義姉襲来(後編)
前後編なのに後編の文字数が2倍程あるとはこれいかに?
文章量の配分が下手ですみません。
「なになに、何がどうなってるの?」
「虎助。これは――」
「ええ、そうみたいですね」
「だから、何がって聞いてるのよ」
突然鳴り響いた警報に義姉さんが困惑した声を上げ、店の外、一斉にゲートに向かい移動を始めるエレイン君達のその姿に、僕とマリィさんが訳知りの会話を交わしていると、義姉さんが苛立たしげに僕の首根っこを掴んでくる。
ゴリッと頬骨に当たる洗濯板という名前の胸の感触に顔を歪めながらも僕が答えるのは、
「魔獣が迷い込んできたみたいです」
「ま、魔獣!?」
魔獣を知らない義姉さんと元春がきょとんとするすぐ後ろ、驚きの声を上げたのは、義姉さんが強盗行為を行う傍ら空気と化していたとんがり帽子のお姉さんだ。
当然というべきか、【魔女】らしきこのお姉さんは魔獣の存在を知っているらしい。
どうしたらいいのかという風にワタワタと手をばたつかせている。
と、そんな彼女の慌てっぷりは仕方がないとして、問題はこの世界にやって来た魔獣の方だ。
しかし、警報とほぼ同時にベル君が寄越してくれたフキダシを見る限り、迷い込んできた魔獣というのは大した脅威ではないみたいだ。
とはいえ、エレイン君達だけに任せておくのも店長として無責任だな。
ということで、
「僕はちょっとゲートを見に行ってきますから、皆さんは隠れていて下さい」
ちょっと田んぼの様子を見てくるからと、そんな軽い調子で義姉さん達に説明。現場へと向かおうとするのだが――どうせマリィさんとか義姉さん辺りは聞いてくれないだろうな。
この場にいるメンバーの性格にそんなセリフを心の中で呟きながらも、先行するエレイン君達を追いかけて万屋を飛び出すと、案の定、こんな声が背中越しに聞こえてくる。
「待ちなさい。虎助」
「アタシ達も行くわよ」
「「ええっ!?」」
「来なかったら後で酷いわよ」
だからせめてと僕が先に行って安全の確認を――と、追いかけてくる皆を引き離すようにゲートへと続く約100メートルを一気に駆け抜ける。
そして、その先に見つけたのは体長5メートルは優にありそうな巨大な猪豚だった。
赤い瞳に真っ黒な毛皮。正面から見える特徴的な鼻やぴょこんと飛び出した牙を確認しなければ、グリズリーと間違えるほど巨大な――、いや、それよりも一回りも二回りも大きいだろう猪豚が5匹、フゴフゴとゲート周りの土を掘り返していた。
因みに今回は魔獣の数や力量を考えてゲートの結界は張られていない。事前の準備があるとはいえ、広範囲かつ高強度の物理結界を展開するのにはそれなりのコストが必要なのだ。
そして、立ち止まる僕のすぐ後を当然の顔でついてきていた義姉さんが呻くようにこう呟くのだ。
「なに、あのデカブツ」
「どうやらオークの一種みたいですね」
「オ、オークってーと、その、姫騎士を蹂躙するあのオークか?」
次に声を掛けてきたのは、少し遅れて到着した元春だ。突発的な100メートルのダッシュによって軽い息切れを起こしている。
「うん。多分そのオークだね」
そして、
「つか、それってヤベェんじゃねえのか。志帆姉はまあいいとして、マリィさんとかお姉さんとか、もしかして俺もカマ掘られたりするんじゃブルグシャァ――!?」
と、予定調和の鉄拳制裁はさておいて、
因みに元春の言うようなオークのテンプレートな特徴などは、基本的に創作物――僕の世界で言うところのゲームや小説なんかで後付けされた設定殆どらしい。
元々オークという種族は悪魔の一部をそう呼んだり、ゾンビに似た種族のことをそう呼んだり、果ては海の怪物なんて説もあったりと、各世界、各地域、各時代において、様々な解釈がなされる化物なのだという。
とはいえだ。魔獣に影響を与える魔素というエネルギーが高い精神感応性を持つが故に、その影響から、元春の言うような俗っぽいオークも存在するといのはまさにその通りで、
しかし、どちらにしても、
「オークは各世界でその特徴がちょっとづつ違うからね。ちゃんと調べてみないとどんな生態を持っているのかは判断できないかな」
「つか、各世界によってとか何の話だよ」
そういえば、元春達にはアヴァロン=エラに関する詳しい説明とかはしてなかったっけ?
