復活の侯爵
◆長めのお話です。
「アビーっちって本当にお嬢だったんだな」
「本当に見違えましたの」
そんな外野の声を今どんな気持ちで聞いているのだろうか、豪奢な廊下を歩くのは、普段はボサボサの頭を綺麗にまとめ、無駄に豪華なドレスを着込んだアビーさんだ。
さて、アビーさんがどうしてこんな可愛らしい格好をしているのかというと、今からこの館の主であるショーン=オールード侯爵に会いに行こうとしているからだ。
アビーさんとしてはただ父親に会いにいくだけということで、当初、この格好になることを渋っていたのだが、相手は父親とはいえ侯爵様、そして、妹のセリーヌさんからニコニコと無言の圧力をかけられてしまっては逆らえないと、結局、セリーヌさんのなすがままに着替えることになってしまったという。
ちなみに、本人に言わせると『似合ってないんだからこんな格好させなくても』とのことなのだが、僕達――特に元春――から言わせると、前述のように、さすが公爵令嬢だけあって、こういう格好もまた決まっていると思うのだけれど、こういうものは本人の意識というのが大いに関係するのだろう。
ということで、アビーさんからすると、気恥ずかしいというよりも、ただただ鬱陶しいだけの長いドレスを引っ張って屋敷の中を堂々と歩き、オールード侯爵が療養しているとされる部屋へと向かうのだが、
いざ目的の部屋を目の前にしたその時、その部屋の中から、「イケメン氏ね」と、元春が思わず叫んでしまうような若い執事がちょうど出てくるところで、その執事が近付いてくる二人の淑女を見つけると。
『セリーヌ様と――、ア、アビゲイル様ではないですか!? どうしてこちらへ』
まあ、アビーさんはこの屋敷にいないと思われていたんだ。彼が驚くのも無理もないのだが、
『どうしてって、せっかく帰ってきたんだから、お父様の顔でも見ておこうと思ってね。そこを通してくれるかな』
たぶん彼としてはそういうことを聞きたかったわけではないだろうが、アビーさんはあえて空気が読めないような言葉を返し。
『ざ、残念ですが、いまお館様のお顔を拝見することは難しいかと』
『それはどういうことです?』
と、そんな若い執事の若干の焦りが読み取れる返答に訝しげな声を返したのはセリーヌさんだ。
そんなセリーヌさんの『なぜ娘が当主に合うことを止められるのか』という鋭さをもつ問いかけに、その若い執事はやや苦しげに。
『……現在、お館様は見せられる状態にないからです』
『見せられる状態にないとはどういうことです。お父様がそんな状態なのに、なぜ私はそれを知らされていないのですか、おかしいではありませんか』
『お、落ち着いて下さいお嬢様。それはマティアス様が動いてくださっておりますので』
ちなみに、セリーヌさんのこの反応はあらかじめ決めておいたものである。
そして、若い執事のこの反応。
これにより、現在この部屋の中にいる侯爵がどのような状態なのかをおおよそ把握でき。
『なぜお兄様が取り仕切っているのです』
いまこの若い執事が口走ったマティアスという人物は、このオールード家の次男の名前である。
ふつう、こういう場合の仕切りは妻か、長男、それとも長女がするものではないか。
それをどうして次男であるマティアスが取り仕切っているのか。
その理由はすでにわかりきっていることではあるが、この不自然な状況をセリーヌさんが滅多に出さない大声で騒ぎ立てていると。
『なにを騒いでいるセリーヌ』
そこへやってきたのは小さめの貴族服をマッシヴに着こなす大男。
短く切り揃えられたくすんだ金髪に筋肉質な体、その特徴から見て、彼が噂の脳筋長男マグネスその人なのだろう。
と、これまたマッシヴな中年の執事を引き連れてやって来たマグネスは、いざ騒動の中心に割って入ったそこでセリーヌさんともう一人、この場にいるはずのない人間がいることに気がついたみたいだ。
『アビゲイル。貴様、いつ帰ってきたのだ』
『セリーから連絡を貰いまして、今しがた――、
しかし、お兄様、これはどういうことです?
