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ユリス様と無双ゲー

 ガルダシア城の中庭、ライフルやショットガン、ゴツゴツとしたハンマー等々、日々万屋にアイデアを送り、作り上げた武器達の手入れをしながらお茶を楽しんでいた美女、ユリスがため息を吐く。


「はぁ、私もこう――、マリィちゃんのように自らが考え、作り上げた武器を使う機会が欲しいものですね」


「私としては危険ですからおやめいただきたいのですが」


 なにやら物騒な発言をするユリスに、デキるメイドのスノーリズが『元王太子妃としてその発言はどうなのか』と咎めるような雰囲気を滲ませながらも空になったティーカップにお茶を注ぐ。


「ディストピアという魔導器なら安全な戦いが楽しめると聞いていますけど」


 ユリスが口にしたディストピアとは、万屋が開放している死の危険なく強敵との戦いが可能な特殊となる魔導器だ。

 強力な力を持つ魔獣や龍種のシンボルを加工することで、その素体となっている生物の思念体と肉体的なダメージを伴わず戦闘を行えるという魔導器である。

 そんな魔導器がせっかく手に届く場所にあるのだから、自分も娘のように楽しみたいと、ユリスはそんな希望を出すのだが、ディストピアという世界を実際に体験し、その過酷さを知っているスノーリズとしては、主人であるユリスがディストピアに入ることは可能な限り避けてもらいたいことのようで、


「たしかに、あの場でしたら肉体的な危険はないかと思われますが、精神的にはかなりの疲弊になりますので」


「マリィちゃんは入ったことがあると言っていたけれど」


「マリィ様は虎助様の監督の下、比較的安全なディストピアで戦闘したとのことですので」


 実体験をもとに語るスノーリズに、ユリスは実の娘を引き合いに自分もディストピアに入りたいと言う。

 しかし、スノーリズはマリィが入ったのは安全なディストピアだからと遠回しなユリスの希望を却下。


 ただ、マリィの場合は、比較的安全とされるカーバンクルのディストピア以外にも、元魔王・アダマー=ナイマッドが残したランプから作り出したディストピアなど、どさくさに紛れて決して安全とはいえないディストピアにも潜ったりもしているのだが、それはそれとして。


「ならば私も虎助様にお願いして――」


「なりません。そもそも武器の試用というのなら例のゲームがあるではありませんか」


 なおも諦めの悪いユリスにスノーリズが口にした『例のゲーム』というのは、万屋で手に入れられる魔法アプリの一つで、魔弾を使った弾幕ゲームである。

 攻撃を当てることによって魔弾を防げるモードでプレイすれば、戦った気分を存分に味わえるではないかとスノーリズは主張するのだが、


「あれはあれでいいものですが、『血湧き肉躍る――』でしたか? 私もそういう戦いを体験してみたいのです」


 ユリスとしては自分の娘がそうであるように、実戦――もしくは限りなく実戦に近い状況で、自分がアイデアを出し、改良を続けてきた武器を試してみたいと、そういう思いがあるようだ。


 ただ、繰り返しになるのだが、それはスノーリズにとって避けて欲しいものであり。


「この場合、虎助様に依頼を出せばどうにかなるものなのでしょうか。

 例えば、例のゲームをディストピアのように改良してもらうとか」


「それはどうなのでしょう。

 しかし、それなりの対価を払えば虎助様ならなにかいい案を出してくれそうな期待はありますね」


「……そうですね。

 最近、ミスリル製品の売上も相当なものになっておりますから、お金で解決できるのならばそれでいいのですが――」


 お金でそれが改善されるのなら、健全な領地経営によって資金のある今なら多少の散財も、それが自分達の戦力の増強、そしてユリスのストレスの発散になるのならと、スノーリズは万屋にユリスが出した要望を叶えるべく魔法窓(ウィンドウ)を開くのだった。