でも、いま説明している余裕はないし、こんなファンタジーな世界観を誰が簡単に信じてくれるかという話でもある。
まあ、このアヴァロン=エラに転移してきた時点でファンタジーもクソも無いと思うし、元春の場合、何となくついてきたら巨乳な女の子がいたからラッキーなんて思っているのかもしれないけど。
「取り敢えず、その辺りの説明は後でね。だからさっき言ったように元春は義姉さんと一緒に店に戻って隠れてて欲しいんだけど……」
「――って、お前はどうすんだよ」
「さっきも言ったけどオークを放っておく訳にもいかないから」
「もしかして戦う気かよ」
「それがここの仕事の一つだからね」
心配をくれる元春を安心させようと何でもないように言っていると、やはり、その重量過多な胸部パーツが足を引っ張ったのだろうか。ようやく追いついてきたマリィさんが元春を押し退けるようにして前に出てきて、
「足手まといは少ない方が楽でいいですの」
正直言うとマリィさんもお客様なんですから、唯一ついてこなかった(というか、ゲームに夢中で警報に気付かなかった?)魔王様みたいに万屋でのんびりしてくれていても良かったんですけど……。
しかし、このアヴァロン=エラでの戦闘は、古城に軟禁されるマリィさんにとって数少ないストレス発散の場でもあったりする。
そんな殺る気満々のマリィさんが先頭に立ったところで、オークというだけに美女を見分ける嗅覚でもあるのだろうか。こちらの存在にいま気付いたかのように咆哮を上げ、鼻息荒く何度も地面を蹴るオークを目前に、義姉さんがマリィさんの隣に立って、
「私は戦うわ。愚弟に任せて隠れてるなんて情けないったらないもの。アンタ等も覚悟を決めなさい」
どうやら敵前逃亡は懲罰対象になるようだ。
というよりも、少し前まで言い争いをしていたマリィさんが戦うことを許されているのに、自分だけが避難させられるのが我慢ならないらしい。
それは実に義姉さんらしい考え方ではあるのだが、魔獣との戦いを経験していない義姉さん達の存在は、マリィさんが言うように足手まとい以外のなにものでもない。
しかし、だからといって、義姉さんがそれを受け入れてくれる人ではないことは長年の付き合いから知っている。
「だったら、これを使って下さい。元春もそちらのお姉さんも」
困ったように眉尻を下げながら僕が差し出したのは、近々万屋でも取り扱おうと鋭意製作中の新魔法銃。
各種とり揃えた状態異常の魔法弾はそのままに、賢者様の世界にある。それ自体が外部から魔素を取り込む機構を備えたシェルをモデルに、消費魔力を極限まで減らそうとしたハイブリット型の魔動機だ。
まだ調整中ではあるけれど、これなら魔力を扱った経験のない義姉さん達にも扱える筈だ。
そんな風に魔法銃の使い方を簡単を義姉さんや元春にレクチャーした僕は向き直り、
「そちらのお客様にはこれを――」
とんがり帽子のお姉さんに渡したのは、万屋で魔法薬と双璧をなす売り上げを誇る魔法石の〈ディロック〉だ。単純なマジックアイテムだから【魔女?】である彼女なら扱えるだろう。
「一定以上の魔力を流すと3秒で魔法が発動する仕組みになっているマジックアイテムです。魔法の手榴弾みたいなものですけど、使えますか?」
「えっ、ええと、たぶん大丈夫だと思いますぅ」
「なら、これで後方支援をお願いします――」
と、それぞれに武器が行き渡ったところで、さて、各人に役割を振ろうか――としたその時だった。
「アタシはアタシのやりたいようにやるわ」
そう言い放った義姉さんが魔法銃を乱射しながら飛び出していく。
