あっけない幕切れ※
◆前回の続きで解決編(短め)です。
オールード公爵の回復から、今回の事件の黒幕らしき次男・マティアスとのわざとらしい会話があったその日の深夜、僕とサイネリアさんが見つめる魔法窓にはオールード侯爵の寝室に侵入する二人の美女が映っていた。
彼女たちは、数時間前、侯爵の寝室前で次兄マティアスと一緒にいた二人組。
どうやら、例の茶番の結果、狙い通りに――というよりも、そうするしかなかったのかもしれない――マティアス一派が動いてくれたみたいだ。
公爵の寝室に通じる廊下に配置される護衛を魔法で眠らせ、大胆にも直接公爵の寝室に入り込んできたのだ。
ちなみに、どうして僕達が部屋の外での出来事をそれほど詳しく把握しているのかと言うと、言わずもがな、屋敷の各所にスカラベ型のゴーレムを配置して監視していたからである。
その監視映像を見る限り、この美女二人組は潜入に便利な魔法を多数揃えた動ける魔導士のようだ。
その鮮やかな手際からして、侯爵への毒の混入も彼女達がしていたのではないかと思われる。
ただ、ここでそんな美女二人に残念なお知らせがある。
苦労して侵入したこの寝室にオールード侯爵はいないのである。
当然といえば当然なのだが、例の茶番でこちらから相手を誘ったのだから、オールード侯爵に危険を犯してもらう必要はないと、侯爵には、夕方頃、銀騎士の認識阻害を使って、誰にも気付かれないように他の部屋を移ってもらっていた。
よって、現在この部屋のベッドで眠っているのは、オールード侯爵その人ではなくペーパーゴーレム。
アビーさんが万屋から持ってきた式紙を使って作った人間大のペーパーゴーレムにかつらを被せて、オールード侯爵の影武者としてその場に寝かせてあるだけなのだ。
その出来栄えは所詮ペーパーゴーレムということでお察しのものではあるのだが、この暗闇と切羽詰まったこの状況から、彼女たちがペーパーゴーレムに気付くことなく何らかの強硬手段に出てくれれば、その映像が証拠となって、また一つ、マティアス一派を追い詰める材料となるということだ。
まあ、一番の目的は侵入者の身柄を確保することなんだけどね。
『しかし、まさか彼女達が来るとはね』
魔法窓に映る侵入者の姿に、念話通信を通じて呟くのは、オールード公爵家の自室でこの様子を見ているアビーさん。
「アビーは彼女達の素性とか知らなかったのかい?」
聞き返すのは友達が困っているということで、自ら今回のサポートを申し出たサイネリアさん。
『最近はずっと王都にいたし、マティアスは僕が家にいる頃からああいう感じだったから、彼女達もそういう女性の一人かと思っていたんだよ』
アビーさんとしては、彼女達は放蕩者の次男の愛人のようなものという認識だったみたいだ。
しかし、僕が見る限り、その身のこなしはなかなかのもので、警備の人員を眠りの魔法で無効化して、ここまで侵入してきた手並みを見るに、最初からそういう意図を持ってマティアスの側にいた人員だということが想像できる。
そして、寝室に侵入した彼女たちは、状況が状況だけに今回の状況が罠という可能性も考えているらしく。
探査とまた催眠の魔法かな?
部屋の入口でいくつかの魔法を発動して、周囲を警戒しながらベッドに近付くと、怪しげな小瓶を手に、そのベッドの中に潜り込むように横たわるオールード侯爵の顔を拝見しようと、その布団に手をかけるのだが。
「ぎゃっ」
二人組の一人が美女らしからぬ苦鳴を漏らし。
「と、かかったみたいだね」
ただ、さすがにこういう任務に出向くだけのことはあるか、多少なりとも麻痺への耐性があるようで、トラップにかからなかったもう一人の美女の手を借り、すぐに逃走に移ろうとするのだが、
そこのあらかじめ決められたプログラムに従いペーパーゴーレムが二人に抱きついて。
「サイネリアさん」
「わかってるよ」
タタタタタタン。
こんなこともあろうかと、認識阻害の状態で部屋の中で待機させておいた銀騎士でアサルトライフルを乱射。
複数発の睡眠の魔弾を命中させたところ、さすがの二人もこれには耐えられなかったみたいだ。
その場に倒れ込んでしまい。
「あっけなかったけど、これで終わり?」
「みたいですね。屋敷内で他に動いてる人もいないようですから」
例の茶番があって、まだ半日と経ってないから、準備もロクに整えられず、すぐに動けるのは彼女たちだけだったんじゃないかな。
スカラベから送られてくる映像によると、マティアスはマティアスで、自室でソワソワと彼女達の帰りを待っているようだし。
『じゃ、悪いけど彼女達を用意した部屋に運び込んでくれるかな。後は僕と父上で処理をするから』
「OK」
後の始末は僕達が口を出すことでもないだろう。
「さて、とりあえずはこれで解決かな。後の警戒はエレインに任せて僕は研究に戻ろうかな」
「僕も明日も学校ですから、この辺で――」
『ごめんね。こんな遅くまで付き合ってもらって』
「いえいえ、では、お先に失礼します」
『「おやすみ」』
◆キャラクター紹介・オールード公爵家※
アビゲイル=オールード……愛称アビー。オールード公爵家次女(正妻の娘)。魔獣・魔法生物・魔導器の研究者であり。いくつかのマジックアイテムを開発し、注目を集める新進気鋭の錬金術師。
ショーン=オールード……オールード侯爵その人。病床のロマンスグレイ。三人の妻がいる。
ヘルミナ=オールード……オールード侯爵の第一夫人。現在、病床の夫に代わり、長女などと共に政務をこなしている。
フレデリカ=オールード……オールード侯爵家長女。第一夫人の長子として、現在、病床の父の代わりに政務をこなす。本人の性格と家の格の関係でこの世界においてはかなりの行き遅れ状態となっている。
マグネス=オールード……オールード侯爵家長男(第二夫人の息子)。剣術に優れ、魔獣相手の従軍経験を持つ。脳筋であるが、領軍などにはその実力から人気が高い。
マティアス=オールード……オールード侯爵家次男(第三婦人の息子)。表向きは放蕩者として知られる。兄のように武の才能はないが、商才はそれなりにあり、一部の文官から指示を受ける。
セリーヌ=オールード……オールード侯爵家三女(正妻の娘)。普段は王都の学園に通う学生。年の離れた姉であるアビーとの仲は良好。
ショーウィ=オールード……オールード公爵家三男(第一夫人の息子)。数え年で十歳の少年。二人の兄に似つかわしくなく利発な男の子。
※末っ子の上に三人の姉(同腹)がいるのは、正妻の息子が欲しいと頑張った結果です。
二人の兄がアレなのは、その教育に妻の実家が口を出しているから。
◆次回は水曜日に投稿予定です。