進化するシュミレーター
「先日はありがとうございます。おかげで無事に儀式を執り行うことが出来ました。そして、すみません」
先ずはお礼から――、そして自然な流れで土下座へと移行するのは、エルフの里の剣の一族のアイルさん。短めに切り揃えられた金髪がイケメンな女性剣士だ。
さて、彼女がまたどうして土下座なんかをしているのかというと、その原因は、彼女と連れ立ってやって来た天変パーマのエルフ、サイネリアさんにあったりする。
曰く、以前わたした聖剣によって森の結界を整える儀式は無事に成功。
そのお礼をするために、この万屋に向かおうとしたところ、前々から僕達の技術に興味津々だったサイネリアさんが自分もついていくと言い出して、やむなく連れてきたそうなのだが、
まあ、ここからは定番というかなんというか、アヴァロン=エラに到着するなりサイネリアさんは、ピッコピッコと歩いてきて、フキダシで接客までこなすエレイン君を見て大興奮。その仕組みはどうなっているのかと飛びかかったところでエレイン君に御用。現在のアイルさんが平謝りという状況になっているそうなのだ。
とはいえ、サイネリアさんも悪気があったワケではないだろう。
だから、そこまで卑屈にならなくてもと僕が言うと、当のサイネリアさんは、
「うん。彼の言う通りだよ。アイル」
「お前は――」
うん。この図太さは残念な友人を思い出させるね。
と、サイネリアさんを中心にそんなコミカルなやり取りあったりしながらも、いつまでも女性二人を土下座させておくのも居心地が悪い。
だから僕は、サイネリアさんがフォローに乗っかった時点でこの騒ぎはお終い、サイネリアさんの頭を押さえつけ、無理矢理に謝らせようとするアイルさんを、もう頭を下げなくても大丈夫ですからと何度も説得。アイルさんも不承不承腰を上げてくれて、とりあえず、落ち着いて話をしましょうと万屋へ。
と、そんな道すがら、アイルさんとサイネリアさんとの間に広がるギスギスした雰囲気を和ませようと、何気なく、実は最近サイネリアさんと同じようにここに来た研究者アビーさんがいたことを話したところ、サイネリアさんが「それは是非会いたいね」と言い出して、
そんなサイネリアさんの予想以上の食付きに、アビーさんを紹介するまで収まらないかもと、アビーさんの意思を確認するためにメッセージを送ってみるのだが、
なかなか返信が帰ってこないな。
万屋までのおよそ百メートル。途中、ゲートを取り囲む巨石群やモルドレッド、ヴリスタ付きのトーチカに宿泊施設と、主に、というか、完全にサイネリアさんの所為なのだが、ふらふらと寄り道をしながらも十数分、万屋に到着する間にも返事がなかったということで、サイネリアさんが『返事がないなら自分から会いに行くから』と軽い感じで言い出して、
しかし、さすがにそれは――と、僕がアイルさんに助けを求めるのだが、
ああ、こうなってしまったサイネリアさんは止められないんですね。
アイルさんが首を横に降っているリアクションから、僕はそう読み取り、アビーさんへの説明役にとエレイン君をお供につけてサイネリアさんを送り出すことに。
これでなにかあったら連絡が来るハズだ。
と、サイネリアさんと別れた僕とアイルさんは店の中へ。
すると、そこにはすでにマリィさんと魔王様の姿があって、アイルさんは二人の姿を見つけると、背筋を伸ばして順番に挨拶を交わし。
ただ、アイルさんとしてはまだ魔王様に対する若干の遠慮があるのかな。和室の片隅に腰を掛けたところで、『とにかく何か喋らないと――』と、そう思ったのかもしれない。
いや、本気で心配しているのかな。
「しかし、突然押しかけても大丈夫だったのでしょうか」
「たぶん大丈夫だと思いますよ」
アイルさんはサイネリアさんの性格を考えて、相手側に失礼なことをしないか心配をしているようだが、それを言うならアビーさんも似たようなものだ。それにサイネリアさんの来訪はソニアにも連絡しておいたし、たぶんフォローをしてくれるだろう。
すでにここにはいないサイネリアさんの心配をするアイルさんに、アビーさんとソニアのことはあえて告げずに、もしもの時はエレイン君がフォローしてくれるでしょうからと、そう付け加えたところで、いったんお茶に――、
そして、久々に来店したアイルさんに例の聖剣の話やら、弓の一族のその後やら、マリィさんと一緒に聞いていたところ、タイミングを見計らっていたのか、そろそろ話題も尽きてきたところでアイルさんから『不躾ながらもまたお願いがある――』と少し言い難そうにしながらも聞かされたのは、
「実は父上がディストピアに入りたいと言い出しまして――」
これは最初にディストピアをエルフの里に運び込んだ時からの話だそうだが、アイルさんのお父さんを始めとした剣の一族のみなさんが、強力な魔獣と戦うことができるディストピアに、自分たちも是非挑戦できないかと考えているそうなのだ。