その姿は、初めて魔獣を見た人とは思えない躊躇のない突撃だった。
まったくフレアさんに負けず劣らずの猪突猛進っぷりだよ。
と、そんな義姉さんに呆れるやら尊敬するやら、
しかし、さすがに一人で突っ込むのは無謀過ぎる。
「エレイン君を二体ほどフォローにつけてくれるかな?」
だからと僕はベル君に頼んでエレイン君達を動かしてもらうと、義姉さんの銃撃を受けバラバラに動き出したオークを警戒を向けながら、改めて元春達にどうするのかを聞いてみると、
「ええと――、義姉さんは飛び出して行っちゃった訳だけど、元春達はどうする?」
「逃げたいっつーのが本音だけどな。後で志帆姉にどやされるからな。それに、この状況で一人隠れてるってのもキツいだろ」
女子が戦っているのに一人逃げるというのは主義に反する。それが元春の主張らしいのだが、まあ、その裏に隠された本音としては、逃げたら義姉さんに制裁される――とか心配しているんだろう。
だけど、あれだけ平気で殴られておいて、まだ義姉さんを恐れるのは、やっぱり幼い頃から叩き込まれた条件反射によるものが大きいだろう。
しかし、元春は忘れているかもしれないけれど、万屋には魔王様が居る訳で、
実は万屋に隠れていることが一番安全なんだけど……。
まあ、本人が決まったと思っているセリフを聞いた後では、それは言わぬが花というやつか。
それに、そうなったらそうなったで、煩悩が服を着て歩いているような元春が、二人っきりになった魔王様に粗相をするかもしれないと考えると面倒には変わりないのかもしれない。
うん。やっぱり元春には僕の目が届く範囲に居てもらう方が一番かもしれないな。
念の為、義姉さんたちにはベル君を通じてオーナーに加護を付けておいてもらうとしよう。
と、元春の決意から、矢継ぎ早にそんな事を考えている内にも事態は動く。
エレイン君二体を引き連れるようにした義姉さんが放つ、各種状態異常を引き起こす魔法弾の弾幕をかい潜って、二匹のオークが突っ込んできたのだ。
「虎助、来ましたわよ」
「了解です。 エレイン君達お願い」
マリィさんの声を聞き、僕が出した命令に、周囲にいたエレイン君の何体かがスクラムを組んで突っ込んでくるオークの巨体を受け止める。
ズンッズズンッ――と連続した重低音が響いたその直後、
「元春には当初の予定通り援護射撃をお願いしようかな。危なくなったらこのゲートに飛び込んでくれれば結界が守ってくれるから」
やや早口になりながらも、いつもと変わらない口調で戦いに不慣れな元春達への指示を出し、会話の流れからベル君にとある魔導器を用意してもらう。
それは前に魔王様と一緒に丘を転がって遊んだ例のアーチだった。
あまり高い強度を持たない結界だけど。体当たりがメインらしいオークの攻撃くらいなら難なく防いでくれるだろうとの計算からだ。
因みに突進を受けた後の結界内部の惨状はこちらでは一切関知しない。
まあ、柔らか結界の中でもみくちゃにされるだけなのだから、大した怪我はしないと思う。
「でもよ、虎助はどうすんだ。俺等に武器を渡しちまったらお前がヤバイんじゃないのか」
「大丈夫。僕にはこれがあるからね」
そう言いながら抜き放ったのは刀身から持ち手までマットブラックの謎物質で作られたナイフ。三次元ディバイダーだ。
「てか、それってただのナイフじゃねえかよ。それであのデカ豚とやり合うなんて無茶過ぎんだろ」
しかし、元春はファンタジー世界のメインウェポンである魔導器の有用性をまだ知らない。
