●ティターン潜入作戦
時を遡ること一ヶ月ほど前、それはまだ六月の半ばのこと。
精霊たちが住まう森の奥深く、『夜の洞窟』の浅層に広がる地下庭園に暮らす妖精飛行隊は、虎助より届けられた潜入作戦を行おうとしていた。
荒々しく穿たれた洞窟の天井の大穴から降り注ぐ光の下、幻想的な花畑の中央にデンと置かれた黒い玉座に座る銀髪の少女マオを中心に、それぞれが配置につく妖精達の眼前に浮かぶ魔法窓。
虚空に浮かぶ仮想のモニターに映し出されるのは、太い鉄骨と魔獣の骨、丈夫な魔獣の革で作られた超巨大なテント。
これはボロトス王国にある大渓谷で発見された超巨大ゴーレム、ティターンを覆うように建てられた超巨大テント、その屋根付近から侵入した蒼空から送られてくる映像だ。
そんな映像を目の前に、妖精飛行隊のリーダーであるフルフルは、手元に浮かべたBB弾サイズの金属球、仮想コントローラーを握り込むようにして。
「じゃ、後は私に任せてよ」
「あ~あ、わたしがやりたかったのに――」
「わがまま言わない。みんなもモスキートを使ってフォローしなきゃなんだから」
「でもでも――」
フルフルの頼もしい宣言に『自分が作戦のメインに携わりたかった』と騒ぐ妖精たち。
今回の任務のメイン機を操る役目は厳正なるじゃんけんの結果決められたものだった。
この結果は誰にも覆せない。
そして、その役目をゲットしたフルフルは少し自慢げに鼻を鳴らし。
「ってことで、マオ様、私のネズレムを出してくださいな」
「……ん、放出した。どう?」
自分の目の前に浮かぶ魔法窓に送られてくる、ネズレムの起動データを素早くチェック。「オッケーです」と返事をすると。
「ちょっと大きいから見つからないように慎重にね」
この作戦の統括役のしっかり者の妖精リィリィがマオの肩口からそう言って、フルフルが「うん」と頷き、真剣な顔つきでネズレムを操作し移動を開始する。
ちなみに、フルフルが操るネズレムがどうやってこの超巨大な天幕の天井付近を移動しているのかというと、天幕の骨組みである太い鉄骨にしがみつくようにしてである。
ただ、その移動に関する挙動は、ネズレムに搭載されるプログラムによって処理をされているので、動かす側のフルフルとしては別に難しいことをしているわけではなく、単純に魔法窓から得られる情報を元にどこをどうやって移動するのかを決めているだけだったりする。
と、ネズレムは天井に張り巡らされた魔獣素材で作られた軽くて丈夫な骨組みを進み、テントを支える巨大な石の柱を伝い、三階と表現していいだろうか、巨大テントに鎮座するティターンの胸部を取り囲むように作られたコの字の足場に辿り着く。
すると、この作戦に挑むに至って、あらかじめ妖精達の手によって各所に配置をしてもらっていたモスキートからの情報に進路を決定、フルフルはその報告に従って目的のティターンへと近付いていくのだが、
「……ん、フルフル『ん、なんだ?』」
フルフルの操るネズレムが、ティターンに到達するまで、あと数メートルと近付いたその時、マオが警戒の声を発し、それに重なるように若い男の声が飛行隊の誰かが覗く仮想モニター越しに聞こえてくる。
どうやら研究員の中に目端の利く人物がモスキートの死角に潜んでいたようだ。
ティターンに向かって走り出すネズレムに気付いたみたいだが、テント内にネズミが侵入してくることはよくあることなのかもしれない。
『ネズミだよ。ネズミ』
『うわ。本当だ。ネズミってこんなところにまで登ってくるんだな』
緊張感の欠片もない会話をする二人の男。
ただ、場所が場所だけにこのまま放置というわけにもいかないようである。
『調査に使ってる魔導器なんかを齧られたりしたら面倒だ。警備に毒エサを用意するように言っておいた方がいいかもな』
『そうだな。下に降りて報告しておくか』
