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●おいていかれた冒険者

 それはオールード公爵家での騒動から一日ほど前、

 オールード家三女、セリーヌ=オールードの依頼を受け、彼女の姉であるアビゲイル=オールードの安全確保にやってきた女性四人組の冒険者パーティ『白盾の乙女』は、いま赤銅色の小柄な人形ゴーレム・エレインに連れられアヴァロン=エラを歩いていた。


 正直、この状況は彼女達『白盾の乙女』としても、よくわからない状況なのだが、

 とにかく、彼女達『白建ての乙女』は、セリーヌの援助もあって、隣国に逃げたとされていたアビゲイルの足跡を追いかけていたのだが、とある村でアビゲイルの目撃情報を入手、その真偽をたしかめるべく、アビゲイルが向かったとされる空白地帯の調査を行っていたところ、とある森の入口で、どこの所属かわからない兵士達からの襲撃を受け、その兵士から逃げ回っている途中に強力な魔獣に遭遇、その結果、こんな訳のわからない場所に連れてこられてしまったのだ。


『ここでお待ち下さい』


 と、そんな疲労感漂う『白盾の乙女』達が案内されたのは、とあるテント。

 地球という惑星でいうところのグランピングと呼ばれる贅沢過ぎる野外宿泊に使われるようなテントだ。

 ちなみに、そんな豪華なテントの中にはふかふかのソファベッドやら、花の飾られたおしゃれなテーブル、装備品を置くためだろうゆったり大きめのシェルフなどが見て取れる。

 『白盾の乙女』達はその思わぬ待遇に大きく目を見開きながらも。


「あの、本当に我々がここを使ってよいのですか」


『はい。テント内のものはすべてサービスとなっております』


 パーティのリーダー、大きな盾を背中に担ぐエレオノールがおそるおそるした質問に、赤銅色の小型ゴーレムのエレインは、そのつるりとした頭の上にポンとフキダシを浮かべてそう答えると、可愛らしい仕草でお辞儀をして『なにかありましたらあちらの売買カウンターにお申し付けくださいませ』と、そのテントから去っていく。


 そんなエレインのゴーレムらしからぬ対応に、エレオノールは「さすがは勇者様の計らいですね」と、今回この場所へと導いてくれた有名冒険者の心遣いに感謝しながらも、先にテントの中に入っていった仲間たちの後を追うようにその中へと足を踏み入れ、まずは怪しい仕掛けがないかとテント内の美品にチェックを入れる。


