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研究者の不養生

「なあ、いつになったら会わせてくれるんだよ」


 放課後、万屋の和室でぐでっとしていた元春が聞いてくるのは、フレアさんの紹介でアヴァロン=エラへとやって来た謎の研究者アビーさんのこと。

 先日、サイネリアさんまでやって来たことを知った元春は『地味系美女がダブルで引きこもってるだと』と、また訳のわからないことをのたまって、こうして面倒臭くも絡んできているのだ。


 ちなみに、件のサイネリアさんは、アイルさんが帰ったいまもこのアヴァロン=エラに留まっている。

 というか、アイルさんが帰る時間になってもサイネリアさんは店に戻って来ず、お目付け役として派遣したエレイン君に確認したところ、すっかりアビーさんとの話に夢中になってしまったとのことで話を聞いてもらえずに、アイルさんは、サイネリアさんがこうなってしまったら、もう放っておくしかないと――、いや、どちらかというと、早く里へ帰って〈ティル・ナ・ノーグ〉をプレイしたいという気持ちが強かったのかもしれない。

 ウキウキと申し訳無さそうにしながらも『この馬鹿をよろしくお願いします』とお金とサイネリアさんを置いてさっさと帰ってしまったのだ。


 だから、いま元春が会いにいったとして、正直相手にされないと思うんだよね。

 僕がそう言うと、


「またそう言って――、いつまで経っても会わせてくんねーだろ」


「そう言われてもね。本当に二人とも研究に夢中でこっちに来てくれないから、僕もここ最近はメッセージだけでのやり取りしかしてないから」


「虎助の仰る通りですの。(わたくし)でも、あの方とは一度か二度お会いしただけで、それ以来お会いしていませんのよ」


「そうなんすか」


 そもそも、暇さえあれば万屋に顔を出してくれているマリィさんがロクに会えていないのに、平日の半分はちゃんと(?)部活動をしている元春が会えるハズがないのである。


 ただ、万屋に長くいる僕たち三人が、ここ最近、二人の姿を確認していないというのはちょっと気になる。

 もしかしたら、飲まず食わずで研究をしていて倒れているとか?

 ソニアにも二人のことをお願いしているから、万が一のことはないと思うのだけれど。


「これは、一回、様子を見に行った方がいいかもしれませんね」


「お、俺もついて行こっか」


「いや、たぶん研究に夢中になっているだけだから、一人で行くよ」


 ちょっと悪い想像をしてしまった僕の呟きに、元春が軽い感じで声をかけてくる。

 元春としては女性二人が宿泊しているトレーラーハウスにお邪魔したいだけだろうが、しかし、いくらあの二人でも知らない人間が急に自分の部屋にやってくるのはあまり気分がいいことじゃないと思う。

 それでなくとも、元春は【G】なんて実績も持っていることだしね。


 ということで、僕は下心を満載した元春の善意(?)を適当にあしらうと、店番をベル君におまかせして二人の下へ向かう。


 ちなみに、二人が泊まるトレーラーハウスは、一般のお客様とトラブルにならないように、工房を取り囲む石壁の背面にひっそりと設置されている。

 僕は『これからそっちへ向かうことを』二人とその護衛についてくれているエレイン君に連絡しながら、壁を回り込むように歩き、石壁の一部に溶け込むような灰色のトレーラーハウスの前までやってくると、入り口で警備をしていてくれたエレイン君に軽く挨拶、そのチャイムを鳴らすのだが、


 ……返事がないね。


 それから三度ほどチャイムを鳴らすのだけど、やっぱり反応はなく。

 ならば、もう一度こっちをと魔法窓(ウィンドウ)を介して直接メッセージを送るけど、やはりダメ。

 こうなると、居留守なのか、寝ているのか――、


 ここは踏み込んだ方がいいのだろうか。


 女性が二人で暮らしている部屋に無断で立ち入るのは気が引けるけど、万が一の可能性もあるかもしれないと、僕は魔法的にオートロックされている扉をマスターキーを使って無理やり解錠、「すみません」「いますか」「入りますよ」とわざとらしく声をかけながら建物内に足を踏み入れる。