男達はそう言い合いながら階段に向かって歩き出し、その様子をモスキートで確認したところで、花園にいた一同はホッと一息。
「危なかったね」
「まさか見つかるなんてね」
「わたしが変わろっか」
「い、いまのは仕方ないでしょ」
いま見つかったのは状況的に仕方がないだろう。
しかし、失敗は失敗だ。
「じゃ、次見つかったら交代ね」
「えぇ~」
「ゲームみたいに三回見つかったら交代とかでいいんじゃない」
「あ、それ、面白そう」
「「「「「決定」」」」」
みんなネズレムの操作役がやりたいということで、不満そうなフルフルの声はスルー。
あっという間に決まってしまった謎のルールに、フルフルはまた「えぇ~」と不満そうな声を漏らすのだが、たった一人が反対をしたところで多勢に無勢、已む無くフルフルは緊張感を高めてネズレムを操り、ティターンの空色のボディーを駆け上り、一気に肩の上まで到達したところで眼下で動き回る帝国兵を見下ろしながらも。
「どこから中に入れるんだろ」
「やっぱ腕の入り口じゃない」
考えをまとめるようなフルフルの呟きに、返事をしたのは巨大テントの最下層を監視するモスキートを操っていたレナレナだった。
「でも、下まで降りちゃうと人がいっぱいいるよ」
「だったら上からだね」
「だね。入るトコが見つからなかったら削っちゃえばいいんだし」
ティターンの装甲は銅をその主成分とした下位魔法金属のブルーで作られている。
通常なら、そんな装甲を削り切るなど簡単にできることではないのだが、ティターンに使われているブルー以上の魔法金属で素体を持つネズレムならそれも可能である。
「だったら見つからないように頭のところまで行っちゃう?」
「……脇のところ」
「そういえば虎助様も言っておりましたね。もし見つかっても小さな穴なら壊れてたで済む確率が高いからと」
「そうなんだ。なら、そうした方が良いかもだね」
「じゃあ、削るのはパルのモスキートがいるこの辺?」
「う~ん。本当に壊すのがここだから、ちょこっと離れたところが良いんじゃないかな」
「そっか、じゃ、この脇の下のトコを削っていくから、マオ様、蒼空からの監視をお願いね」
「……任せて、パルパル、ルリルリ、一緒に監視」
「りょ――」「わかりました」
ということで、ティターンへの侵入孔をどこに作るのかを選定。
フルフルの願いを受けたマオが、ネズレムがいるティターンの右脇付近を監視できるモスキート担当の二人に協力を要請して、指定されたその二人が警戒に入ったところで、フルフルはネズレムを操作して、ティターンの装甲を削り切るべくネズレムを動かす。
ちなみに、この侵入孔を開ける作業は、アダマンタイトの粉末が混ぜ込まれたネズレムの前歯によって行われる。
可能な限り音が出ないようにとゆっくりとその歯を動かしティターンの装甲を削るネズレム。
正直、周囲でもガチャガチャと作業をする音が響いているので、ここまで慎重にする必要はないのだが、つい先ほどのこともあり、ここは慎重にと、フルフルはいつものお調子者の顔を潜ませ、慎重に切削作業を行うこと三十分。
そろそろ妖精が本来持つ気まぐれな性格が顔を出しそうになり始めた頃、カコッとティターンの脇の下の装甲が十センチほどの円に切り取られ。
「お、穴が空いた」
「どれどれ――」
一部、飽き飽きと監視作業の片手間にゲームをしていた妖精達が集まってきて、
「でもコレちょっと目立っちゃわない」
「そこはカモフラージュ用に渡されたシートで隠せば」
「そっか、あれを貼り付ければなかなか見つからないのか」
ちなみに、妖精達がいっているカモフラージュ用のシートというのは、今回の作戦のために万屋が用意した青いビニールテープのようなアイテムで、市販の粘着テープにブルーから作った塗料を錬金しただけの単純なものである。
しかし、その丈夫さは万屋の折り紙付きで――、
