追う者? 追われる者?
場所はルベリオン王国とアラファ聖国に挟まれた空白地帯、魔の森と呼ばれる森の中、新たな装備を手に入れたフレア達は、その性能を試すべく、森に入り込んだ魔獣狩りに勤しんでいた。
ただ、その検証の成果はあまり芳しくないようで――、
「メル。どうだった」
「手応えがなさすぎてわからない」
「そうよね」
「しかし、これ以上、強い相手ともなるとなかなかいないと思いますが」
そんな会話をするフレア達の前に倒れ伏すのは普通の猪の十倍はあろう巨大猪。
フレア達が装備の性能実験としていま倒した魔猪。この魔獣は決して弱い魔獣ではない。
並の冒険者なら鎧袖一触にされてしまうような魔獣である。
それが、新たな装備を利用してい撃ち出されたメルの攻撃で数分と待たずに倒れてしまったのだ。
「絶体絶命の時以外では使わないくらいがいいって感じ?」
「そうですね。メルさんのそれは明らかに過剰戦力ですよね」
「うん。最後の手段にしたほうがいいと思う」
「では、次はティマの召喚を試すか」
「う~ん。メルの毒弾がそんなだし、範囲が広い私の召喚だと森もいっしょに薙ぎ払っちゃうわない」
メルの魔法の検証を終え、ティマの新しい召喚の実験に移ろうとするのフレア。
しかし、メルの毒弾を見ただけでも過剰戦力であることは一目瞭然だ。
そうなると――、
「試すとしたらフレアの盾くらいじゃないかしら」
「私の浄化は誰かが状態異常にかかる必要がありますからね」
周囲への影響を考えれば、新装備の検証できるのはフレアの盾の能力くらいになるだろうと、ティマとポーリがため息を吐くように言い合って、続けてポーリが言うのは、
「ヴリトラの実績の方はどうします?」
「あっちもフレアと私が毒耐性、ポーリが耐久力の上昇だから難しいわよ」
ちなみに、メルに関しては【龍の巫女】という実績の下位互換でしかないから割愛する。
ただ、そんなティマの思案げな台詞の途中、ポーリがティマがあえて強調した部分に眉を潜め。
「ティマさん、今の言い方、なにか含みがありませんでしたか」
「そんなことないわよ~」
女二人の軽い応酬があったりと、そんな二人の一方で、当の本人というべきか、話題の中心というべきか、フレアはマイペースに、
「何にせよ、先にこのイノシシの処理をしてしまわないか、ヴリトラの毒でやられているのだ、このまま放置という訳にも行かないだろう。ポーリ頼めるか」
「かしこまりました」
そろそろ夕食も近い時間だ。
かといって、ヴリトラの毒に侵された魔猪をこのままここに放置しておくのはいかがなものかと、そんなフレアのお願いに、ポーリとしてはフレアから頼られたことが嬉しいのだろう、先程までの不機嫌はなんだったのか、一転、弾けるような笑顔を浮かべ、自慢気に杖を構えて魔法を発動。
あからさまに悔しがるティマを横目に、毒に侵されていた巨大な魔猪の亡骸の浄化作業を行い。
「さて、ここからどうするかだな」
「完璧に浄化がなされたとは思いますけど。このお肉を食べるのは不安ですね」
「かといって、錬金術に使うのもちょっと気持ち悪いし」
「となるとだ。毛皮だけ剥いで、他はここに埋めるのが一番か」
「掘り返されないように臭い消しもするべき」
「そうですね。そうするしかありませんか」
満場一致で魔猪の処分方法も決まったところで分担作業。
フレアとメルが魔猪から皮を剥ぎ、それをポーリが浄化などの処理を施していく一方で、ティマがある魔獣の爪を削り出し作った短剣を取り出して、モグラ型の使い魔を召喚。
そのモグラに穴を掘らせると、後はそこにポーリが魔法処理を施した肉や骨を放り込み、土を被せれば処分は完了となるのだが、
その作業がおおよど半分ほど終わったところで、メキメキといくつもの木が引き裂かれるような音がフレア達の耳に届き。
「なんだ?」
「魔獣の声と人の声、誰か追われてるみたい」
「フレア、どうする?」
「もちろん行くに決まっている」
フレアの疑問に聴力が高いメルが答え、それを受けたティマの問いかけに、フレアが考えるまでもないと即応。魔猪の処理は後回しに、メルの視線が向いている方向へと走り出す。
そして、メル・ティマ・ポーリも先に飛び出していったフレアを追いかけるように走り出して、
薄暗い森を駆け抜け、辿り着いたその場所では、複数の男女がこれまた巨大なカモシカの魔獣に襲われていた。
ただ、その中で多勢を占めるお揃いの装備に身を包んだ一団には、どこか見覚えがあって――、
「ん、どこかで見たことがある顔だな」
「たぶん例の砦にいた人達」
メルが言う『例の砦』というのは、リスレムを操る虎助たちが森の外れに見つけ、後にこの森へとやってきた魔王パキート一行の安全確保のために、そこにいる兵士を追い出した砦のことだ。