   ◆


 と、そんな主従の会話があってから数日、ユリスとスノーリズの姿は万屋の工房内に存在するちょっとした体育館ほどの広さはあるだろう訓練場にあった。


「本日はよろしくお願い致します」


「いえ、僕としても体験してくれるのは多い方が助かりますので、こちらこそよろしくお願いします」


 見惚れるくらい綺麗なお辞儀をするホリルに負けじと背筋を伸ばしたお辞儀を返すのは虎助。

 そう、今日は数日前にスノーリズが要望を出した、安全かつ実戦に近しい訓練が出来る方策のお披露目会。

 ちなみに、この依頼に関しては、虎助としても、それが完成したあかつきには、ことあるごとに猪武者のように魔獣へと挑みかかっていくマリィへの歯止めになるのではないかと快諾。

 全面的にスノーリズからの要望に答えることになったのだ。


 虎助はそんな依頼により、新しくソニアに組み上げてもらった魔法アプリの準備を進めながら、最初から気になっていたことを二人に訊ねる。


「そういえば、今日はマリィさんの姿が見えませんが、どうかしたんですか」


 こういった新しいツールのお披露目の場には大抵マリィの姿があるのが当然となっている。

 しかし、今日はその姿が見えない。

 それを不思議に思う虎助にスノーリズはニコリとたおやかな笑みを浮かべながらも。


「このことをマリィ様に事前に知られてしまいますと、お仕事がおろそかになってしまうやもと愚考いたしまして、本日のことはマリィ様にはお伝えしていないのです」


 つまり、スノーリズはマリィにきちんと領主の仕事をしてもらうために、あえてその情報を伏せていたのだ。

 虎助はそんなスノーリズが浮かべる鉄壁の微笑みに「成程――」と苦笑しながらも、手元から聞こえてきたサウンドエフェクトに目を落として。


「と、うん、問題なく動いたみたいだね。

 それでまずはどうしましょう。テストとして簡単な相手を用意しましょうか」


「私は強敵でも構いませんわよ」


「ユリス様――」


「……仕方がありませんわね。

 虎助様、簡単な相手をお願いします」


「了解しました」


 まずはウォーミングアップからと、虎助が素人でも戦いやすい相手を用意しようとするのに、ユリスが強敵を望み、そんなユリスの軽口にスノーリズが咎めるような声を差し込み、ユリスが肩をすくめることで話はまとまったようだ。