帰郷して、倒れられたお父様の顔を拝見しようと、お部屋に参りましたら、何故かマティアスの執事がここを取り仕切り、私を通してくれないではありませんか、こんな横暴があっていいのでしょうか』
騒いでいたセリーヌさんよりも大きな声で訊ねてくるマグネスに、アビーさんが普段は見せない淑女然としたスマイルでそう返す。
すると、マグネスはどうしてアビーさんがここにいるのかという疑問よりも、アビーさんが口にしたその内容の方が気になったみたいだ。
自らの執事と共に二人を引き止めていた若い執事をギロリと睨みつけ。
『どういうことだモッド。なぜ貴様が父上の側付きのように振る舞っている。バスタはどうした』
ふむ、マグネスの言い分を限り、倒れた侯爵の世話をもともとしていたのは、そのバスタという人物になるのかな。
『バ、バスタ様は現在、ペタへ出向いておられるヘルミナ様とフレデリカ様についております。私もマティアス様にそうするようにと言われただけで――』
ちなみに、アビーさんからの念話通信による解説によると、いま話しに出てきたバスタという人は、このオールード家の筆頭執事にして、オールード侯爵の秘書のような仕事をしている人物だそうだ。
しかし、そんな執事さんも、病床に伏しているオールード侯爵に代わり、各地へと視察に出ている第一夫人やら長女やらのサポートをしているらしく。
「ん、これってどういうことなんでしょう。僕達の予想が間違っていたんでしょうか」
「どうなのでしょう。侯爵が倒れたのはあくまで偶然という可能性もありますし、中途半端に倒れてしまったことで自分達が自由に動ける状況を作る必要があったという場合もありますの」
成程、アビーさんのお母さんやお姉さんが政務に出かけているのも工作の結果という可能性もあるのか。
「しかし、そのマティアスって人も何を考えているんだろうね。これって疑ってくれと言っているものじゃないかい」
サイネリアさんの言っていることは尤もなんだけど、それに関しては、計画の思わぬ足止めに、全部終わって権力さえ手に入れれば後はゴリ押しでなんとかなるとか、ちょっと強引な手に出たってパターンもあるよね。
と、アヴァロン=エラ側で僕達がいろいろと考えを巡らせていると、ここでまた騒動に新たな人物が参戦してくる。
『なんの騒ぎです?』
「ケッ、またイケメンかよ。しかも、えっろいお姉さんつきとか――、爆死しろ」
元春のセリフからもお分かりの通り、この緊張感漂う空気の中、現れたのは、金髪の貴公子とかそういう冠言葉が似合いそうな美男子だった。
連れている二人の美女を見るまでもなく、その怠惰な雰囲気からして、彼がオールード公爵家の放蕩者、次男のマティアスその人なのだろう。
ただ、彼が現れたことでまた騒ぎが大きくなってしまったらしい。
というよりも、これは長兄マグネスに責められタジタジになっていた執事モッドがなんらかの方法で応援を頼んだのかな。
そして、アビーさんから聞かされたオールード公爵家の内情を考えると、長男と次男、それぞれについている派閥の相性は最悪なんだと思われる。
その結果、急速に周囲の空気がピリピリしだし、特に双方から囲まれてしまった、モッドは針の筵状態となり。
「でも、これはチャンスですね」
「チャンス?」
「せっかく場が混乱してますから、この隙に乗じて、部屋に入ってしまえばいいかと」
『あっ、ああ――、そうだね。そうだ。サイネリア。お願いするよ』
「うん。わかった」
ということで、この混乱のどさくさに紛れて銀騎士がまとう認識阻害の効果を拡大。
ここにいる全員の意識がアビーさんとセリーヌさんから完全にそれたところで、さりげなく騒ぎの中心から離れ、双方が睨み合いをする現場を横目に見ながら、こっそりとオールード侯爵の寝室へ。
しかし、ようやく立ち入ったその部屋は広びととしながら寂寥な雰囲気を醸し出している部屋だった。