あの時、メル・ティマ・ポーリの三人はまだこの森に到着していなかったが、一度は砦から追い出した兵士がまた何時帰ってくるやもしれないということで、一同が合流した後に、その砦で行われた作戦の一部始終を動画として見せられていたのだ。
ただ、前述の通り、その時そこにいた兵士は全員この森から追い出したハズなので、いまここにいる兵士たちが、その動画に映っていた兵士たちと同一とは限らないのだが、
フレア達は、その武装、いた場所からほぼ同一の集団と考えて。
「また性懲りもなく戻ってきたのかしら」
「どうなのでしょう。あの映像を見る限り、すぐに部隊を編成するような余裕はないように思えましたが」
「なにか他に目的があるとか?」
「ともかく助けるぞ」
「「「了解」」」
気になることは多々あるが、それも、この場を収めなければ調べることもできないと、まずは彼ら彼女らを襲っている巨大なカモシカの魔獣を仕留めるのが先決だと、フレアの掛け声で一同が一斉に動き出す。
まず動いたのはポーリだった。
巨大なカモシカの魔獣に向かっていく仲間の背中を見つめながら魔法窓を操作、素早く魔法陣を展開すると、対象の肉体を活性化、自己治癒力とわずかに身体能力を高める魔法〈絶光調〉を発動させる。
すると、柔らかな光がフレアとメル、二人の前衛陣に降り注ぎ。
その魔法を受けてか、自らが生み出した魔法の風に乗ったフレアが加速からの一閃、フレアストラッシュですれ違いざまに体高だけでも身の丈二倍はあるカモシカ型の魔獣の胴体を斬りつけると、メルが弱毒の魔力を武器にまとわせその向こう脛を斬りつける。
「行くわよ。〈風狼〉」
すると、そこにティマが召喚した風の狼が風魔弾の雨あられを浴びせかけ。
その攻撃によって足止めを食らったカモシカ魔獣に、体制を立て直したフレアが斬りかかるのだが、
敵もさるもの、カモシカ魔獣は、巨木の枝のようなその角を、植物魔法を使うがごとく一瞬で生い茂らせて、地面に突き刺し急制動。体を固定させたところで、そのまま後ろ足を蹴り上げ、迫るフレアにダブルキックを見舞ってゆく。
しかし、フレアはこの攻撃を左腕に装備した盾を斜めに構えて受け流し、まるで破城槌のようなその強烈な後ろ蹴りを、その衝撃ごとすかしたところでその腹下に潜り込みジャンプスラッシュ。
その斬撃は深々とカモシカ魔獣の腹に突き刺さり、柔らかな腹の毛皮を切り裂くのだが、致命傷には至らなかったようだ。
一方、腹を斬りつけられたカモシカ魔獣は一つ大きく嘶くと、手傷を加えたフレアを狙って前足を振り上げ踏みつけようとするのだが、
「フレア」
ここでメルが援護射撃。
それはつい先ほど魔猪を沈めたヴリトラの毒をまとった強力な毒弾ではなく、あくまで敵を弱らせるための弱毒の魔弾であったのだが、カモシカ魔獣の動きを鈍らせるには十分な威力を秘めていた。
その毒弾の乱射によってできた一瞬の隙を狙ってポーリが簡易的な魔法障壁を展開。
遅れて振り下ろされたカモシカ魔獣の蹄を一瞬受け止めると、フレアはその魔法障壁が破壊される前に、風をまとい、カモシカ魔獣の懐に潜り込むと、聖剣ソルレイトに魔力を込めて飛翔斬。
大空を切り裂くように振るわれた一撃が、柔らかな光の残滓を伴ってカモシカ魔獣の前足を一本切り落とし、続けて、ティマの召喚獣である風狼がその喉笛に食らいつき。
カモシカ魔獣は、その首元と斬り落とされた片方の足の付根から大量の血を撒き散らしながら、ズズンと重音を響かせながらその場に倒れ伏し。
さて、こうなってしまえば後は止めを刺すだけだ。
前足が一本となったことで最早立ち上がることもままらならいカモシカ魔獣に、フレアが、メルが、風狼が必殺の一撃を繰り出していくと、さしもの巨大なカモシカ型の魔獣も耐えられない。
止めとばかりに差し込まれたフレアのソルレイトによる胸への一撃に、その大きな体を仰け反らせ、断末魔のいななきをあげて轟沈。
しかし、ここで油断をしてはいけない。
このどさくさに紛れて動き出す輩がいるのだから。
そう、例の砦に居たと思われる兵士達だ。
彼等はカモシカ魔獣を倒し、空気が緩んだこのタイミングを狙って、一緒に追いかけられていた女性達――そのバラバラの装備を見る限り冒険者だろうか――、彼女達を連れ去ろうと動き出していたのだ。
そんな兵士たちの動きに逸早く気付いたメルがポソリ小さな声でフレアに報告。
フレアとメルは、とりあえずカモシカ魔獣がもう動かないか確認するフリをして、ここがチャンスと兵士たちが動き出したことを察知すると、兵士たちに狙われる女性冒険者たちの側に素早く駆け寄り、彼等を庇うように武器を振るい。
不意打ちをしようとした兵士たちを見下ろすようにこう宣告する。
「さて、君たちが何者かを教えてくれるか」と――。
◆次回は水曜日に投稿予定です。