●ガルダシア領の洗礼
◆今回はマリィの収めるガルダシア自治領の日常回(?)です。
「ん、なんですかあれは?」
場所はガルダシア領内、唯一の村、コッペ村。
傭兵の案内で初めてこの村を訪れた商人が、荷馬車の上から驚愕と疑問の入り混じった声をつい出してしまったのは、村人に伴われ歩いてくる銀色のロバを見つけたからだ。
「ああ、ありゃ、ここの姫様が村の奴等のために貸し出してくださっているゴーレムでさぁ」
「ゴーレムを貸し出すですか。
ただの村人に?」
ゴーレムといえば戦略拠点に配備されるような魔動機である。
そんなものをただの村人に貸し出されるというのはどういうことなのか。
もしかして、この村になにか危険が迫っているとか?
普通ならありえない状況に、無駄に勘ぐって聞き返す商人だったが、傭兵の方は平然としたもので。
「どういうことって、そのままの意味ですぜ。ここの姫様が村の生活を良くしようと、みんなで使うようにって貸し出してくださってるんでさぁ」
傭兵曰く、このゴーレムはすべて村を潤すべく領主様から貸し出されているものだという。
ただ、それを聞いた商人は納得できない。
ともすれば戦略級兵器として扱われる魔動機、それがゴーレムである。
それをたかだか『村人の生活を良くする為』などという、ほんわかとした理由から貸し出すなどと、そんな話は聞いたことがない。
しかし、そんな商人の考えとはうらはらに、傭兵としては村人から聞いた話をそのまましているだけ。
「そこはお抱えの錬金術師が作ったとかなんじゃないですかねぇ」
傭兵もゴーレムが規格外に高価な魔動機だということはなんとなく知っている。
ただ、その理由はゴーレムを形成する素材が高価であることもさることながら、実用レベルのゴーレムを作れる錬金術師の数が極めて少ないからだ。
だったら、圧倒的な財力と希少な錬金術師を用意できる人脈さえあれば、商人が言うほど難しい問題でないのではないか、傭兵がそんな予想をしたところ、商人も「成程、そういうことから――」と、一瞬納得しかけるものの、ものがものだけに盗まれたりする危険性もあるのではないかと、またブツブツと独り言を始めてしまい。
「それも大丈夫だと思いますぜ。
あのゴーレム。あんなナリをしてやすが、相当強いゴーレムだそうですから。
実際、アレを盗もうとした一団が何度も返り討ちにされたそうですぜ」
そう、商人が考えた危惧はすでに起きたことなのだ。
しかし、そのどれもが成功することはなかったことで、
「返り討ちですか、それは――、
いや、相手はゴーレムなのだから当然といえば当然ですか」
ゴーレムというのは基本そのどれもが強力な戦闘兵器である。
中には純粋な労働用ゴーレムもいないことはないが、そういうゴーレムでも少なからず戦闘能力を持っているというのが一般的な認識であった。
そんなゴーレムを盗もうだなんて割にあわないというのが傭兵の意見のらしい。
ただ、それならそれで、いろいろとやりようがあるのではあるまいか。
あくまで仮定としながらも、思い浮かぶいくつかの方法を考える商人。
しかし、そんな商人の姿は傭兵からみると相当危険な兆候であり。
「旦那、変なことを考えているんなら、俺達との契約が切れてからお願いしますぜ。
俺達もこの村に入れなくなったら困りやすから」
もしも変なことを考えているなら、きちんと契約が終わってからだと、そんな傭兵の言葉に商人は慌てたように。
「いやいや、私も別に奪おうだなんて考えていないですよ。
ただ、やりかたによっては奪われる可能性もあるのではとちょっと考えただけで」
なにしろ、ゴーレムというのは、そのゴーレムの性能にもよるのだが、それが一体あるだけで、一武装集団、もしくは一つの要塞を手に入れたと同義ともされるものであり、たとえそれが民衆向けのものだとしても、人によっては喉から手が出るほど欲しいものであるのは間違いないものだった。
ゆえに商人は、下手な貴族に目をつけられたら面倒事になるのでは?
