アヴァロン=エラの植生・アゲイン
「ただいま」
「おかえりなさい」
正則君の練習をきっかけに始まった陸上教室を無事に終えて、万屋に戻った僕達を出迎えてくれたのは次郎君。
次郎君は僕と元春が正則君の練習に付き合う一方、ずっと錬金術の練習をしていたみたいだ。
使っていた錬金釜を片付けながら。
「にぎやかでしたが何があったんです」
「マリィさんのとこのメイドさんが陸上の練習に興味を持ったみたいでね。
ちょっと走り方のアドバイスをしていたんだよ」
「そうですか。
しかし、それにしてはみなさん戻ってこないようですが」
「それは練習でかいた汗を流しに宿泊施設の方に行ってるからだね」
単に汗を流すだけなら浄化の魔法で十分なのだが、今日は他にお客様もいないからと、宿泊施設のお風呂を薦めてみたのだ。
ちなみに、次郎君も気付いているだろうが、僕達が連れ立って戻ってきたのは元春がお風呂を覗きに行かないようにする為である。
そこにトワさんがいることを考えると、さすがに迂闊な行動には出ないと思うんだけど、そこは元春のことである、暴走するとどんな行動に出るのか予測がつかないということで、ぱっぱと正則君の浄化を済ませ、こうして二人を万屋に連行――、もとい連れて帰ってきたというわけだ。
と、ここまでの流れを簡単に説明したところ、おそらくはタイミングを見計らっていたのだろう。僕が話し終えると同時に、元春と正則君が、マリィさんの軟肉大乱舞がヤバかったとか、メイドさん達それぞれのジャージ姿が凄まじかったとか、マリィさんが聞いたらまた制裁対象になりそうな熱弁を振るい始め、無駄にくどくどと、どれだけその光景が素晴らしかったのかを次郎君に布教して、
時間的にもそろそろ止めておいた方がいいんじゃないかな。
と、僕がそんなことを思い出したタイミングでカラリ開く万屋正面のスライドドア。
入ってきたのは、肩にアクアとオニキスを、胸にレイクを抱えたマリィさん。
二人はそんなマリィさんの登場に瞬間凍結。
ただ、零れんばかりのチョモランマに後頭部を埋もれさせるレイクを見つけると、羨ましげな目線を送りつつも平静を装い。
「マ、マリィちゃんおかえり――、
て、てゆうか、トワさんはどしたん?」
「トワならもう帰りましたの。さすがにあの人数で店に押しかけるのはお邪魔でしょう」
「えっ、マジっすか?」
どもり気味な元春からの質問に真面目に答えるマリィさん。
そんなマリィさんからの返答にがっくりと肩を落とす元春。
さて、いまの元春は、ガッカリと安堵、どちらを強く感じているだろうか。
と、そんな元春の心情はどうでもいいとして、どうしてマリィさんがアクアたちを連れているのかというと、三人が日課の畑仕事の後、体についた汚れを落とす為にお風呂にいたからだそうだ。
お風呂で一緒になったマリィさんは、どうせだからと三人とお風呂を楽しみ、事のついでにここまで連れてきてくれたのだという。
僕はそんなマリィさんからの説明に、無駄に物欲しそうにする元春と正則君に軽く白い視線を向けつつも、マリィさんから三人を回収、代わりにお茶と今日はちょうど特売だった各種和菓子を用意して、マリィさんと、ついでに皆にもと、カウンター横の応対スペースに腰を据えた元春に正則君、次郎君にお茶を出していく。
すると、最後にお茶を受け取った次郎君がクイとシルバーフレームのメガネを上げながら。
「虎助君、あの生物はなんでしょう。おそらく初見かと思うのですが」
「あれ、次郎君はレイクのこと知らないんだっけ。いつもそこにある鉢植えに埋まってるんだけど」
まあ、鉢植え状態のレイクは基本的に頭の半分から下が土の中に埋まっている状態でほぼ動かないから、その存在を知らなければ『ダイコンやカブのような根っこを持つ観葉植物が植わってるな』とか、それくらいの印象にしかならないのかもしれないけど。
そう前置きしつつも僕がレイクを紹介したところ、次郎君は改めて知らされた万屋の住人に次郎君は興味深げな視線を送って。
「マンドレイクですか、イメージが違いますね。マンドレイクというともっと恐ろしげな植物という印象があったのですが」
マンドレイクという植物は、引き抜いた際に聞こえる悲鳴を聞いたら死んでしまうとか、物騒な逸話に事欠かない植物だ。
だから次郎君の印象はまっとうなもので、たしかにキモかわいいというかなんというか、どこかコミカルなレイクの容貌からマンドレイクをイメージするのは難しいということはよくわかる。
ただ、レイクはちょっと特殊なマンドレイクで、
「そういうマンドレイクもいますわよ。
