お嬢様と大男?
それは一学期もそろそろ終わりというある日のこと、
その日は珍しく、常連のお客様がいない万屋で、虎助が店番をしていると、まだ日も高い時間帯に少女と大柄な男性という珍しい組み合わせの客が来店してきて、
「いらっしゃいませ」
「ここに面白い魔導器があると聞いたのですが」
虎助の挨拶を無視するように単刀直入に切り込んできたのは、まるで人形のように美しい容姿を持つ少女だった。
そんな彼女の態度に、虎助は特に気分を害した様子もなく、ただニコニコと笑顔を浮かべ。
「面白い魔導器ですか、それならばこちらのカードなどはどうでしょう」
万屋の目玉商品の一つスクナカードを薦めるのだが、しかし、少女が求めているのはどうやらスクナカードではないようだ。
「ああ、スクナカードという魔導器ですね。しかし、私が探してるのはそちらではなく、いろいろな魔法を習得できる稀有な魔導器があると聞いたのですが」
「それならこちらのメモリーカードですね。様々な情報が得られる白紙の魔導書のようなものとなっております」
スクナカードについては既に知っているとチェンジを要求。
少女のリクエストに虎助が取り出したのは、日々バージョンアップを重ねるメモリーカード。
「これがそうなのね。
それで、その情報っていうのはどんなものがあるのです?」
「そうですね。魔導書だけに魔法式はもちろん、錬金術のレシピに魔獣の情報と、それこそいろいろな情報をそこの魔導器を使って調べられますよ。これさえあれば、好きに情報を転写できるようになっていますので確認してはどうでしょう」
と、少女からの続く問いかけに、虎助が手で示したのはカウンターの上に載せられたキューブ状のクリスタル。
「これは?」
「メモリーカードの大元といいますか、大容量の記録用クリスタルのようなものでしょうか。メモリーカードはこのインベントリに入れられている情報を引き出してオリジナルの魔導書を作れるという商品になっています」
それは万屋のデータベースの中で、ソニアが公開してもいいと判断した情報が大量に込められた大型のインベントリ。
このメモリーカードの親玉のようなキューブ状の物体に、魔力を纏った指で触れることによって、専用の魔法窓が展開され、そこに詰め込まれた様々な知識を引き出すことができるのだ。
と、カウンターに置かれた大型のインベントリに関する説明を受けた少女は『ふぅん』とやや子供らしいリアクションをすると、すぐ傍らに佇んでいた大男にチラリと目を向け。
「なら、アナタ、調べておいてくれるかしら」
そう一言、お付きらしき大男に指示を出す。
ともすれば、とある国の国立図書館すらも上回る程のデータを保有するインベントリの中から、特になにを調べろと指定をせずに調べものをさせるとは、なかなかに鬼畜の所業である。
ただその大男は、少女の無慈悲な命令に文句の一つも言わずに作業を始めて、
その一方で、大男に指示を出した少女はというと、さっそく作業を始めた大男にちらりと視線を向けながらも、すぐに興味をなくしたように顔を上げ。
「気になるといえば、店長さんは不思議な武器を使っているとか聞いたのですが」
「不思議な武器――というとコレですかね」
ふと思い出したと、そんな少女の問いかけに虎助が見せるのはマットブラックのナイフ。空切だ。
「見せてもらってもよろしいかしら」
と、少女はそのカウンターの上に置かれた空切に手を伸ばそうとするのだが、少女の手がいざ空切に触れようとしたところで、虎助がそれを制すように手の平をさっと割り込ませ。
「すみません。それはちょっとできないんですよ」
「ただ見せてもらうだけでもダメなのです?」
少女はそう言って、睨め上げるように虎助を見つめる。
しかし、虎助はそんな少女の視線に少し困ったような顔をしながら。
「いえ、そういうことではなくてでして――、
実はこのナイフ、僕以外は使えないようになっているんです」
「つまり使用者制限があると?」
「使用制限と言うよりも、どちらかといえば呪いのようなものですかね」
「呪い?」
『呪い』というワードを耳に、思わず手を引っ込める少女。
しかし、虎助は少女を安心させるように笑みを浮かべ。
「大丈夫ですよ。このナイフには安全装置のようなものがついていますから」
「安全装置、ですか?」
「ええ、このナイフには使用者を制限する機能がついていまして、それ以外の人が触ろうとすると、ちょっとした空間魔法のような力が発動して、触れないようになっているんですよ」