百聞は一見にしかず。僕はエレイン君達に突進を受け止められたオークにデモンストレーションになってもらおうと、前方に引き寄せられるかの如く倒れ込み、ゆるりスピードを上げながらエレイン君達と押し合いになっているオークへと肉薄、そのまま四肢を切断する。
そして、流れるような動きで、最大の武器である突進力を失ったオークの首周りを撫でるように一周、まるでスイカに包丁を入れるように三次元ディバイダーを滑らせ、バランスボールサイズのその大きな頭を斬り落とす。
しかし、こうやってみるとやっぱり刃渡りの短さがネックだな。首だけに。
なんてくだらないジョークを思い浮かべていると元春が、
「何だよそのめちゃめちゃ切れ味。つか、いきなりバラバラって容赦なさすぎだろ」
まあ、そう言いたくなるもの分からないではないけれど、
「ここでは情けをかけたら逆に食べられちゃうからね。元春も殺す気でいかないと危ないよ。それに、元春も夏のキャンプで母さんからアレコレ習ったでしょ」
「ま、まあな」
自分でも物騒な物言いだなとは思うものの、母さんの名前を出されたらさすがの元春も何も言えないようだ。
そう、実はこの元春もキャンプという名の元に行われる母さんの教育の被害者だったりするのだ。
「それに、実はこれって本当に切ってる訳じゃないんだよ。単に空間を切り離しているだけなんだ。だからこうやって動きを止めないと危ないんだよね」
僕は切り離されてもなおジタバタと暴れ回る四肢の動きを止める為に、頭と体を切り離したオークに向かってポイと単一電池サイズの青いディロックを投げ落とす。
と、次の瞬間、発生した氷柱がオークの体を飲み込む。
「って、魔法かよ!?」
うん?元春は魔法の存在を知らないのか。
義姉さんはとんがり帽子のお姉さんが魔女だって把握しているみたいだったけど、元春は教えてもらっていないのかな。
元春の反応に違和感を感じてとんがり帽子のお姉さんに視線を送るも、こっちもこっちで茫然自失といったご様子だ。
考えてもみれば、地球は極端に魔素が薄い土地である。魔女とはいえどこんな派手な魔法を見ることはあまり無いのかもしれない。
「とまあ、そっちの説明もおいおいという事で、エレイン君、後の処理はお願いね」
面倒なことは全て後回し、意識を切り替えるように小さく呟いた後のお願いに、口の中から手斧を取り出したエレイン君達が氷柱を二打三打、簡単に切り倒した上で万屋の方へと運んでいく。勿論、動かなくなった手足も忘れずにだ。
元春はそんなエレイン君二名の鮮やかすぎる手際の良さを呆然と見送って、
「つか、あの氷漬けのオークってどうすんだ?」
「肉とか皮とかその他諸々に解体してもらうんだよ。皮や血の分離も魔法でなんとかなるからね」
元春としては下手に扱ったら復活するんじゃないのかと心配でもしたのかもしれない。
しかし、僕からが返した答えが予想外だったのだろう。こんなツッコミを入れてくる。
「――って、食う気なのかよ。あんなバケモンを!?」
だが、すっかりファンタジーナイズされてしまった思考を持つ僕からしてみると、倒した後の魔獣というものは立派な『食材』なのだ。
「結構美味しいよ魔物肉。それに使えるものは使わないと母さんに怒られるからね」
さすがに殆ど人の形をしたオークだったとしたら食べるのを遠慮したかもしれないけど、幸いにもこのオークは大きすぎる豚というか猪のようなものである。むしろ食べない方がMOTTAINAIといえるだろう。
そして、何より魔獣化するほど大量の魔素を体内に取り込んだ生物の肉は美味しいのだ。