 すると、テントの片隅に小さな白い箱を発見。

 ありえないとは思うが、念の為、トラップの有無をパーティの斥候を務めるココに確認してもらい、その箱を開いてみると、箱の中から冷たい空気が流れ出してきて、


「これは氷蔵のマジックアイテムですか。

 飲み物も用意してあるようですが、これは飲んでいいものでしょうか」


 見慣れない透明な容器に不思議そうに呟くエレオノール。


「自由にしていいって言ってたしいいんじゃないんすか。

 お酒とかあります?」


 その呟きに軽口を叩くのは、先ほどこの白い箱に変な仕掛けがないことを確認してくれたココだ。


「仕事中よ」


 しかし、そんなココの軽口に魔導士のリーサが口をとがらせて、ココはそんなリーサの注意に「冗談っすよ」と肩をすくめ。


「でも、なにか飲みたいってのは本当っすよ。なにしろ今回の仕事はなかなかの強行軍だったっすから」


 ただ、ココのうんざりとした意見はメンバー共通の思いのようである。

 リーサが少し疲れたように腰に手を置いて。


「そうね。せっかくだから、ここはありがたくいただいた方がいいのかしら。

 エレン、どんな飲み物があるの」


「水かお茶か果実水といったところですか。

 他にもいろいろあるようですがこちらはちょっと見たことがないものなので――」


 後ろから覗き込むようにするリーサに、冷蔵庫の前に陣取っていたエレオノールは自分がわかる範囲でその中身を説明していき。


「それなら私はそのオレンジの果実水で」


「じゃ、自分はぶどうでお願いするっす」


「レモンで頼む」


 それを聞いたメンバーがそれぞれリクエスト。

 エレオノールは仲間たちの注文に白い箱の中からそれぞれにあった果実水を取り出して、メンバーに渡していくのだが、

 その珍しい透明な容器を受け取ったココが、


「あれ、これどうやって開けるんすか?」


「ん、えーと、ああ、蓋に矢印が書いてあるからその方向に回すんじゃない」


 すぐ横から聞こえてきた疑問にリーサがその容器を回すように見て、ふたに書かれていた矢印にそう言う。

 すると、ココはその通りに蓋を開け、プシュッと溢れ出した中身を反射的に「おとととと」と慌てたように口で受け止めて。


「って、コレお酒?」


 口に広がる刺激に驚くココ。

 と、そんなココの声にリーサがその手に溢れた液体に鼻をひくつかせ。


「そんな匂いはしないわよ。

 ……もしかして、これ、炭酸水ってのじゃないかしら?」


「炭酸水?」


「私もよく知らないけど、エールみたいなシュワシュワが入った水のことをそう呼ぶらしいのよ」


 リーサは、あくまで知識として知っているというだけであって、実物を見たことはないとそう言って、


「それで果実水を割ったってことっすか、それってかなりお高い飲み物なんじゃ――」


「そうね。

 でも、自由にしていいって言うんだし、飲んでもいいんじゃないかしら。

 それに炭酸水はエールと同じで封を切っちゃったら飲まないといけないものだから。

 もったいないから飲んじゃいなさい」


 一度、栓を開けた炭酸が抜けていってしまうのはエールでも同じこと。

 飲んでしまわないともったいないというリーサに、ココは少し躊躇うようにしながらも、しかし、リーサの言わんとすることもわからないではない。


「じゃ、じゃあ。飲みますけど。ホントにいいんすよね」


「いいから飲んじゃいなさい。多分……」


「多分って、うぅ、適当っすね。

 でも、開けちゃったからには飲まないってのは勿体ないっす」


 ココはリーサに恨めしげな視線を送りながらも――ゴクリ。


「――って、これ凄く甘いっすね。さっきは咄嗟で気づかなかったっすけど」


「そ、そうなの。じゃ、じゃあ、私も……」


 その美味しさにゴクゴクと喉を鳴らして容器の中身を流し込んでいくココに、リーサは『これ、自分も飲んでもいいんだよね』と、そんな声が聞こえてきそうな視線を周囲に送りながらも、おずおずとその蓋を開けて――、


「あ、本当だ。おいし」


 いざその果実水を飲んだところ、その甘さに驚き。

 そんな二人のリアクションに他の仲間たちも続けてその果実水を堪能。

 その後は女子らしくワイワイと一頻り騒ぎ立てて、

 一息ついたところで、エレオノーラがメンバーに聞いていくのは、


「さて、これからどうする?」


「どうするって、後は帰るだけなんじゃないんすか」


「馬鹿ね。アビゲイル様の無事を確保するまでが依頼内容でしょ。それが確認できるまで帰れないわよ」


 エレオノールからの問いかけにあっけらかんと話すココ。

 そんなココにリーサがややキツめの口調でそう返すのだが。


「でも、アビゲイル様、無事だったっすよね」


「敵がいるかも知れない森の中で無事だっていっても意味がないでしょ」


 そう、彼女達『白盾の乙女』への依頼内容はアビゲイルの安全確認(・・)ではなく安全確保(・・)だ。アビゲイルの無事を確認しただけでは任務完了ではない。

 ただ、リーサの意見の中には現実とは違う部分があって、


「森の中っすか」


「なによ」


「いやあ、だったらここはどこだって話なんすけど」


 言って、ココが視線を送るのはテントの外に広がるのは赤茶けた大地。

 そう、つい数時間前まで森の中にいたハズの『白盾の乙女』達。

 しかし、いま彼女達がいるのはどこともしれない荒野のど真ん中。

 ただ、それは周辺の地形を調べた彼女達からすると信じられない状況であって――、


「でも、あそこからこの短時間で荒野に移動なんて考えられないわよ」


「つまり、先輩はここも森の中だと」


「少なくとも国境沿いの空白地帯には変わりないでしょ」


 リーサが言う空白地帯というのは、各国が未開拓の魔獣の領域のことを指す言葉である。

 目隠しされていたとはいえ、その間の移動時間を考えると、およそ空白地帯を抜けられないというのがリーサの考えだ。


「でも、事前に集めた情報だと、こんな場所、国境沿いにはなかったっすよね」


 ココが言った『事前に集めた情報』はリーサも知っているがゆえにぐうの音も出ない。

 と、ココに論破され黙ってしまったリーサに変わり、口を開いたのはエレオノーラ。


「私としては転移陣を使った移動、聖国にあるようなものがあの森にもあったということなのではなかろうかと考えている」


「転移陣っすか」


 転移陣――、

 それはその世界に暮らす冒険者なら誰もが知っている魔法的なギミックの一つだ。

 有名なのはダンジョンなどに存在するトラップであるが、一部の国なのでは、そのダンジョンから、もしくはかつて存在した遺跡から、発見したそれを実際に使える状態で保持されているという話もあった。


「でも、あれって一種の国家機密だって話っすよね。

 だとしたら、ウチ達がここにいるのは少し不味いんじゃ」


 一瞬で長距離を移動できるとされるそれは、おそらく国としても最重要機密だ。

 不安というよりも、気を紛らわせる為の冗談という意味合いが強いのかもしれない。わざとらしく震え上がるようなポーズをとるココに、エレオノールが生真面目な顔で言うのは、


