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再来、三人娘02

 テスト週間も最終盤、残す教科はあと三つとなったその日、僕は万屋で仕事をしていた。


「完成しました」


 そう言って、僕がカウンターのしたから取り出すのは銀色(・・)のグリープ。

 これは、つい先日、万屋にやって来た狼の獣人少女ウォルさんから注文されたグリーブだ。

 魔王様のスクナである黒虎のシュトラが持つ特技〈重力撃〉をモチーフにした魔法式が込められた格闘専用のグリーブである。


「よっしゃ待ってました」


 ウォルさんは見せられた真新しいグリーブに、ぱぁっと目を輝かせると、ひったくるようにグリーブを手に取って、いそいそと両足に装着。「サイズとかはどうですか?」という僕の質問に、そのグリーブに刻まれている魔法式を発動させて。


「うんうん、ええ感じやな。

 じゃ、さっそく試運転といこか」


 取るものもとりあえず試運転だと店を飛び出していく。

 多分、ディストピアに潜りに行ったのだろう。

 瞬きする間のなく見えなくなってしまったウォルさんの背中に、僕が隠すことなく苦笑を浮かべていると。


「す、すみません。お代の方はこちらにこちらによういしていますので」


 テスさんが申し訳無さそうにしながらも可愛らしい革袋に入った金貨をコイントレイの上に。

 僕はそんな小さな猫耳少女のお辞儀に「いえ、構いませんよ」とスマイルを返し、トレイの上の金貨を数え。


「しかし、ウォルさん、すっかり嵌りましたね」


「やっぱり本能が疼くんじゃないかしら、なんの気兼ねなく死力を尽くして戦うなんて、ふつうできることじゃないから」


 狼の獣人だけに狩猟本能が高いらしいウォルさんは全力バトルを好む傾向にあるようだ。

 後先のことを考えず、死力を尽くして強敵と戦えるディストピアという魔導器は垂涎のアイテムだとのことである。


「ただ、あれで変にクセがつかないといいんですけど――」


 自分の身も顧みないで戦えるのはあくまでデイストピアの中だけのこと、元の世界に帰った時に、そんな意識が残っていたら危険だと、ディストピアでの戦いにハマるウォルさんに僕はそんな心配するのだが、


「その辺は、ふだんから口酸っぱくなるくらい言い聞かせてるから大丈夫だと思いたいんだけど、ただでさえウォルは無茶ばっかりするんだから」


 ゼラさんによると、ウォルさんはディストピアじゃなくても、わりとガチンコの戦いを好む人のようだ。

 ゼラさんとしては、ことあるごとに『自分の体のことをもっと考えなさい』と注意しているそうなのだが、ああいう性格のウォルさんはなかなか理解してくれないのだという。


 しかし、そういうことなら尚の事、回復力や耐久力を高める装備を考えた方がいいのかもしれない。

 ディストピアの存在がウォルさんのその本能に油を注いだって形にもなるかもしれないし、彼女達にはやってもらいたいことがある。

 なにより、二人も――特にゼラさんが――心配しているみたいだからね。


 僕はここに来て完全に開花してしまったウォルさんの闘争本能を危ぶみ、自然治癒能力を高めるようなマジックアイテムをさり気なく渡すべきだろうかと考えながら。


「それで、お二人は来たのはウォルさんのお金を支払いに来ただけではありませんよね」


「ええ、ウォルの装備が完成したから、そろそろ帰ろうと思って」


「それで、お金もまだ残っていまから、追加でなにか買っていこうかってことになりまして」


 成程、それぞれの装備に宿泊費、その他、細々としたアイテムを買っていたわりには、まだお金に余裕があるみたいだ。

 まあ、常連のお客様やアムクラブのように、常時つながっている次元の歪みでもなければ、おいそれとここに来ることができないから、少しでもお金が残っているなら、なにか買っていこうって気分になるのはわからないでもない。


