ケサランパサランと帝鎧
それはしとしと降りの雨の日のこと、
カウンター横の応対スペースで携帯片手にまったりゲームをしていた元春が、ゲームに一区切りがついたのか、何気なく伸びをしたその時だった。
「おお、なんじゃこりゃ」
そんな叫びにふと視線を辿ると、正面の大きなガラス戸の向こう、モルドレッドとゲートを背景とした赤茶けた大地に、大量の光の玉が空中を漂うというファンタジックな光景が広がっていた。
「光る――タンポポとかそういうんじゃねーよな。雨降ってっし」
「……綺麗」
「思い当たるとしたらケサランパサランとか?」
「虎助、それは?」
「僕達の地元の魔獣――、いえ、精霊のような存在ですか」
外国なんかではエンジェルヘアーやゴッサマーなんて呼ばれているらしいから、分類的には魔獣というよりも精霊だろう。
「それで、結局こいつはなんなん?」
「ちょっと待って――」
店外の光景に思わずこぼした呟きに、マリィさんの疑問符。
そんなマリィさんからの質問に僕はムダ知識で答えながらも、元春のせっつくような声にカリア達からの報告が届いていないか魔法窓を開くと、そこに届けられた新着メッセージに目を通し。
「これはディーネさん由来の現象みたいだね」
「ディーネ様が由来の、ですの?」
「最近になってディーネさんが雨を降らせていましたよね。
その所為というか、おかげといいいますか、アヴァロン=エラの大気中にディーネさんの魔力が充満しているみたいでして、ふだんは見えない精霊が顕在化されてしまったってことみたいです」
「……よくあること」
そういえば魔王様の拠点にあるニュクスさんの地底湖もこんな感じだったっけ。
「ってことは、この毛玉ってぜんぶ精霊っつーことになんのか?」
「ううん。全部が全部そうってわけじゃなくて、まだ意思もないような本当に原始的な精霊がほとんどみたいなんだけどね」
とはいえ、そういう曖昧な存在をどの時点から原始精霊と――、いや、彼等を精霊と呼ぶのかは、各世界、個人や集団の考え方によって違うようで、なかなか難しい判断ではあるのだが、そういう面倒な定義はそれとして、
「それで、いかがいたしますの。この光る毛玉が精霊ということでしたら、このままでもという思いもあるのですが――」
とはいえ、なにも知らないお客様が見たらビックリする光景だよね。
それにニュクスさんの地底湖ように大精霊が見守っている領域内ならまだしも、ディーネさんのこれは垂れ流し状態の結果だから、いまごろルファンさんを筆頭にしてディーネさんの眷属のみなさんが大騒ぎしているかもしれないし。
まあ、その辺は農園付きエレイン君にフォローをお願いするとしてもだ。
こっちはどうしたものかと、僕がその幻想的な光景を前に頭を悩ませていたところ、ポコンとどこからかメッセージが送られてきて、
これはディーネさんからの救援を願うメッセージとか?
じゃなくて、ソニアからのメッセージだったみたいだ。
僕は送られてきたそのメッセージを確認すると。
「オーナーがちょっと試してみたいことがあると言っているんですけど」
「ソニア様が試したいことですの?」
「またなんか変なことを始めるんか?」
「えと――」
否定はしたいけど、ソニアの試したいことだから、元春の言わんとすることもわからないではない。
「いま、それをするための実験の準備をしてるみたいなんで、見たかったら来て下さいとのことですね」
「面白そうだな」
「ソニア様が考えることですものね」
「……楽しみ」
ということで、全会一致でソニアに指定された工房の一角へ。
するとそこでは、今まさにエレイン君たちとルファンさんたちが総出で地面に巨大な魔法陣を描いているところで、
「あら、あの鎧は――」
「……ガラティーン」
みんなが描く巨大魔法陣の中央には、先日、魔王様たちが暮らす世界から運び込まれた聖なる鎧ガラティーンさんが鎮座していた。
「ソニア様は彼でいったいなにをするつもりですの」
「ちょっと待って下さいね」
僕はマリィさんからの問いかけに、ガラティーンさんを囲む魔法陣を見下ろすように浮かぶソニアにその質問を飛ばすと――、
『アヴァロン=エラの大気中に漂っているディーネの精霊力を、このガラティーンに吸収してもらうんだよ』
とのことである。
詳しくは、土属性の精霊であるガラティーンさんに、ディーネさんから溢れ出した水気を吸い取ってもらおうということみたいだ。
