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雨漏り研究所と里山計画

◆今回は途中から視点が変わっております。ご注意ください。

 それは梅雨もそろそろ中盤戦となったある日の夕方――、

 万屋に顔を出した賢者様が面倒くさそうな顔をして。


「なぁ虎助、適当な魔獣の骨、売ってくんねぇか」


「構いませんけど、錬金の素材でしょうか? どれくらいのランクの骨を用意します?」


「適当でいいよ。最近の長雨でいくつか雨漏りする場所が出てきてな、補修材を魔獣の骨灰なんかで作っちまおうと思ってんだよ」


 触媒に使うならどれくらいの骨が欲しいのかとそう訊ねる僕に、賢者様はその用途を明かしつつも、適当に安い魔獣の骨を見繕ってくれと言ってくる。


 僕はそんな賢者様からのご注文に『そういうことなら――』と、側に控えていたベル君に工房で余っているだろう魔獣の骨を集めてくるように言いながら。


「しかし、岩山を改造した研究所が雨漏りするというなら、いっそのこと外にお住まいを作ったらどうです」


 賢者様が一度連れ去られてからというもの、アニマさんが中心となって研究所とその周辺の警備は強化されている。

 だから、別に岩山(そこ)にこだわらなくても、どこか別に土地を切り開いて研究所を建てたらいいのではないかというのだが、賢者様は「ああ――」と片手を頭に持っていきながら。


「あの家にも愛着があるしな。アニマが生まれた場所でもあるし、できるだけあそこから動きたくねぇんだよ」


 そうか、あそこはアニマさんの生家になるのか。


「そうでしたら、こちらからいろいろ提供して研究所をリフォームしてしまうというのはどうでしょう」


 もともと賢者様が暮らしている岩山は、その世界で禁忌とされるホムンクルスであるアニマさんを作り出す為に、人目を避けるように秘境と呼ばれる山中に賢者様が作り上げた自作の研究所なのだ。

 なので、これを機会にエレイン君(プロ)が用意した建材を使って研究所をリフォームをしてみてはと、そんな提案してみたところ、こちらに関しては賢者様の異論はないようだ。