「かといって下手に動くのは止めた方がいいだろう。あのゴーレムに抑えられるのがオチだ」


「そうだな」


 と、エレオノールの声に答えるのは、いままでずっと静かにしていたアヤだ。

 アヤがテントの外、エレインが消えた建物を見つめてそう呟くと、ここでココが薄闇の中、光を纏ってそびえ立つモルドレッドを指差して、


「あの、デカい方じゃなくてっすか」


「あれは威嚇のためのものなのだろう。本命はあの小さなゴーレムだと思う」


「そうなんすか、ゴーレムは専門外なんでさっぱりなんすが、リーサさんはどう思います」


 アヤにはアヤなりになにか感じるものがあるようだ。荒野にそびえ立つ超大型のゴーレムよりも、自分達をここまで連れてきてくれたエレインを警戒するアヤに、ココはその職業柄、魔術に明るいリーサに水を向けるも。


「残念ながら私にもわからないわ。

 ただ、少なくともあのおっきいゴーレムも含めてここのゴーレムが、私の知らない素材を使ってるのは間違いないわよ。このテントの中にあるマジックアイテムの充実ぶりを考えるとアヤのいうことも間違ってないと思うわ」


 リーサは魔法使いの観点からそう言って首を左右に振って、


「しかし、私達がなにかされる危険は少ないと見ていいでしょう。

 今回の依頼は公爵家からのものですし、ここを案内してくれたのは、こちらの国でも有名な勇者達です。万が一、なにかあれば、ギルドも黙っていないでしょうから、今日はしっかりと体を休め、明日、夜が明けてからいろいろと情報を集めてみませんか」


「そうだな」


「わかったわ」


 エレオノールがリーダーらしく、そんなまとめをしたところで、その日は休息に当て――、

 翌日、『なにかあれば――』と言ってくれたエレインに会いに行くことにしたのだが、彼女達はそこで更なる混迷にさらされることになる。


「これ、本当にワイバーンの骨なんすか、意味がわかんねーんすけど」


「そう言われてもね。実際に買えちゃったんだから、それにリストにはこれ以上の素材もいくつかあったわよ」


「これ以上ってなると――」


「言わなくてもわかるでしょ。

 ちなみに、その相手とも戦えるみたいだからね」


 あえてその名を口にせず、それ以上の爆弾を放り込むリーサに、『アチャー』と額を抑えるココ。


「戦えるって、もしかしてテイムされてるとかっすか」


 それはそれで非常識だとは思うのだが、それならばこの鱗を売り出しているということもわからないでもない。

 しかし、現実はもっと斜め上であって、


「なんでも、そういう存在と訓練ができる魔導器があるみたいなのよ」


「うへぇ、これってもうさっさと帰るべきじゃないっすか」


「帰るべきってねぇ。さっきも言ったけど依頼内容を考えなさい」


「じゃあ、どうするんすか」


 そう言われてもとリーサが送る視線に、白盾の乙女のリーダーであるエレオノールは、腕を組んで目をつむり、しばらく考え。


「……わかった。今回の依頼はイレギュラーが多すぎる。

 とりあえずアビゲイル様に相談してみよう。場合によってはこちらで依頼を破棄してもらえるように」


「さすがリーダー」


「ただ、彼女が否と言えばそれまでだぞ」


調子のいい時だけリーダーをヨイショするココにエレオノールは苦笑しながらも、ただ、アビゲイルとの話し合いの結果によってはプロとして責務は果たさなければならないと釘を差し。

 とはいえ、さすがに一人で赴くのは憚られたようだ。

 そして、こんな早朝に不躾かもしれないと、そう思いながらも、仲間の中でも弁の立つリーサを連れて契約変更の交渉に赴くのだが、


「えと、アビーさんなら、今朝、公爵家に向けて、ここを立った後なんですけど」


「「えっ!?」」


「すみません。急ぎのことでしたので、みなさんへの報告を忘れていました。

 とりあえず、連絡を取ってみますので、しばらくお待ち下さい」


 エレオノール達は交渉に赴いた先にいた少年に申し訳無さそうな顔でこう言われてしまう。

 どうやら彼女達は置いていかれてしまったようだ。

◆『白盾の乙女』誕生秘話(大袈裟)


 『白盾の乙女』は当初『黒鉄の盾』というおっさんばかりのチームの予定でした。

 しかし、セリーヌが懇意にしているという設定から、おっさんグループよりも女性グループの方がいいかなと、急遽メンバー変更しました。

 エレオノールやアヤの口調が若干男っぽいのはその影響からです。


 ちなみに、『白盾の乙女』のメンバーは、下級貴族の末娘のエレオノール、東方の国出身の剣士アヤ、魔法学校を卒業した魔導士リーサ、お調子者の斥候ココというパーティ構成となっております。


◆次回は水曜日に投稿予定です。

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