この子に限っては、純粋に育てやすいだけのマンドレイクでしかありませんの」
そう、レイクはもともと野生にいたマンドレイクの中から、安全に収穫できる物を選んだ結果、生まれた種だったりするのだ。
「つまり、彼(?)はマンドレイクを品種改良した個体ということですか」
「いや、マリィさんの世界だと、まだそこまで農業知識が広がってないみたいだから、あくまで偶然見つかった特殊なマンドレイクを増やした一つがレイクの元になってるって感じかな」
それも大きな括りでいえば品種改良なのかもしれないが、ことは正確にと僕が挟んだ説明に次郎君が「成程――」と頷いて。
「しかし、いまはその品種改良というのも私達の領地では行っていますわよ。錬金術を使って」
「錬金術で品種改良ですか」
「次郎君も知ってると思うけど、世界樹のところにある農園で働いている魔法生物がいるよね。実はあの子達もレイクと同じ種から錬金豪勢で生まれた個体なんだよ」
ちなみに、マリィさんが行っているという品種改良というのは、僕が地球から持ち込んだ種などを使って、もともとその地で育てられていた作物を改良できないかという試みのようだ。
日本でやったらDNAがどうたらこうたらと批判を浴びるような実験なのだが、錬金術という技術が生活の中に存在して、鑑定という便利な魔法がある世界では、そういう技術も至極まっとうに受け入れられているみたいだ。
まあ、基本的な知識不足による寛容ってこともあるのかな。
「しかし、錬金術とはそんなことまでできるのですか――」
「興味があるなら次郎君も試してみる?」
「……そうですね。お願いできますか」
表面上、クールを装いつつも隠しきれない興味の色をその瞳に覗かせる次郎君。
僕はそんな友人のリクエストに『そういうことなら――』とマールさんに連絡を取って、マンドレイクの品種改良の準備をお願い、次郎君に元春、正則君にマリィさんと、ちょうどそこにいたメンバーを引き連れて世界樹農園へと移動。
すると、僕達が足を運んだ世界樹農園では魔王様たちがちょうど畑仕事をしているところで、
「おっす、マオっち、こんなところでどしたん?」
「……✕3を増やしてる」
トワさんがいなくなってすっかり緊張もほぐれたのか、元春の軽快な挨拶に魔王様が見せたのは小さな種。
その小さな手の平に乗る種を覗き込み「✕3?」と首をかしげる元春に僕が言うのは、
「森の防衛に使うゴリラ✕3を増やしてるんだよ」
「ゴリラって、前にあっちで召喚してたあれか」
そう、このゴリラ✕3とはボロトス帝国を相手にした森の防衛戦で活躍した植物系のゴーレムだ。
魔王様たちはまた来るかもしれないボロトス帝国の侵攻に備えて、現在この世界樹農園にて急ピッチでゴリラ✕3の増産を進めているのだ。
と、そのような理由から忙しくゴリラ✕3の種を量産する魔王様達に、これ以上のお喋りはちょっと邪魔になるかもと、そう思った僕は、魔王様とのお喋りを早めに切り上げて少し離れたところで実験をしようとするのだが、魔王様はそんな僕達に可愛らしく首を傾げながら。
「……みんなでなにするの?」
「次郎君が錬金術で作るマンドレイクに興味があるようで、その実験ですね」
それを聞いた魔王様が一緒に作業していたミストさんになにやら耳打ちをしたかと思いきや。
「……一緒にやる」
どうやら新しいマンドレイク作りには魔王様も興味があるようだ。
ということで、新たに魔王様を仲間に加え、マールさんが準備を進めてくれている畑へ向かった僕達は、準備万端待ち構えていたマールさんから、素体となるマンドレイクの種とその他諸々と錬金術に使える植物の種を受け取って、レッツ錬金。
マリィさん、魔王様、元春、次郎君の順番で僕が持ってきた錬金釜を使っていくことに。
ちなみに、ここに正則君の名前が入っていないのは正則君は錬金術が苦手であるからだ。
実は以前、次郎君が錬金術を始めた時に正則君も錬金術に挑戦をしたことがあったのだが、どれだけ錬成しても出来上がるのはなぜかゴミばかりと惨憺たる結果を叩き出し、それ以来、正則君は『自分には錬金術の才能がない』とさっぱり諦めてしまったのだ。
「じゃあ始めましょうか」
ということで、正則君を除いたそれぞれが、自分のチョイスした種で錬金合成。
畑に行ってその結果を確認する。
「毎回思うけど、これ育ちすぎじゃね」
「そうか、早回しを見てるみたいで面白いぜ」
畑に植えてすぐにムクムクと育ち始めるマンドレイクに呆れたように言うのは元春。
そして、正則君が元春の呆れ声に能天気にもそう返し、出来上がったのがこれである。
