ブラッティナイフ
人工アルケミックポットの実験を終えて一時間ほど、すっかり暇になった僕たちがいつものように万屋でまったりした時間を過ごしていたところ、魔王様のゲームの相手をしていた元春が、ふと思いついたと言ってくるのは、以下のようなことだった。
「なあ虎助、あれから少し考えたんだけどよ。すげーアイテムを作るのにアルケミックポットを使う必要があんのか? 頑張れば普通の錬金でも作れるんじゃね」
「ああ、それね。前にも言ったけど、合成自体はできるんだけど、容量を超えて合成するのは難しいから」
「そういやそういう話だったか」
アルケミックポットでアイテムを作る最大のメリットは、魔法生物化したことにより、通常なら釜の中に収めきれない量の素材を貪欲に吸収するその習性を利用して、通常作り上げることがほぼ不可能なアイテムが作り上げられるということである。
まあ、それも工房にあるような超巨大な錬金釜を作るなりなんなりすれば、ある程度は同じようなことが出来ないでもないのだが、アルケミックポットの場合はそれにプラスして、その本体となる錬金釜に蓄積された経験値とその身を犠牲にすることで、普通にその材料で錬金してできあがるものよりも遥かに上質なアイテムができるという特徴があるのだ。
ただ、今回の実験では、そこまでのアイテムができなかったということで、アビーさんとサイネリアさんとしてはその原因の分析に早速とりかかっているみたいなんだけど……。
「でもよ。別に一回の合成でぜんぶの素材を混ぜ合わせなくてもいいんだろ。
だったら、普通の錬金釜でちまちま合成していっても結果はかわんねーんじゃねーの」
「まあ、僕が錬金術の練習なんかで合成しているナイフなんかはそこそこの一品になってるから、元春の言うことはある意味で間違っていないんだけど」
「そうなん?」
「うん。ゲートを通じてここに迷い込んでくるナイフを適当に合成してたら、いい感じに育ってるからね」
そう、ゲートを通じて、このアヴァロン=エラに迷い込んでくる装備品の中で、まだ使えそうなナイフなんかを何度も何度も合成を繰り返すことによって、そのナイフがパワーアップ――場合によってはパワーダウンすることもあるのだが――、なかなかの一品に仕上がりになっていたりするのだ。
「そのナイフ、気になりますわね」
ただ、それはあくまで一般的なナイフを基準に、そこそこというものであって――、
「マリィさんに見せられるほどのものでもないと思うんですけど」
「それでも構いませんの」
マリィさんに強く求められたら断れない。
僕は、普段からは考えられないスピードで詰め寄ってくるマリィさんに、「わかりました」と落ち着いてもらいながらも、元春から向けられる『そのポジション代わりやがれ』と聞こえてきそうな嫉妬の目線をそよ風のように受け流して、カウンターの下にしまってあった錬金セットの中から、いま話題にあがった錬金術の練習で強化に強化を重ねたナイフを取り出してみせる。
すると、二人はそのナイフをまじまじと見て、
「思ったよりも普通だな」
「本当に、アナタは物を見る目がありませんのね。たしかに見た目は凡庸なナイフそのものですが、輝きが違うではありませんか」
「そうなんすか。
でも、武器に使うには短過ぎね」
たしかにそのナイフは、投げナイフに使うならともかく、ふつうに使うには刀身がちょっと短い。
しかし、それには理由があって、
「錬金釜に入るサイズを選んで合成してるから、このサイズが限界なんだよ」
「ああ――」
そう、あまり長いナイフだと錬金釜に入り切らないのだ。
まあ、これも前述のように大型の錬金装置を使えば、解決ができる問題なのだが、たかが錬金術の練習にそんな大掛かりな道具を使うのはナンセンス。
そもそもあの錬金釜は万屋で売り出す商品やソニアが新しい何かを作るために使う釜なので、僕が勝手に使うわけにもいかず、気軽に錬金合成を練習するとなると、結局このサイズが限界となってしまうのだ。
「それで、これにはどのような魔法が付与されていますの」
そんな裏事情はさておいてと、そのナイフの詳細を求めてくるマリィさんに、僕が答えるのは、
「いつの間にか〈吸血〉なんて魔法式がくっついてましたね」
「吸血って、そのナイフ呪われてんの?」
そして、元春が若干嫌な顔をしながらナイフから距離を取り、心配そうに聞いてくるのだが、
「いや、基本的にはナイフそのものの切れ味が落ちないようにするだけの魔法かな。
たぶん合成したナイフのどれかに刻まれてた魔法式なんだと思うけど、いつの間にか付与されていたんだよ」
多分、それはいろいろと合成を試す内にどこからか紛れ込んだ魔法式だと思われる。
この魔法は、血糊がつくと鈍ってくる切れ味を、魔法を発動させることによって防ぐことができるという類の魔法らしい。