具体的には、誰かがこのナイフに触れようとすると、自動的に空間的な防護膜が展開され、まるで反発する磁石のように、うまくナイフに触れないという状態になってしまうのだ。
「それでも無理やり触ろうとしたのなら、どうなってしまいます?」
「試したことがないのでわかりませんが、おそらく碌なことにはならないでしょうね」
これは脅しではなく真実である。
それが具体的にどういうものかは、持ち主である虎助にもわからないが、このナイフに使われている材料、そして製作者の性格を考えたとするなら、それは本当に危険なものになっているだろう。
そんな脅しのような説明をしていると、もくもくと調べ物をしていた大男が小さく溜息を吐くように顔を上げ。
「あら、調べ終わったの?」
少女の問いかけに首肯する大男。
そんな、わずかな時間で調べものを終えてしまったという大男に、虎助は微かに興味深げな視線を送りながらも、情報の精査を終えたのなら後はメモリーカードにどんな情報をダウンロードするかだ。
顔を上げた大男になにか必要な情報があったのかと訊ねる虎助。
すると、大男は手元の魔法窓を少女に見せようとスライドさせ、身振り手振りで検索の成果を報告。
「そうね。とりあえず、彼が調べ上げた情報をすべてもらえるかしら。
その、メモリーカードだったかしら、そのカードの枚数は少し余裕をもたせてくれると嬉しいわ」
と、少女からのご注文に、虎助が無口な大男に視線を向けたところ、買い取る情報がリスト化された魔法窓がパスされて、
虎助はそのリストにざっと目を通しながらも、魔法窓の片隅に合計された情報量をチェックした上で、
「成程、これならミスリルのメモリーカードが五枚ほどあれば十分ですね。
データと合わせて銀貨八十六枚になりますが、いかがでしょうか」
「なら、これで」
コイントレイに金貨を落とす少女。
その一方で、カウンターのそばに控えていたベルが大男の指定に従いインベントリからデータをダウンロード。
数分と待たずにダウンロードを終えたところで、
「ありがとうざいました。またのご来店をご来店をお待ちしております」
「ええ、ありがとう」
◆????
「どう、あの子のいってたアレ?」
「良くも悪くも、あそこで手に入れられる情報は常識の範囲内。
けど、僕達の任務に関係ないってところなら、かなり衝撃的な内容がいくつかあったかな」
「へぇ、例えば?」
「そうだね。実用レベルで量産可能なマジックバッグの作り方とか、下位の重力魔法の魔法式、後は普通なら秘匿されるレベルの精霊魔法の詳細とかかな」
「それは――」
「結構な爆弾だよね。
それで、君の方はどうだったのさ。例のナイフ見たんでしょ」
「う~ん。正直、あれはボク達が知っているそれとは別のものだったね。
そもそも、あれがボク達が知ってるアレと同じものだったらここでこうしているのがおかしいでしょ」
「まあね」
「それで、君の結論は?」
「現状維持。少なくともあそこで売り出しているアイテムの素材が彼等によって調達されているなら、手を出すのですら躊躇われるね」
「あれはないよね。気がついたら龍種の革を使った装備が置いてあったりするし、あれだけの種類が揃えられてるってなると、何匹かの龍種は確実にやってるよ。
もう、遊ぶだのなんだのって言ってる場合じゃないって感じ」
「少なくとも巨獣を倒せるということは証明されているからね」
「どうやったらそんな戦力が得られるのやら」
「運じゃない」
「運とか――、適当過ぎると思うんだけど」
「しかし、そうとしか言いようがないからね。
それくらいあの場所に集まるものの質は異常だから」
「まぁね……、
で、急に話は変わるけど、ってゆうか八つ当たりみたいなものなんだけど。
君、その格好、まったく似合っていないよね」
「それは前回、君がやらかしちゃったからでしょ。
二人で行くならカモフラージュは必須だって言ったのも君だからね。
まあ、君のイタズラの所為で、彼等も彼女と接触したみたいだから、念の為っていうのはわからないでもないんだけど」
「そういえばあの子、今なにやってるの?」
「また別の拠点を探してるみたい。
量産した体をあっちこっちにバラ撒いてるって報告が届いてるかな」
「はぁ、いい力を貰った子はいいよね」
「それ、君が言うことじゃないと思うんだけど」
「そう? 少なくともボクとしては彼女の力がもらいたかったね」
「僕としては君の力が羨ましいんだけど。
まあ、隣の芝生は青く見えるってやつかな」
「なにそれ」
「何事も他人のものの方がよく見えるって言葉だよ。
あの店長の地元の諫言らしいよ」
「ふぅん。『隣の芝生は青く見える』ね。覚えておくよ」