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柔らかボディスーツ

「うげっ、なんじゃこの感触。気持ちわりー」


「ああ、それは皮の内側に仕込んだダイダルゼリーの感触だね」


「ダイダルゼリーって前に倒した、あのでっけースライムだったよな」


「その二つの素材を使ってこのように仕上げたのですか。

 これだけたわみがあるとなると相手の武器を絡め取るように使えますか」


「慣れは必要でしょうが――」


 放課後の万屋、僕が元春とマリィさんに見せるのは、先日仕留めたアメフラシ型魔獣ダーケンの内殻と柔皮を使ったタワーシールド。

 ちなみに、盾本体と貼り付けた皮の間の緩衝材に使ったダイダルゼリーというのは、以前このアヴァロン=エラにやってきて、意外と美味しく食べさせてもらった、巨大スライム(ゼリー)の抽出物だったりする。


「本命は高い衝撃吸収性ですけどね」


「それが故のこの加工なのですね」


「ですね。

 ということで、元春ちょっとこの盾を殴ってみてくれるかな」


 そう言って盾を構える僕。

 しかし、元春は「えっ」と鳩が豆鉄砲を食らったような顔を一瞬浮かべ、しかし、すぐに真顔になって、


「やだよ。ゼッテーいてーだろ」


 すっぱりと拒否に回るのだが、


「大丈夫。僕も試したけど痛くはなかったから」


「じゃあ、虎助がやればいいだろ」


 やれというなら僕がやってもいいんだけど、この実験は製作者側じゃない元春がやるからこそ真実味が出るのだ。


 しかし、元春が拒否をするなら仕方がない。

 とはいえ、さすがにマリィさんにやらせる訳にもいかないから、ここはベタではあるけどアレを使うしかないかな。


 僕は『元春がやらないのなら――』と軽く皮肉を言いながらも、その盾を和室の床に寝かせたところでそのままキッチンへ。

 冷蔵庫の中から一つ食材を取り出してきて、


「卵?」「卵ですの?」


 そろって首を傾げる二人に「見ててくださいね」と一言、軽く微笑みを浮かべて手を放すと、卵は盾に向かって自由落下。


 ただ、盾に接触した卵は割れることなく、柔らかな盾の表皮に包み込まれるように受け止められて。


「割れませんの!?」


 おお、理想的なリアクションだ。

 ビタッと盾に受け止められ割れなかった卵に驚くマリィさんの反応に、僕はある種の感動をおぼえながら。


「衝撃を吸収する盾ですから」


「つか、こういうのって本当にあるんだな。他にもいろいろ使えるんじゃね」


「うん。だからこういうのを作ってみたんだけど」


 続いて僕が取り出したのは上下一体となったレザースーツ。

 ダーケンの皮を何枚も重ね合わせ、その間に例のゼリーを注入して造ったレザースーツだ。


「ウェットスーツか。でもサイズが子供用じゃね」


「それなら問題ないよ。この素材自体がすごい伸びるから、こんなサイズでも普通に着れるから、元春、着てみてくれないかな」


 そう言って、手に持った子供サイズのレザースーツを、引っ張って伸ばして見せながら元春に渡そうとするのだが、元春はその突き出されたレザースーツにずいと手の平を前に突き出して、


「いや、こういうのは俺よりもマリィちゃんだろ。

 マリィちゃんも試してみたいんじゃないっすか」


「そうですわね」


 それがちょっと妙なものでも、新しい装備とあらばマリィさんとしては試さずにはいられない。

 そんなマニア心を読み取った元春は自然な流れを装い、このレザースーツの試着をマリィさんに譲ろうとするのだが、


「待ってください。このスーツはボディラインが出ますので、マリィさんが着るのはちょっと――」


 考えてもみて欲しい。元が子供サイズで完全に体にフィットするようなレザースーツをマリィさんが着たらどうなるのか――、

 有り体に言ってエロティック。

 そんな心の声をオブラートに包んだ僕の指摘に、マリィさんもそのSSサイズのウェットスーツを装備した自分の姿を脳内に思い浮かべてみたのだろう。元春をキッと睨み付け、火弾を指先に浮かべられてしまっては、元春も諦めざるを得なかったみたいだ。

