義姉襲来(前編)
今回は前後編の2話編成です。(2日連続投稿)
何となく物語の引きというのをやってみたかったのです。すいません。
その集団はとある休日の昼下がりにやって来た。
女性二人に少年一人。フード付きのパーカーにハンチングにとんがり帽子と、各々がその人相を隠すように被り物を目深に被り、あからさまなモデルガンを片手にしたいかにも怪しげな集団だ。
そして、開口一番。お決まりのセリフが飛び出すのだ。
「お宝を出しな」
テンプレートな一言に「またですの」と肩を落としたのはマリィさんだ。
すぐにこちらに振り向いて「今回は私が処理してしまっても構いませんよね」と、魔導器を兼ねたオペラグローブに魔力を通しながら確認をしてくるけれど、
残念ながら許可できない。
何故かといえばそれは――、
「待って下さいマリィさん。その人達は僕の身内です」
「身内とはどういうことですの?」
酷く残念そうに『身内の仕業』と吐き捨てる僕に、瞬間、何を言っているのか分からない。そんな反応をしたマリィさんだったが、すぐに切り替えて質問できたのは、実の叔父によって父と祖父を殺されたという彼女が抱える家庭環境から来るものだろう。
「ええ、義姉と幼馴染の悪友です」
そう、強盗まがいの言動で万屋に乗り込んできたのは、幼馴染であり義姉の間宮志帆と残念な友人としてお馴染みの松平元春だった。
あと一人は知らないお姉さんがいるけれど、あのあからさまに怪し過ぎる黒いとんがり帽子と斜めに背負った大きな杖がコスプレ衣装で無かったのなら、思い当たる可能性は一つしか無い。
というか、なんでわざわざあんな格好をしているんだろう?そう思わないでもないのだが、まあ一応、探りを入れておいた方がいいだろう。
「何をやっているんですか義姉さん。それに元春も、どうやってここに来たんですか?まあ、その方法は何となく分かりますけど……」
もしも予想が間違った時の為にと、とんがり帽子のお姉さんに目を向けながら遠回しに訊ねる僕に、義姉さんはニヤリ口端を吊り上げて、
「ふぅん。その様子だと、この子の正体も分かってるみたいね。
と、その前に、そこにいるゴーレムってヤツを止めなさい。外にいるヤツ等も全部よ」
成程、ゴーレムか………………………………………………つまり、そういうことだよね。
しかし、義姉さんはどこまで知っているんだろう?
僕は義姉さんの口から零れた『ゴーレム』というワードに、とんがり帽子のお姉さんの正体と、義姉さんが得ている魔法側の知識がどこまでのものなのか推察しながらも、出された命令に「分かりました」とベル君にアイコンタクト。外にいるエレイン君達共々スリープモードへと移行してもらった上で、最終的な確認を――と、そのお姉さんの正体と思しき職業名(?)を口に出す。
「それで、そちらの魔女のお姉さんはどこから捕まえてきたんですか?」
そう、僕の予想が正しいなら彼女の正体は【魔女】と呼ばれる地球原産の魔法使いだ。かつて『そにあ』が家に居着くことになった際、無作法なパパラッチや的外れな思想を掲げる市民団体、その他諸々の無法者と同じように、いや、彼等とは全く別の理由から僕達にちょっかいをかけてきたグループの一つである。
「ふふん。私くらいのトレジャーハンターになると裏の事情にも詳しい訳よ」
因みにではあるが、義姉さんの言うトレジャーハンターというのはあくまで自称の話である。本当は高校の卒業を機に冒険家の義父さんに憧れて家を飛び出していっただけの旅人(?)だったりする。
しかし、そんな放蕩娘である義姉さんが、どうやってこの魔女らしきお姉さんと出会い、このアヴァロン=エラに侵入できたのか。その辺りの話は、今後のセキュリティ強化の参考に聞きたいところではあるのだが、そっちはまた後で聞く機会もあるかな?取り敢えず、本題を進めた方が建設的か。
「それで義姉さん達の御用は何でしょうか?」
「てゆうか、さっきから、その気持ち悪い喋り方は何なの?」
答えこそくれなかったけれど、義姉さんがこの世界に降り立った事を考えると、十中八九。このとんがり帽子のお姉さんは魔女だろう。だとするなら、僕が義姉さんと話している間にも何かしてくるかもしれない。警戒しながらも訊ねる僕に、義姉さんは不機嫌そうに口を尖らせる。
「いや、アルバイトとはいえ店長だから一応きちんとしておかないとって思ったんだけど」
どうも義姉さんはアルバイト店長としての言葉遣いが気に入らなかったみたいだ。
少し砕けた言葉遣いに戻してみるも、
「まあいいわ。それよりも私達の目的よね。そんなの決まってるじゃない――」
「お前だけこんな魔乳を独り占めなんてズリィずぉっ!?」
と、切り替えの早い義姉さんのセリフを横取りにした元春が殴り倒される。
うん。これで元春の動機は判明した――というよりも、アヴァロン=エラに来てから目的を見つけたといった方が正しいのかも。
今まで会話に加わっていなかったのは、マリィさんの蠱惑的な容姿に、心――ではなく、煩悩を奪われていたといったところか。
だが、そんなどうしようもない友人は当然の如く義姉さんによる処罰の対象である。
ゴホン。元春への制裁を一発で我慢した義姉さんは、仕切り直しという意味でだろう。咳払いを挟んで、何事もなかったかのように話を本筋に戻す。
「勿論、父さんの宝を私がいただく為によ」
「義父さんの宝?――ええと、何のことです?」
首を傾げる僕に義姉さんはピクリと眉を跳ね上げる。
「とぼけないでくれる。アンタが最近父さんに頼んでお金を貰ってるってことはわれてんのよ。ほら、ここの何処かに金貨が隠してあるんでしょ。出しなさい」
お金に金貨って…………もしかしなくてもこれはそういうことなのかな?