「取り敢えず、これで入れる場所が確保できたから、モスキートを何匹かこっちに回してよ」
「おkおk」
監視をしてくれていた数人が自分のモスキートを操り、ネズレムが開けた穴からティターンの内部に侵入。
最後にネズレムがテープを器用に貼り付けながらティターンの内部に入ったところで、フルフルの第一声がこれである。
「あのさ。これ、中、すっかすかなんだけど」
ネズレムの視界を通して見るティターン内部は、その厳しい外見とは裏腹にほとんど空洞のような状態だった。
そんなティターンの内部映像には、マオはもちろん、妖精の面々も一瞬戸惑いを見せるのだが、しかし、ティターンがシンプルな構造であることは、以前、万屋でティターンの考察がされた時、すでに示唆されていたことで、それに、ここまでシンプルな構造なら逆に好都合。
「大きさ以外は簡単なゴーレムって話だから仕方がないんじゃないかなあ」
「でも、これなら壊すのも簡単そうじゃない」
「そうだね。けど、どこに爆弾を仕掛けたらいいんだろう」
「やっぱり予定にあった肩の関節とかじゃない」
「それだと一発で全部壊すのが難しくならないかな」
片腕だけでちょっとしたビルくらいはあるティターンの腕の関節は、それだけでかなりの太さになる。すると、単純な爆破でそのすべてを破壊することは難しく、なにより、ティターンの装甲は一応ではあるが魔法金属なのだ。
「う~ん、言われてみると、これを壊すのはちょっと面倒よね。それなら中にある線の方が確実かも」
「というか、これ、内側はブルーじゃなくて、ただの鉄ですよね」
「言われてみれば」
「そうなりますと、そこまで計算して設置しなくても――、
しかし、爆薬には数の限りがありますから」
「で、結局どうするのさ」
「そうですね。ここは当初の予定通り、関節部に、しかし、万が一に備えて魔素などを伝達するような部分にセットするのはどうでしょう」
「じゃ、そういうことで、フルフル、例のものを出してよ」
「待って待って、いま出すから」
物騒なことをさも気軽に決められるブリーフィング。
そんな決定にフルフルが少し慌てたようにネズレムに付与されているマジックバッグから取り出させるのは、ネズレムとほぼ同じサイズの赤い宝石が埋め込まれた電子部品のような物体。
「これがディロックを使った爆弾?」
「……遠隔操作ディロック」
「ええと――、マオ様が言うようにメモリーカードに入ってる魔法で遠くから好きな時に爆発させられるみたいです」
「好きな時に爆発? それはすごいね」
「ちなみに、その形はゴーレムの部品にって間違えさせる為のようですね」
「たしかに、これならゴーレムの部品と勘違いしちゃうかも」
「なら、それらしいとこにセットしたほうがいいんだよね」
「ですね」
「だったら、じゃんじゃん設置していこうよ」
「いえ、そこはちゃんと考えませんと」
ということで、ここからリィリィを中心に遠隔操作のディロックをセットしていき、ティターンの全身に数十ものディロックを仕掛けたところで、その監視の為のモスキートを残し、フルフルの操るネズレムはティターンの身体部分の底部に穴を開け、地面から超巨大テントを脱出するのであった。
◆今回、登場したゴーレムやアイテム。
ネズレム……リスレムと同時期に作られた体長十センチ程度の探索ゴーレム。体が小さく隠密行動に適しているが、逆にバッテリー代わりの魔法金属を積み込む尻尾が小さいため、探査魔法の発動と活動時間に限界がある。
遠隔起爆ディロック……ディロックに魔法金属製のリング型起爆装置と遠隔操作用の魔法式を記録させた超小粒のインベントリを組み合わせたマジックアイテム。ちなみに、今回、カモフラージュのために取り付けられた、ゴーレムの内部部品のような部分は装飾であると同時に、サラマンダーの火血などを混ぜ込んだ爆発補助剤だったりする。
◆次回は水曜日に投稿予定です。