七月七日の星祭り
「虎助、今日のこのおやつはなんですの?」
「七夕ということで笹の葉つながりでちまきを用意してみました。長細い方がふつうのちまきで、三角形の方が中華ちまきです」
放課後、いつものように万屋に出勤してすぐのこと、自宅から持ってきた包みに対するマリィさんの反応だ。
ちなみに、行事食としてちまきを食べるのは端午の節句で、七夕に食べるのは素麺だって話なんだけど。
「つか、その袋、駅前の満天楼のヤツか」
「義姉さんが好きだからね」
いま元春に言ったように、駅前の満天楼という中華料理屋さんで買うことができるこの中華ちまきが義姉さんの大好物である。
そんな訳で、つい二日前、家に帰ってきた義姉さんが食べたい言い出して、昨日、急遽買ってくることになっので、せっかくだからと多めに買って、今日、こっちのおやつにもと持ってきたのだ。
元春はそんな中華ちまきをさっそくと手にとって、その中身をパクリ。
「そういえばよ。いま、志帆姉ってなにやってんの?」
まったく、ぜんぶ飲み込んでから喋ればいいのに――、
僕は少々行儀の悪い元春の行動に軽く眉をひそめながらも。
「佐藤さんと一緒に魔女関係の名所旧跡を回ってるみたいだよ。この前のお宝に味をしめて魔女界で囁かれる伝承なんかを調べてるみたいだね」
「魔女の聖杯だっけか? 結構な値段で売れたんだってな」
その売却額は八百万円。
万屋なら、もっと低価格で性能が高いものを作れるけど、それが高名な魔女が使っていたもの、そして伝説の品だとして、魔女のみなさんの中でオークションが行われた結果、実際の能力以上の価格が上昇、最終的にその値段になってしまったという。
思いがけず大金を手に入れた義姉さんとしては、名誉と実利、その両面から二匹目のドジョウを狙いたいみたいだ。
いま佐藤さんからいろいろと聞き出した、魔女界に伝わるお宝の在り処を、まずは日本国内からと、日帰りから数日単位で一つ一つ調べているところでみたいだ。
魔女の聖杯うんぬんの話は義父さんにもかなり興味深い話だったみたいだから、若干ファザコンのきらいのある義姉さんとしては、見逃せないネタなのだろう。
と、僕と元春が義姉さんの話している一方で、マリィさんは元春が食べている中華ちまきをじっと見て、
「ちまきというのは食事のようなものなのですね。この中途半端な時間に食べてしまうと夕食が……、どうしましょう」
夕飯のことを気にして悩ましげな声をあげているけど。
「マリィさんにはこちらのちまきを、小豆入りのデザートになっていますので気にいると思いますよ」
「そうなのですね。
では、私はそちらをいただきますの」
小豆という素敵ワードに、マリィさんは声を弾ませ、中華ちまきよりも小振りなそれを手にとって、
魔王様も食べたくなったのだろう。ゲームを一時ストップ、クロマルの上に体を預けたままテーブルの方にやって来て、中華ちまきを選択。
「……虎助、短冊は?」
「こちらに用意してありますよ」
「願い事を書くのでしたっけ?」
ついで、魔王様の声に僕がカウンターの上から色とりどりの短冊を取り出すと、マリィさんともども短冊に手を伸ばす。
ちなみに、どうしてこの二人が七夕の風習に詳しいのかと言うと、普段から日本のマンガやドラマ、映画を見ているからだ。
「元春はどうする?」
「別に書いてもいいんだけどよ。今更って感じじゃね」
短冊に願い事を――っていうのは、言ってみれば正月のおみくじとかそんなノリだからね。
ただ、今回の七夕に関してはちょっと特別で――、
「それなんだけど、今日やる七夕は、オーナーがいろいろと魔法的な儀式を組み込んでくれてるヤツだから、それなりに効果があると思うんだよね」
これもある意味で魔法実験の一環である。
先日、ガラティーンさんに吸収してもらったディーネさんから漏れ出た水気。
精霊力とも言うべきこの魔力が、いまだこのアヴァロン=エラの大気に少なからず残っている。
ならば、これを利用しない手はないと、ソニアが次に目をつけたのが七夕だった。
七月七日を前に、地球以外にも似たような星祭りがあることを知っていたソニアは、そこで執り行われ、実際に効果のある星祭りの儀式を七夕に当て嵌めてやったみたらどうなるのかと考えたみたいだ。
と、そんな話を聞いて、元春は「それって大丈夫かよ」と怪訝な顔をするんだけど。
「今回の実験は祭事で使う神聖な魔法をきれいにまとめた感じのものだから、変なことにはならないと思うよ。精霊魔法とも関係があるみたいだし、バックアップ体制もしっかりしているから」
今日の実験に関しては水の大精霊であるディーネさんの協力も取り付けている。
それ以外にもマールさんにエクスカリバーさん、魔王様の監修も受けているのだ。
ちなみに、今回は僕もその魔法特性から儀式に少し協力していたりするので、その儀式そのものにもそれなりに詳しくなっていたりして。