おそらく、まだ倒れる前はここで面倒な雑務に頭を悩ませていたのだろう。様々な資料とお酒の瓶が置かれた棚の近くには豪華な机が置かれ、そこから離れた場所にある天蓋付きのベッド。
ただ、その周りにはお医者様がいるだとか、誰か看病している人がいるだとか、特にそういう人はいないようで、
「誰かがついてるってわけでもないみたいだね」
「そうですね。もともとは誰かいたかもしれませんが、その管理がマティアスに乗っ取られたところで、先程のモッドだけがその見張りについて、来客を確認していたんじゃないですか」
部屋の入り口、扉のすぐ近くに用意されていた座り心地が良さそうな椅子と、小さなテーブルの上に置かれた本と紅茶、そんなくつろぎのアイテムを見て、僕がアビーさんの疑問に答えていると。
『お父様』
小さく叫ぶという器用なことをしたのはセリーヌさんだ。
部屋の外で騒いでいる人達に気付かれないようにとの配慮だろう。セリーヌさんが小走りでオールード侯爵が寝かされている天蓋付きのベッドへと駆け寄って、天蓋から垂らされる布の中に。
そんなセリーヌさんを追いかけ、僕達もそのベッドが見えるところまで歩いていくと、そのベッドの上には枯れ木のようにやせ細った中年の男性が一人寝かされており。
『これは――』
このオールード侯爵の状態は、さしものアビーさんもショックだったのか。
しかし、ここで呆けていても仕方がない。
「とりあえずスキャンを」
『わかった』「了解」
そう声をかけたところで、さすがは学者さんかな、素早くフリーズ状態から回復したアビーさんが侯爵にすがりついていたセリーさんをやさしく引き剥がし、サイネリアさんが銀騎士を操りスキャンを発動。オールード侯爵目掛けて緑色のレーザー光が迸る。
そして、そんなスキャンの結果はというと――、
『予想通り毒だったね』
「まあ、定番ですから」
古今東西、こういった権力闘争に毒が使われるなんて話はよくあることだ。
「でもよ。毒を盛られたってんなら、ふつうに調べてわかりそうなものなんじゃね」
「そこは多分、使われた毒が関係してるんだと思うよ」
魔法窓を操作、僕がみんなに見せたのは銀騎士がスキャンした毒の分析結果。
『うん。これは僕も知らない毒だったね。
というか、これが僕の知ってるキノコだったら毒はないハズなんだけど』
「それは、このキノコが育て方によって毒を持つになるキノコだったからですね」
おそれは万屋のデータベースから引っ張ってきた資料だと思われる、銀棋士のスキャン結果に添付された資料。それによると、そのキノコは一定の環境下で生育させると、その身に毒を発生させるのだそうだ。
地球でも以前に同じようなことがあったようだし、ここは魔法や錬金術が普通に存在する世界だ。なんらかの方法によって通常はありえない毒の成分を発現させる方法もあるのではないだろうか。
『それで、お姉様、お父様は助かるのでしょうか』
『大丈夫。問題ないよ』
毒だのなんだのという話に心配そうな顔をするセリーヌさんを落ち着かせるように微笑むアビーさん。
そもそも、毒の情報がここに出てきているということは、その毒のデータは万屋のデータベースに登録してあるということになる。
そうなると、ソニアがこれに対応するポーションを作っていないわけがない訳で、ここで僕が魔法窓のチャット機能を使ってソニアと簡単なやり取りをして、使う魔法薬を選定していると。
『それで、例のものを使うのかい?』
「いえ、今回の毒ならエリクサーを使うまでもないみたいですね。
ただ、状況から、長い間、その毒を摂取していた可能性もあるようなので、例の方法で解毒した方がいいかもしれません」
『あれを使うのかい。緊張するね』
そう言って、アビーさんが自前のマジックバッグの中から取り出すのは、SF映画に出てきそうなスタイリッシュな銃のようなもの。いわゆる針のない注射器というものだ。
今回の毒がそこまで強力ではないということで、毒消しのポーションを使えば完全な解毒は可能だそうだ。