いや、肉だけではなく皮に骨に内蔵と、食べる以外にも魔法薬や装備品、魔具や魔導器などのマジックアイテム等々、様々な用途への転用が可能なのだ。
まあ、オークに関していうのなら豚や猪とおんなじで、骨はスープに、皮や内臓とかも食べられたりと、食材としても捨てるところが無いのかもしれないけど……。
と、そんな余計な事を意識を傾けている場合じゃないか。
僕は脳裏に浮かべたオークの利用方法を一旦棚上げにする。
何故ならオークは未だ4匹も残っているからだ。
取り敢えず先にエレイン君達が押さえ込んでいるオークを始末しないと――、
と、さっきの手順をなぞるように手早く氷漬けにしてしまう。
そして、残るオークが3匹となったところで、また1匹のオークがこちらに突っ込んでくる。
目を血走らせ突進してくるオークの姿に、一瞬、やられた仲間の仇討ちかとも考えたのだが、
どちらかといえば仲間をやられたその復讐というよりも、ただ単純にマリィさんの魅力に引き寄せられているって方が正しいのかな。
それに、どうもオークに負けず劣らず無鉄砲な攻撃を繰り返す義姉さんに、エレイン君達もフォローが手一杯でオーク包囲網が手薄になっているみたいだ。
と、義姉さんの様子も気になるけれど、それよりもこちらに攻撃を仕掛けようとしているオークの対処が優先事項。
遠く、馬に乗るならず者を相手にする西部劇のガンマンのように、猛然と迫りくるオークを躱しながら銃弾をお見舞いする義姉さんから、目の前の敵に意識を集中させようとしたところ、マリィさんの凛々しい声が耳に届く。
「ここは私に任せますの」
そして、集中するように鋭く息を吸って、
「刺さり、纏わり、焼き尽くせ。〈炎の槍〉」
短文詠唱を付け加え、発せられた魔法名に炎の槍が放たれる。
突き出されたマリィさんの右腕の先から射出された炎の槍は、まばたきする間に十数メートル離れたオークに到達。その額に突き刺さり、短い言葉に込められたイメージ通りに脂肪分たっぷりな体に燃え移る。あっという間にこんがりローストオークの出来上がり。
「うぉ、半端ねぇな」
刹那の出来事に驚きの声をあげる元春。
そして、そんな瞬殺っぷりを見る限り、
「ここは大丈夫そうですね。僕は義姉さんをフォローしに行ってきます。
元春はその銃でマリィさん達を守ってあげてくれるかな」
実際にはマリィさんが二人のボディガードになるのだが、元春のやる気を出させるにはこう言っておいた方がいいだろう。
そんな僕の目論見をマリィさんもきっちり読み取ってくれたようで『仕方がありませんわね』とばかりに腰に手を当て息を吐き、元春が「任されろ」と魔法銃を掲げてみせる。
因みに黒ドレスのお姉さんは、数秒でこんがり肉にされてしまったオークの有様を見てショックを受けてしまったようだ。マリィさんとの実力の違いを感じ取って青い顔をしている。
そんな彼女の様子が少し心配ではあるのだが、エレイン君もつけてるし滅多なことにはならないだろう。
「じゃあ、援護お願いします」
僕は後ろ髪を引かれながらも、また一匹、マリィさんの炎の槍の餌食になるオークを横目に、元春の援護を受け、エレイン君に守られながら残り2匹のオークを一手に引き受ける義姉さんの元へと駆けつける。
すると、駆けつけるなり義姉さんがこんな要求をしてくるのだ。
「大丈夫ですか義姉さん」
「フン、見てたわよ。いい武器持ってんじゃない。アタシがもらってあげるからさっさと寄越しなさい」
どうやら義姉さんは魔獣を殺すことへの忌避感が薄いようだ。
殺る気満々である。
どうして、僕の知る女性にはこう好戦的な性格の人が多いのか。