ちなみに、吸い取った水気はガラティーンさんの強化に使われるらしい。
具体的にはミスリルなどを作る際に使う魔素吸収の魔法式を改造して、ディーネさんから溢れ出た精霊力を吸収、その力をガラティーンさんの素体となっている鎧の強化に当てようと考えているみたいだ。
「面白そうな試みですわね。
しかし、そんなことをして大丈夫なのでしょうか。
場合によってはガラティーンが壊れてしまうこともありうるのではありませんの?」
上位精霊であるディーネさんの魔力は膨大だ。
そんな力を鎧に封じ込めたら、鎧そのものが壊れてしまうのではないかというマリィさんは懸念もわからないではないのだが、上位精霊というならガラティーンさんもそのカテゴリに当てはまり、彼が宿っている鎧には、まかりなりにも精霊から溢れ出した魔力との親和性が高い精霊金が使われている。
よって、マリィさんが心配するようなことが起こる可能性は限りなく低く。
「本人から問題ないとの了解が取れたということですので、大丈夫なのではという話みたいです」
いろいろあって一度は壊れてしまった身だけに、ガラティーンさんも自分が宿る器の許容量というものがわかっているのかもしれない。
そして、ソニアも、この実験でアヴァロン=エラの大気に溶けるディーネさんの魔力をすべて吸い取ろうとは考えていないみたいだ。
そもそも、せっかくこんな大気が精霊の魔力で満たされているという珍しい状況にあるのだから、それを利用して何かがしたいというのがソニアの本音みたいである。
と、そんなソニアの目論見はそれとして、この儀式に関する説明をしている間にも、ちゃくちゃくと準備が進んでいたみたいだ。
気がつけば、ガラティーンさんを取り囲むように描かれていた巨大魔法陣が完成しており、ソニアから要請されたのだろう。ディーネさんがマールさんによって運ばれてきて、
魔法陣の一角、小さなサークルの中にディーネさんが丁寧に降ろされたところで、精神体であるソニアが、その魔法に巻き込まれないようにか、ちょっとした魔法式が施された東屋の下などに移動。
気怠そうにしていたディーネさんが立ち上がり、今までのアレはなんだったのかとばかりの荘厳な気配を発したかと思いきや、その身から強大な魔力を迸らせ、その巨大魔法陣を起動させる。
すると、アヴァロン=エラに漂っていた光の毛玉が引き寄せられるように集まってきて、巨大魔法陣の中央にいるガラティーンさんから数メートル手前で吸収、消滅していく。
ちなみに、この時、吸収されているのはディーネさんから溢れ出した精霊力のみとのことらしく、精霊そのものが吸収されているわけではないようだ。
ただ、そんな現象も十分も続けばほぼ収まってしまったみたいだ。
きれいさっぱりアヴァロン=エラの光る毛玉消えてなくなり、作動していた魔法式が沈黙。
魔法陣が完全に停止していることを確認したところで、ガラティーンさんがどうなったのかというと。
「どっか変わったか?」
「貴方の目は節穴ですの。輝きが違うではありませんの」
「ええ、そうですね」
若干ではあるが、ガラティーンさんの本体である黄金の鎧の光沢が以前よりも増しているような気がしないでもない。
「てことは――」
「たぶんガラティーンさんの本体に使われている精霊金の質が上がったんじゃないかな」
あくまで鎧に使われている金属の質が上がったというだけなので、劇的なパワーアップということではないが、鎧としての格はたしかに上がったのだと思われる。
詳しくはソニアが研究所でいろいろと分析をしてくれるから、それを待つ形になるのかな。
しかし、ソニアによる分析か……。
ガラティーンさんの運命やいかに――、
ソニアとしても、その中身に大精霊が宿っている鎧となると慎重に扱わざるを得ないだろうから下手なことにはならないと思うけど、ものがものだけにその分析が不穏当なものにならないかが少し心配である。
◆装備解説
帝鎧ガラティーンver1.1……水の上位精霊であるディーネの魔力(精霊力)を吸収してバージョンアップ。もともと持っていた地形操作がわずかにパワーアップ、地下水の利用が可能となった。
※これを某RPG風に例えるなら『ガラティーンはしゅびりょくが 3ポイント あがった』『ガラティーンは 井戸掘り をおぼえた』といった感じの強化になります。