ただ、継続的に盛られた毒を除去するには時間がかかるかもしれないということで、その薬液を直接体内に打ち込むことによって、血流を通じて体内から浄化した方がいいらしく。
そんな針なし注射器に、アビーさんはソニアが指定した解毒薬をセットしたところで、
『この辺りでいいかな』
「はい」
『じゃあ、打ち込むよ』
「お願いします」
緊張の一瞬。
えいっ!! と、可愛らしいアビーさんの声の後、わずかな間をおいて侯爵の体内からじんわりと魔力光がこぼれ出し、その反応が一通り収まったのを確認したタイミングで、もう一度スキャン。
体内から毒が消えたことを確認すると。
「まずは弱めの回復薬と元気薬を少しづつ与えて下さい」
「ん、どうしてちょっとづつなんだ」
「念の為なんだけど、体力が弱ったところで一気に回復させると、なにか問題が出るかもしれないからだね」
これはあくまでソニアからの指示なので、僕も詳しいことはわからないが、飲まず食わずでいた人が、白湯からお腹に入れて胃がビックリしないようにするのと同じような理屈なんだと思う。
それはアビーさんも同じ意見のようで、アビーさんはセリーヌさんに手伝ってもらいながら、二種類のポーションを交互に、侯爵の口に垂らしていって、二本のポーションがほぼ空になった頃、
『う、うんん……』
『お父様――』
無事にオールード侯爵が目を覚ましたみたいだ。
枯れ木のようだった体はすっかり生気を取り戻し、侯爵がくぐもった呻き声を出したところで、セリーヌさんが侯爵に抱きつくようにして、
その様子を元春が少し羨ましそうに見る一方で、ただ目覚めたオールード侯爵は現状をイマイチ理解できていないご様子だ。
すがりつくセリーヌさんに少し困ったような表情を見せながらも、
『セリーヌ? これはどうなっているのだ?』
『久しぶりだねお父様』
『その声はアビゲイルか。どこにいる?』
『どこにいるってここですよ』
自身が置かれた状況への戸惑いも束の間、聞こえてきたアビーさんの声にさらなる戸惑いの声を上げるオールード侯爵。
アビーさんもそんな侯爵のリアクションに首を傾げるも。
「アビーさんはいま認識阻害がかかってますから」
『あ、そっか』
アビーさんはこの部屋に侵入する為に認識阻害の魔法を纏っていた。
意識が戻った瞬間、オールード侯爵に抱きついたセリーヌさんはすでに認識阻害が剥がれているが、アビーさんが侯爵に触れていたのは意識がない状態だった。
よって、オールード侯爵からすると、アビーさんはまだ少し認識の外にあると教えてあげると、アビーさんは侯爵の肩に手を置いて、
おそらくオールード侯爵からしてみると、アビーさんは突然目の前に現れたことになるのだろう。『おおっ』と驚きの声を上げつつも、すぐに自らの醜態を取り繕うようにゴホンと喉を鳴らし。
『そ、それで、アビゲイル。これはどういう状況なのだ。お前がそんな格好をしているということはよっぽどの状況なのだろう』
『憶えていないのですか?』
自分に抱きつき泣き崩れるセリーヌさんの頭を撫でながら、ちょっと失礼ではあるとは思うのだが、アビーさんのドレス姿を論い、現状を訊ねてくる。
と、そんなオールード侯爵の質問に質問で返すアビーさん。
すると、オールード侯爵は、自分の記憶を辿るように顎に手を添えて、しかし、有用な記憶は掘り起こせなかったのだろう。『ダメだ』と言うように頭を左右に振ってみせ。
『残念ながら、最後の記憶はペタでの視察を終えて帰ってきたくらいか、以前から体調が優れない日が続いていたのだが、俺は倒れたのか?』
その話を聞く限り、普段から少しづつ毒を盛られていて、遠方への視察で疲れが一気にその効果が現れ、倒れてしまったってところかな。
そして、狙ったのか狙っていないのかはわからないが、倒れたオールード侯爵の後始末に、家族の数人が屋敷の外で仕事をこなしているこのタイミングで、計画を一気に進めようとしていたっていうのがことの真相ってところかな。