そんな可能性を言い訳のように口にするのだが、そんな商人に対して傭兵が言うのは、
「ああ、それなら、もうどっかのバカ貴族が私兵をけしかけて返り討ちにされてやすから、下手に手を出す人間も、もういないと思いやすぜ」
「……貴族の私兵を返り討ちですか、それは大丈夫だったのですか」
商人が心配しているのは、その戦闘による被害だろうか、それともその背後にあるだろう権力による二次被害だろうか。
ただ、そのどちらの心配もこの領地では殆ど意味がなく。
「ここを取り仕切っているのは【ガルダシアの五指】に数えられる本物のお姫様でやすから、それに自治領ってやつの中じゃ、外の法はまったく意味がないって話ですぜ」
「そうか、そうだったね。ここはそういう場所だった」
ここがどういう場所なのか、商人もここに来る前にそれなりに調べていた。
しかし、まさか眉唾話だったもののほとんどが本当に噂通りだったとは――、
そのことを改めて思い知らされた商人はため息を吐くように感心して、
「ま、悪ささえしなけりゃ、この領地はどこの領地よりも暮らしやすいところでやすから、きっちり決まりを――っと、なんだってんだ?」
傭兵の言葉が途中で詰まってしまった理由は、自分たちが乗っている荷馬車の横を、先ほどすれ違ったばかりのゴーレムが猛然と駆け抜けていったからだ。
二人はどうしてゴーレムがそんな行動を取ったのか、その唐突な行動が気になって、そのゴーレムの後を追いかける。
すると、村の外れ、畑を取り囲むように建てられた、丸太を組み立てただけの高塀の周りに人集りが出来ており。
荷馬車を降り、その警護を部下たちに任せた二人はその人だかりの最前線に辿り着くと。
「なあ、なにがあったんだ」
「あ、ああ、村の畑に魔獣が出てな。逃げ遅れた子供が襲われてんだ」
「そりゃ大事じゃねぇか。人をかき集めた方がいいのか」
村の中に魔獣が侵入した。
それがもし本当なら、傭兵もその立場から協力しなければならない。
それが彼等各地を渡り歩く傭兵の義務であり信用を高める一員となっているからだ。
しかし、そんな逼迫した事態にも関わらず村人は意外と冷静なようで、
「いや、子供たちは魔法障壁で守られているし、いま姫様のゴーレムがついてくれたからな。
あと、若い奴等が役所に走ってるから大丈夫だと思う」
と、そんな村人の声に駆け上った高塀の上から問題の現場に目をやると、体勢を低く、半透明の魔法障壁の中で警戒態勢を取る子供たちを守るように立ちはだかるゴーレムがおり、その向かいに悠々と佇むのは白き毛皮を持つずんぐりむっくりとした巨猿の魔獣が見て取れた。サスカッチと呼ばれる魔獣である。
にらみ合う両者。
先に動いたのはサスカッチだった。
そのずんぐりとした体には似つかわしくない軽快なダッシュで子供を守るゴーレムに迫ると、大きな腕を振り上げて手の平を振り落とす攻撃を繰り出していく。
しかし、
ヴイィィィィィンと低音の響きが周囲に撒き散らされ、次の瞬間、宙に舞ったのはサスカッチの右腕だった。
飛びかかっていったサスカッチの腕がゴーレムの背中から伸びた奇っ怪な剣によって切り裂かれたのだ。
「おお、なんだありゃ」
サスカッチの腕を切り裂いた見たことがない武器に驚く傭兵。
「ありゃ『ちぇーんそー』だよ」
「GUGAaaaaaaaaa――」
その疑問に村人が答える声に重なるように、遅ればせながら右腕を失ったことに気付いたサスカッチが叫びのたうち回る。
すると、そんなサスカッチの状態を見てか、まるで事前に訓練されていたかのように、迷いなく魔法障壁の一部を解除した子供たちが内壁に向かって走り出し、どこからか急に現れたメイドが逃げる子供のフォローに回る。
と、そんな動きをサスカッチが察知、獣としての本能か、痛む腕を抱えながらも怒りの形相で逃げ出した子供に飛び上がらんとするのだが、いざ上半身を起こし残る左手で地面を掴み子供に向かってジャンプしようと体を屈めたその瞬間、
バチィ――、
どこからか飛んできた魔弾が今まさに逃げる子供に襲いかからんとしていたサスカッチにヒット。
その魔弾を受けたサスカッチは、ビクンとその巨体をのけぞらせて前のめりに倒れ、そのまま動かなくなる。
と、そこへもう一人のメイドが空から降ってきて――、
斬っ!!
シンプルかつ細身の直剣で、もこもことした毛皮によって判別しづらいサスカッチの首を綺麗に切断。サスカッチは二度と目覚めぬ黄泉へと旅立つことになる。
そのあまりにあっけない幕切れに唖然とする傭兵や商人を始めとした外部の人間。
一方、そんな外部の目の注目に晒されるメイド達は、そんな周囲の反応を気にすることなく、剣についた僅かな血をこの世界では貴重とされている薄紙で拭き取り、簡単な手入れをしたその剣をどこからか取り出した箒の鞘に収めて軽やかにカーテシー。
コホンと喉を鳴らすとパンパンと手を叩くと。
「ハイハイみなさん。魔獣は退治しましたよ。仕事がある人は仕事へ、手が空いている人は解体を手伝って下さいね」
と、そんな明るいメイドの声に救助された子供たちは親元へ。
幾人かの村人がメイド達の号令でいま倒されたばかりのサスカッチの処理を始め、それ以外の者は平静を取り戻し、それぞれに自分達の仕事へと戻っていく。
ただ、ただその場には少なからず立ちすくむ者も残されており。
「……あ、あの方々はなんなんですか」
「そりゃあ見たままでやすぜ。領主様のメイドに決まってるでやしょう」
彼女達は一様に立派なメイド服を着ていた。メイド以外のなにものに見えるだろうか。
唖然とした商人の呟きに傭兵が答えるのだが、しかし商人としては目の前で起きた事実が信じられない。
「いや、あれはメイドの手際じゃないでしょう」
とはいえだ。
「実際にできてますからねぇ。
それにここには血染めのエプロンがいるらいですから」
血染めのエプロンというのは、数年前、王宮で起きた国を揺るがす事件の際に、恐るべき武力を見せつけたとあるメイドの字名である。
傭兵はそのメイドがこの領地にいるというのだ。
「血染めのエプロン……、
実在したのか」
「あっしも、そこまで信じていなかった口でやすが、これを見せられちまうと――」
一見するとただのメイド。それがこうもあっさりと魔獣を屠るのだ。
その裏にどんな大物が隠れていても不思議はないだろう。
村人に貸し出されるゴーレムにメイド達の恐るべき戦闘力。
それらをまざまざ見せつけられた商人は、この村――、いや、この自治領の底知れなさを否応がなしに再確認させられるのだった。