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侯爵領を目指して

『じゃあ、起動するよ』


「お願いしますアビーさん。

 サイネリアさんも準備はよろしいでしょうか」


「ああ、やっちゃってくれ」


『了解』


 通信越しのアビーさんの声に、魔法窓(ウィンドウ)に緑色の文字や数字が流れていく。

 しばらくそんな画面が続いて、ぱっと風景が変わったと思えば、そこは生い茂る木々に囲まれる石組みの砦の前だった。

 フレアさん達が四名の冒険者を連れてきてから数時間、夜も開けやらぬこの時間にアビーさんが実家に向けて出発する準備が整ったのだ。


「起動完了。

 動きにも問題ないね。

 で、ここはどこなんだい?」


『俺達が拠点としている森の外れにある砦の近くだな』


『ああ、ここにいた人間はすでに追っ払った後だから安心して」


 アビーさんとサイネリアさんの質問に答えていくのはフレアさんとティマさん。

 そう、ここはリーヒルさんの大芝居によって無人になった砦。

 転移先の森の近くで銀騎士を安全に起動させるのに都合がいい場所をということで、ここからの出発と相成ったのだ。

 アビーさんをパキートさんの拠点に連れて行くわけにもいかないからね。

 そんな出発地点に関連して思い出すのは、


「そういえば、『白盾の乙女』のみなさんの他に、例の砦にいた兵士らしき人を捕まえたという話でしたが、そちらの方々はどうしたんです?」


 タイミング的に、おそらくはこれもまたアビーさんの弟であるマティアスによる謀略だろうが、妹さんの依頼でアビーさんを探していた冒険者パーティ『白盾の乙女』のみなさんの命を狙っていた兵士達を捕まえたと聞いた。その兵士たちはどうしたのかと聞いてみると、フレアさんは『ああ――』と思い出したように前髪をかきあげて。


『その兵士たちなら、そのまま捕まえた近くの木に縛り付けてあるから大丈夫だ』


 曰く、状況が状況だったので、捕まえた兵士たちはその場に置き去りにして、その足で『白盾の乙女』を連れて万屋に来たのだそうなのだが……、


「あの、それって、その捕まえた兵士たちをその場に一晩放置しておいたってことになりますよね」


『逃げられたら、また面倒になるからな』


「魔獣が集まる魔の森に一晩放置ってそれってマズくないですか」


 場所は一応、魔素の濃い『魔の森』なんて呼ばれるような森にカテゴライズされる森の中、そんな森の中で一晩中、しかも、治療などをされずに拘束状態で放置されたとなれば、血などの臭いが魔獣を引き寄せ、その人達はすでに魔獣のお腹の中という可能性もあるのではないかと、僕がそう聞いたところ、フレアさんが言うには、


『それなら問題ない。虎助から預かっているリスレムとリーヒルがついていてくれたのでな。むしろ獲物が集まってきてくれて討伐が楽になったと喜んでくれていたぞ』


 それはある意味で効率的かもしれないけど。

 一晩中、集まってくる魔獣の気配を感じながら、そこで拘束されていた兵士達はご愁傷様だね。


 とはいえ、ある意味でこれは自業自得でもあるか。

 僕とフレアさんがそんな話をしていたところ、ティマさんが『余計な話はその辺で――』というように。


『それで、ここからはどうやって移動するの?』


 ティマさんとしては銀騎士はあくまでボディガードのような存在で、移動手段は別に用意しているとそう思っていたのだろう。そう聞いてくるのだが、


「それはもちろん走ってですよ。銀騎士のマジックバッグに背負子が入っていると思いますので、サイネリアさん。ちょっと取り出してくれますか」


『本当に走っていくんだ――』


「銀騎士なら一人担いでも馬以上の速度で移動できますから」


 銀騎士を始めとした遠隔操作のゴーレムは完全に機械的な存在だ。

 なので、魔素の消費にさえ気をつけてさえいれば疲れ知らずで走り続けることができる。

 移動手段に使うのはまず誰もが考えることだと思うけど、やっぱり人型のゴーレムをそれに使うっていう発想はないのかな。

 その移動方法にティマさんやポーリさんがドン引きする一方で、当の本人であるアビーさんは、サイネリアさんの操作で銀騎士が取り出したその背負子を見て『へぇ』と感心したようにして、