と、義姉さんの言い分の中にあった『金貨』という言葉をヒントに、この強盗騒ぎを起こした原因を察知した僕は、全く――と軽く肩を落として、
「多分それは義姉さんの勘違いだよ。あの金貨はこのマリィさんと――、そこの和室でゲームをしている女の子の持ち物だから僕のお金って訳じゃないんからね。義父さんに換金してもらっているのは、金貨の量が多過ぎて僕じゃ換金できないからなんだよ」
隣りにいるマリィさんを見て、そして、和室でゲームに興じる魔王様を見て、そう答えるのだが、
「ハァ?なに言ってるの?そんなおっぱいオバケとちんちくりんが、古代なんちゃらっていうレアな金貨を持ってる訳が無いじゃない」
「お、おっぱいオバケ?」
義姉さんが指摘したかったのは、異世界の人間であるマリィさん達が支払う金貨に何故か紛れ込む、かつて地球に存在した金貨とほぼ同じデザインの金貨のことだろう。
だがその際に、胸の大きさに並々ならぬコンプレックスを抱く義姉さんがつい口にしてしまった嫌味にマリィさんが過剰反応。
そして、こういう話題になると決まって割り込んでくるのが残念な友人である。
「いやいや志帆姉。金髪の子ばっかじゃなくて、あの子も隠れ巨乳だってゼッテー。貧乳の志帆姉とはモノがち――ガァヴェラ!?」
キジも鳴かずば打たれまい。復活してきたと思いきやまた張り倒されてしまう元春。
しかし、不思議と可哀想とかそういう印象は受けないのが元春という人物である。
というか、この二人のやり取りは毎度毎度の恒例行事だ。
そして、たった数度のやり取りだけでマリィさんも幼馴染同士における大凡の人間関係を把握したのだろう。向けられる白い目線に義姉さんは、このバツの悪い雰囲気を変えようとしてか無意味に声を張り上げる。
「ってゆうかアンタラ何者よ?ここら辺じゃあ見ないっていうか外国人でしょ」
えと、マリィさん達は異世界人です。なんて正直に答えたいのはやまなまなのだが、しかし、そう答えようものなら、今度は僕が『ふざけるな』と義姉さんに張り倒されてしまうかもしれない。
いや、その辺りの説明はこのアヴァロン=エラに来る前に受けているのか?さすがにそれは無理か?
と、僕が伺うような視線をとんがり帽子のお姉さんに送る一方で、マリィさんが常識でもって対応する。
「あら、聞いた方が先に名前を名乗るのが礼儀ではありませんの」
しかし、義姉さんはフンッと鼻を鳴らして、
「よく考えたら関係ない女の名前なんてどうでも良かったわ。アタシはお金さえ手に入ればそれでいいのよ。虎助、さっさと金貨を寄越しなさい。でないと酷いわよ」
あの、先に名前を聞いたのは義姉さんですけど……、
「本当に話を聞かない人ですのね」
いや、マリィさんがそれを言いますか。
いつも通り傍若無人な義姉さんと初対面の相手にはつい傲岸不遜な態度を取ってしまうマリィさん。二人の態度に心の中でのツッコミは休む暇がないけど、まずは義姉さんの誤解を解くのが先決だろう。
「えと、とにかく金貨の件は義姉さんの誤解だから、そこのところ義父さんに連絡を取って確認してくれると有り難いんだけど」
「却下、虎助は父さんのお気に入りだからね。父さんが本当のことを言うとは限らわわ」
だが、僕が出した解決方法は素気無く拒否されてしまう。
しかし、その理由がまた聞き捨てならないもので、
「あの、義姉さん。義父さんのお気に入りって、何の話です?」
おそらく義父さんに一番愛されているのは、唯一血を分けた肉親である義姉さんだろう。
そんな僕の疑問に対する義姉さんの主張はこうだった。
「だって、アンタだけ父さんの冒険に連れて行ってもらってるじゃない。アタシは連れてってもらっていないのに」
確かに義姉さんの言っていることは正しくて、僕は二度ほど義父さんの冒険に連れて行ってもらったことがある。
だけどそれは――、
「冒険っていうなら僕だけじゃなくて、元春も誘われてるんだけど……」
「嘘っ!?」
不覚にも声を上げてしまったのは、これが義姉さんにとって初耳の情報だったからだろう。
因みにあえて誘われてるだけと表現したのは、元春が面倒臭がって冒険の旅について来なかったからである。
「虎助の裏切者――」
「裏切者じゃなくて純然たる事実だよね」
ギロリと睨みを効かせる義姉さんに元春が自分勝手な文句を飛ばしてくるけど、逃げようったってそうはいかない。