 虎助はそんな主従のやり取りを見て、また苦笑しながらも、魔法窓(ウィンドウ)をタップ。

 すると、現れたのは黒い小柄なゴーレム。

 ベルやエレインとほぼ同じ見た目のゴーレムが複数体出現したのだ。


 これは、この魔法アプリのチュートリアルとして、エレインをモデルにいろいろなモーションをスキャン。それを対戦相手として反映させたものである。


 宙に浮かぶカウントダウン。

 それがゼロになると一斉に走り出す真っ黒な小型ゴーレム。

 対するユリスは自身のスクナを召喚。

 ウェストホルダータイプのマジックバッグからスナイパーライフル型の魔法銃を二丁取り出して、それを腰だめに構えたかと思いきや。


 ダララララララ――、


 大量にばら撒かれる魔弾。

 その魔弾によって、ものの数秒で偽エレイン軍団を壊滅に追い込むと、


「次の相手をお願いします」


 ユリスは花の咲くような笑顔を浮かべておかわりを要求する。

 虎助はそんなユリスの要求にタンタンっと軽快なタッチで魔法窓(ウィンドウ)をタップ。

 出現させたのはアヴァロン=エラではザコ敵としておなじみの狼型の魔獣達。

 機動力に特化した動物型の魔獣なら、あの魔弾の雨にも多少は対抗できるのではと、そんな思惑でもって現出された狼軍団がカウントダウンに合わせて一斉に走り出す。

 その動きは、さすがこのアヴァロン=エラで最も出現率の高い魔獣なだけあって、データも多く揃っているのだろう、かなり滑らかなものだった。

 数匹の犠牲者を出しながらも、狼たちはユリスが構える二丁の魔法銃から放たれる魔弾の雨をかいくぐりユリスに肉薄する。

 ただ、ユリスも負けてはいない。


「ふ、ふふ、いい、いいですわね」


 飛びかかってくる狼の攻撃をユリスはまるでダンスを踊るように避けていく。

 しかし、なぜ見た目運動が得意そうではないユリスがここまで狼の猛攻を避けられるのか。

 その秘密はユリスが戦闘前に呼び出したスクナにある。

 ユリスのスクナであるスレイは〈エレメンタルカード〉という特異な特技を持ったスクナである。

 彼はその特技によって、ちょっとした未来予知とも呼べる行動予測が可能だった。

 相手が本能で動く魔獣なら、ユリスはそんなパートナーの予想に身を任せればいい。


「凄いですね」


「私も想像以上です。

 しかし、本来ならユリス様はここまで来ることすら不可能でしょう」


「そうですね。あの行動予測もそうですけど、魔法銃は大食らいですから」


 そう、いまユリスが無双状態にあるのはひとえにアヴァロン=エラを包む濃密な魔素のおかげである。

 特技を連発するスクナの維持はもとより、躱しながらも乱射を続ける魔法銃による消費が大きいのだ。

 おそらく、ユリスが住まう世界で同じような戦い方をすれば、数分と待たずして、ユリスは地面にへたり込んでしまうほどの疲労にみまわれてしまうことだろう。


「ただ、そうですね。自分の魔力をチャージしておけるようなものをマガジンがあれば、時間制限はあるでしょうが、同じようなことが出来るのでは」


「それは本当なのでしょうか」


「素材を厳選すれば可能かと」


 魔力のチャージといえば魔法金属だ。例えばマガジンをムーングロウで作成して、魔力の効率化を考えれば、相当な量の魔力を溜めておける蓄魔器(魔力バッテリー)が作れるのではと虎助は思っている。


「さすがにそれだけのものともなると、相応に希少な素材が必要になるでしょうが」


「そうですか。

 しかし、そういうことなら我々としても、お願いできますか」


「わかりました。オーナー(ソニア)に相談をしておきますね」


 もともと大容量の畜魔器は銀騎士などに使うということで日々研究を重ねていた。

 そこに依頼が重なればその開発も積極的に進められるだろう。


「ユリス様が武器チェンジをしましたね」


「例の新作ですか」


「派手なものがいいそうで」


 虎助達が見つめる先でユリスが取り出したのは撲殺系魔法少女が使っていそうなハンマー。

 これは遠距離ばかりではつまらないというユリスのリクエストにより作られた新装備。

 巨大なハンマーはその見た目ほど重くはなく、ただ魔力を通すことによってそのヘッドから衝撃の魔弾を放つことが出来、攻撃と加速の両方に使えるという代物に仕上がっている。


 さて、ここまでの間に大幅に数を減らしてしまった狼がそんな新兵器に対抗できるハズもない。

 荒れ狂う衝撃の暴風と化したユリスの攻撃によってあっさりと全滅。

 ここでゲームを一時中断して、


「使い心地はどうでしたか?」


「素晴らしいですね。

 特に連続加速からの一撃がすっきりいたしますわ」


 そうハンマーの使用感を答えながらも『ほぅ』と色っぽい息を吐き出すユリス。

 虎助はそんなユリスの反応に「ははっ」と空笑いをしながらも。


「ただ、こちらも消費がなかなかのものですから、そう長くは使えないものだと覚えておいていただけると良いかと」


「ままならないものですね」


「まあ、これに関しては魔力を貯めることができるようなオプションを考えていまして、そちらの開発も進めていますので」


「成程――、

 では、その時に備えて、この武器の扱いになれておく必要がありますね。

 虎助様、続きをお願いできますか」


 瞬間、『えっ?』とそんな声が聞こえてきそうな表情を浮かべる虎助とスノーリズ。

 しかし、興奮したユリスを止められる者はここにはいない。

 結局、仕事を終えたマリィが万屋にフラリと顔を出して、ベルからの報告で虎助たちがここで新しい魔法アプリの実験をしていると聞くまで、その状態は続くのであった。

◆次回は水曜日に投稿予定です。

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