「それなら本当にご利益があるってことになるのか」
「それを調べるのが今回の目的かな」
なにかあるのかもしれないし、ただの形式的な儀式に終わるのかもしれない。
儀式の結果どうなるのか、それを調べるのが今回の実験だったりするのだ。
元春にそのように納得(?)してもらったところで、短冊にお願いごとをかいていくことにしよう。
ちなみに、元春のお願いは、当然のように『空から俺のことが大好きな美少女が降ってきますように』とか、『ハーレム系ラブコメの主人公になれますように』とか、本気か本気じゃないのか下心むき出しなもの、そして、マリィさんの願い事は『素晴らしい騎士に慣れますように』、魔王様の願い事は『みんな仲良く』といつもの感じだった。
マリィさんはともかく、元春はもう少し魔王様のお願いを見習って欲しいものだね。
と、そんな風にそれぞれの願い事を書き認めた短冊を、母さんがどこからか入手してきてくれた笹に結んで、店の外に飾ること一時間――、
日も暮れる頃になって、飾られていた笹と短冊が光を放ち始める。
前述の説明からも想像できるだろうが、実はこの笹や短冊には異世界の星祭りに関する特殊な処理が施されており、周囲の魔素を取り込むようになっているのだ。
そして、その量が現実に目に見えるようになった時点で笹を回収し、ディーネさん達が暮らす世界樹農園へ移動すると、そこには幻想的な光を放つ世界樹があって――、
「……すごい」
「幻想的ですわね」
「思ったよりも本格的っつーか、やり過ぎなんじゃね」
「今日のためにいろいろと準備をしてきたからね」
具体的には、今回の儀式を行う為に世界樹に精霊の魔力を注いで活性化。
持ってきた笹とリンクさせることによって儀式を大規模化する意図があるみたいだ。
とまあ、そんな下準備もあったりしての儀式本番。
「魔王様お願いします」
僕がそう言って、あらかじめ協力をお願いしていた魔王様に差し出すのは、巫女さんなんかが着る千早のような衣装。
魔王様はそれを「……ん」と受け取って、お気に入りのパーカーの上から羽織るようにその千早を着込みセットアップ。
輝きを放つ世界樹の袂、笹が置かれた石の台座の前に立ち、格式張った動きで魔法窓を展開し、そこにいくつかの魔法式を浮かべて、舞うようにそれを周囲に広げていく。
「おお、マオっち決まってんな」
「本当ですわね」
ちなみに、元春とマリィさんが微かに照れる魔王様を撮影している。
そして、ここでディーネさんの眷属であるレファンさん達、小さな水のマーメイド一同が各所に配置された魔法陣を表示させた魔法窓の前に移動して、
「では、僕も――」
「お、アクアっちも出すんか」
「精霊が関わる儀式だからね。精霊の力が大きければ大きいほど効果が出るって話なんだよ。
だから、できれば元春もスクナを出してくれるかな」
「そうなんか。
なら、来い。ライカ、フーカ、ヒメカ」
「では私も――」
と、アクアとオニキス、アーサーにファフナー、ライカ、フーカ、ヒメカと三人娘(?)のそれぞれが、魔王様が追加してくれた魔法窓に誘導されるように配置についたところで、魔王様がその魔法を発動させる。
「〈悠久の邂逅〉」
すると、世界樹の袂に描かれた魔法陣の中央に置かれていた短冊つきの笹が魔素になって空気に溶け。
次の瞬間、花火のように光粒が弾け、プラネタリウムのような光景が周囲に広がる。
これは、数多の世界に存在する歓喜することによって五穀豊穣を願い、それぞれの願いを星として、天に願いを届けるという祈願魔法。
そんな儀式を七夕と同期させ、顕在化させたものである。
うごめく星空のスペクタクルは数分間続き、最後に周囲に展開していた星達が回りながら集まってきて、魔法陣を中心に空に向けて飛び立っていく。
「終わりましたか?」
「みたいですわね」
「で、どうなったん」
地上の星が空へと登っていく、その幻想的な光景の余韻に浸る僕やマリィさんや魔王様。
そんな女性陣の一方で、元春としては実利の方が気になるみたいだ。
雰囲気をぶち壊すようなせっかちに、僕はともかく、マリィさんなどはあからさまにげんなりしながらも、仕方がないと魔法を使い、自分の状態をチェックするのだが。
「特になにがあるというようなことはありませんわね」
「……付与もない?」
「実績も特に変わりはないみたいですね」
「なんだよ。失敗か?」
「いや、見えないだけでなにかあると思うんだけど」
こういう実績に乗る以下の加護はそうなってみなければ、いや、いざその効果が発揮されたとしても気付かない場合がほとんどだ。
だから――、
「まあ、何かあったらラッキーくらいの感覚で待っていれば、その内いいことがあるかもね」
◆地球でこの儀式を行った場合、某ヒロインさんが言った通り、効果を発揮するまで十六年とか二十五年かかったのかもしれません。
◆次回は水曜日に投稿予定です。