と、僕がそんな考察をする一方で、アビーさんが簡単にではあるのだが、ここまでの流れを侯爵に説明。
『誰がそんなことを――、いや、マティアスか』
おっと、侯爵自身も犯人に関しては心当たりがあったみたいだ。
自問自答からすぐに額に手を添えて、呻くようにそう呟く。
聞けば、なんでも件の次男には前々から違法な取り引きをしているのではないかという疑いがあったそうな。
先ほどチラッと口にした、ペタへの視察というのは、それを調べるという理由が主な目的だったとか。
「てか、これ、あからさま過ぎんだろ」
「ですわね。倒れるよりも前から症状があったようですから」
「彼には絶対の自信があったんじゃないかな」
そもそも、オールード侯爵の体内にあった毒はスキャンがなければ特定すら難しかった毒だった。おそらく、このまま数ヶ月もしていれば、ふつうに病死として扱われていたことだろう。
「でも、今はそれが逆に彼を追い詰める証拠になるんじゃないかな」
「どゆことっすか?」
元春が訊ねるのは仮想の操作球で銀騎士を操るサイネリアさん。
彼女は元春からの疑問の声に、サブの魔法窓をいくつか呼び出して、
「実はアビーが着替えてる間に、スカラベを使って屋敷の中を調べてたんだけど、その毒と同じ成分の粉が入った小瓶を、なんていったっけあの執事?」
「モッドさんですか」
「そうそう、そのモッドって執事が使ってると思しき部屋から見つかったんだよ」
ちなみに、サイネリアさんがその部屋をモッドの部屋と思ったのは、その部屋のクローゼットに今さっき彼が着ていた執事服と、デザインからサイズから、ほぼ同一の服が見つかったからだそうだ。
「ってことは、もう犯人も決まったんじゃね」
「いや、そう簡単にはいかないと思うよ」
「なんでだよ」
『それは、この毒の分析は銀騎士だからこそできたからだね』
「ですわね」
そう、オールード侯爵の体内に毒があったことを見つけらたのは、ひとえに銀騎士のスキャンによるものである。それを治療の後に説明するのは難しく、たとえ、その元凶となる毒物を発見したとしても、それを使って侯爵を害したことを証明することは難しいのだ。
「それに、彼が実行犯っていうのは出来すぎですからね」
『それもあったか』
さすがにマリィさんとアビーさんの二人はわかっている。
そもそもこの毒が検出できたのはアヴァロン=エラの技術があったからだ。
その毒が見つかった場所がマティアスの部屋ではなく、その執事の私物が置いてある場所となれば、展開によってだが、彼自身いい逃れも出来なくはないし、なにより、その上役であるマティアスにしっぽを切られてしまい、それでお終いというオチが簡単に想像できる。
むしろ、そう誘導するために、そこに毒の小瓶を置いたという可能性もあるのかもしれないのだ。
「うーむ。だったら、こっちはどうかな」
と、そんな難しい声に、サイネリアさんが追加で見せてくれるのは、いくつかの取り引きの証文らしきもの。
それを見たアビーさんは、
『あ、これ、これがあるならいけるかも』
どうやらそれは、先ほどオールード侯爵が言っていたペタでの取り引きと関係がある証文のようだ。
そして、その証文にはきっちり、次男マティアスが商用に使っているサインが残されているみたいなのだ。
と、サイネリアさんの活躍で、あとは問題のマティアスを追い詰めるだけかとなったところで、オールード侯爵がタイミングよく聞いてくるのは、
『アビゲイル、先程から、それは何をしているのだ』
まあ、初見の人からすると魔法窓をいろいろと操作して、なにかしている行動は奇異に映るのは当然だろう。
『協力者と少し情報のやり取りを、それで犯人と証拠がある場所がわかったみたいですが、どうしましょう』
『どうしましょうと言われてもな。その証拠とはどのようなのなのだ』
ここでアビーさんがオールード侯爵のリクエストに答える形で自前の魔法窓をパス。
『お父様をベッドに押し込んだ毒の在り処とこの証文、邪魔さえ入らなければ、すぐに確保できますが』