「そうだな。いまは三人暮らしになってるし、使ってないラボやプラントもあるからな。そういう部屋を私室に変えっちまうのもいいかもな」


 ということで、工房で賢者様の研究所にピッタリとハマるようなボックスを作り、それを賢者様達に組み立ててもらう方向でリフォームが決まったのだが、


「でもよ。そのボックスっての木製だろ。雨漏りがするあそこに設置して大丈夫か?」


「それは問題ないと思います。

 防水加工も施しますし、ちゃんと実績もありますから。

 ですよね。魔王様――」


「……ん」


 ボックスの材料として使っているのは、エルフたちが世界樹の種を加工し、魔法で呼び出した古代樹だ。

 魔法で育てられているとはいえ、世界樹の系譜からなるその木材は耐水・耐腐食性に優れている。

 そんな古代樹で作ったプレハブに魔法的な防水加工を施せば、雨漏りなんて滅多なことじゃない。

 なによりも、水源が豊富な洞窟の中に、そのボックスを組み合わせて武家屋敷のような御殿を建ててしまった魔王様の拠点からも雨漏りするなんて報告はあがっていないのだ。

 だから、岩山の隙間から多少雨水が流れ込んでいたとしても大した問題じゃないと、魔王様にも声をかけつつ、そう説明すると、賢者様も納得してくれたご様子で、


「そうだな。

 じゃあ、そういう方向でリフォームするか」


 研究所のリフォームが決定。

 その見積もりを簡単にしながらも。


「デザインはどうしましょう」


「それはアニマとホリルに聞いてくれ。俺が作ると全部同じになっちまうからな」


 リフォーム計画が決まったところで、どんな建物を作りましょうと訊ねる僕に、賢者様はそのデザインはアニマさんとホリルさんにと丸投げする。

 賢者様という人は、自分にそこまでこだわりのない分野に関しては、基本的にシンプルで使いやすいものを好む傾向にある。

 それが研究所のような機能を追求したものならばそれでもいいかも知れないが、暮らしの空間になると多少は遊び心というものが必要になる。

 賢者様としては、そういう用途が求められる私的な空間に関しては、根っからの研究者である自分がデザインするよりはと二人に頼ったのだろう。


「しかし、雨漏りとか急ですね。前からそうだったんですか」


 以前、賢者様の研究室を見せてもらった時にはそこまで老朽化などをしているようには見えなかったけど、そこはやはり素人工事の弊害かな。

 いや、前に連れ去られた賢者様の奪還作戦の際に研究室内でやらかしたドンパチの影響だったりとか。

 そんな心配も少し脳裏をかすめたのだが、どうやら違うみたいだ。


「実は最初にいった長雨のせいで研究所近くの崖が崩れてな。

 たぶんその影響だと思うんだが――」


 原因は自然現象でしたか。


「でも、研究所の近くで土砂崩れとか、大丈夫だったんですか?」


「俺も少し焦ったんだが、そっちに関してはちっとばかし出入り口が塞がれただけで大した被害はなかったぜ」


 まあ、大丈夫だったからこそここにいるんだろうけど……。


 賢者様が言うには、研究室として改造している岩山とはまた別の斜面から流れ込んだ土砂が出入り口の一つを半分塞いでしまったそうだ。

 それ自体は賢者様の研究室にいるガイノロイドのプルさんの頑張りで撤去されたみたいなのだが、その土砂崩れ以来、賢者様の研究室の一部で雨漏りが見られるようになったそうである。


「しかし、土砂崩れって、結構あることなんですか?」


 場所が場所だけに、雨が続いたらそういうことが頻発するのだろうか。

 もし、そうだとしたら、リフォームを前に岩山の補強が必要になるかもと、そんな問い掛けに賢者様が答えてくれたことによると。


「最近、異常気象が続いてるんだよな。自然環境下の魔素濃度が急激に低下することで地脈の流れが蛇行するのが原因だって話だが――」


 賢者様も魔素が自然に及ぼす影響ともなると専門家じゃないから詳しくはないそうなのだが。

 自然界の魔素を集めて作り出すドロップ。かの世界において重要なエネルギー源で媒体であるこのドロップを量産することによって、自然界の魔素分布が乱れ、地球で言うところの地球温暖化にまつわるような現象が世界的規模で頻発しているそうなのだ。


「そういうことですか、それでしたら周辺環境を整えることも考えた方がいいかもしれませんね」


 例えば植物。動物が集まり、精霊が集まり、余剰魔力が増えていく。

 そうすることによって、少なくとも賢者様の研究所の周辺では極端な異常気象が起きにくくなるのではないか。


「とはいってもな、さっきも言ったがそういうのは専門外だからな」


「それなら世界樹を移植してあげればある程度は解決すると思いますよ。

 世界樹は一種の自然環境を整える装置のようなものですから」


 僕が出したアイデアにフリーズする賢者様。

 いかし、すぐに正気を取り戻すと。


「いやいやいやいや、世界樹を植えるとか無茶だろ。植えたところですぐに枯れちまうのがオチだろ」


 世界樹というのはその発芽条件もさることながら、そこからその土地に根付かせるのが非常に難しい植物だ。

 ただ――、


「世界樹といっても、あくまで量産型の育てやすいものですから、そこまで育て辛いということはないと思いますよ」


「って、そんな世界樹があるのかよ」


「横柄なエルフのおかげで世界樹の種を大量に手に入れましたからね。オーナー(ソニア)がいろいろと実験をしてみたです。ウチには強力な精霊が二人もいますしね」


 オリジナルでいいのかな。世界樹の種に関しては、名も知らぬデュラハンエルフやらエルブンナイツから没収したものがある。なんでも、かの世界にはエルフの聖地という場所にあるそうで、十年に一度ひらかれる『賢人会議』とやらで、次代の世界樹を育てる為に大量の種が配布されるそうなのだ。

 里に世界樹が根付くことはその世界のエルフにとってほまれだということで、デュラハンエルフが使った種を急成長させる攻撃魔法やら、エルブンナイツが使った古代の森の顕現といった魔法は、その副産物なのだという。


 そして、そんな経緯からせっかく手に入れたのだからと、ソニアが実験を繰り返し、世界樹そのものの品種改良を行ったのだ。

 現在では、その品種改良された世界樹が、魔王様の拠点やら剣の一族の屋敷の庭先に植えられていて、特にディーネさん(大精霊)の補助なしに品種改良された世界樹が育つのかという実験が行われているのである。