と、そんな僕達のくだらない攻防に義姉さんが八つ当たり気味に言ってくる。
「だったら何で私は連れて行って貰えないのよ」
「それはですね……」
義姉さんは義父の仕事に憧れている。
しかし、冒険家という仕事の過酷さを知っている義父の立場からしてみると、義姉さんのような女の子が冒険家という仕事に就くということに反対なのだ。
義姉さんが冒険に誘われないその理由は、つまり、娘の幸せを願う親心から来るものなのだが、それを僕の口から話していいものか。
いや、こういう話は本人の口からでないと説得力がないだろう。
と、義姉さんの性格に義父さんの想い、その他諸々の諸事情を考慮して、ここは一旦、お引き取りを願って、後は父さんに任せよう。
そう判断した僕は――、
「分かりました。金貨を払います」
当初、義姉さんが出した要求に応えようとするのだが、
そんな僕の結論に、義姉さんとマリィさん。それぞれの立場から不満を乗せた反応がもたらされる。
「虎助!?」
「ふーん。お金で誤魔化すんだ」
しかし、僕としてはそんな声に従うつもりはないし、義姉さんもそんな僕の性格を知っている。
だから、「後は義父さんと話し合って下さい」と、あえて素っ気なく返す僕に、「ま、いいわ。でも、ちょっと少ないんじゃないかしら?」と、要求額の上乗せを要求してくる義姉さん。
そんな予定調和の妥協点に決着を図るべく、僕がもう一枚金貨を追加しようとしたところ、マリィさんからの待ったがかかる。
「貴女、いい加減にしなさいの」
複雑な家族関係を抱え、正義を貫く黄金の騎士に憧れを持つマリィさんとしては、感情的な問題を金銭の授受で解決するというこの解決方法は許容し難いものなのかもしれない。
そして、自分の意見が通らない人間に対して、過剰なまでの反発心を燃え上がらせるのが間宮志帆という人である。
「あら、いい加減にしなかったら何されちゃうのかしら? 言っておくけどアタシ強いわよ」
食ってかかるマリィさんに、余裕の態度を保ちつつもあからさまな挑発をふっかける義姉さん。
確かに義姉さんは強い。それこそ小中高と番長やら暴君やら次々と不名誉なあだ名を付けられるくらいには、
しかし、あくまでそれは日本という国の小さな地域の話である。
かたやマリィさんは、とある王国、とある大陸で五指に数えられる魔導師だ。
そこには腕力や小細工だけでは埋めることの出来ない魔法という絶対的な高い壁が横たわっていて、
「貴女達が暮らす国には『井の中の蛙』という言葉があるそうですが、貴女はどうなのでしょうね」
「あら、勉強不足ね。その諺には続きを作った人がいるのよ。その人によるとね。『されど、蛙は空の高さを知っている』だそうよ」
意外や意外、こういう知識をひけらかすような言い合いに、滅法弱い――というか、壊滅的な義姉さんの口から飛び出した深そうな言葉に、僕と元春がこの上無く驚くのを他所に、二人の間に幻視の電流が迸る。少年漫画風にたとえるなら怒気が膨れ上がったとかそういう表現になるだろう。
とはいえ、このままだと、ちょっと不味いかもしれないな。
このまま店の中で先頭勃発なんてことになってしまったら、二人がエレイン君達の排除対象に入ってしまいかねないのだ。今は僕の命令でスリープ状態にあるベル君達だけれど、きっかけさえあれば動き出し、その対処に移るのが彼等の仕事なのだ。
今まさに|何でもありの取っ組み合い《バーリトゥード》を始めようとする二人に、僕はエレイン君達に組み敷かれ怒りをぶち撒ける義姉の姿を想像して、
「マリィさん。義姉さんそれ以上は駄目です」
こうなってしまっては多少の実力行使は已む終えまいと、二人の間に割って入ろうとするのだが、
「あら、虎助は私よりもその女の名前を先に呼ぶのね」
「理不尽な貴女の態度に愛想が付きたのではありませんの」
いや、僕がマリィさんの名前を先に呼んだのは、単純にマリィさんの方が近くに居たからなんですけど……、
しかし、理由はどうあれ、弟分から自分が下に見られるような態度を取られたその事実が、幼馴染の最年長として気に入らなかったのかもしれない。
と、予想外の燃料投下に、今まさにそれぞれのプライドがかかった勝負の火蓋が切って降ろされようとしたその寸前、不意に警報が鳴り響く。
その発生源はベル君だ。
そして、その警報を受けてそれぞれの場所で動きを止めていたエレイン君が動き出す。
彼等が向かうその先は――、