しかし、アイルさん達、エルフの里にあるディストピアはクリアしなければ出られない設定になっている為、重鎮である彼等がそのディストピアに入って脱出困難に陥ってしまっては困ると、現在、入りたい重鎮たちとそれを止めるアイルさん達との間でちょっと問題になっているそうなのだ。
なので、今回ここに来たついでに、重鎮たちをも納得させるようななにかを持ち帰れないかとアイルさんは考えているのだという。
ただ――、
「それならちょうどいいものがありますよ」
「ちょうどいいもの?」
「実は最近に、他のお客様からも似たようなご要望をいただきまして、その時に作った魔法アプリがあるんです」
僕はアイルさんにお茶のお代わりを用意しながら、ユリス様からの依頼で制作したバトルシュミレーションの製品版〈ティル・ナ・ノーグ〉を起動する。
そして、データ上の説明書を見せながら。
「これがディストピアと同じようなものですか?」
「あくまでこちらは魔獣の幻影を呼び出して、戦闘訓練を行うだけのものですけれど」
そう、この〈ティル・ナ・ノーグ〉はあくまでバトルシュミレーション。
思念体となって強敵と安全に死合う(?)ことができるディストピアとは違い、敵に勝利したとしても【〇〇殺し】というような実績を獲得することはできない。
ただ、剣術などの技術系の実績などなら、一定のレベルに達すれば、実績として反映されるのだろう。
とはいえ、そんな細かい仕様なんかはアイルさんに説明しても、あまり意味がないだろうからと、僕はアイルさんの性格を考えて、
「とりあえず、やってみますか」
「是非」
「私もやってみたいですの」
「……やりたい」
アビーさんには直接体験してもらったほうが早いだろうと、そんな提案をしてみたところ、和室でくつろいでいたマリィさんと魔王様が乗っかってくる。
しかし、〈ティル・ナ・ノーグ〉を初めて見る魔王様はともかくとして、
「えと、マリィさんの場合、お城の方でもプレイできるのでは?」
魔法アプリ〈ティル・ナ・ノーグ〉の制作を依頼したのはマリィさんのお母さんであるユリス様だ。なので、ここでプレイしなくても城の方でプレイできるのではと、そう思ったのだが、
「アレはディストピアと違って場所を取りますから、私が遊ぶ機会がなかなか巡ってきませんの」
場所の広さという問題だね。
土地というならマリィさんの城の周辺にはかなり広い土地が広がっているのだが、領主であるマリィさんが城の外で泥臭く修業をするのはあまりよろしくないのだろう。
まあ、別に〈ティル・ナ・ノーグ〉は広い場所じゃなくても戦闘空間にすることができるのだが、城の中で暴れるというのはお行儀が悪い。ゆえに中庭でプレイするしかないらしく、マリィさんが自由にプレイする時間がないってところかな。
と、そんな領主様的の事情から、せっかくだから自分もと、マリィさんも一緒にプレイをすることになって、
僕はやる気満々の三人を引き連れ、これは身内のみに配っているアプリなので人目を気にした方がいいと、工房の東側、アビーさんが研究室として使っているトレーラーハウスから離れた、広い場所に移動して、あらためて〈ティル・ナ・ノーグ〉を起動する。
ちなみに、〈ティル・ナ・ノーグ〉のプレイに当たって、マリィさんは万屋で普段のミニドレス姿から、身体能力に補正がかかって風牙との相性がいい月数にお召し替えしていたりする。
「それで何を出しましょうか」
「その〈ティル・ナ・ノーグ〉というのは相手を選べるのですか」
「データ内にあるものならですが……」
このデータは、主にゲートの監視任務の中核を担うカリアによって集められたものを元にしているので、その対象の情報量が多いほど、多彩な行動パターンを持っていることになる。
ただ、戦える敵の種類は膨大で、リストを見せただけでは選べないようなので、
「まずは肩慣らしに魔狼でも呼び出しましょうか」
「お願いします」
魔狼ならアイルさんが暮らす森の周囲にも多数生息しているハズである。
ということで、ここは安定のザコ敵をと、狼型の魔獣を十匹ほど召喚してアイルさんにけしかけてみるのだが、
思ったよりも苦戦しているかな。
アイルさんの思わぬ苦戦にどうしたのかと、僕は〈ティル・ナ・ノーグ〉を一時停止、事情を聞いてみると、どうも狼の動きがアイルさんの知っている魔狼よりも数段早いみたいで、アイルさん一人で数匹の魔狼に対応するのは難しいみたいだ。
うーん。ユリス様は十数匹と相手にしていても意外と余裕そうだったんだけどな。
まあ、考えても見れば剣と銃では相性のいい相手は違うだろうし、なによりこのアヴァロン=エラに迷い込んでくる魔獣は基本的に魔素濃度が高い土地からやってくるものが多いから。
アヴァロン=エラにやってくる魔狼はアイルさんが暮らす里の周囲に住む魔獣と比べて強いのかもしれない。
それに、アイルさんが普段主戦場としているのは森の中だ。
アヴァロン=エラのように、ただただ広いばかりの場所での戦いはあまり慣れていないのかも。