 ゆえに、今回の申し出はその一貫ということでもあり。


「とはいえ、世界樹のそれが効果を発揮するまではそれなりに時間が必要ですから、それと並行して周辺の環境整備もしていかないとなりませんけど」


 いわゆる里山整備というヤツだ。

 山や森の手入れをすることで森の保水力などを高めると同時に、その世界で問題となっている魔素の問題も多少は解決に向かうと思う。

 まあ、それでも完全には防げないというのが自然災害なのだが、それでも出来る限りのことはやっておいた方がいいだろう。


「って、それも俺らがやるってことか」


「そこは人外の労働力に頼りましょう。

 前に賢者様が持ってきてくれていたゴーレムなんかもまだ余ってますし」


「ん? ああ、神秘教会のガラクタな」


「マリィさんからも雑用に使えるゴーレムのご注文もありますから、その実験でいくつか作りますよ」


 ということで、里山整備はゴーレムに任せるとして。


「とりあえず、まずは魔獣の骨を渡しておきますから岩山の補修だけは済ませておいていただけますか」


「そういえばそういえばそうだったな。リフォームの話ですっかり忘れてたぜ」



   ◆



 そんな会話があった数日後、ロベルトが研究室を構える岩山の前には三人の男女の姿があった。


「で、これが世界樹の苗なわけ?」


 そう言って用意された苗をしげしげ眺める翠髪の小柄なエルフのホリル。


「あくまで量産型ってヤツらしいがな」


 そんなホリルの声に応えるのは顎髭がダンディな錬金術師のロベルト。背後に控えるアルビノのホムンクルス・アイルの創造主だ。


「でだ。とりあえずこれを読んでくれ。これの植え付けに関する簡単なマニュアルだそうだが、俺じゃちっとわからないところがあってな」


 ロベルトはそう言いながらも浮かべた魔法窓(ウィンドウ)をホリルにパスする。

 と、魔法窓(ウィンドウ)を受け取ったホリルはというと、フムフムとそれを読み込んで顔を上げると。


「まずは植える場所の選定ね。

 魔素溜まり、つまり地脈が交差する場所に植える必要があるみたいね」


「ああ、しかし、機材もなしにどうやって探すんだ?

 虎助はホリルに任せればなんとかなるって言ってたんだが」


 地脈を探す方法はいくつかある。

 ただ、それには専用の機材が必要だというロベルトの問い掛けにホリルはフフンと鼻を晴らして口笛を吹く。

 と、岩山を囲む森の中からフヨフヨと妖精らしきて手のひらサイズの少女たちが集まってきて。


「本当は私が調べられたら手っ取り早かったんだけど。

 まあ、この子たちに聞けばいいと思うわ」


「成程な。その手があったか」


 ちなみに、ホリルが呼び出した三人の小さな小さな少女達はスクナと呼ばれる精霊を宿したゴーレムだ。

 彼女たちにお願いすれば地脈の流れも見つかるハズ。

 ホリルは口笛で集めた自分のスクナ達に「地脈を集まる場所を探してくれるかしら」と指示を出し、ふわふわと飛んでいった彼女たちの後を追いかける。


 そして、研究室がある岩山から離れること数百メートル。

 辿り着いたのはただただ森の中としか表現しようがない木立の合間にあるスペースだった。


「ここなの?」


「「「(コクコク)」」」


 ホリルの問い掛けに頷くスクナ達。

 一応とホリルもその土地に流れる魔素を感じ取ろうとするのだが、残念ながらわからない。

 ホリルはそういう細やかさが要求される魔法技術が昔から苦手だった。

 とはいえ、唯一の頼りであるスクナがこう言っているのだ。

 特に土地に流れる魔素は感じられないもののホリルはスクナ達の頭をなでながらも。


「まずは広場を作らなきゃね」


 スクナ達に離れるようにささやきかけると、彼女達が示したポイントの周囲に生える木々に抱きつくように手を回し、ボコンボコンと引き抜いていく。


 そして、世界樹の育成に邪魔になりそうな木をあらかた抜いたところで、


「次は何をすればいいんだったっけ」


「まずは土壌を調べるみたいだな。

 アニマ、出してくれるか」


 ロベルトからの声掛けに、アニマは小脇に抱えたマジックバッグから取り出したのは温度計のようなもの。


「それでなにがわかるの?」


「土がどの性質を持ってるかだな」


 訝しげにその温度計のような道具を見下ろすホリルに、ロベルトはそれを地面に突き刺しながらそう説明。


「――と、こいつは随分と酸性に偏ってるってことだな。

 こういう場合はどうするんだっけか?