ちなみに、吸収した血液がどうなるのかというと、その成分を分解、ナイフそのものの補強に使われているみたいだ。
「ふ~ん。それなら結構便利な魔法ってことか」
「ただ、今はあんまり意味のない魔法になっちゃってるんだよね」
「どういうこった?」
「それは、このナイフがすでに魔法金属化しているからですわね」
「マリィさん。正解です」
吸血の効果を聞いて疑問符を浮かべる元春。そんな元春の疑問をマリィさんがインターセプト。
そう、マリィさんの言う通り、数多くナイフをさまざまな方法で合成したこのナイフは、いつの間にか魔法金属化してしまい、普通に使う限りでは血糊や傷などがつくこともまれになり、切れ味の劣化がほぼ起きなくなってしまったのだ。
とはいえそれも、あくまで偶然に出来上がった魔法金属だということで、きちんとした手順で作った魔法金属よりも数ランクほど性能は落ちるのだが、しかし、このナイフが活躍するような場面で〈吸血〉を使うような機会が訪れないだけという微妙なものでしかなく。
「要するに無駄能力ってことかよ」
「身も蓋もない言い方をするとそうだね。
でも、ちょっとした自己修復としては優秀だし、使っている内に、このナイフに限らず〈吸血〉が使えるようになるから、便利魔法の学習用と考えれば悪くはないと思うよ」
「ムラマサみたいに血で攻撃力が上がってくとかだったら面白かったのにな」
「それは普通の使い方をしていたんじゃ無理だろうね」
と僕が元春の質問に微妙に苦笑して対応するその横、マリィさんが聞いてくるのは、
「あの虎助、そのムラマサというのは?」
「ゲームの話ですよ」
モンスターを倒せば倒すほど攻撃力が上がる武器というのは、ゲームなんかではありがちな装備だったりする。
「しかし、〈吸血〉する対象を厳選すれば、そういうものが作れるのではありませんの?」
「そうですね。
本来、この〈吸血〉という魔法はそういう用途で作られた魔法なのかもしれません。
ただ、それはそれでちゃんとした武器につけなければあまり意味のない魔法かと」
「ん、ちょっとわかんねーんだけど」
吸血という魔法の効果に関するマリィさんからのアイデア、追加でしたその説明が理解できないと首をかしげる元春だったが、
「元春、僕がオリハルコンとか作る時に使ってるっていう素材はなんだったっけ」
「マールさんのとこで取れる実じゃないのか」
「それもあるけど、他には?」
「他にって――、ああ、ドラゴンの血か」
そう、魔法金属などの強化に必要なのは龍種などの膨大な魔力を含む血液だ。
つまり〈吸血〉という魔法でそれら上位存在の血液を吸収したとすれば、元の素材にもよるのだが、その武器は強化されることになるのではないか。
「じゃあ、こいつを使えばすっげーつえーナイフができるってことかよ」
「たぶん出来なくはないと思うよ」
本来なら、ちゃんとした錬金術で調整しなくては、オリハルコンなど上位金属は作れないのだが、そこまでの質を求めなければ、それなりの強化には使えると思う。
ただ、問題なのは――、
「でも、例えば、このナイフでドラゴンが倒せると思う」
「いや、そりゃ無茶だろって――、
ああ、それで意味がないのか」
そう、この魔法で武器を強化するには、わざわざ下位の武器で上位の敵に出血するほどの手傷を負わせなければならないという縛りプレイのような芸当をする必要があるのだ。
「でもよ。それなら普通にドラゴンを倒してから〈吸血〉を使って武器を改造すりゃいいんじゃね」
「それは一理ありますわね」
「けれど、わざわざドラゴンを倒せる武器があるのに、どうしてそんなことする必要があるんです」
「そりゃ、普通に強い武器を手に入れる為とか」
「いえ、龍種と戦えるくらいなら、すでにそれなりの装備は持っていると、そういうことですのね」
「ええ――」
まあ、龍種を狩る人物と実際に吸血を使う人が別で、簡易的でもいいから、強化された武器を量産する必要があるというなら、それも選択肢の一つかもしれないけど、そんな七面倒臭いことをするくらい財力がある人なら、ちゃんとした錬金術師に頼んで、オリハルコンとまでは行かないまでも、上質な金属を作ればいいのではないのか。
ただ、それが出来ないからこの〈吸血〉なんて魔法ができたなんて可能性もあるのだが、
「ふむ、そう考えますと、この〈吸血〉という魔法は欠陥の多い魔法になりますのね」
「でもっすよ。そう考えると、なんでそんな魔法を作ったんすか」
「だからオリハルコンとか、人工的に作るのはかなり難しいから、擬似的にそういうことをしたかったんじゃない」
それとも、もともと僕が最初に言ったみたいに、ただ、武器に血糊がつくのを防ぎたかったのかもしれないが――、
これに関しては『卵が先か鶏が先か』というような話になるから。
「つまり、それはそういうものとして捉えるしかないということですのね」
「そういうことになりますね」