 すると、トレーラーハウスの中に入った瞬間、独特のすえた臭いが僕の嗅覚を刺激する。

 僕はそんな臭いに『もしかして、これは本当に――』一瞬、最悪の予感が脳裏に過ぎらせるのだが、すぐにその考えを改める。

 何故なら、トレーラーハウスの奥から微かに物音が聞こえてきたからだ。


 僕は聞こえてきた微かな音に、耳を澄ませながらも『よかった。倒れていたりとかはしていないみたいだ』とほっと胸をなでおろし、『しかし、それならなんで反応がないんだろう』とトレーラーハウスの奥へと足を踏み入れる。


 すると、そこでは謎のアイテムをテーブルの上に、複数枚の魔法窓(ウィンドウ)を操る二人の姿があって、

 覗き込んでみれば二人はどうやらソニアも巻き込んで――いや、これはどちらかというと二人の方が巻き込まれたって言った方が正しいかな――なにかの研究か討論のようなことを行っているみたいだ。

 真剣に――、いや、ただ淡々とデータを見比べたり、それに関してそれぞれ意見を交換していた。


 問題はここで声をかけていいものかだけど……。


 僕は虚ろな目で魔法窓(ウィンドウ)の操作を続ける二人を傍らに少し考えて、室内に浮かぶ無数の魔法窓(ウィンドウ)の中から、いまは使っていなさそうな魔法窓(ウィンドウ)の一つに自分の|魔法窓から伸ばした魔力線をコネクト。

 二人とソニアとの両者でやり取りが行われているプライベートなチャットに割り込みをかけ、『いい加減、休憩してください』というメッセージを送信。

 すると、ようやく直接ではなくチャット内で三人からの反応があって、

 ただ、その返事というのが『あとちょっと』とか『切りが良いところまで』という定番の言い訳で、

 こうなると、いつまでたっても休憩を取ってくれそうにないと、僕はこの三人の中で一番与し易いソニアに目標を定めて、ホットケーキ(おやつ)という飛び道具で懐柔。

 すると、リーダーが抜けたことで二人の勢いは一気に低下。

 畳み掛けるように画像を含めた『飯テロ』を敢行すると、さすがにこれには勝てなかったみたいだ。

 ようやく手を止め、その瞳に光を取り戻した二人は、そこで自分の体が凝り固まっていることに気付いたのだろう。大きく伸びをし始めたので、そんな二人に「どうぞ。これを飲んでください』と、マジックバッグの中に入っていたスタミナドリンクを二人に差し出すと。


「ありがと――って、いつの間に!?」


 いいリアクションありがとうございます。

 だけど、


「さっきからずっといましたよ。気付いてもらえなかったのでチャットに割り込んだんです」


「そうだったんだ」


「とりあえず、食べるものを持ってきますのでシャワーでも浴びてさっぱりしていてはどうでしょう」


 やや批難を滲ませた声でそう言うと、二人にドリンクを飲ませて、女性相手に面と向かって『臭いですよ』なんて言えないので、言葉を濁しながらそう伝えると、二人はその気遣いに気付いているのかいないのか――いや、この感じからだと気付いてないのかな。

 僕がまだ家の中にいるにも関わらず、「そうだね」と上着を脱ぎながらトレーラーハウスに備え付けられているシャワー室にゾンビのように歩いていき。

 僕はそんな危機感の薄い二人の行動に苦笑しながらも、脱ぎ捨てられた白衣を回収して、二人が座っていた椅子にかけると、万屋に戻る前にと周囲をチェック。

 しかし、トレーラーハウスの中は思いのほか綺麗なようで、


 考えても見れば資料なんかは全て魔法窓(ウィンドウ)を介すれば事足りるから、ゴミが出るような余地もなかったってところかな。


 あるのは、二人が食事代わりに食べていたと思われるカロリーバーの空箱くらいということで、

 僕はそういったゴミをマジックバックから取り出したゴミ袋に回収すると、シャワー室の二人に「先に戻ってますから、お店の方に来てくださいね」と声をかけるとそのまま万屋へ戻る。