「だから、店長のオススメとかあったら教えてくれると嬉しいんだけど」


 そう言って、品を作るゼラさん。

 元春ならここでサービスだのなんだのと言い出しそうなのだが僕は違う。

 ただ、そういうことならこちらとしても丁度いいかな。

 僕はあくまで冷静に、ゼラさんのそれに乗っかる形で、


「そうですね。ゼラさんは魔法職。テスさんは斥候職でいいんですよね」


「私としては二人のフォローをしているだけなんですけど」


 腰が低いというか、テスさんは自信なさげにそう答える。

 しかし、それでも否定はなかったのなら、そういうことなのだろう。

 僕はカウンターの下から、|はじめから用意していた《・・・・・・・・・・・》二人に渡す品を取り出すと、それを二人の前に並べるように置き。


「それならこんな商品はいかがでしょう」


「これ、マフラー?」


「私のこれは剥製? いえ、ぬいぐるみですか?」


 ゼラさんの前に置いたのは鮮やかなブルーのストール。

 テスさんの前の置いたのは手のひらサイズのリス型ゴーレム。

 それぞれにオススメとして出されたアイテムを見て、頭上に疑問符を浮かべる。

 そんな二人のリアクションに僕は『やっぱり説明しないとわからないよね』と、とりあえず本命のテスさんの説明を後回しに、あえてゼラさんを優先して、


「まず、ゼラさんのそれですけど、形はそんなですけど魔法の箒です」


「これが魔法の箒?」


「見た目はふつうのストールですが、飛行能力はなかなかのものですよ」


 それは以前、義姉さんの友人である佐藤タバサさんのから頼まれて作ったストール型の魔法の箒だ。

 佐藤さんに作ったそれが魔女の界隈で評判となり、同じ箒の注文がいくつか届き、またいつ同じ注文が来てもいいようにと、いくつか作り置きしているものの一つである。


「ふぅん。それで、この箒はどのくらい飛べるのかしら」


「中位の魔法を一回使うくらいの魔力で十分ほどの飛行になりますか。飛行速度は使用者が放てる最速の魔弾の半分くらいになると思います。ストールそのものにも魔力を溜めておくことができますから、事前に準備さえしておけば消費なしに空を飛ぶことができますよ」


 しかし、この蓄魔機能は補助的なものであるからして、長時間の飛行を想定したものではなく、あくまで緊急的な使い方になるのだが……、

 そんな説明を追加でしたところで、ゼラさんは手に持ったストールに魔力を通し。


「なかなかのものね。お値段は幾らくらいになるの?」


「素材がダブついていますからそこまでお高くありませんよ」


 空魚の骨といえばボルカラッカの骨がまだ使い切れずに残っている。

 それに、これに使っている魔法金属はただのミスリルでしかないのだ。


「これって、この色しかないのかしら」


「いろいろありますよ」


 ここでゼラさんから他に色違いのストールはないのかと催促される。

 どうもゼラさんとしては、そのストール型の魔法の箒そのものの値段も気になるようだが、それよりもストールの色があまり好みではないみたいだ。

 個人的にはこの空色のストールは空を飛ぶ時のカモフラージュに、そして、真っ白なゼラさんの髪とよく合うと思っていたのだが、お客様がそういうのなら仕方がない。

 僕は他にもいくつか作った別色のストールを並べ、ゼラさんがそれに気を取られたところで本題に入る。


「それでテスさんのそれなんですけど、実はちょっとお願いがありまして――」


「お願いですか?」


「はい。これはできればでいいんですけど、そのお願いを聞いてくださったら、いま、お二人に見せている商品は無料でお譲りしたいかと」


「へぇ、これを無料(タダ)でくれるなんて、その『お願い』気になるわね」


 お金に関する話は聞き逃がせないのか、ストールに夢中だったゼラさんも、その話が出たところで、グレーのストールが気になったのか、手で感触を確かめるようにしながら、からかうようにこちらの話に入ってくる。

 しかし、これに関してはそんなに難しい話でもなく。


「実はみなさんに転移の扉の調査をお願いしたいんです」


「転移の扉っていうと、私達がここに来るのに使ったあの扉よね」


「そうです」


「どうしてって聞いてもいいかしら?」


「もちろん」


 と、僕は二人に――正確には三人だが――彼女達の世界に存在する転移の扉を調べてもらうのは、万屋のオーナーの望みであり、このアヴァロン=エラにあるゲートを強化に繋がるものだと、そう告げたところ。


「つまり、あの扉を調べれば、あの巨大なゲートの機能が拡張できるかもと――」


「そうですね」


 まあ、実際は他にもいろいろと理由はあるのだが、ゼラさん達、お客様方に一番関係あるのはゲートの機能向上だろう。


「けど、調べるってどうすれば良いのかしら、私達のあの扉を解析するようなスキルはないわよ」


「それはテスさんに渡したこの子たちに任せようと」


 そう言って、僕がカウンターの上に乗せたリス型ゴーレム・リスレムの頭を軽くなでたところ。


「このリスに?」


「こちらは各種探査系の魔法を備えているゴーレムになりますので、ゲートに入る前から起動しておいていただければ勝手に扉を調べてくれるようになっています」


 まあ、転移の直後はすぐに扉が消えてしまうという話なので、大した情報は得られはしないだろうが、次にこの万屋を訪れる時にはどうしても扉の前でしばらく過ごすことになるだろう。