 『はぁ』とわざとらしくため息を吐き出した元春は、自分の失態を誤魔化さんと、やけくそ気味に僕の手からダーケンの柔皮で作られたレザースーツをひったくると、


「わかりましたよ。俺が着りゃいいんでしょ」


 そう叫びながらも、マリィさんからの制裁を受ける前にとカウンターのすぐ横にある試着室に逃げ込んで、「これマジで入んのかよ」とか、「フィット感がスゲーんだけど」とか、「これ下手なパンツだとアレの形がモロバレじゃね」とか、ややもすると、これもまたマリィさんの制裁対象になりそうなセリフをグチグチ呟きながらも着替えを済ませてくれたみたいだ。

 シャッとカーテンを開き、意外と引き締まったその体を堂々と見せびらかすように更衣室から出てきて、


「これはなんと面妖な」


 ちなみに、今回作ったこのウェットスーツもどきは着色もなにもしていないから、ダーケンの皮膚そのままの色柄となっている。

 だから、デザイン的にはちょっとどころじゃなく悪趣味な仕上がりになっちゃってるみたいだね。

 更衣室から出てきた元春を見たマリィさんの反応に、僕はそんなことを思いながらも。


「どんな感じ、締め付ける感じとかはない?」


「別にそういうのはねーな。

 でも、チンポジがうまく決まらねーってかなんつーか」


 結構な伸縮率なので体を締め付ける感じはないかと訊ねる僕に、とりあえずの危機を乗り越え油断したのか、元春がもそもそと下半身をいじりながら、またおバカなことを言い出して、


 すると、当然のようにマリィさんがその指先に炎を再点火。


「ちょ待――」


「ああ、大丈夫かな。

 マリィさん。やっちゃってください」


 僕は慌て言い訳をしようとする元春の言葉を押しつぶすようにマリィさんにお仕置きを要請。


「ちょちょちょちょちょ、なに言っちゃってんの!?」


 だた、これにはちょっとした計算もある。

 なので、元春もそんなに慌てないで安心して欲しい。

 と、にこやかに頷く僕の合図で、ひょいとマリィさんの指先から放たれた火弾が元春の太ももにヒット。


「熱っ――、

 って、あれ? どうなってんだこりゃ」


 しかし、元春は多少の熱こそ感じたみたいだが、いつものようにアクロバティックなことにならずに、どこも怪我をしていないようである。

 元春はそんな自分の状態に疑問符を浮かべて。


「受け止めたんだよ。素の防御力に加えて衝撃吸収があるって言ったでしょ」


「おお、これってすげーんじゃねーの」


「まあ、普通に強かった魔獣の素材だからね」


 ともすれば、巨獣というカテゴリに入りそうなダーケンの素材。

 あれからソニアがいろいろ調べたところ、ダーケンはその強靭な体で相手の攻撃に耐え、例の分泌液で相手を追い払うという戦い方の魔獣だったみたいだ。

 おそらく僕が状態異常への高い耐性を持っていなかったのなら、そうとう苦戦した魔獣だっただろう。

 しかし、そんな魔獣の素材でも、もともとが水の中で暮らしていた生物だけに、やっぱり火の魔法には弱いみたいで、

 水や土、風などといった魔法なら問題なかったのだろうが、火弾を受けた元春の太ももの部分には小さなタバコの焦げ跡みたいなのができていた。


 と、元春も僕の視線を追いかけてその焦げ跡を見つけたのだろう。黒く煤けている小さな焦げ跡を引っ張りながら。


「つか、これって燃えねーような加工とかできねーの?」


「ある程度は出来るだろうけど、完全にっていうのは難しいね」


 外側に薄いプロテクターのようなものをつけるとか、魔法薬による防炎処理をするとか、火や熱への対策はいくつか思い浮かぶけど、もとの素材が素材だけに完全に対応することはなかなか難しいんじゃないかな。