まあ、義姉さんの場合は元々の性格もあるだろうし、なんだかんだで母さんによる洗礼を受けているから、サイズは違えどオークを狩るのも山の幸的な感覚なのだろう。
とはいえだ。
「残念だけど、このナイフは僕専用装備だから義姉さんに渡すのはちょっと――」
「なら、他の武器を渡しなさい。これじゃあアイツ等を殺せないじゃない」
渋る僕にどこかで聞いたようなヤンデレセリフを吐き捨てる義姉さん。
話している間も銃を撃つ手は止まらない。
「いや、その魔法銃ってもともと倒すための武器じゃないからね」
「なんでそんなものを渡すのよ」
何でと言われましても、手持ちの武器が無かったというのが一番の理由なんだけど。義姉さんに下手な武器を渡して、万が一のことがあっては義父さんに申し訳が立たないっていう理由もあったりする。
しかし、このまま出し渋っていると素手で戦うとか言い出しかねないのが義姉さんだ。
こうなったら仕方がない。僕は、雷のディロックによる牽制を行い、その隙にとベル君にお願いして自転車のグリップのような短い筒を取り出してもらう。
「って、なにこれ? 柄だけ剣なんて役に立たないじゃない。ふざけてんの?」
「違うから、違うから。それは魔法の剣だから。魔力を通すと中の魔法式が反応して、魔法の刀身が現れる仕組みになってるんだよ」
言ってみればそれはビームサーベルのファンタジー版だ。
けれど、そこは義姉さんや元春に渡したシェルベースの魔法銃とは違い、魔具と呼ばれるマジックアイテムである。最低限、初級魔法が使用できる魔力が必要であるし、きちんとした魔力操作をする必要もある。
しかしそれも義姉さんなら――、
「魔力を通すってどうやんのよ」
「ほら、漫画とかであるでしょ、気とか気合とか、そんな不思議パワーを手に集中するイメージで、出来ないかな?」
漫画を例えに使った僕の説明は、大雑把過ぎると思えるものの、魔法という技術は個々が持つイメージ力こそが全てである。
そして、義姉さんはいい意味での単純バカだ。
「出た」
まさかとは思っていたけど一発で成功するなんて――、
魔具の補助があるとはいっても、さすがは義姉さんだ。
――っていってもいいのかな。
「じゃあ、いくわよ」
そして、義姉さんは魔刃片手に一瞬の躊躇もなく愚直に突進を繰り返す巨体へと向かっていく。
義父さん。あなたの娘さんは無鉄砲にも程があります。
なんて愚痴のような言葉を脳裏に浮かべている間にも、義姉さんは一足飛びにオークへと接近、一合、二合と斬り付けて、こんな文句を飛ばしてくるのだ。
「ねえ。この剣、ぜんぜん斬れないんだけど。この豚の贅肉を通り過ぎちゃうんですけど」
「その剣は魔そのものを斬る刃だからね。見た目に現れなくてもちゃんとダメージは通っているから」
因みに剣に込められた魔法の名称は〈吸精〉。
サキュバスなんかの魔人が得意とする魔法みたいだ。吸い取るのは精力ではなく、生命の根源たる魔素そのものなんだという。
まあ、分かりやすく表現するならMP吸収の魔法剣といったところだろう。
そして、そのダメージの確認は、最低でも〈調査〉の魔法を使わなければ行えず、一応、オークの表情などからもダメージのほどを読み取れるのだが、そんな分かり難さが義姉さんにはご不評のようだ。
「もっとズバズバ切れるのはないの?」
「手持ちになくて」
とは言ってみるものの、正直、側で義姉さんに致命的が行かないようにとヘイト管理をしてくれているベル君に頼めば、日本刀に魔法剣、模造聖剣まで各種取り揃えられたりもするのだが、冒険家である義父さんの考えに加えて、義姉さん本人の凶暴性を鑑みると、そんな危険物など渡せる筈がない。