 ああ、前に作った骨灰を巻けばいいのか」


「こちらでしょうか」


「そうそう、それをならした地面の真ん中あたりに撒くんで手伝ってくれ」


 ロベルトがなにか言うよりも早く、大きめの紙袋を取り出しすアニマ。

 その気遣いにロベルトは笑顔を返しながらも、続けてアニマに手伝いを頼む。


「この辺りでしょうか」


「ああ、手を放すぞ」


 ロベルトの声にあわせてアニマがその紙袋をひっくり返し、中にはいっていた真っ白な骨灰をその場にドサッと投下。

 すると今度はロベルトが魔法窓(ウィンドウ)から呼び出した魔法陣に魔力を注ぎ、周辺の土をかき混ぜて、


「とりあえず、これくらいでもう一回調べてみるか」


 先ほど使った温度計のような道具をふたたび地面に突き刺すと、「うーん。たぶんこれくらいでいいんだよな」と自信なさげにそう呟き。


「後は儀式だな。

 ホリル、頼む」


「はいはい。

 正直、こういう魔法は得意じゃないんだけど……」


 ホリルは面倒そうに手をひらひらさせながらも、ロベルトと同じく魔法窓(ウィンドウ)を経由して魔法式を展開。

 地面に描かれたバーコードのような文様のラインで作られた魔法陣に魔力を注入。

 そして――、


「〈招精清祓エレメンタルインジェクション〉」


 魔法を発動。


「いまの魔法の効果は?」


「土地の精霊を活性化する魔法みたいね。

 付与魔法に近いみたい」


 だからこそ魔法らしい魔法が苦手な自分でも使えたのだとホリルは肩をすくめる。

 そして、地面に幾何学模様を描く魔法式に引き寄せられるように集まってきた魔素が大地に吸収されてゆき。


「そろそろいいんじゃないかしら」


「アニマ、スコップを出してくれ」


 ロベルトの声にアニマがスコップを、それを受け取ったロベルトが精霊たちが集まる中心付近の地面を軽く掘り返し、ホリルがその穴の中に世界樹を入れて。


「その布みたいなのは取らなくてもいいのか」


「埋めておけば勝手に土に還るみたいよ。

 あと、精霊の力を借りて土地を活性化させたけど、ちゃんと環境が整うまでにはまだちょっと時間がかかるみたいだから、その間はこの中で育つようになっているみたい」


「良く出来てるんだな」


「本当にね」


 土をかぶせてスコップを使って軽く固めると、万屋から持ってきた精霊水をたっぷりとかける。


「これで世界樹の方は良いってことなよね」


「そうだな。後は周りの整備か」


「とはいっても、マジックバッグに入ってるゴーレムさえ起動すれば後はお任せみたいだけど」


「今度、お嬢のところに卸すゴーレムの試作品だって話だな」


 ロベルトとホリルは魔法窓(ウィンドウ)を見ながらもマジックバッグを持つアニマを手伝い。

 そのバッグの中からゴテゴテと凶悪な装備品がついたロバ型ゴーレムを取り出して。


「ねえ、これ、本当に森の環境整備のゴーレムなの?」


「そういう話なんだが動かしてみりゃわかるだろ」


 一見すると凶悪にも見えるその装備品に若干の不安を感じながらもゴーレムを起動。


 すると、どうやらそれは邪魔な木などを切り払ったり、土を耕す為の装備だったらしい。

 起動からすぐに動き出し、邪魔な木を間伐、残った根っこごと土地をかき回すゴーレムの姿にようやくホッと胸を撫で下ろすロベルトとホリルだった。

◆ゴーレム紹介。


森林整備用ゴーレム……雑用を目的に設計された動物型ゴーレムのプロトタイプ。

 もともと農村での使用を目的に考えられているということで、装備はチェーンソーや耕運機がサブアームという形で取り付けられている。

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