「でも、それができれば、この装備って最強じゃね」


「どうかな。衝撃耐性にも限界があるし、後から施す対策にも限界があるからね」


 そもそも、ダーケンの皮にわざわざそういう処理をするくらいなら、魔法で防御するとか、別の素材――、例えば魔法金属などを使って一段上の装備を作った方がこれよりも強力な装備が作れるんじゃないいかな。


「それに、いくらそのスーツの防御力が高くても頭を狙われたら終わりじゃない?」


 まあ、そうそう簡単に頭をピンポイントで狙うなんてことは出来ないのだが、

 スーツはほぼ全身を覆っているとはいえ、手や足、頭などはその防御の範囲外。

 そこを狙われたら一巻の終わりなのである。

 ただ、そこは元春が使おうと考える防具である。


「だったら、マスクも作りゃいいじゃねーか」


「それはそうなんだけど。

 今度は目とか口が逆に狙われるってことになるんじゃいかな」


 どれだけ対処しても、例えばマリィさんのような魔法巧者なら、それを掻い潜った攻撃もできなくはないのだ。

 しかも、どうしても無防備になる体の部位は、それ自体が急所であって、


「逆にやべーことになんのか」


「そういうことだね」


 僕は頷いて、


「あと、そのスーツ、一定以上の熱を受けると縮むみたいだから、広範囲の火魔法とか、周囲の温度を急激に変化させる魔法を食らうと結構マズイんだよね」


 今ですら付けられた焦げ跡の部分が引き連れているのだ。それを全身に食らった場合、どうなるのかは言うまでもないだろう。


「つまりこういうことですの?」


 そう言ってマリィさんが器用に炎を操り元春を炙ったところ、元春が着ていたスーツがギュッと縮まり。


「痛ててててててて、ギブギブギブギブ」


「あら、これはダメですわね」


「あらかじめ熱処理を施すって手もありますけど、それだと今度は伸縮性が失われてしまうでしょうしね」


 すべてを両立するのは難しいということだ。

 そして、どうにかスーツを脱いでしまおうとのたうち回る元春を足元に。


「――と、ダメにしてしまいましたね。お代はお幾らになりますの」


「お代は構いませんよ。あくまで実験で作った防具ですから」


 むしろ弱点が判明したことはいいことだ。

 たとえば、魔獣の火炎ブレスを食らって、いまの元春みたいになったら最悪だからね。

 なにか対策を考えないと――、

 僕が目の前の結果にふと思考の海に沈もうかとしていたその時。


「話してねーで助けてくれよ」


「そう言われてもね。ここだとマリィさんのお目汚しになるから、工房の方にいこっか」


 元春がスーツの下に何を着ているのかはわからないが、スーツの状態から裸に近い状態なのだろう。

 そう思った僕はマリィさんに断りを入れて元春を工房に引きずっていき、そこでようやくスーツを脱がすことにした。


 ちなみに、スーツを脱いだその下がどうなっていたのかは元春の名誉の為に触れないこととする。

◆今回登場の装備


スライミーレザーシールド……ウミウシ型魔獣ダーケンの内殻を素体に、その皮を貼り付け、隙間にダイダルゼリーから抽出したスライムジェルを挟み込むことで耐衝撃性を限り無く高めた盾。ブヨブヨとしたその表面によって斬りかかってきた相手の武器を絡め取ることも可能となっている。


ウェットルスーツ……幾重にも重ねたダーケンの皮をアラクネの糸で縫い合わせ、皮と皮の間にスライムジェルを注入、世界樹の樹脂から作った接着剤で隙間を埋めたウェットスーツ。耐衝撃性に優れ、魔法攻撃にもある程度の体勢を持つが、火や熱には滅法弱い。


◆次回は水曜日に投稿予定です。

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