『どんなのが出てくるかと思ったけど思ったよりも乗り心地が良さそうだね』


「今回の為にわざわざ作ったものですから」


 ちなみにこの背負子は、登山用のベビーキャリアを参考に、ミストさんが作ってくれた布やら各種魔法金属を組み合わせて作ったものなので、その乗り心地だったり耐久性だったりにはそれなりに信頼性があると思う。

 とはいえ、それを担いで移動するのはソニアが手掛ける銀騎士なので、


「きっちりベルトを締めてくださいね。かなりスピードが出しますから」


『君がわざわざそう言うんだ。しっかりするよ』


 アビーさんはティマさんやメルさんに手伝ってもらいながら背負子にくくりつけられ、銀騎士に背負われたところで、


「準備はいいですか?」


『ベルトのチェックも何度もしたし、言われた通り酔い止めも飲んだ』


 背負子にはクッションも入れてあるし、銀騎士には揺れないように走るようにしてあるけど、それでもかなり高速での移動になる為、錬金術で強化した酔い止めを用意しておいたのだ。


『頑張ってね』


『なにかあったら連絡するのだぞ』


『ありがとう』


「じゃあ、出発しようか」


『行こう』


 そして、最後にフレアさんたちと軽く言葉を交わして出発。

 認識阻害に防風に温度調節と、高速移動に適した効果が付与されたマントで覆い隠されたアビーさんを背負った銀騎士は、人目につかないように街道からかなり離れた道なき道を慎重に進み、国境を超え、隣国に入ったところで本格的にスピードアップ。


『ああああああああああああ――』


 移動をはじめてしばらく、アビーさんが急にそんな叫びを上げ始めたので、「大丈夫ですか」と通信越しに声をかけてみたところ。


『問題ないよ。ただ、あまりにいい感じに揺れるものだから、ついね』


 ああ、扇風機の前で『あ゛――』ってやってしまうノリですね。

 そんな取り留めのない会話をいくつか交わしながらも、爆走すること三十分ほど。


「そろそろ中継機の設置をお願いします」


 銀騎士の遠隔操作を可能とする通信念波を届けるには、インベントリを改造した中継機が必要となる。

 その有効半径は五十キロほどで、ただ何事にも余裕があった方がいいと、だいたい三十キロから四十キロに一つくらい中継機を設置してもらうことにしているのだ。

 ちなみに、中継機は野ざらしの状態でも百年は軽く動き続けるくらい頑丈に作ってあるのだが、それでもいつ交換できるのか、そもそも交換する予定がない場所への設置となると、できるだけ長く使えるように安全な場所を確保したいということで、周辺を軽く探索、崖沿いに見つけた防空壕のような洞穴(ほらあな)に設置しようとことになったのだが、


『こういう洞穴(ほらあな)って魔獣とかが棲み着いてる場合が多いんだけど』


「サイネリアさん。慎重にお願いします」


「いわれなくても」


 警戒をしつつ足を踏み入れた洞穴(ほらあな)の中、

 しかし、そこには特に動物の姿もなく。

 いや、洞穴(ほらあな)を少し奥へと進んだその時、真下からの攻撃が銀騎士に襲いかかってきた。

 それは、地面を突き破って伸びてきた八本の殻脚だった。

 その足先が地面を突き破った瞬間に銀騎士の危険感知が素早く反応したのだろう。

 僕達がそれぞれに見ていた魔法窓(ウィンドウ)に警告の文字が走り、サイネリアさんがそれに反応するように思念操作、緊急回避を選択すると、銀騎士が俊足の飛び退りを行い、敵の攻撃を躱し安全圏へ。


 すると、銀騎士の背中に乗っていたアビーさんが、洞穴に入る前に用意していた氷のディロックを投擲。サイネリアさんも銀騎士に装備させていたアサルトライフルを素早く乱射させ、追撃を仕掛けてくる八本の足を持つ蜘蛛の魔獣への牽制に回ると、