 すると、店内でくつろいでいたマリィさんが、


「どうでした?」


「案の定――でいいんですかね。着の身着のままで研究に没頭していたって感じでした」


 戻った万屋で僕の返事に何故か難しそうな顔をするマリィさん。


「で、そのお姉さんは?」


「まだ、作業の途中だったみたいでね。それを片付けてから来るみたいだよ」


 本当はシャワーを浴びているところなんだけど、そんなことを言ったら、元春がなにしでかすかわからないから、ここはそれらしい理由で誤魔化しキッチンへ。

 冷蔵庫からホウレンソウやらベーコンやら卵やらを取り出す僕の姿を見て、元春が言うのは、


「お、なんか作るん?」


「研究研究でろくに食事もしてなかったみたいだから、パンケーキかなにかでも作ってあげようと思って」


 そう言って、僕が冷蔵庫の中から使いかけのホットケーキミックスを出して見せると。


「その材料でパンケーキって、もしかしておかずパンケーキか」


「まあね」


「ウエ~。マジかよ」


 ちなみに元春はおかずパンケーキ否定派の人間である。


「でも、ソニアにパンケーキって約束をしちゃったし、栄養を考えるとね」


 なにしろ二人はずっとカロリーバーやらゼリーしかお腹に入れてなかったみたいなのだ。

 せっかく、休憩に入ってくれたのだから、ここは少しでも野菜やタンパク質を摂ってもらいたいところである。

 元春としては不満だろうけど、二人の健康を考えると、ここはおかずパンケーキ一択なのである。


 ということで、レッツクッキング。

 とはいっても、作る手順は簡単で、まずはホットケーキミックスの指示に従ってホットケーキを量産して、ソニアの分をとバターと蜂蜜をかけて神棚に備え、本人が飛んでくるまで放置したところで、ベーコンとホウレンソウをバターで炒めて塩コショウ。その中に卵を投入すると、ふわっとしたスクランブルエッグを作る容量で軽くかき混ぜて、半熟状態でプライパンを火からおろし、後は量産したホットケーキでこれらを挟んでしまえば完成なのだが。


 ちなみに、このパンケーキ一つで栄養バランスが完璧かというとそうじゃないとは思うけど、一口も食べないよりかはましになったとは思う。


 そんな完成品を見て元春が、


「意外とうまそうだな」


「そうですわね」


「みなさんも食べますか?」


 元春の催促するような声に、僕が和室にいるみんなに問い掛けたところ、元春が「んー」と少し迷ったような声を出しながらも、やはりこれに関しては主義主張を曲げないみたいだ。


「いや、俺はソニアっちと同じやつで」


(わたくし)はそのおかずパンケーキとやらを半分いただけますか」


「……ソニアと同じの」


 ただ食べるには食べるみたいだ。

 と、僕が追加された三人分の注文を受けてパンケーキを作っていると、カラリと万屋の正面玄関が開き、件の二人が万屋の中に入ってくる。

 すると、正面玄関から入ってきた濡髪に薄着と無防備な二人に元春が驚き目を見開いて、

 ただ、また面倒なことを言い出す前にと僕が間に入ってそれぞれを紹介をすると、やや不満そうではあったのだが、元春もうかつに動いてマリィさんの折檻を受けたくないと、ちょっとした学習能力を発揮したのか、特に余計なことは言わずに、ただ風呂上がりの二人をチラリチラリと欲望にまみれた視線を飛ばすのみに留めていた。


 と、そんな元春の一方で、カウンター横の応対スペースに案内されたアビーさんとサイネリアさんは、そこにすでに用意してあったおかずパンケーキを見て、ほぅっと表情を緩めると。


「美味しそうだね。久しぶりのまっとうな食事だよ」


「これは私達がいただいちゃってもいいのかな」


「構いませんわ」


「どうぞどうぞ」


 濡髪にしてなお、強烈なクセを主張する髪を揺らすサイネリアさんの問いかけに、マリィさんは凛と、元春がややぎこちない笑顔で『お先にどうぞ』と答え、アビーさんとサイネリアさんは食事に取り掛かる。


 ちなみに、四人がそんなやり取りをしている間にしれっとやってきていたソニアは、すでに用意したパンケーキを味わってご満悦である。

 そして、次は二人も食べているパンケーキをと、そんなソニアからの注文に、僕はマリィさん、元春、魔王様のパンケーキも合わせて量産し、ソニア以外におかわりをする人はいないようだなと腰を落ち着けたところで、これは世間話というよりも、二人の行動確認という意味合いの方が強いのかな。


