、俺はそんなキュウイに近づくと、虚ろなその目を隠すように頭を押さえて、その細い首を一薙ぎ、吹き出す血飛沫にすかさず水の魔法を発動、獲物の血抜きを開始する。
と、キュウイの首にまとわりついた水球が、脈動するように真っ赤に染まっては透明になることを繰り返し。
俺はそんな美しくも残酷な光景を横目に、腰にぶら下げていた小さく奇妙な形の踏み鋤を使って、地面に穴を掘りながら「しかし便利になったものだ」と独りごちる。
そう、いま俺が使っているこの踏み鋤も、血抜きの魔法も、高機能な弓も、最近になって外部からもたらされたものなのだ。
その中でも特にいま使っている血抜きの魔法はありがたい。
この魔法がなかった当時は、ロープを使い、木に獲物を吊り下げて、獲物の血を抜き、獲物の血抜きが終わるまでその臭いに寄ってくる獣の対処をしなければならなかったのだ。
それがこの魔法を手に入れてからはどうだろう。ただ魔法を発動させるだけで後は何もしなくても良いのだ。
まあ、これと同じような魔法が使えるエルフもいないではないのだが、制御に失敗すると獲物を傷付けてしまうから、あまり使いたがるものがいなかったのだ。
それが、この魔法なら、発動させてしまえば後は魔法に任せておけばよく、血の臭いも水によって洗い流され、余計な獣の対処も不要と来たものだ。
これほど便利なことはないだろう。
この魔法を持ち込んだ人間の話によると、皮をなめす時に使う浄化の魔法の方式を利用しただのなんだのという話だが、そもそも獣の皮をなめすのに、神聖な浄化魔法を使うなんて話は聞いたことがない。
まったく、この魔法を里に持ち込んだ人間はいったいどこのなにかしからこの魔法の式を教わったことやら。
と、そんなことを考えながら、地面に穴を掘っている内に、獲物の処置が終わったみたいだ。
キュウイを首を包み込むようにしていた水球がふわりと浮かび上がり、俺の方へと戻ってくる。
と、俺がスイと指を動かすと、傷口を覆っていた水球が、俺が掘っていた穴の中に自ら飛び込み、あっという間に地面に染み込んでしまう。
と、俺はキュウイの腹をかっさばき、内蔵を掻き出して、それを掘っておいた穴の中に埋め、後は羽毛をむしり取らなければならないが、こっちは獲物の大きさを考えるとこの場でやるのはちょっと面倒だ。
なにより、キュウイの羽毛はいろいろな日用品に利用できる。
この血抜きの魔法で作った水は冷水であることを考えると、すぐに処置をしなくてもそう簡単には肉が痛むこともないだろう。
ということで、俺は処理を済ませたキュウイを背中に担いで里への帰路につくことに――、
しかし、人生、本当になにがあるかわからないものだ。
つい最近まで、日がな一日、剣を振っていた俺がこんなのんびりとした暮らしをしているとは――、
そう、俺がこんな穏やかな暮らしを送れるようになったのは最近のこと。
少し前まで、俺はとある騎士団の一員として活動していたのだ。
人族に奪われた里の宝を取り返すだの、エンジュの結界が危ういだのと、一族の上層部が言い出した、くだらない目的で作られたエルブンナイツという組織の一人として数えられていたのだ。
そもそも、狩りで身を立てていた俺達が剣を握ったところで、本職には敵わないだろうに、上の奴等はなにを思ってあんなことをしたんだろうな。
たとえ、それが建前だったとしても、ご立派な使命があるなら、里のみんなに素直に協力を頼めばよかったのだ。
それを協力を求めるでなく俺たちにやらせようとは本当に無茶苦茶としかいいようがない。
そもそもだ。
荒事に慣れている里の奴等を見てみろ。
あんなエルフらしからぬ体を持つ一族に俺達がどうやって勝てというのだ。
上の連中はどこからか手に入れてきた強力な魔剣に魅入られて自分達の力を見誤ったのだろうな。
俺達は俺達の得意分野で里に貢献して、森の問題は里に暮らす皆で解決すればそれで良かったのだ。
それをやれ先達の無念を晴らすだの、このままでは森が滅びるだけだのと、盲信からかなんなのか、不安を煽って多くの同胞を巻き込んだ。
しかし、それももうどうでもいいこと、すべては終わったことなのだから。
馬鹿な連中が思いのままに暴走して、馬鹿なことをしでかした結果、それはもうこてんぱんにやられて地獄に堕ちたのだ。
最大戦力だった魔剣持ちを数人抱える部隊がやられた時点で気づくべきだったのだ。
結局、どんなに強い武器を手に入れようと、使う者がヘボではどうにもならないと。
それを相手が卑怯な手段を使ったなどと騒ぎ立てて、さらなる強硬策に出るなど、本当に上の奴等は都合のいい指示を出すばっかで現場のことなんかなにもわかっちゃいないんだ。
まあ、そんな上層部の馬鹿な行動に巻き込まれる形で、地獄のような場所に送られてしまった時には本当にどうなることかと心配もしたものだが、最終的に上層部が馬鹿にしていた剣の一族に助けられて事なきを得た。
それどころか、上層部が心配していたことも、剣の一族が解決したというではないか。
本当に、あいつ等は、なんの為にあんなことをしたのかと首を捻るばかりである。
まあ、そういう連中は、いまもあの地獄のような場所にいて、現状を知らないから、まだ同じようなことを言っているかもしれないが、
早く悪い夢から醒めて諦めてしまえばいいのにと、個人的にはそう思う。
そうすれば、俺のように今迄の――、いや、今迄よりも平穏でやりがいのある暮らしが手に入れられるのだから。
そう、剣の一族に助けられて俺の生活は一変した。
剣の一族から提供された〈メモリーカード〉なるアイテムで、弓の腕を鍛える以外にもいろいろとできることが増えたのだ。
いま俺は、木や動物の皮、石材なんかでアクセサリを作る勉強をしている。
最近では随分と上手く作れるようになって、一族以外の女性からも話しかけられるようになった。
本当にあの騒ぎはなんだったんだろうな。
まるでなにかに憑かれていたかのような騒ぎだった。
獲物を担ぎ、里に戻った俺は、広場に突き立てられた魔剣を見つめ、そう思うのだった。
◆これにて十一章は終了。
次回から夏休み編に突入です。