 三秒――、


 洞穴(ほらあな)を埋め尽くすように咲いた氷の花弁が蜘蛛の魔獣を飲み込んだところであっという間の決着。

 後は中継機を設置するだけ――かと思いきや。


『土蜘蛛の一種だね。見たことないタイプだけど』


「待ちの体勢で獲物を捕らえるから報告がなかったんじゃないかな」


 つまり、目撃者はすべからく犠牲になったってことだ。

 って、そうじゃなくて――、


「あの、お二人共、魔獣の検証は後で――」


『ああ、ごめんごめん』


「ついクセで」


 研究者として初見の魔獣はやはり見逃せないみたいだ。

 しかし、ここで研究を始められても面倒なので、土蜘蛛の魔獣はその氷の花ごとマジックバッグの中に確保、後で研究してもらうとして、いまは中継機の設置を優先してもらう。


 ちなみに、これは前にも説明したかもしれないが、この中継機には軽い結界機能とカモフラージュ機能が付いているので、たとえ魔獣や人間に見つかったとしても()られてしまう心配はほぼ無い。

 中継機の設置も無事終わったところで、


『さて、移動を再開しようか』


「と、その前に、虎助君、そろそろ学校の時間じゃないかな」


「別に一日くらい休んでも構いませんけど」


 もう夏休みまであと数日となったこの時期、授業はほとんど一学期のおさらいで、一日くらい休んでも構わないとそう思うのだが、


「まあまあ、そう言わずに」


『うんうん、学校での学びは重要なことだよ』


 二人とも妙に学校に行けとすすめてくるな。

 これは僕に迷惑をかけないようにと配慮しているというよりも、寄り道しそうになるお二人を止める僕を追い出そうという魂胆だろうか。

 一応、いまは急がないといけないような事態なんだけど。


 しかし、二人としては、銀騎士の脚力やこの世界における情報の伝達速度なんかを考えて、まだ少し余裕があると考えているみたいだ。

 とはいえ、あまりグダグダやっていて後で後悔されても困るので、僕は二人に寄り道もほどほどに『学校から帰ってくるまでに目的地についておいてくださいよ』と、到着予定時間を区切った上で学校へ――登校する前に、二人が暴走しないようにとベル君にいい含め。

 これで、僕が帰ってくる頃にはちゃんと目的地についていることだろうと、ある意味でこの考えがフラグになっていたのかな。


 放課後、学校で今回の話を聞いて、興味津々部活を休んでくっついてきた元春と一緒に万屋へ出勤してみると、そこにはサイネリアさんにマリィさん、魔王様が、それぞれに浮かべた魔法窓(ウィンドウ)を覗き込む姿があって、