「それで、お二人はなにを研究していたんです?」


「魔法生物の研究かな。ここにはいろいろと研究対象が多いからね。面白いよ」


「魔法生物っつーと、どういうのっだったっけか?」


「わかりやすいのは、結構前に戦ったアルケミックポットかな。無生物に何かが宿ったものをそう呼ぶんだよ」


「ああ、あれな。

 でも、あれは戦ったというより――」


 厳密には、ベル君やエレイン君、スクナ達もそのカテゴリに入るのだが、彼等はまた普通の魔法生物と違って特殊な部類になる。

 僕は元春にもわかりやすいようにと、唯一元春が戦ったことがある魔法生物の例を出したところ、アビーさんとサイネリアさんが「むぐっ」と食べていたパンケーキを喉につまらせながらも元春に飛びつくように、


「待ってくれ。君たちはアルケミックポットに遭遇したことがあるのかい」


「え、えっと――、はい、会ったことあるっすよ」


「どんな感じだった?」


 アビーさんに続くサイネリアさんからの質問。

 どうやら二人にとってアルケミックポットはかなり貴重な存在みたいだ。

 いや、実際に基調なのか。


「あ、あん時は、そのアルケミックポット? そいつを、虎助だったっけ、――が結界に閉じ込めて、なんか適当に放り込めばレアアイテムが手に入るかもって、俺と虎助とマリィちゃんでいろいろ放り込んだったんだよな」


 カテゴリでいえば美女二人に迫られるという状況は、元春としては本来望むべき状況であるだが、あまりに突発的な展開だったからかな、混乱の方が先に来てしまったみたいだ。


「そんで、最後にマリィちゃんが当たりを引き当てて――」


 たどたどしくもアルケミックポットとの戦い(?)を語り、その話題がマリィさんに移ったところで、マリィさんがそのしなやかな手を包み込む真紅のオペラグローブを研究者二人に見せながら。


「マジックバッグに近いものでしょうか、武装を瞬時に取り替えられる手袋が手に入りましたわね」


 ちなみに、現在その手袋(オペラグローブ)〈百椀百手の格納庫〉には精霊剣・風牙にオリハルコン製の杖剣、打ち直した偽聖剣コールブラストに膝丸の武装である蜘蛛切丸、それ以外にも、杖の代わりとして使える剣型の魔法発動対など、これまで作ってきた万屋で造ってきた武器達が数多くしまわれている。

 そんな機能を見せるべく――いや、というよりも自分の武器を見せびらかしているのかな――マリィさんは一つ一つ武器の解説を加えながらを出し入れをして、


「それで、その〈百椀百腕の格納庫〉が出来た後、アルケミックポットはどうなったんだい?」


「消えてしまいましたね」


「そうなのかい」


 続く答えにガックリと肩を落とすアビーさん。

 魔獣や魔法生物を研究するアビーさんとしては、たとえ抜け殻になっていたとしても、それがレアな魔法生物として知られているアルケミックポットのものだったのなら、せめて一目でも見ておきたかったのかもしれない。非常に残念そうではあるのだが――、

 しかし、諦めるのはまだ早い。


「アルケミックポットのデータならありますよ。万屋のデータベースから引き出せるので、そちらを調べてみてはどうでしょう」


「本当かい?」


「ええ、ゲートでの出来事はエレイン君やカリアが記録してくれていますから」


 アルケミックポットを結界内に捕まえて、その消滅までの時間は一時間足らず。

 しかし、その際の映像はもちろん、結界に閉じ込めてからかなり時間があったから、詳細なスキャンも行っていたと思う。

 ならば、ただ抜け殻を調べるよりも多くのデータが得られるのかもしれない。

 僕が万屋のデータバンクを調べてみてはどうかと勧めたところ。


「こうしちゃいられない」


「ああ、行こう」


 二人は残ったパンケーキをバクバクバクっと大口で食べきってしまうと、「ありがとう」と一言、すぐに店を飛び出していってしまう。


 僕達はそんな二人の背中を見送って、


「それで元春、アビーさん、まあ、サイネリアさんもだけど、彼女達の印象はどうだった?」


「普通に話しかけてきてくれんのはいいんだけどよ。あれはちょっとな――」


 あの二人の食いつきは元春が求めているものとは違うってことかな。


「ただ、ああいう人の方が意外とベッドの上では――ぐぺらっ!!」


 最後の最後で油断したかな。

 また余計なことを――、

 マリィさんの一撃を食らった元春が宙を舞う。


「なにかこういうやり取りも久しぶりのような気がしますね」


「そうですか、つい先日もあったような」


「いや、和んでないでポーションをくれってば」

◆次回は水曜日に投稿予定です。

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