「えと、元春のマンドレイクは特に変わってないような気がするけど、なにと合成したの?」
「セクシーダイコンとかがあるだろ。ああいうのを狙ってホムクル大根を合成したんだけどよ」
成程、そういうことね。
「あのさ元春、ああいう変な形の大根って土の中にある石とか邪魔なものを避けるようにしてああやって育つわけだから――」
「普通にやっても意味がないってことになんのか」
「知らなかったのかよモト」
「つか、ノリもんなこと知らなかっただろ」
「いやいや、それはねぇって」
ちなみに、元春がこのマンドレイクの錬金合成に使ったホムクル大根というのは、賢者様の世界で有名な人工栽培で作られた大根の品種で、このマンドレイクを鑑定してみると、その影響からか食用に特化したマンドレイクに進化(?)したみたいだ。
そして、またじゃれ合いを始めた元春と正則君に、『まったく――』と、僕が肩をすくめている間にも、他のみんなのマンドレイクも着々と出来上がってきたみたいだ。
ジャブジャブとなにかを洗う音に視線を移すと、そこには体についた土を落としたマンドレイクを手の平に乗せる魔王様がいて、
「……かわいい」
どうやら魔王様が錬金したマンドレイクはジャック・オ・ランタンのようなマンドレイクみたいだ。
ただ、そのサイズは手の平に乗るくらいに小さなもので、
「スクナカボチャをかけ合わせたんですか」
「……成功」
ちなみに、ここで言うスクナカボチャというのは、地球にあるスクナカボチャではなく、ファンタジーな世界において小人という状態異常を発生させる魔法野菜で、そんな不思議野菜の種を使って作ったマンドレイクを手の平の上に乗せた魔王様は、キラキラと瞳の奥に期待するような色を浮かべ見上げてきて。
「……連れて帰ってもいい?」
「構いませんよ。
ですが、連れて帰るなら獣魔契約をしておいた方がいいと思います」
マンドレイクはあくまで魔法生物だ。
そのままゲートを通過したとして、魔王様と一緒にその世界への転移が出来ると思うのだが、そこに多少なりとも自我が存在するのなら、従魔契約をした方がいいだろう。
ということで、魔王様はマンドレイクと契約を結び、その一方で項垂れるのはマリィさんだ。
「うう、マオは成功してよかったですわね」
「マリィさんのマンドレイクはいったいなにをかけ合わせたんです」
まあ、聞かなくともある程度は予想はつくのだが……、
そう問い掛けながら見上げる先にあるのは体の数倍はある頭のおかげで動けないでいるジャック・オ・ランタン。
「ギガンティックジャイアントですの。モルドレッドのように、いざという時の防衛に使えるようなマンドレイクを作ろうと思いまして」
ちなみにギガンテイックジャイアントというのは、地球で巨大カボチャとして有名なアトランテックジャイアントの異世界バージョンとも言うべきか、かつて首なしエルフが使った世界樹の種を一気に成長させる魔法。あれと同じ系統の植物魔法の触媒として使われるカボチャだそうだ。
ふつうに育てたとしてもかなり大きく成長するカボチャだが、マリィさんはこれを錬金合成することで巨大なジャック・オ・ランタンを生み出し、領地の防衛に使おうと考えていたみたいなのだ。
しかし、残念ながら、大きくなったのは頭だけという結果になってしまったみたいだ。
「これはもう処分するしかないでしょうね」
「ですわね。
しかし、この子は食べられるのでしょうか?」
バタバタと必死に動こうとしているその姿を見ると、心苦しくはあるのだが、このまま放っておいても腐らせるだけ。
ちなみに、続くマリィさんの疑問に関しては、ただ食料にするにしても、こういう種類の野菜というのは味が薄いのが定番で、家畜などの飼料に使うのが一般的だそうだ。
なので、このマンドレイクもそのように、後でエレイン君達の手でゲートまで運ぶとして、
最後に言い出しっぺというかなんというか次郎君が錬金合成したマンドレイクだ。
このマンドレイクは、なんていうか頭の上に花が咲いた、可愛らしいというか、あざといというか、そんなマンドレイクみたいなんだけど。
「なかなかうまくできましたね。これならユイたんの良いパートナーになるでしょう」
ああ、それで乗り気だったんだね。
どうやら次郎君は、アクアでいうところのオニキスと同じく、動画配信をしているユイたんと一緒に出演するマスコットキャラを作るためにマンドレイクを利用したみたいだ。
次郎君がこのマンドレイクをどんな風に使うのかちょっと気になるから今度チェックをしてみよう。