 その間に可能な限りの情報が集められれば――、


「あと、扉の探索以外にも使えますから、そちらの方でも活躍してくれるかと、もちろんまた扉を探すのに彼等をという使い方もできますよ」


 ちなみに、通常リスレムはここまでの調査能力は有していない。

 今回の個体は、すでにあったリスレムを改造して、『掃除屋』に飲み込まれ、このアヴァロン=エラに迷い込んできたエルマさんに渡した亀型ゴーレムラファの頭脳を乗せた特殊なリスレムなのだ。


「そうするとこのリスは――」


「ええ、なので、こちらを五体、預けようと思います。

 三体ほど、調査に回していただければ、後の二体は好きにしていただいて構いませんから」


「でも、私達でそんなに操れるでしょうか」


「それは魔法窓(ウィンドウ)の機能をうまく使えば簡単かと、この子達は頭がいいですから、ちゃんと指示出しさえしておけば、勝手に動いてくれますよ」


 そう言いながらも、僕はテスさんが持っていた〈メモリーカード〉と特製のリスレムを同期させ、軽く動かし方を実演する。

 すると、それを見ていたゼラさんがその小さな(おとがい)に手を添えて、


「ふぅん。これなら簡単そうね。

 と、も一つ、このゴーレム、動力はどうなってるの?」


「魔法金属を使った装置を組み込んでありますから、動かなくなっても、丸一日くらい外気に触れさせていただければ動くようになるかと、

 まあ、そういう魔力運用もリスレムそのものが自分で判断してくれますから、エネルギー切れになることなんて殆どないと思いますけど」


 これはフレアさんの世界での探索で実験済みである。

 エネルギーのチャージ時間は世界の魔素濃度にもよるもだが、これまでの経験からリスレム自体が自分で調整してくれると思う。


「それでどうでしょう。この依頼引き受けていただけますか」


「いいわ。受けましょう。扉の調査は私達にもメリットがあるからね。

 ってことで、テス、頑張ってね」


「私ですか!?」


「そのリスはアナタがもらったんでしょ」


「まあ、基本的にリスレムは自動で動いてくれますから、テスさんの負担にもならないでしょうから」


「うぅ……、そういうことなら、わかりました。頑張ります」


 うん。取り敢えず引き受けてくれたみたいで一安心。

 後の仕事は、この取り引きで浮いたお金をどう使うのか、二人の相談に乗るくらいかな。


   ◆


 現在時刻は午後八時、三人娘は勿論、魔王様も自宅に帰った後、僕はソニアのいる工房の地下の秘密研究室を訪れていた。


「データはちゃんと届いたみたいだね」


「移動したらすぐに扉が閉まって消えちゃうって話だったから心配だったけど、なんとかデータは飛ばせたみたい」


「なにか新しい発見はあった?」


「特にこれといって目新しい情報はなかったけど、やっぱり位置情報は重要だってことが再確認できたかな」


「ああ、でも、こっちからの移動だと、ソニアが持ってる位置情報じゃダメだったんだよね」


「たぶん、あの場所自体がめちゃくちゃにされちゃったから、座標もまったく変わっちゃってるんじゃないかな。ある意味でここもそうなんだし」


「じゃあ、やっぱり、ソニアが持ってる情報とアヴァロン=エラの情報の差分から逆算して送り込んでいくしかないってこと」


「もしくは関係者から情報を引き出すかとか」


「そう、ちゃんと持ち帰れればよかったんだけど……」


「それはそれで罠って場合もあるから――、

 難しいよね」


「たしかに――、ゲートの方にも情報が残らないようになってるみたいだし」


「でしょ。あっちの情報は運よくゲットできたらラッキーくらいで考えて、本命の検証を進めた方が無難だと思うよ。

 幸い、材料は投げ売りするくらいあるし、虎助が協力してくれてるから」


「僕としてはあんまり役に立ってるって実感はないんだけど」


「やってることが本来虎助が持ってる特性とちょっと噛み合ってない感じだからね。それでもボクやベル達がやるよりかは数千倍はいいと思うよ」


「マリィさんのところの鏡はどうなの?」


「あれはあれでかなりの難物だからね。夏休みにいろいろ調べるんでしょ。その時に合わせて準備をしておくよ」


「わかった。こっちもこっちで進めておくね」

◆次回は水曜日に投稿予定です。

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