ということで、ここはもう少しアイルさんでも戦い易い相手をと、次に選んだのは、以前、幽霊船と共にこのアヴァロン=エラにやってきた量産型のスケルトン。
スケルトンなら動きも遅いし、物量でやられてしまうなんてこともないだろう。
お試しというなら、ユリス様の時に出した黒ゴーレムでもよかったのだが、アイルさんはことあるごとにエレイン君に拘束されていたから、苦手意識があるかもしれないと思って気を使ってみたのだ。
ということで、バトル再開。
「これなら私でも余裕ですね。
しかし、狼との戦いでもそうだったのですが、動きのわりに攻撃力が弱いですか?」
「それは安全面に配慮した結果ですね。現実の痛みをフィードバックすることも出来ますけど、この〈ティル・ナ・ノーグ〉はマリィさんのお母上のご注文で作ったアプリですので」
「成程――」
この〈ティル・ナ・ノーグ〉は依頼主であるユリス様の安全面を配慮して、バリアブルシステムのそれのように直接的なダメージはなく、擬似的な痛みを再現するシステムとなっている。
しかし、アイルさんが望むような、現実とそっくりそのままの痛みやダメージを擬似的に再現することも出来なくはない。
僕はそんなアイルさんのちょっとした疑問符に答えながら痛覚に関する設定を弄っていたところ、その魔法窓を横から覗き込んでいたマリィさんがふと――、
「あの虎助、ここに私の名前がありますけれど、これは?」
「それはですね。先ほども少し言ったんですけど、ここにあるオリジナルの〈ティル・ナ・ノーグ〉はカリアが集めたデータがすべて入っているものですから」
「それならば魔獣やエレイン達だけではなく私達の情報もあって当然ですわね」
ただ、これに関してはプライバシーの問題もある。
「マリィさんが、あと魔王様も嫌というならデータを消すことが出来ますけど」
もしもマリィさんが嫌というなら、すべてのデータを消去できると聞くのだが、マリィさんも魔王様もこちらの方が気になるご様子で、
「そうですね。ここにいる私はあくまで幻影なのでしょう。それにお母様が持っていた製品版にははいっていませんでしたので問題はありませんの」
「……大丈夫」
豪胆というかなんというか――、
魔法が存在する世界なら、その人そっくりな幻影を作り出す魔法の使い手もいるだろうから、肖像権をどうのこうのっていう意識はないのかもしれないな。
「それよりもここに私の名前があるということは、虎助やイズナ様とも戦えますの」
「完全に再現しているわけではありませんが戦えますよ」
繰り返しになるが、このデータはあくまでカリアが集めたデータをパターン化して、立体映像として投影したものに過ぎない。
ゆえに、極論をいえば、母さんはもとより、ルナさんやテュポンさんといった神獣との擬似的戦闘すらも楽しめるようになっている。
「ならば、私はイズナ様と戦いたいですの」
「マリィさんがそうしたいというなら構いませんが、強いですよ」
データ通りにしか動けなとはいえ、母さんはこのアヴァロン=エラで、迷い込んでくる龍種やら巨獣と戦っている。加えて、まだ表に出せないようなディストピアのテストプレイなんかをしているから、データ上の母さんはそれなりどころか、かなり強力な敵として、このオリジナルの〈ティル・ナ・ノーグ〉に君臨しているのだ。
しかし、マリィさんは決意を秘めた目で僕を見て、
「それでも、私はイズナ様と戦ってみたいのです」
ここまで言われては仕方がない。
アイルさんのお試しが終わったところでマリィさんに交代で、データ上の母さんと戦うことになるのだが、データとはいえさすがは母さんである。
特にハンデとかそういうレベルじゃなかったね。試合開始と同時にマリィさんが放った牽制の火弾を最小限の動きで回避、一瞬で彼我の距離をゼロにして、胸への刺突で一気に勝負がついてしまった。
「何も出来ませんでしたわ」
「さすがはイズナ殿、これなら父上も満足なさることでしょう」
そして、アイルさんも母さんとの戦闘をお望みのようだ。
アイルさんたち、剣の一族は強敵との戦いがお望みみたいだからね。母さんとの戦いなんて望むべくところなんだろう。
しかし、母さんはともかく、魔王様のデータなんかは、人によってはいろいろと面倒なことになりかねない。
アイルさんに母さんとかのデータを渡すなら、その外見や行動パターンをちょっと加工したものを渡すのがベストかな。
◆魔法アプリ解説
ティル・ナ・ノーグ……ユリスからの注文で弾幕系魔法アプリを戦闘シュミレーションに改造した製品版。このティル・ナ・ノーグをメモリーカードなどにダウンロードすることで、エレインやカリアが集めたデータを元に様々な相手と戦える。
ダメージは多少の痛みとバリアの耐久ゲージの現象という形でフィードバックされ、設定されたHPがゼロになった時点でゲームオーバーとなる。
現在、魔狼などを中心としたデータの多い魔獣をパックにした一般販売版の開発がなされている。
◆思えば遠くまで来たものです。
次回の更新は水曜日の予定です。