義姉さんのことだ。オークを退治した後、渡した武器をそのまま自分のものとして持ち帰ってしまうに違いない。つまりは『俺の物は俺の物。お前の物も俺の物』という超ガキ大将理論である。
しかし、バックヤードに死蔵された武器を日本に持ち帰ったらどうなってしまうのか。
良くて銃刀法違反。最悪の場合、何か犯罪を起こしてしまうのではないかという危惧が発生するのだ。
そんな僕の気遣いなど露程にも知らず、不満たらたら文句を言う義姉さんは、ドリフトするように方向転換、工夫もなく突進してくる巨体に飛び込んでいく。
そして、すれ違いざまにまた一撃、魔力の刃による斬撃を叩き込み、傍に寄ってきたかと思いきや、さらっとこんな物騒なセリフを零すのだ。
「何となく手応えがあるのはいいんだけど、やっぱり血とかブシャって出たりしないと違和感があるのよね」
その辺りは、姉さんのイメージを元にしていますから。
なんて教えてあげたところでどうにもならないだろう。
いや、義姉さんの言う通り、魔力のダメージ量が視覚化出来た方がこの剣の有用性が上がるのか?
戦闘中にも関わらず、ふと閃いたアイデアに意識を傾けそうになるも、すぐに振り払い、
「とにかく、地道に攻撃していこうよ」
「そんなの面倒臭いわ。というか、頭にぶっ刺せば終わるでしょ」
当たり障りのない言葉で宥めてみるのだが、義姉さんは相変わらずで、
いや、その剣は魔法を吸収する為の幻の刃で、急所を攻撃したところで一撃で倒せないよ。なんて言っても義姉さんは聞いてはくれないだろうな。
むしろ、嬉々として本当に倒せないのか試してみようとするのが義姉さんだ。
そして、そんな無茶ばかりをする義姉のフォローをするのが僕と元春の宿命ともいえるだろう。
とはいっても、殆どの場合、元春も一緒に暴走しているのだから、実質、僕が一人で苦労することになるんだけど。
と、僕は心の中で溜息を一つ。
「本当に志帆義姉は無茶ばっかりするんだから」
諦めたように呟くと、オーナーに新しく作ってもらったコインタイプのディロックを、オークの進行方向にある地面に落として即席のアイスリンクを形成。
張られたリンクに足を滑らせ、その勢いのままリンクの端っこでつんのめるオークの足元に、もう一発、コインタイプのディロックを投げ込んで、転倒したその接地面を凍りつかせる――と、
「よくやったわ。これで止めよ」
嬉々としてオークを八つ裂きにする鬼がそこにいた。
ああ、これが魔力の刃でどれだけよかったことか。オークにとっても僕にとっても、そう思わざるを得ない僕だった。
尚、残り1匹となったオークはというと、義姉さんが動けないオークに剣を叩き付ける様に恐れおののいたその隙に、僕が三次元ディバイダーでバラバラに、その上で、マリィさんの〈炎の槍〉によって体の内と外から焼かれ殺された事を追記しておく。
〈吸魔剣キスキル〉……〈吸精〉の魔法式等が付与された魔法剣。
という訳で虎助の幼馴染の登場回でした。
第一印象はあまりよろしくない二人ですが、決して悪い人間ではありませんので――いや、暴走具合においては悪いですが、基本的に単純お馬鹿なだけですから、例えるならジャイ○ンとス○夫タイプ(映画版も含めて)、ちなみに虎助はお昼寝大好き少年タイプではなく、自分の嫌なことははっきりと「NO」と言えるお人好しです――物語にはトラブルメーカーがつきものだと思って生暖かい目で見ていてあげてくださいませ。
ちなみに、今回の襲撃に関しては、ソニアのちょっとした思惑も絡んでいたりします。