 このメンバーなら、さすがにちゃんと目的地に到着しているかと思いきや。


『ごめんね。いろいろと寄り道しちゃって、ギリギリ、本当にギリギリいま到着するところなんだよ』


「でも、寄り道してこの速さは凄くない」


 この二人の暴走はベル君でもどうにもならなかったのか。

 しかし、二人とも状況を考えて多少は自重をしてくれたのだろう、一応は目的のオールード侯爵領内に入っているということで、今回の寄り道は、まあ許容範囲内として、


「それで、ここからどうします?」


『とりあえず正面からはダメだよね』


 いま移動をしている平原から遥に望む防壁に囲まれた街の中央、一段高くなった土地に建てられている石組みの大きな館、あれがアビーさんのご実家だそうだ。

 お家騒動が勃発しているご実家に、主役の一人がゴーレムを引き連れて凱旋したとなれば、ある意味で宣戦布告と疑われかねない。


「だとすると、適当な場所からこっそり侵入ってことになるのかな」


「そうですね」


 とはいえ正面以外も、いろいろとセキュリティが施されているだろうが、そこは銀騎士のスキャンを使えば問題ないだろう。


「忍び込んだ後はどうする?」


『とりあえず、妹に会って話を聞いた方がいいだろうね。

 ってことで、そろそろ街へ入るよ』


「了解」


 迫る街の外壁に緊張感を高め。


「アビー、いくよ」


『うん』


 銀騎士が走るスピードを更にアップ。

 魔法窓(ウィンドウ)に映る景色がちぎれ飛ぶような速度になったところで目前に迫る外壁。

 このままでは外壁に突っ込んでしまうのではないかというところで、銀騎士が物体の重量を軽くする〈軽量化〉の魔法と風属性のトラップ魔法〈風地雷〉を発動。

 軽量化したその体で風の地雷を踏み抜くようにして、そのまま大空へジャンプ。


『う――、ひょ――』


「アビーさん。声が大きいですって」


『こんな空の上なら、誰も聞こえちゃいないって」


 そのまま街の中心部まで跳躍()んで行くと、教会だろうか、城下町の中で一際背の高い建物の屋根に着地。


 これ〈軽量化〉の魔法を使ってなかったら確実に屋根をぶち抜いてたよね。


 軽くひび割れたオレンジの屋根瓦にそんないらない心配をしながらも、その屋根の上からダイブ、そのままパルクールをするように屋根伝いに街の中を移動して、アビーさんの誘導で見張りが少ないと思われる館の西側、ほぼ垂直に近い石垣とそこから伸びる大きな壁をよじ登り、領館の敷地への侵入を試みるのだが、


「敷地に入る前に魔法的な警備装備の有る無しを調べておいた方がいいんじゃないでしょうか」


『ウチにそんな凄い警備システムなかったと思うんだけど』


「そうなんですか?」


 マジックアイテムで有名なご領地だということで、当然その領館には、そういった防犯アイテムが設置されてるのかもと思っていたのだが、どうやらそうではないらしい。


 しかし、何事も用心である。

 領館の元住人であるアビーさんの意見はそれとして、僕はサイネリアさんにお願い。銀騎士についているスキャン機能を使用して、怪しい魔法の気配がないことをしっかり確認したところで敷地内へと潜入してもらう。


 そして、ここで最強の潜入アイテムであるダンボール――ではなく、ここまで羽織ってきた認識阻害のマントを駆使して、立木の影などを利用しながら中腰で敷地内を移動。

 アビーさんの妹さんがいるとおぼしき部屋の下までやってくると、アビーさんの合図で一時待機となり。

 ここまで来る途中に拾ったのだろうか、アビーさんがマジックバッグから取り出した小石を二階の窓に軽くぶつけると。


「と、ちゃんと気付いてくれたみたいですね」


 あれがアビーさんの妹さんだろうか、元春が「おおっ」と感嘆の声を送る、ややタレ目気味の童顔美女が顔を出したところで、あちらから見たらアビーさんの首が空中に浮かんでいるように見えるのかな。アビーさんも不可視のマントの隙間から顔を覗かせて。


『やあ』


『お姉様!?』


『静かに』


『す、すみません』


『中に入ってもいいかな』


『ええ勿論、しかしいかようにして――』


 妹さんはアビーさんの魔法の実力もその運動能力も知っているのだろう。

 しかし、銀騎士の身体能力を使えばこの程度の高さなど無いも同然のことで、〈軽量化〉の魔法を自身に付与した銀騎士は脚部に組み込まれたサスペンションをうまく使って大ジャンプ。

 アビーさんごと華麗に領館への飛び込んだところで、妹さんが抱きついてきて、


『お姉様、よくぞご無事で――』


『いやぁ、いろいろな人に助けられてね、この騎士もその一人に譲ってもらったんだよ』


 あの、銀騎士はあげたんじゃなくて貸しただけなんですけど。

 しかし結局のところ、この銀騎士はアヴァロン=エラとフレアさんの世界でしか使えないから、この銀騎士をどうするのかはアビーさんとフレアさん、あとパキートさん達で考えてもらえばいいかな。

 僕は、再会を果たし喜び合う二人の姿を魔法窓(ウィンドウ)越しに見ながら、意味もなくそんなことを考えるのだった。

◆次回は水曜日に更新予定です。

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