とはいえ、情報のやり取りが基本羊皮紙で行われるような世界の人が、いきなりこんな近未来SFで見るような魔法窓を渡されても戸惑ってしまう。
しかし、そんな戸惑いも『とにかくそれを読んでいただければすべてがわかりますから――』と強く言われてしまっては覚悟を決めなければならない。
オールード侯爵は諦めたようにその内容に目を通し。
と、これがオールード侯爵本来の顔かな。資料を読み進めるに従って、その横顔が徐々に真剣さを増していき。
『アビー。本当にこれらが確保できる状態にあるのだな』
『はい』
『ならば、外にいる者共を今すぐここに入れろ。やられっぱなしでは家長として沽券に関わるからな、俺も微力ながら協力しようではないか』
『かしこまりました父上』
その言い方から察するに、今回この件に関しては、オールード侯爵はあくまでサポートとして動く腹づもりなのかな。
そうと決まればさっそく行動。
あれだけ部屋の外でギャイギャイと煩くしているのだ。当事者がこの場にいるということは、その親なら、その声から気づくのも当然とばかりに、オールード侯爵の命令で外にいた兄弟たちが部屋の中に引き入れられ――、
ちなみに、アビーさんが部屋の外に顔を出した時、長兄マグネスはもちろんのこと、次兄のマティアスからも、なぜアビーさんが侯爵の部屋の中にいるのかという今更ながらの批難が飛んできたのだが、オールード侯爵が目を覚まし、皆を呼んでいることを伝えると、その声も一気にトーンダウン。
――兄弟が部屋の中にはいったところでオールード侯爵による先制パンチ。
『何を騒いでおるのだ。バカ者共が』
『ち、父上、お加減の程は――』
どもりながらもそう訊ね返してきたのは、オールード家の放蕩者マティアスだ。
彼からすると、あれだけ毒を盛ったのに、ここまで元気な父親というのは信じ難いものなのだろう。
『アビゲイルが持ってきてくれた解毒薬ですっかりな』
『――っ!?』
オールード侯爵の言葉に、マティアスは一瞬おどろきながらも、すぐにアビーさんを睨みつける。
しかし、そのリアクションはどうなんだ。
これじゃあ、自分が犯人だって言ってるようなものなんだけど。
いや、むしろそういう人間だからこそ、当主に毒なんか盛ろうとしたのかも。
あの毒自体は、アビーさんもその存在自体を知らなかったくらいだし、たとえば例の証文にある取引相手から、この毒薬を使えばバレずにオールード侯爵を殺すことができると言われ、安易な手段に出てしまったなんてことも考えられる。
しかし、そう考えると、むしろ黒幕はマティアスではなく、まだ、裏に誰かが絡んでると思うんだけど。
まあ、それはアビーさんに報告するとして――、
僕がマティアスのザルなリアクションに、そんなことを考える一方で、長兄マグネスの方はどこまでも真っ直ぐな人のようだ。
『よくやったぞアビゲイル』
この脳天気なリアクション。この人は今回の件にはまったく関係ないな。
というよりも、今回のオールード侯爵が倒れたことも、特に心配をしてなかったんじゃないかな。
ただ、その声量は病み上がりの人物を気にかけるものではなく。
『お兄様、あまり大声は……、お父様はまだ病み上がりですから』
『おう、すまないな』
セリーヌさんから注意が入ったところで、オールード侯爵としても、息子二人の醜態は頭が痛い問題なんだろう。
『さて、セリーヌも言ったように俺はまだ病み上がりだ。しばらくはここでアビゲイルが持ってきてくれたペタの土産の処理をすることにする。しばらく誰もここへ近づかないように言っておいてくれ』
『はっ、承りました父上』
『……』
本来は、ここで病み上がりの父親の体調を慮るところだと思うのだが、マグネスは父親であるオールード侯爵の指示にすぐに敬礼。
一方のマティアスは顔色を悪くして、
『ん、マティアスどうした?』
『い、いえ、父上のご指示に従います』
◆GW? それってなんでしたっけw